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心の問題

震災後遺症

 阪神大震災の被害地の子どもたちに、4年以上たって新たに心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状が相次いでいることが、兵庫県教職員組合(約2万人)と同組合を母体とする兵庫教育文化研究所の調査でわかった。

 兵教組と教育文化研究所は昨年10月から12月にかけて、被災地にある160小中学校ごとに子どもの心のケアや防災教育にあたる「教育復興担当教員」から聞き取り調査などをした。

 兵庫県宝塚市の小学校が被災経験のある児童52人を対象にアンケートをした結果、PTSDの症状が地震後から継続している児童が60%、地震後は見られなかった症状が最近出てきた児童が25%だった。

 具体的な症状では「ふろやトイレに一人で入れない」「夜一人で寝られない」「小さな物音や振動にびくびくする」「親への身体接触を要求する」というケースが多い。症状が現れるきっかけとしては、「平和学習の映画上映会」「避難訓練」のほか、特にきっかけがなくても夜泣きやパニックになる場合があったという。

 また、PTSD症状は震災当時、1,2歳の幼児だった現在の小学低学年より多く見られる傾向があることもわかった。

 宝塚市の別の小学校が保護者にアンケートをしたところ、1年生で心のケアを必要とする児童は9%で、学校全体の平均の6%を上回っている。

 日本児童青年精神医学会会長で三重県立あすなろ学園の清水将之延長によると、言葉に置き換えて体験を記憶できる大人と違い、幼児は被災体験を体で覚え、言葉や行動で表現できる年齢になってから症状が表面化する。被害者間で生活再建の格差が広がりつつあることや、親や教諭らが小さな症状を見過ごしてきたことなども考えられるという。

 同県宝塚市に住む小学1年のトモコちゃん(6つ)=仮=は、1歳の時に被災した。 幼稚園に入ると、「かゆい」と体中をかきむしるようになった。階段を前にすると、座り込んで動かない。テレビでニュース速報が流れたり、雷や大雨の音を聞いたりすると、遠足用のリュックサックに下着やお菓子、乾パンを詰め出す。母親(37)が「どこに行くの」と聞くと、青ざめた表情で「学校の体育館」と答える。母親は理由がわからず、周囲の「子育てが間違っているのでは」という言葉に悩んでいた。

 小学校に進学後、教育復興担当教員に、震災の影響ではないかと指摘された。震災の日、よちよち歩きのトモコちゃんが余震のため階段から転げ落ちたこと、母親の実家に幾度となく連れて通った時、がれきの山を見てなぜか笑い顔を浮かべていたこと−−−。あまり気に留めていなかったことがつながった。

 それ以来、家族でピクニックをするなど触れ合う機会を増やし、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状を自然に受け止めることを心がけた。トモコちゃんも入学後、約半年たってから髪型に興味を持ったり、木登りに挑戦したり、活発さが出てきたという。

 神戸市の小学3年の女児(10)は、休み時間に同級生と鬼ごっこやドッジボールを楽しむ活発なタイプだ。震災で家族は無事だったが、自宅は全壊。しばらく仮設住宅で暮らした。

 3年生になった春から毎晩、夢を見て夜泣きが止まらなくなった。その夢は「みんな死んでしまい、ひとりぼっちになった」などという内容で、仲良しの友人がいた仮設住宅に戻りたいとこぼすようになった。学校生活に変化はなく、両親の相談を受けて、復興担当教員や担任は初めて気づいた。

 夏休み中にカウンセリングを受けてから、悪夢は少なくなっている。しかし、復興担当教員は授業中に様子を見に行ったり、家庭訪問をしたりするなどケアを続けている。

 校区に多くの更地が残る神戸市内の小学校で2年間、復興担当教員を努める男性教諭(46)は毎朝8時半、自転車に乗って不登校ぎみの児童を迎えに行くのが日課だ。

 震災後、学校を休みがちになった児童は約10人。震災に不況が重なって生活が苦しく、親にかまってもらえない子がほとんどだ。玄関のドアをたたいても、何も反応がない。昼や夕方に行っても結局、会えないこともある。「登校さえしてくれれば、声をかけたり、勉強を見たりして何とかがんばれる。でも、来てくれなければ何もできない。それが苦しい」という。

2000(平成12)年1月14日(金曜日) 朝日新聞

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