スクラップブック
情報教育
山里に超先進パソコン中学
| 爆発的に増えつづけている国内のインターネット人口。子どもたちへの情報教育が緊急の課題だ。文部省は2002年度からの新学習指導要領で実施する総合学習でコンピュータは不可欠とみて、本年度中に各小学校に22台(1クラス分の半分数)、中学校に42台(1クラス分)を配備、2年後には全校でインターネットに接続する計画を進めているが、地域により進度の差は大きい。そんな中、この目標を達成し、全教員・教科がコンピュータ指導可能という“超先進”中学があると聞いて訪ねた。 JR和歌山駅から電車とバスを乗り継ぎ1時間余り、熊野権現に近い和歌山県海草郡美里町。かつては林業や農業が盛んだったが、1955(昭和30)年には1万人余りあった人口は、現在4400人。過疎と高齢化が深刻だ。 そんな同町に2つある中学の1つ、町立美里中学(漬崎泰彦校長、教職員12人、生徒数111人)で11月末、「情報教育研究発表会」が開かれた。国や県など上部機関は関係しない自前の公開授業だったが、県内の教員や教育委員会関係者約100人が集まった。 「この場面を拡大して」「そこはスローモーションで」−。体育館をのぞくと、1年生の体育の授業が行われており、こんな声が聞こえた。器械運動でマットの上を転がる生徒のかたわらで、マウスを動かしパソコン画面をじっと見入る生徒がいる。 社会や理科、国語などの教科学習では珍しくないパソコン活用だが、体育の授業にも導入している。中啓紀教諭(29)は「生徒は互いに自分の演技を撮影する。演技の直後に自分の動きをパソコンの画面上でチェックでき、どの部分が悪いのか一目瞭然に分かる。正しい演技のイメージを高めるのに効果的」と説明した。 導入後まだ日が浅いせいか、パソコン操作に興味が向きがちで、演技への集中度がいまひとつ。「見てばかりじゃなくて、ちゃんと練習もしろよ」と声をかけた中教諭。試行錯誤の繰り返しだが、「都会の子に比べて、自分をアピールするのが苦手な田舎の子を変える一助になる」と強調した。 この日の公開授業では、例えば技術・道徳では、人気アイドルの公式ホームページを探すことを通してネット社会の信頼性を生徒たちに考えさせたり、国語・音楽・美術では、作曲ソフトやお絵かきソフトを使って、マルチメディア機能をフルに体験させている。 同中を含む町立の二中学・四小学校すべてにISDN(総合デジタル通信網)とインターネット専用回線が通じていて、美里中では校長を含む全教員がパソコンを所持し、全教科でパソコンを取り入れた授業を行える態勢を整えた。 こうした全国的に見ても異例の充実した情報教育が、なぜ山深い美里町で可能になったのだろうか。 取り組みの発端は、95年7月、同町の小高い山の上に町立天文台がつくられてから。町おこしの一環で、約6億円をかけて口径105センチの国内でも有数の反射望遠鏡を設置した。 台長として招かれたのが元兵庫県立西はりま天文台主任研修員の尾久土正己氏(38)。「単に天文台としての機能だけでなく、インターネットを生かした情報教育の拠点に」と主張、これに過疎に悩む町幹部も共鳴した。 今年4月には郵政省の補助事業で、約1億6000万円をかけ町のインターネットプロバイダー機能などを持つ「情報通信センター」を天文台に併設するなど、ハード面を整えるとともに、ソフト面に力を注いだのが美里中。コンピューターに詳しい豊田充崇教諭(28)を中心に全教員がパソコン操作・指導能力を上げることに努めた。教員が所持するパソコンはすべて自前。「職員室でもインターネットが利用できるため、各教員のモチベーションは自然に高まった」(豊田教授)という。 漬崎校長は「過疎地にいても都会と同じ情報を得られ、生徒も教員も自信を持てる」と力説する。ただ「パソコン操作は出発点にすぎない。どう教科学習に組み込み、表現能力を高め、基本の反復学習とのバランスを取るかは、今後の工夫が必要」とも。 政府は今年6月のケルン・サミット(主要国首脳会議)での合意を受け、小渕内閣直属機関のバーチャルエージェンシーを発足させ、情報教育の充実を掲げた。だが掛け声だけでは、財政状況が厳しい折、地方自治体の重い腰を上げるのは難しそうだ。 和歌山県教育委の担当者は、「公教育の機会均等の原則からも、県内全域を底上げしたいが、事業主体の市町村で財政力に差がある。美里町の事例はよい刺激にはなるだろうが…」とこぼす。 国に「情報教育に使途を特定した交付税・交付金制度の確立」などを要望している日本教育工学振興会(JAPET)の関口一郎・常務理事は「資源の少ない日本の将来は人材育成にかかっている。もっと情報教育の重要性を認識すべきだ」と苦言を呈している。 一方、学校現場の意識改革を求める声も。和歌山大学教育学部の野中陽一助教授(情報教育)は「学校現場には依然『情報教育は詳しい教員だけが取り組めばいい』という甘えが根強いが、大事なのは学校全体で取り組む姿勢。さらに学校外の専門家を巻き込むことで、閉鎖的と批判される学校を開くきっかけにもなる。美里中の事例は大いに参考になる」と話している。 1999(平成11)年12月8日(水曜日) 中日新聞夕刊 |