カプリコーン Capricorn. > 


ハロー・リバプール/めぐり逢い
Liverpool Hello/How Do You Find Me
MCA D-1084:71
ルルのヒット曲「アイム・ア・タイガー」やステイタス・クオの「アイス・イン・ザ・サン」などを作曲したロニー・スコットとマイティー・ワイルドの共作。この曲は、英国BBC・TVのミュージカル「ライム・ストリート行の電車はない」の主題歌として作られ、ファンの強い要望でシングル化されました。リーダーのコリン・トラバースと当時19才の女性リード・ボーカルのスー・アボリーとが中心となり制作されました。日本では、スー・アポリーのエコーたっぷりボーカルのポップ・ソングがオリコン11位、洋楽チャート1位の大ヒットとなりました。

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明日にこんにちは/私にふりむいて
Goodbye Today,Hello Tomorrow/Shine A Little Light On Me
EPIC83011:71
CBSに移籍し、4人グループとして発足して制作された第2作。
クレジットは、ジョン・カーターとケン・ルイスとあり、フラワー・ポット・メンの「花咲くサンフランシスコ」などのヒットを多く制作した著名なヒット・メーカー・コンビが起用されました。
「ハロー・リバプール」と比べ、少しハードな感じのするポップ・ロックですが、完成度も高く充分にヒット性を有していましたが、日英ともに注目を浴びませんでした。

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Mama Sing Me A Song/Living Ain't Easy
CBS S 8358
72年発売の日本未発売シングル。入手したのはユーゴスラビア盤なので、ヨーロッパを中心に発売されたものと思います。作者などのクレジットが無いので、詳細は判りませんが、ピクチャー・スリーブで、ジャケットのイメージどおりのキャッチーでチャーミングな曲です。やはり、スー・アボリーのクリスタル・ヴォイスは売り物ですね。
恋のフィーリング/星空の天使
Feeling/Falling For That Feeling

ECPA-52:72
72年11月17〜19日に行われたヤマハ主催による第3回世界歌謡祭に、イギリス代表として、カプリコーンは「母に捧げる歌」をヒットさせたニール・リードとともに参加します。
そして、見事にこの曲でグランプリを獲得します。シンプルでチャーミングなメロディーに爽やかな混声ハーモニーを乗せた新しいスタイルのポップスで、日本では再び話題を集めたのですが、イギリスでは、不発に終わりました。ジェーン・シュワルツ/ピーター・イエローストーンの作詞作曲。


Sue Avory(スー・アボリー)
Lead Vocal
1949.10.17/London
12才でステージ・デビュー。リタ・パヴォーネ、ロルフ・ハリス、ファミリー・ドッグ、デイブ・ディーなどと共演し、カプリコーンに参加。
Colin Travers(コリン・トラバース)
Leader,Rhythm Guitar
1946.12.13/London
グループのリーダー。6才の頃から、ギターを弾き始め、自前のグループで、地方のクラブや学校のパーティーで演奏活動を続けて、カプリコーンに参加。
Steve Pryor(スティーブ・プライアー)
Bass Guitar
1946.10.14/New Port
CBSからのリリース「明日にこんにちは」から、カプリコーンに参加。詳細は不明。
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Unwin Brown(アンウイン・ブラウン)
Drums
1948. 4. 9/London
Treesというブリティッシュ・フォーク・グループからの参加。70年にCBSから2枚のアルバム、シングルをリリースし、CD再発されるなど、伝説のグループ。


 日本で大ヒットしたのに、母国イギリスでは、注目を浴びなかったポップ・グループに「誓いのフーガ」のフェアリーダスト「マンチェスターとリバプール」のピンキーとフェラスがいます。どちらも斬新で素敵なポップ・チューンでしたが、私たちの記憶に強く残っているのが、カプリコーン(Capricorn)です。
 「ハロー・リバプール」で聞かせてくれたスー・アボリーのチャーミングなクリスタル・ヴォイスに魅了されたファンは少なくないと思います。
 そして、一発屋として忘れかけていた頃に、第3回世界歌謡音楽祭で「恋のフィーリング」でグランプリを獲得した時は、懐かしく爽やかな風が舞い戻った心地になりました。
 カプリコーンは、ロンドンで、69年11月に3人で発足しました。最初はロンドン周辺のクラブで歌っていましたが、国営放送BBCのプロデューサーの目に止まり、いくつかの曲をレコーディングしますが、陽の目を浴びませんでした。
 そんな彼らが、日本で、大人気を得ることになります。71年に「ハロー・リバプール」が日本の洋楽チャート1位、72年に「恋のフィーリング」が東京で開かれた第3回世界歌謡祭のグランプリを獲得しました。母国イギリスではヒットとなりませんでしたが、71年から74年までの4年間に、MCA,CBS,EPICから合計6枚のシングルをリリースしています。

タイトル

All Japan Pop 20(文化放送)

オリコン(チャート、売上げ万枚)

ハロー・リバプール

1971.04.19〜05.03

#1,#2,#1

1971.03.10

#11

14.5

明日にこんにちは

1971.12.06

#27

...

...

恋のフィーリング

1973.01.22

#3

1972.11.21

#34

 5.5

ハロー・リバプールは、フランシス・レイとアンディ・ウイリアムスの「ある愛の詩」とAJP1位を競いました。
UK.USともにNon Charted.

その後のカプリコーン
LIFE IS WHAT YOU MAKE IT
Stop Running Around
73.5.4/CBS1422 恋のフィーリング」と同じジェーン・シュワルツ/ピーター・イエローストーンの作詞作曲。キャッチーでお洒落なメロディーとリズムのアバ風の曲で、爽やかでヒット性は充分の出来です。
I GOT IT BAD BOY
Leave It To The Indians
73.9.28/EPC1801 AB面ともに、スーのボーカルからはエコーも消えてロック色が濃くなり、イメージ・チェンジを図ろうとしてます。
DON'T YOU KNOW IT'S MAGIC
SHAKE THE CITY
74. ...../EPC2432 ピアノをバックにした力強いバラッドで、本格派として力を入れてますがポップ色は薄くなっています。B面は初めて男性がリード・ボーカルをとって、本格的なロックを聞かせます。

Thanks To:Toshirou Kishinami,Hiroshi Asada,Aki Ishikawa

SINCE :2002.2.3