TOPCON CLUB トプコンクラブ
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FOCAL PLANE SHUTTER SLR No.1 |
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1977年発売の、REマウント(EXマウントにさまざまな機構を加えたREスーパー以来のトプコンのマウント)を使用した普及機。受光素子にCdSを用いた、時代と逆行した平凡なTTLシステムを持つ。ただ低価格をモットーに作られているので、これがトプコンの製品か?と疑いたくなるほど単純かつ粗雑な作りである。コストダウンのためミラーメーターは採用されず、一般的なカメラと同様にファインダー接眼窓の脇にCdSが置かれている。しかし、IC-1ではこれが左右に一つずつ置かれていたのに対し、こちらは上方に一個だけ置かれている。露出の確認は針ではなく三個のLEDによるランプ表示で行われる。中心の緑のランプが点灯したら適正露出であるが、実はかなり余裕を持って表示されるようで、一絞り分はあると思えるほど適正範囲が広く表示される。なお、シャッターはコパルスクウェアを採用しているものの、布幕横走りシャッターであったIC-1に設けられていたAE機構も廃されている。 軍艦部はプラスチック製になり、各部のパーツもおもちゃっぽい。特に電池室のカバーがワンタッチで開閉できるようになったものの、別段ロックされる訳ではないので、ちょっとしたことで開いてしまう恐れがある。セルフタイマーも一旦降ろしたらフラフラな状態で、指で上に戻せてしまう(タイマー自体は有効)。このように、かなり安っぽい作りであるが、その反面、軽量かつコンパクトでもあり、シンプルなこととあいまって使い勝手は悪くない。 元々国内ではクロームボディーのみが販売されていたが、RE300が黒ボディで発売されると、このRE200もブラックボディが国内でも発売されるようになったらしい。海外では早くから白黒両方ともカタログに載っていたのだが、国内では私の知る限り78年の日本カメラショーの製品紹介からになる。ただし、不思議なことに81年のカメラ年鑑の製品紹介では「クロームボディのみ」となっており、実際ブラックボディはほとんど流通しなかったようだ。 |
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| This is the diffusion model that used the RE mount of launched in 1977. And it is simple make, because it is made a low price to the motto. Therefore, This camera is light and compact and simple, so the user-friendliness is not bad. | |||
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こちらは1978年に発売されたRE200のマイナーチェンジモデルで、最後までRE200と並売された。主な変更点は自動巻上げ機能が加えられたことであるが、粗雑な作りは何ら変わらない。国内ではRE200がクローム、RE300がブラックボディと分けられていたが、外国ではこの逆の仕様もあった。中の写真はクロームボディのRE300である。下の写真はEXAKTA名の付けられたOEMモデルで、形式名はEDX-3という。これとは別に、RE200のEXAKTAバージョンであるEDX-2も時折目にすることがある。基本的にどれも何らボディの構造やその機能に変化はないが、EXAKTA名のものはネームプレートが下の段のRM300と同じくはめ込み式のものが使われている。また、軍艦部とマウントカバーとの境に埋め込まれているはずのカラーが、EXAKTA名のものには見られない。この点でもRM300と共通である。しかし、巻上げレバーと巻き戻しクランクの色は全て黒く仕上げられ、この点はどのTOPCON名のものとも異なっている。 標準レンズはREトプコール55mm f1.7で、RE200から同じものが使われており、この頃発売された交換レンズはNewの意味を表すNシリーズと呼ばれた。REズームトプコール35〜100mm以外は既に東京光学の設計ではなく、後にシムコを生産することになるシィーマの前身であった下請けが作っていたようである(単焦点レンズも設計は東京光学で行なわれ、製作のみが外注に出されたという話もある)。ちなみにEXAKTA名のものはEXAKTARという名のレンズが装着されているが、やはりこれはREトプコール55mm f1.7であることに変わらない。交換レンズも同じくEXAKTARとして売られていたが、結局はトプコールNシリーズであることに変わりはない。 ワインダーの巻上げ速度は実測0.3秒ほどと速いが、その分音は大きい。一コマ巻上げ専用であるが、巻上げ速度の速さから連続的にシャッターボタンを押してもあまり違和感がない。全体としてプラスチックパーツを多く使用しているが、ワインダーを装着して手にしてみると、意外に持った感覚はしっかりとしたものがある。重すぎず軽すぎず、程よい持ち心地とでも言えようか。ただ、グリップにシャッターボタンを設けておらず、中指をグリップの上に乗せて、人差し指でボディ軍艦部のシャッターボタンを押さねばならず、初めは戸惑うかもしれない。 このカメラが発売された当時は、各社とも比較的廉価な、それでいて質の高いワインダー装着可能なモデルを発売していた。よってこのカメラはワインダーを装着できるようにしたものの、明らかに時代に逆行した感が強かった。とはいえ、できの悪い子ほど可愛いというように、私はこのカメラが大好きである。 それはともかく、このモデルをもってトプコンはカメラの国内販売を打ち切ってしまうのである(1980年に生産終了、1981年に販売終了)。 |
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| This camera is the minor change model of the Topcon RE200 that launched in 1978. It is able to attach the Auto winder II. The standard lens is the RE Topcor 55mmf1.7 and the interchangeable lens was called the Topcor N series. The meaning is not the "NAVY". It means "NEW". Sometimes, we can find the thing that the EXAKTA name was attached. | ||||
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知る人ぞ知る、トプコン最後の35mmカメラ。発売は1978年と思われるが、なにぶん国内販売されていないので、この辺りの正確な情報は持っていない。 ボディの基本的構造はRE300と同じであるが、何とペンタックスのKマウントを採用している。おそらくこれは、EXマウントでは口径が狭くてレンズ設計に支障をきたすという理由もさることながら、REマウントではAE化が難しかったことも大きな理由であろう(絞り優先AEは可能‐特許の問題は別として)。本来トプコンはカメラのAE化には積極的なメーカーであった。後日発表されただけで終わった幻のカメラAM-1もAE化されていた(このカメラは後にシムコLS-1としてシィーマから発売された)。AE化のためのKマウントへの移行。そのための橋渡し的な役割を果たしたのがこのカメラであるが、残念ながらトプコンはここでカメラ業界からの撤退の方向を選択してしまった。トプコンとしても他社の開発したマウントを採用することは苦渋の選択だったのだろう。草創期のEXマウントの採用とは感覚が違う。事実、トプコンではKマウントをAMマウントと呼んでいたり、RM300を国内販売しなかったりしたことにもその意識の一端が表れているかのようだ(RE300との競合を避けるのが表向きの理由であろうが)。 このカメラにもネーム違いのOEM製品は多い。三段目の写真はアメリカのRizというカメラ販売店の依頼により、東京光学がRM300をベースに作ったカンタレイD2-RZというOEMモデルである。良く見ると軍艦部のデザインがRM300とは異なり、AM-1とほぼ共通のものを使っている。特に、鋭角だったプリズムの頂点部分のデザインが若干平らになっているのが目に付くが、シャッタースピードダイアルを合わせる指標の点が、プリズムカバーの脇から飛び出ていることがそれをはっきりと裏付けている。この部分は下のシムコの写真でも確認できる。レンズもQuantaray名で、徹底的にトプコン名を消しているが、ナンバーの前にTPとなっているのはちょっと茶目っ気を感じる。それにしても、ワインダーまで名前を変える徹底ぶりである。 次はカレナKSM1というモデルで、基本的にカンタレイと変わらない。巻き戻しクランクのダイアル部分がギザギザのデザインになり、セルフタイマーも若干RM300とは異なり、レバーの先端が丸みを帯びた感じになっている。さすがにグッタペルカは一般的なもので、カンタレイのように奇抜なものではない。ただ、向かって右側にカレナのマークが入っている。レンズはカレナ55mm f1.7であるが、ここではシムコの36-100mm f3.5を付けてみた。ちなみにシムコには当初トプコールとはデザインの異なる35-100mm f3.5-4.3があったが、この画像のレンズは後に設計し直されたもので、光学系から異なる。なお、この前にカレナKSというワインダーの使えない廉価モデルもあった。 その下はエキザクタKE5という名の、カンタレイ/カレナとほぼ同様のモデルであるが、こちらには絞りをファインダー内で直視するためのプリズムと、そのための小窓が設けられている。一般的にはファインダー枠の外側に絞り値が映るはずだが、このカメラでは枠内の中央上部に見えるのにはビックリさせられる。恐らく、ミラーボックス周辺を設計し直さずに、無理に絞り値を直視できるようにプリズムを入れたため、ファインダー焦点面の外側に絞り値を映し出すスペースを設けられなかったのだろう。ただし、初期のAMトプコールは絞りリングがREトプコールNシリーズと同じで、このファインダーでは絞りが読み取れない位置に数字が彫られている。Kマウントの規定はこの辺まできちんと及んでいるらしく、このカメラに本家のペンタックスのレンズを付けるとちゃんと読み取れるようになっている。後日AMトプコール(エキザクタール)もそれに合わせて改められている。ワインダーにはAUTO WINDER-IIと書き込まれており、一見前オーナーがトプコンRE300のものを付けたのかと思ったが、面白いことに外した時に上面に出てくるプレートに、TOPCONの文字が印刷されていない質素なものが貼られていて、ただMade in Japanとだけ書かれている点が従来のものと異なる。この他、上のエキザクタEDX3と同じように、巻き戻しクランクとセルフタイマーレバー回りが全て黒く仕上げられている。多分、このカメラが最後の東京光学製の35mmSLRであるのだろう。 一番下は軍艦部のデザインがRM300と全く同じタイプのエディクサCX5。機能的には何ら変化がないが、やはりレンズ名もEDIXARと言うように「R」が末尾に付いている。それにしても、どの銘柄違いであれ、最後にRを付けてレンズ名にしてしまうのは、いささか芸がない。もう少し洒落たレンズ名を考えられなかったものか。まあ、本家のエキザクタやエディクサは由緒ある銘柄ではあったが、レンズは外注であったので、当時付けられていた光学メーカーのブランドは容易には使えなかったのだろう。それにしても、エディクサまで名前を使っていたのは正直言って驚きであるが、こうした70年代末にはカメラの生産を止めてしまった銘柄を使ったものは、他にもたくさんあるかもしれない。 トプコンRE200系のOEMモデルは海外でかなり売れたそうで、総生産台数は10万台にも達する。これはREスーパー〜スーパーDMが長い年月をかけて達成した数字であるが、これをたった数年でクリアしているのである。当然のことながらAM-1も作りつつ、OEMで稼ぐことはできたはずであろうが、なぜその道を進まなかったのか。この辺りの事情は外側から見ても闇に包まれている。 さて、このカメラをもって35mm一眼レフから撤退の道を選んだトプコンであるが、果たしてこれが本当に正解であったかどうかは分からない。もしトプコンがカメラ業界に踏みとどまり、AM-1を発売して、スーパーDMに次ぐフラッグシップ機を開発していたら、捲土重来未だ知るべからずであり、トプコンファンとしては大変残念な選択だったと思う。 |
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| The last Topcon's camera. This camera was Launched about 1978. It is adopting the Pentax K mount. After this camera, Topcon announces the AE camera that says Topcon AM-1. However, it was not sold. But this camera was launched from Cima as CIMKO LS-1. The 3'rd image is the camera called Quantaray D2-RZ that the Topcon made for the order of Riz Camera. This camera has the same top cover as AM-1. Next image is CARENA KSM 1. This camera is almost same with QUANTARAY. The 5'th image is EXAKTA KE5. This does not use the EX mount (RE mount). This camera equips the prism in order to find an iris value. When this time, Topcon has selected the direction of the evacuation from the 35mm SLR camera industry regretfully. | |||||||
東京光学が一般向けの35mmカメラ業界から撤退した81年、ニューモデルであるAM-1の開発はほぼ終了していた。それを引き継いだ新会社のシィーマが83年に世に送り出した絞り優先AEのKマウントモデルで、極わずかな変更点が見られるものの、ほとんどAM-1と同じ作りになっている。同時に発売されたレンズもAMトプコールそのものであったが、後にシムコ独自のレンズを多数生産した。シィーマの設立とともに東京光学のカメラ・レンズ設計に携わっていた何人かの社員も職場を移ったそうで、このカメラには正真証明、トプコンの血が流れている。ただし、標準レンズは55mmではなく50mmで、設計自体が異なったより小型のレンズになっている。カメラ本体もかなり小型化されて、作りもRM300とは比較にならないくらいしっかりしている。なお、このカメラはアメリカでリンデンブラットKL-2と名前を変えて発売された。 |
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| Development of AM-1 which is a new model was ended mostly for 81 years which the Tokyo optical Co. withdrew from 35mm camera industry for general. The Cima which succeeded it sold this camera in 83. Although there are few changed parts, it is almost the same as AM-1. Cimko lenses put on the market those were same as AM Topcor lenses. But the Cima produced many original lenses late. It can be told to this camera that the blood of TOPCON is flowing. In addition, this camera changed the name "Lindenblatt KL-2", and was put on the market in the United States. | |
| トプコンの中級機種は、RE-2以来苦しい戦いを強いられていたようで、国内では販売台数が少ない。特に後期のモデルはトプコンがほとんど見向きもされなくなってしまった頃のもので、全く国内では売れなかったのだろうか、滅多に中古市場に姿を現すことはない。もしRE200や300が店頭に並ぶことがあったとしたら、レンズ付きで高くても3万円程度、ワインダー付きでも5万円というところ。一部こうしたモデルを希少価値という面から法外な値をつける店もあるようだが、そんなことをしても誰も買ってくれないだろう。第一、日本でこそ少なくても、海外向けにはかなりの数が生産されたので、その希少価値も実は怪しいものである。とにかくちょっと高いと思ったら手を出さない方が良い。 RM300やEXAKTA及びQUANTARAYやCARENAネームを持つものはなかなか見付からないだろう。RE200シリーズ全般に言えることであるが、これらは安価なモデルであり、その作りも安っぽいので、わざわざ大切に扱われなかったと思われる。よって、それなりに生産されたRE200はともかく、このシリーズの多くの場合、今となってはしっかりとした形で残っているもの自体少なくなっていることは想像に難くない。事実、このシリーズの弱点である、巻き戻し/裏蓋ロック解除兼用クランクのシャフトを支える内部の筒が、勢い良く引き上げられた際に折れてしまい、ここがフラフラしたものが大変多い。eBayや個人売買等で海外から購入の際は、この点を良く確認しておく必要がある。 ところで、これらのカメラ用のアクセサリーはほとんど手に入らないが、根気よく探せばいろいろと出てくるかもしれない。と言っても、RE200シリーズ用のものは元からあまり出ていないので絶望的であるが、かなりREスーパー・RE-2系と共通のアクセサリーが多いのは救いである。 こうして見ると、RE200系のカメラは取るべきところが何もない駄モノであるように思えるが、機構的に見ると正にその通りである。しかし、カメラ愛好家はそうした面だけでカメラと対する訳ではない。仮に写りと使い易さだけで見ると、世のクラシックカメラは全て否定されてしまう。RE200系カメラはクラシックカメラと呼ぶにはまだまだ新しいものだが、やはり私にはどこまでも単純に作られたこのカメラに不思議な愛着があることは確かである。あれほど工夫を凝らして時代の最先端を進もうと努力し、燦然と輝いていた東京光学が最後に放った光は、一般の目にはただの消えかけた灯火であるが、私の心の中では何か温もりを感じさせる可愛いやつなのである。 |