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| 2008/5/23 樽(カスク)について ウィスキーの風味の7割くらいは、 樽と、熟成によって、もたらされていると云われています。 それだけに樽が置かれている環境は重要です。 また、樽は材質、大きさ、履歴によって様々な種類があり、 複雑に組み合わされて、ウィスキーに多彩な風味を与えます。 1 材質:バレル 容量180Lの樽 バーボンウィスキーに用いられることから、 アメリカンバレルともいう。 日本のちょうど一石(いっこく)、石樽(こくだる)とも云う。 2 ホッグスヘッド 容量230〜250L ホッグスヘッドは豚一頭の重さの意。 アメリカのバーボン樽を一度バラバラにし、 スコットランドに運んで組み立て直す際に、 側板の枚数を増やして樽を作るのが一般的。 シェリーやワインの貯蔵用にも、 ホッグスヘッド樽が使われている。 3 バット 容量480〜500L シェリー酒の貯蔵や熟成、輸送に用いられた樽で、 シェリー酒用だからといって、 材質は必ずしもスパニッシュオークとは限らず、 ホワイトオークのこともある。 4 パンチョン 容量480〜520L バットに比べて胴が太く、側板の長さが短いのが特徴。 バット以上に熟成はゆっくり進行し、 穏やかな風味をもたらす。 スコッチではあまり用いられることはない。 日本のサントリーでは、北米産のホワイトオークを使った、 独自のパンチョン樽(480L)で、 山崎の原酒を熟成させている。 5 リフィルカスク 新樽に対して、再利用の樽を、リフィルカスクと云う。 スコッチの場合ほぼ100%新樽を使うことはない。 一般的に、 1空のカスクをファーストフィル ・・・シェリーやバーボンの風味が強い 2空をセカンドフィル ・・・薄れてきてそのウィスキー自体の風味がでる 3空をサードフィル ・・・セカンドフィルの際のスコッチの風味がつく 2008/3/6 永い期間、ひとりごとを休んでいて申し訳ありませんでした。 年も新たまり、この期にまた再開致します。 今回は現在のウィスキー事情について、お話しをしたいと思います。 ウィスキーの消費そのものは、ほぼ横ばいから 若干の下降傾向にありますが、その中にあって、 シングルモルトと云うカテゴリーだけが近年急成長を遂げております。 スコットランドからの輸出量の、 約2割近くをシングルモルトが占めるという現状です。 現在、消費国No.1はインドです。 最近の傾向として、マイクロ・ディスティラリーと云う言葉が よく用いられております。 大手企業に属さない、地ウィスキーのような蒸溜所のことです。 マイクロ・ディスティラリーの特徴は、個人経営であることと、 生産規模が大手蒸溜所の10分の1程度で、 その原酒はほぼすべてシングルモルトとして出荷されます。 2000年以降、すでに生産に入っている、 アイラ島のキルホーマン蒸溜所を始めとして、 現在蒸溜所の建設ラッシュで、北欧諸国やヨーロッパのあちこちで、 マイクロ・ディスティラリーの建設が進められています。 次回は、カスクについてお話ししましょう。 2003/10/24 今回はスコッチウィスキーでも一番親しまれている ブレンデットウィスキーについて述べてみたいと思います。 現在スコットランドには操業停止等の蒸留所も含め モルトウィスキーの蒸留所が約100、 グレーンウィスキーの蒸留所が8箇所あります。 通常ブレンデッドウィスキーの場合、ビッグネームと云われる、 ジョニー・ウォーカー、オールド・パー、ホワイトホース、ブキャナン は平均40種類くらいの原酒(モルト)をブレンドしますが、 ブレンドの中核をになうモルトがあります。 その中核になるキーモルトは、ブレンデッドの性格をつくる上で、 非常に重要なモルトです。 各企業により混合比率は完全な企業秘密ですが、 最近かなり公表されており、ちなみにジョニー・ウォーカーなら、 カードゥ、タリスカー、クライヌリッシュがキーモルトです。 キーモルトは1つではありません。 ブレンデットウィスキーで有名な銘柄だけも、200くらいあります。 110の原酒(モルト)の中から選んで自由にブレンドするわけですから、 組合わせ次第では無限に造れる事になります。 ジョニー・ウォーカーの水割りに、遊び心でキーモルトの クライヌリッシュを少しフロートして香り等を楽しむというのも、 ブレンダー気分も味わえて、チョットお洒落かな・・・? 2003/8/15 マスターのひとり言をだいぶご無沙汰して申し訳ございません。 長期間に亘りシングルモルトについて申し述べてまいりましたが、 今回はラベルの読み方を少し覚えるだけで、 シングルモルトウィスキーを身近に感じるかもしれません。 現在は、スコットランドの蒸留所は約95〜100くらいが操業中ですが、 約半数がスペイサイド(今日ではスペイ川とその東西に流れる デプロン川、ロッシー川合わせた3つの川の流域)に集中しています。 またハイランドモルトには 「グレン・・・」 とグレンの付く モルトウィスキーが約30蒸留所あります。 グレンとはゲール語で狭い谷間を意味し、 ストラスとはゲール語で広い谷間を意味します。
スコットランドの大地がイメージできましたでしょうか? 2003/2/10 スコッチの飲み方あれこれ 他のウィスキー同様にストレート、水割り、ロック、ソーダ割り、 それからカクテル等々いろいろな飲み方があります。 ブレンデッドスコッチはどんな飲み方をしても構いませんが、 シングルモルトの場合は本来、香りや個性の違いを楽しむ酒なので、 それが判らなくてはつまりません。 氷は香りも味も殺してしまいます。 冷やすと本来の味が判らなくなるからです。 だからシングルモルトの場合には、やはり最初はストレートで飲んで欲しいですね。 ただしカスクストレングスのように60%と云う度数には慣れていませんので 水だけを加えて水割りにする飲み方もあります。 シングルモルトの水割りと云うと氷を入れず、 水とウィスキーはせいぜい1:1までに、アルコール度数は20%以下に することはまずありません。
2002/11/17 モルトウィスキーに入る前にウィスキーの大まかな用語の 解説をしたいと思います。
2002/10/17 ブレンデッドの風味を親しんだらお次はシングルモルトウィスキーで スコッチの個性を味わってみたいもの。 シングルモルトとは他の蒸留所のモルトを一切混ぜず ただ1つの蒸留所だけで造られたモルトを瓶詰めにしたものを云う。 それぞれに味わいもシンプルで素性のはっきりしたウィスキーである。 現在数百ヶ所あり、ほとんど蒸留所の名前がそのまま ウィスキーの名前になっている。 ただし種類は数百本ではない。 熟成年数、蒸留年の違いなどで1000種類以上あると云われ、 シングルモルトもワイン同様、実に多種多様であるのだ。 モルトの風味は蒸留所の立地や気候、 さらにさらに水やピートなどの差で蒸留所毎の味わいが異なる。 ハイランド、スペイサイド、アイラ、キャンベルタウン、アイランズなどの地域。 大まかであるが地域ごとに味や風味の特徴がある。 2002/09/11 お久しぶりです。 さて、アッと云う間に2ヶ月もの月日が過ぎてしまい、 皆さまより 「マスターのひとりごとは・・・」 という催促があり、 やっと重い腰をあげた次第です。 今回は前回の続きで、バーでの遊び方についてお話ししましょう。
お話ししようと思います。お楽しみに。 2002/07/07 皆さん、初めてバーに飲みに行くというと少しかしこまった感じがして、 どのようにして飲んでよいのかわからないなどという事はありませんか? 今回はバーでのスマートな飲み方についていくつかお話ししましょう。
バーで楽しむにはお客様とスタッフで、バーの雰囲気を創り上げることだと思います。 次回もいくつかカクテルについてお話ししたいと思います。 ではまた… 2002/06/04 今回はショットバーについてお話ししましょう。 1960年代はそれぞれの店の規模に応じて国産のリキュール等酒瓶が バックバーに並べており、特に輸入物等の高価な洋酒にこだわっている店は オーセンティックバーと呼ばれていました。 ショットバーという呼び方も長岡では当店が最初です。 1970年代に我々の業界に革命的と云えることが次々に起こりました。 お客様のウィスキーをキープするシステムとカラオケです。 業界に全く縁のなかった人達が次々とお店をオープンし、 アッと云う間に数倍になり、同時に女性客が一人でもバーに 飲みに来られるような時代になりました。 現在はシングルモルトウィスキーをはじめ、カクテルにこだわりを持ち、 お客様の多様なニーズにお応えできる我々の業界が、 多くの皆さまに認知されておる事に無上の喜びと より一層切磋琢磨を重ねばと思う日々です。 ショットバーはお客様のオアシス、心身ともに癒しの場として、 また車のハンドルと同じように少し余裕のある人生を歩むためにも、 人間遊び心を大事にしたものです、ネ。 何でも手に入る時代にポリシーと夢を抱いていけるような、 それぞれの美学を持つことが男子の本懐かな? 2002/04/17 さて今回は私のこの道に入ることになったきっかけをお話ししましょう。 私は18才から3年間海上自衛隊におりました。 2年半の間、男だけ250人が狭い艦内で汗まみれの生活をしておりました。 最後の年の正月休みを6日間もらい、京都から汽車に乗って帰郷する予定で 前に1回行ったことのあるバーに時間になる迄のつもりで入りました。 その店はママが35才くらいで、ホステスさんが4人程いました。 ほどなく店がたてこみ始め、ママに(冗談半分だったと思いますが) カウンターの中に入らないかと誘われ、艦でコックの経験もあったので カウンターの隅の調理室の所で洗い物等を手伝うことにしました。 ママのお色気と若いホステスと一緒に仕事をしていることが信じられない世界に思え、 時間の経過も忘れて気が付いたときにはもちろん帰る汽車もなく、 仕事が終わるとママさん達と 夜食を食べに行きました。 帰艦しても興奮さめやらず、3年の満期を待ち除隊したような次第です。 港にあがっても、これという才能も持ち合わせていない私には、 その先の苦難も知ることもなく、キャバレーのウェイターとなり、 この業界の第一歩を歩み、その6ヵ月後に和田さんの勤務しておられる クラブはまゆらにバーテンダーの見習いとして勤めることになった訳です。 それではまたネ。 2002/03/24 はじめまして、中坪です。 私は来年でちょうどバーテンダー歴40年を迎えます。 この間多くの人達にささえられ、また支援戴き、 今日があることを深く感謝申し上げます。 なぜバーテンダーにこんなに深く関わってきたのか、 やはり原点は1963年に生涯の師匠として敬い尊敬する、 今は亡き和田真明氏との出会いです。 何事にもパーフェクトを求め続け、例えばオンザロックの氷も シェーキングの氷も大きさを変え、丸い氷を使用し、 シェーキングにいつも同じ大きさのアイスを2個使用することにより、 何回作っても同じ味覚をだせるようにしていました。 今日全国でこの丸い氷を使用していますが、ベテランのバーテンダーは この氷を和田氷と云ってます。 また、バーテンダーという職業を世間に認知して戴くための草分けとして 大変な努力を重ね、昭和45年 社団法人設立が認可され、 現在では全国に9本部3千数百人が活躍しております。 この和田さんとの出会いを大切に心に刻み続け、現在に至っています。 人との出会いを楽しみに、より感動を与えられるような店作りを、 従業員徳間妙子と共に、 頑張ってまいりますので、宜しくご指導下さい。 次回より、少しくだけた楽しい話に致しましょう・・・ |