TOPCON CLUB(トプコンクラブ)〜その他の愛機

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現在所有するトプコン以外のカメラ

ロボット・ロイヤル36
シュナイダー クセナー45mm f2.8
Robot Royal 36 Schnaider Xenar 45mm f2.8
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 ロボットのカメラとしては最初の24X36判のカメラで、1955年に発売された。ずっしりと重く、その質感はライカ以上のものがある。ロボットのカメラなので、当然ゼンマイ式モーターの内蔵された自動巻上げカメラで、一回のフルチャージで15枚程の撮影が可能である。さらには、これに外付け式のモーターアダプターが用意されていた。
 シャッターは金属羽のフォーカルプレーン式であるが、フィルムの直前ではなく、レンズのちょっと後ろに置かれている点が面白い。フィルムのサイズ以外、基本的にモデルIIIと変わりはないが、機能美にあふれていて、個人的には最も優れた距離計連動カメラだと思っている。

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ニュー国華 トーコー10.5cm f6.3
New Kokka Toko 10.5cm f6.3
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 これは1933年にファーストカメラで有名な皆川商会より発売された6.5cmX9cmの大名刺判カメラである。レンズには東京光学の初のカメラ用レンズである、トーコー・アナスチグマットが装着されている。このレンズは3枚玉で、より高級な仕様として4枚玉テッサータイプのステート10.5cm f4.5の付けられたものもあった。ちなみに東京光学が設立されたのは1932年である。
 シャッターは服部時計店(精工舎)の最初のレンズシャッターであるマグナが使用されている。T・B・1/25〜1/100の計5速である。
 それにしても驚くべきことに、このカメラは未だにレンズがクリアなばかりか、シャッターもしっかり作動し、さらには蛇腹に光線もれが認められないのである。ロールフィルムホルダーさえ手に入れば、しっかり使用に耐えるのである。
 大東亜戦争を感じさせるネーミングが、今となってはかえって不思議な印象を醸し出す材料になっているかのようだ。

ミランダD
ソリゴール・ミランダ5cm f1.9
Miranda D Soligor-Miranda 5cm f1.9
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 1960年発売の輸出専用モデル。T型から続く初期の12角形ボディの最終型で、クイックリターン化されたB型とは巻き上げレバーやカウンターのデザインが異なる。この形式はすぐ後に出たDII型やDR型にも受け継がれることになったが、ボディラインは12角形ではなく、センソマートまで続く滑らかなものになっている。
 標準レンズは単純なプリセットの5cm f2.8と、このオートキノン式の5cm f1.9がある。オートキノン式と言っても、エキザクタ用の本家のオートキノン、ツァイス・イエナのゾナー、シュナイダーのクセノン、東京光学のオートトプコールφなどのように、ボタンを奥まで押し込んで行くと最後に絞り込まれるものとは異なり、ボタンを押につれて単純に絞り込まれる。
 せっかくの機能を持っていながら、少々故障しやすいのが玉に傷。それにしてもプリズムは非常に手が込んだ作りで、ミランダの面目躍如といった感がある。

ミランダ・センソマートRE
オートミランダ50mm f1.8
Miranda Sensomat RE Auto-Miranda 50mm f1.8
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 1970年発売の、TTL絞り込み測光機。センソマートの改良版である。CdSはトプコンを範としてミラーメーターを用いているが、このカメラはまだ開放測光ではない。当時ミランダはセンソレックスのシリーズが別系統で存在し、そちらは開放測光になっていた。ただし、開放絞り値をボディ側に合わせてやらないとならなかったが。
 このカメラのデザインはミランダT以来続くエキザクタ路線のものであることは明白であるが、マウントはエキザクタとは全く別の二段構成のオリジナルなものである。フランジバックの短いミランダにはマウントアダプターが豊富で、色々なレンズを付けて楽しむことができた。当然EXマウントアダプターも用意されていて、エキザクタバレックスに取り付ける向かって右側にシャッター/絞り込みボタンのあるレンズでさえ、普通に使えるようになったものもあった。しかし、オートトプコールはシャッターボタンの位置が異なるため使えない。

ミランダ・センソレックスII
オートミランダ50mm f1.8
Miranda Sensorex II Auto-Miranda 50mm f1.8
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 初代センソレックスの野暮ったいデザインを大幅に見直して72年に登場したTTL開放測光式のカメラ。上記センソマートREと異なり、レンズから伸びた絞りレバーがボディ側から伸びたアームとつながり、絞り値を伝えて追針式メータに連動させている。プリズムファインダーは交換できるが、ホットシューが取り付けられたのは秀逸。これは後にニコンF3PやキャノンNew F-1が登場するまで見られなかった機構である。
 これに対し、取り付けたレンズの絞りの開放値を、巻き戻しクランクの基部のダイアルを回してセットしなければならないのはいささか面倒である。トプコンの開放測光のパテントを使えなかったためであることは明白であるが、慣れていないとつい忘れてしまうところである。

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ライカR3MOT ズミクロン50mm f2
Leica R3Mot Summicron-R 50mm f2
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 学生時代に高価で購入したカメラ。ミノルタXEを母体に作られているが、スポット・アベレージの使い分けられる測光方式やモーターワインダーが使えることなど、様々な点で優れたところを持つ。ボディも塗装ではなく黒メッキなので、実に丈夫である。その反面電気系統が弱く、AE機構が弱点になるようだ。現在安価で売られているものの中には、ここがおかしくなっているものが多く見られる。
 自分が使ってみての印象であるが、確かに悪いカメラではないものの、正直言って値段を考えてみると、それほど極端に素晴らしいカメラでもレンズでもない気がする。この写真はズミクロン35mm f2が付いているが、標準ともどもシャープで色もナチュラルで良いのだが、他社のレンズに比べて何が良いのかと言われると、私にはどうしても違いを答えることはできない。やはりこれを買った当時はライカというブランドに心惹かれるものがあったのかもしれない。

プラクチナFX
カール・ツァイス・イエナ
ビオター58mm f2、テッサー50mm f2.8

Praktina FX
Carl Zeiss Jena
Biotar 58mm f2, Tesser 50mm f2.8

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 1952年に東ドイツのKW社で発売されたシステム一眼レフ。ファインダー交換式でウェストレベル、高倍率ウェストレベル、露出計付きプリズムファインダーなどが用意されていた。また、巻上げ機構も手動巻上げレバー、スプリングモータードライブ、電動モータードライブと多彩なアクセサリーが用意されていた。写真の右側は、前期型のFXに電気式モータードライブを付けた状態で、プリセット絞りのビオターが付いている。左はスプリング式モーターを装着した後期型FXで、半自動絞りのテッサー付き。ペンタプリズムが若干大きくなり、わずかに視野率が向上している。しかし、それでもファインダー視野率は低く、それを補うためか別にファインダーを持つ。これはクイックリターンではないためかもしれないが、デザイン上では強いアクセントになっている。

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エディクサ・レフレックス
イスコ・イスカラー 50mm f2.8
Edixa Reflex
Isco Gottingen Iscolor50mm f2.8

エディクサ・マット・レフレックス・モデルB
カール・ツァイス・イエナ
テッサー50mm f2.8

Edixa-Mat Reflex Mod.B
Carl Zeiss Jena Tesser 50mm f2.8

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 トプコンRのデザイン上の範となった、西ドイツのヴィルジン社の一眼レフ。右側の“マット”シリーズは61年のデビューだが、左側のエディクサ・レフレックスは55年に発売されている。ファインダーは交換式で、とてもコンパクトにまとまるウェストレベルファインダーと交換することができる。
 全体としてなかなか美しいデザインであるが、作りは東ドイツものに比べてかえって安っぽくなっている。やはり西側では、利益追求のためのコストダウンは必須条件だったのかもしれない。初期の“フレックス”ではシャッターを切った後はブラックアウトしてしまうが、“マット”ではクイックリターンに改善されている。さらに、ファインダー内で巻上げ確認できるような配慮も見られるようになった。しかしながら、相変わらずニ軸回転式シャッターであることに何ら変化はない。

ゼンザ・ブロニカS2 ゼンザノン100mm f2.8
ZENZA BRONICA S2 ZENZANON 100mm f2.8 Made by Tokyo Opt Co.

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 1965年デビューの独創的なメカニズムを持つ中判カメラ。降下式クイックリターンミラーを採用したフォーカルプレーンシャッター式一眼レフで、ファインダーやフィルムマガジンの交換が可能であった。
 標準レンズはニッコールP 75mm f2.8であるが、ここでは後の東京光学製ゼンザノン100mm f2.8を付けている。ゼンザノン75mmも東京光学製で、他にもノリタやツァイス・イエナ製のものもある。

 ヘリコイドリングは取り外しできて、長い玉やレンズシャッター付きのレンズはこれを外す。標準で付いているものには50mm・75mm・135mm・200mmの距離目盛りが印刷された帯が巻かれている。しかし、これは正直言ってちょっと煩雑で見づらい。薄いアルミの帯にプリントされたものなので、交換は容易らしく、後のものには75mm専用の距離目盛りのものも見られる。
 アクセサリーはとても充実している上、本体も120フィルムと220フィルムの切り替えがレバー一つでできたり、遮光板がシャッターロックとフィルムバックの取り外しボタンを兼ねていたりと、本当にアイデアに満ちた、触っていて楽しいカメラである。

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コーワSETR2 コーワR 50mm f1.8
KOWA SETR2 KOWA R 50mm f1.8
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 1970年に発売された、レンズシャッター式一眼レフの終焉を飾ったカメラ。この少し前の68年にトプコンからはユニレックスがデビューしていたので、両者はよく比較されるが、ユニレックスはアベレージ/スポット切り替え式のTTL-AE機であるのに対して、こちらはオーソドックスな定点合致式のTTL機である。測光範囲はEV3〜17までで、中央重点的な味付けのされた平均測光である。
 68年に売られたSETRとあまり変わりがないが、レンズが50mm f1.9からf1.8にグレードアップし、ボディーも小変更されている。最もはっきりした違いはフィルム巻き戻しクランクの基部にフィルムインジケーターが付けられたことであるが、別段何かに連動する訳でもない。ちょっとしたデザイン的な高級感を加えたかったのだろう。また、標準レンズの変更に伴い、レンズの開放値セットがf1.8からに変更されている。後は内部でパーツが若干変更されている程度である。
 大きさはユニレックスとほぼ同じだが、肩がわずかに高く、ずんぐりした印象である。ミラーショックは小さくとても良好。これはユニレックスよりも優れている。実際、このカメラのシャッターを押した時の感覚は、フォーカルプレーンシャッターのモデルに迫る軽やかさがある。特にシャッターボタンを押す際のトルクは非常に軽く、EE機構を組み込んだユニレックスよりかなり有利なようだ。
 レンズも鮮鋭なもので、当時の雑誌のデータでは優れた数値が残っている。SETR2の時代にはKOWA SER28mm f3.5、35mm f2.8、100mm f3.5、135mm f4、200mm f4と、計5本の交換レンズが用意されていた。
 2段目の画像は35mmと28mmレンズである。どちらもコンパクトに見えるが、ボディ側にシャッターと絞りリングがあるので、装着してみると意外と前に張り出る。
 3段目は200mmレンズで、三脚座を備えている。よって手持ちではその角が当たって使いづらい。これに対し、一番下の135mmレンズはかなり太いが使い勝手の点では悪くない。それにしてもこの135mmと200mmは大きい。UVトプコールのそれとは比較にならない程大きくて重い。200mmなどはフードを装着した場合、現代のコンパクトなサンニッパと言っても決しておかしくはないだろう。
 60年代の後半、ペトリを筆頭にしたフォーカルプレーン式一眼レフカメラが廉価で登場すると、一歩低く見られがちであったレンズシャッター機は苦しい戦いが強いられた。実際にはクイックリターンのレンズシャッター機の機構は非常に複雑で精密なものであり、その生産にかかるリスクと価格が合わなかったのだろう。60年代前半にはトプコン・コーワ以外のメーカーは早々とレンズシャッター機から撤退している。
 コーワの一眼レフは6X6のコーワSixも含めて、最後までフォーカルプレーン化されなかった。もちろん、コーワの技術からすればそれも可能だったはずだが、レンズシャッターにこだわったコーワの思想はどこにあったのだろうか。

オートテラ・スーパー プロバー4.5cm f2.8
AUTO TERRA SUPER PLOVER4.5cm f2.8
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 59年発売のゼンマイ式自動巻上げカメラ。メーカーは「ハカリの寺岡」こと寺岡製作所である。55年に国産初のスプリングモーターカメラとしてオートテラI型がデビューしたが、これは蛇腹のスプリングカメラで、57年には鏡胴固定のレンジファインダーカメラであるIIB型/IIL型に発展した。ここまではシャッターとは別に巻上げ専用のボタンが付いていたが、それを大幅に見直し、シャッターボタンと巻上げボタンを一体化して、ライトバリューを組み込んだのがこのカメラである。セレン光式露出計を組み込んだスーパーL型もある。巻上げはロボットやレニングラードのように強力ではなく、一度のフルチャージで7枚程度の巻き上げになる。別途補助モーターも用意された。
 全体としてレンズシャッター機としてはちょっと大柄であるが、上面に何もダイアル・ボタンの類がなく、とてもすっきりしていて好感が持てる。

レニングラード ジュピター8 50mm f2
Leningrad Jupiter8 50mm f2
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 1956年にGOMZで作られた距離計連動式カメラ。その最も特異なところは、やはりゼンマイ駆動の自動巻上げ機構を備えている点であろう。ゼンマイのスプリングは強力で、フルチャージで約20枚程の巻上げが可能である。
 色々なカラクリがあって、触っていて楽しいカメラであるが、使い勝手はあまり良くない。特にシャッターボタンの位置が悪く、その指の置き場にはちょっとためらいがある。巻き戻しダイアルも面倒な作りで、このカメラの弱点でもあるようだ。全体的に作りはもう一つといったところであるが、ソ連製カメラとしてはかなり良い方だろう。ファインダーはとてもクリアーで見やすいが半透過で色違いの二重像が合致するのではなく、暗い中心部が移動する感じのもので、スプリットイメージに近い感覚である。シャッターは布幕フォーカルプレーンである。

小航空写真機100式18糎型
Katsura Seisakusho Aero Camera type 100
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 1943年に作られた、帝国陸軍航空隊のエアロカメラ。カメラ本体は桂製作所で作られたもので、この会社は戦後三菱重工に統合されて、三菱桂製作所として京都でエンジン関係の製造を続けたという。戦時中はこうしたカメラも作っていたのであるが、その作りは当然「洗練」とは程遠いゴツいものである。
 このカメラのレンズは東京光学製のシムラー18cm f4.5が収められているが、エアロカメラだけに間違いなく歪みのないシャープなレンズなのだろう。取り付けはバヨネット式で、鏡胴(と言うかカバー)の向かって左側のレバーを下に下げるとロックが解除されてレンズを取り外すことができる。絞りはf4/6.3/9のみ目盛りが刻まれているが、最小は多分f16程であると思われる。
 シャッターはフォーカルプレーン式で、とても大きい布幕が張られている。スピードは三段で、後ろから見て右下のダイアルで200/300/400に合わせるようになっているが、これが単純に1/200秒〜1/400秒とは思えない。スリットは初めから一定の間隔で開いており、巻き上げからシャッターを切るまではレンズの裏側にある遮光板が閉じて光線の進入を防いでいる。巻き上げはセルフコッキングで、1操作で巻上げとシャッターチャージが同時に行なわれるのは秀逸である。シャッターボタンにあたるものは正面の左上のレバーで、グリップを握ると自然に指がかかる位置にある。
 それにしても大きいカメラである。スプールの大きさが腰を抜かすほどであるが、一体こんなに幅広のロールフィルムは現在手に入るのだろうか?

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トプコンミニ110

 というのは冗談で、80年代に流行った110フィルムを直接取りつけるタイプの簡易カメラの一つでDonkyというカメラである。

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