このインタビューは『FACE』誌に掲載されたインタビューの抜粋です。
interviewer やっぱり錆がね、絵画にしても彫刻にしても、美術の一要素になってきたのはやはり戦後美術、最初はやっぱり立体だと思うんですよね。
interviewer 錆はもの性が強いからね。色材として捉えるかどうかというのが、なかなか難しいんじゃないだろうかね。
絵具として錆っていうのは、なかなかとらえづらいとは思いますね。でも絵具形式で売っているものですから、しかも岩絵の具を使ってたわけじゃないですか。同じようにツブツブだから、ぜんぜん違和感なくはいれましたけどね。
interviewer ブロンズの彫刻の場合に緑青がでてきますよね。それなんかはちょっとテクスチャーとして昔からもあったんじゃないかと思うんだけれど。
interviewer あれはでも目的として使用してたわけじゃないでしょう。緑青をふかせるということを。
interviewer そう、結果としてあらわれてきたものですよね。
いまは彫刻でも目的になってますけどね、FRPでやった後で表面に塗って、それを腐食させて緑青をふかせるというやりかたですからね。
interviewer 絵画として錆を使いはじめたのは、すっごい新しいんじゃないの。
interviewer 近代までの画材って油彩か水彩だったわけじゃない。まあそれは現代になれば多様になってくるけど、でも日本画の画材って色材でいうと粗さのちがう鉱物なわけで、もちろんメディウムが膠ということで日本画独特の質感がうまれるんだけど、しかし鉱物という特性を考えると錆なんて、たとえば金箔や銀箔という金属を多用する日本画では、あまり西洋的な意味での色材に重きを置く必要を感じないような気がするよね。
あとね、陶芸なんかでも、錆を漉してね、赤い釉薬をつくったりとかしてね。なんていうんだったっけねぇ、あれ。鉄釉っていうんだなあれは。すごい質のいいエンジ色みたいな発色が出てきれいな色ですよね。
interviewer 色に対する解釈が日本画においては西洋と違うんだよね。
日本の色彩というのは自然の色を取り入れているというかノ。
interviewer 彫刻なんかだとアンソニー・カロなんかが70年代から錆を強調しはじめるんですよね。ただ、ニスコーティングしてますけれども。60年代まではスチールに彩色なんですよね。
interviewer プライマリーストラクチャーと言われてたよね。
interviewer そのとき色を塗った大きい理由というのは、やっぱり素材感を消すということ。だからホントは数百キロもあって非常に思い物なんだけども色を塗ることによって、軽くなったように感じられるというノ。だから、カロは物質性から彫刻を解放したということで、ひとつ評価があったわけだけども、そういうカロが70年代から、物質的なものというか、錆のテクスチャーにいって、現代に至るんですよね。
interviewer それは物質性に回帰しているとも言えるよね。
interviewer そうなんですよね、だから萬里さんの場合は回帰なのか何なのかねノ。
interviewer だから色ではあるんだろうけれど、さっきから話しているような萬里さんの作品に現われているバーントシェンナやローアンバーというのは、色として僕らは認知していないようなところがあるよね、錆であるということで。ようするに色って錆のように著しく変化しないところがあって、でも錆は必ず腐食変化していくというところが強くあって、そう言う意味で僕らは錆を色材というふうには捉えていないところがどっかある。
まあそうだな、単純に色とだけは捉えてないですよね。
interviewer それがさっき言ったような日本画で使用する色材の流れと呼応してくるかなという気がするんだけどノ。日本画では鉱物だとか金属だとかいうものを色材としてあまり意識しないで自由に使える感性があるじゃない。
そうですね。僕なんか日本画出身だからよけいありますね、あまり違和感がないというかノ。(色彩のある小品を指しながら)これなんかは色を完全に作っているでしょう。日本画の場合は混色できないわけだから、素材をそのまま使うっていうことでノ。結局認識としてそういうのはわりと残ってるんですかね。
interviewer 萬里さんが大学に入った時、日本画学科だったわけだけども、人によっては、いわゆる現代美術の洗礼みたいなものを受ける人もいたりして、(画集を見ながら)たとえばこれ李禹煥さんですけども、立体作品とか彫刻におけるね、鉄を使った素材のものの錆とかっていうのを意識されたことってありました?当時は。
う〜ん特に考えたことはないなぁ。あの〜絵画も立体もそんなに違いがないと考えてるんで基本的には。絵画は物体だという点では立体であるという認識がありますからね。僕が現代美術に触れたのは大学院の頃で、その頃はバリバリに日本画を描いていたんですけども、銀座の画廊をまわってる友達がいましてね、その頃。たまたま一緒についていった時に、あっ、なんで自分こんなことやっているんだろうっていうのが、いちばん最初だったですよね。
interviewer その体験はある種のカルチャーショックだったわけ?
カルチャーショックだったですね。その当時はインスタレーションが流行っていて、86年頃だったかな。いままでやってた図像を扱うといった絵画というのではなくて、もっと本質的な立体性だとか素材性だとかいうものを考えはじめたりとかね。
interviewer 絵画と呼ばずに平面と呼ぶような洗礼というかノ。
interviewer むしろ大学院にいってからですか?
いや、もう大学院を卒業するぐらいのときですね。錆がひっかかることってのはなかったですね。むしろ意識の問題とし普通にてあったということで。でも錆を使った作品はたしかに多かったですけれども。たまたまその頃使っていた絵の具に、ちょっと面白そうだから日本画で扱ってみようかなと思って使ったのがいちばん始めですかね。だから普通の岩絵の具と一緒に画面のうえにのせて錆をなかに、日本画のなかにいれていくというのが最初で。だから最初はちょっとしか使ってなかったんですけれども。そのうちいつのまにかそっちがメインになっちゃってノ。(笑い)
interviewer 油絵の具なんか使ってるとさ、ものすごく時間がかかるのよね、なんというか自分が使えるようになるまでに、それをものにするのにね。素材においても技法においてもノ。日本画ってそのうえに、もともと多様な素材を混ぜ合わせて、その場で絵の具をつくりながら絵を描いていくよね、それも作業のうちってところがあるじゃない。チューブ入りの絵の具が用意されているわけじゃないから。そういう意味でいろんな素材を取り込みやすい事情ってのがあったと思うんだけど。
日本画って膠と水じゃないですか。だからほかのものが入れやすいんですね。油と違って。ネパールのね、外壁に塗る土を塗って使ったりもしましたけど。これは半立体でしたけど。お見せしましょうか。(作品を出してきて)これですね。これをリキテックスのマットメディウムで使ってますけど、本来家に使う時はただ泥を水で溶いてノ。
interviewer ああこういう色になるんだ。ベンガラの薄いのみたいだね。茶色とかそういうの萬里さんは好きなんだね。もともと本当にね。(笑い)いや〜なんとなく僕は気持ちがわかるんだよね。絵描きの表面性とか表面にたいする独特な趣味というのかね、そういう思いってあるよね。なにかノ。
interviewer 僕個人の話しをちょっとさせてもらうと、学校に入るまではね、美術ってこういうものだっていう文化的に刷り込まれた先入観があるわけでしょ、つまり美術イコール綺麗なものみたいな。で、わりと僕のいた科は現代美術系の意識が強い人が多かったので、そのときにたとえば、この李禹煥さんなら李禹煥さんでね、こういう錆を強調したようなものを作っているっていうのを見てね、ああ、錆も綺麗なんだみたいな、そういう意識みたいなものがでて、自分としては、美の認識が一段高くなったようなそんな気がしたんですよね。いま実はちがうんですけれども。だから主に僕が錆ということに関していうとやっぱり基本的には立体ですよね。萬里さんみたいな人はまあ始めてですよね。
でも僕も最初なんで錆を使おうかって、全面でその鉄板のようにしようかと思ったのには、多分に立体を意識したってのがありますよ。立体の表面というか絵画そのものが立体的であってほしいという願いがあったんで。
interviewer 僕なんか考えるのは、李さんの場合の錆っていうのはさ、あまり作為がなくってさ、表面が自然に腐食してうまれてきたようなものとしてでしかなくってね。でも絵ってのは、なんらかの作為をしていかないと絵になっていかないところがあるじゃない。ものの生得的なものとしてではなく、加えたり拭き取ったりすることによって絵画が成立してくる、うまれてくるじゃない。そこの違いって結構大きいよね。
それは大きい問題ですよね
interviewer だけどほら、たとえば僕らが道を通りかかったりしていて、ふっと通りの壁を見たときに、こりゃあ、いい絵だなって思うことがあるよね。あの作為のない自然にスッと入ってきてしまうような絵画ってもしあるとすればスゴイと思うよね、ときどきね。
だからそこで考えるのは、物体としての表面と絵画としての表面というのが、どれぐらいせめぎあうのかという、そのへんで作りたかったんですよね。
interviewer 僕なんかもたとえばコンクリートのブロック塀が綺麗とかね、そういうのはありますよ。じゃあその時に萬里さんとか芝さんは絵画的に感じるわけですか、それを。
絵画的に感じてますね。あるいは、紙のランチョンマットに、ファミリーレストランなんかでコーヒーがこぼれてまぁーるくシミができたりしますよね、あれ見ても、うまいところについたなあ、なんて思いますよね。そういう意識って結構絵を描く人ってあるんじゃないかなって思いますけどね。そういうの気がついちゃった人は、あれなんじゃないですか、楽しみが増えていいんじゃないですかね。
interviewer 以前はねそういう場面をさがしては写真におさめていたことがあってね。電車に乗っていて、線路の脇をとおりすぎていく壁があるじゃない、あれいいなあと思ってもそこに行ってじっくり見れないじゃない。電車のなかで急いでシャッターを押したこともあるよね。
interviewer 赤瀬川原平さんなんかがトマソンをやってたときで、ブロック塀とかを本当に写真で撮って、抽象絵画といって出すとかね、そういうふうなことをやってたけども、あれはやっぱりパロディーなんですよね、半分は綺麗だと思っていて、半分はでもやっぱりそういうのを撮るってことがパロディーになっているんですよね。
interviewer う〜ん、でもたとえば僕なんか和歌山の海のそばで育ったから、近くの海岸に捨て置かれた船があってね、その船に赤く塗られたペンキのあとが剥げ落ちていて、廃材なんかといっしよに鉄クズも積み上げられていて、またそこに吹き出た錆なんかがいい具合に僕をひきつけるのよ。もうただそういうのを写真に残したくなるんだよね。あれはやっぱり収集癖なのかね。そういう気持ちってあるでしょう。
そうですね、ありますよね。それを作品化するんじゃなくって、ただとどめておきたいってね。その時の感覚を蘇らせるためにね。
interviewer そうですね。何なんですかね、そういう感覚ってね。でも一言で言うとそういうのって、廃れているものですよね、廃れたものに対するシンパシーでしょう。ある種のノスタルジーというか、
そうですねノ。ノスタルジーなのかなノ。
interviewer 僕にしても萬里さんにしても、今の話しを聞いていて思いだしたんだけど、以前、古色の話しが出たじゃない。日本画の古い屏風絵なんかの、当時の絵なんかが完成した時ってのは色彩なんか、とっても絢爛豪華だったんだろうけど、永い年月を経てきて、古くなって落ち着いた現在の色彩を今見ていると、そのほうがあたりまえに思えてきて、当時の姿をみていないからね。ああいう古くなったものに対する、憧れというか、思いって強くあるよね。
子供の頃見ていた絵って古いもの、古い絵ばっかりでしたから、絵なんてそういう色をしているもんだっていう既成概念があったですよね。それこそ宗達とか、そういうのを子供の頃美術館とか連れていってもらってね。新しい近代日本画というよりは、どちらかというと経験してきたものが、古色を帯びているようなもののほうが多かったような気がしますね。いちばん最初にね、現代美術というものに触れたのが18歳のときで、家族でねパリに旅行したときに、パリの現代美術館にいって、その時なんですよ。その時に展示してあったのがキューピーの人形をですね、そうだなあ体長が7cmぐらいのキューピーの人形をアクリルの箱のなかにビッシリ詰めてあったりとかノ。
interviewer アルマンかな?
いや、名前ももう全然知らない人でね、そういうのが特別というか、個展かなんかだったですよね。それを見て何じゃコリャっていう感じで。(笑い)
interviewer あまりいいものとしては見れなかった?。
いいものというより、ものすごくキッチュなものでね。でもそれなりに、ほう面白いなって、こういうのもあるんだなっていうふうな感覚がありましたね。
interviewer じゃあ、一方で古いものがやっぱり好きで関心があって、だけどまたチラチラッと断続的にいわゆる現代美術みたいなものに興味があったという?
ちょっとずつはノ。
interviewer じゃあ、さっきの錆の話しに戻ると、いま新しい作品を描いているけど、それは古いもののように作っているわけ?(笑い)
いやあ、あのう落ち着く色が好きなんですね。僕はね。
interviewer ちょっと絵のほうに話しを移して、聞いてみたいんですけど。やっぱり材料の特殊性について。錆カラーというのを使っているんですよね。あれは本来の用途としては、何に使うんですか?
教材用ですね。粘土やなんかで像を作りますよね。クレイという粘土なんですが、それに塗ってですね、鉄のものに見せたりとか、ブロンズで出来てるように見せたりとか。つまり偽物を作る、それに使うものですね。表面処理のための素材ですね。
interviewer 工業的な用途では一切使われないですね、じゃあ。
なんかあるかも知れないですけどねノ。舞台美術やなんかでは使っているかも知れないですね。
たとえば動物園なんかで偽の岩か何かに使っているかも知れませんけどね。画材とゆうより工芸用というか。クラフト素材ですね。
interviewer 組成というか、それは何でできているんですかね、錆カラーは?
アクリルのメディウムなんですけど。鉄粉を、砂鉄をアクリルのメディウムに溶いている、というか、からめたものです。真っ黒なものですね。
interviewer 経時変化というのは、ほっといても起こるけれども、促進させるということですか。
そういうことですね。促進させるというか、その材料についている腐食液、塩化アンモニウムですね。セットになっているんです。アンモニアですね。
interviewer どれくらいで定着するんですか?
早いですよ。完全に定着するのは24時間くらいで真っ赤になっちゃいます。
interviewer ここまで赤くなると進行しなくなるの?
止まっちゃいますね。もう表面だけで要素がなくなっちゃいますからね。鉄の錆ってのは進行が0から100まであるとすると、100がいちばん錆た状態としますよね、それは真っ黒なんですよ。崩れる時がノ。それで浅いときは黄色っぽい色なんですね。ようするに黄色い錆はあまり錆ていないというか、腐食が進んでいないということで、まだまだ進行するということですね。黒くなっちゃったらもうこれ以上進行しませんよってことですね。
interviewer 黄色から赤へ、あるいは茶色へ、そうして黒へと変化していくわけですね。
interviewer あのう、うしろに置いてある、あの作品なんかは、いくつかの色差があるけども、もう進行を止めてあるの?あの黒い部分なんかは。
一応止めてあります。あの黒い部分は元の全然錆びてない状態なんです。
interviewer つまり腐食液をかけていない色なんですか?
interviewer あの地のほう?
まあ、どっちが地でどっちが図かわかんないってのもミソなんですけれどノ。
interviewer その酢酸でね、錆さして、何十年も放っといたら、ようするに自然現象としての腐食化が再び起きるってことがあるんですか?
まずないと思いますね。普通の状態で保管していれば。たとえば湿気なんかがひどいところだと、さびる可能性がありますけどね。
interviewer 少し色の変化がある程度でしょう。表面だけだから。でも考えてみると画期的な素材、画材といえるよね。
そうですね。色材として考えればね。
interviewer 他にやってる人います?
使ってる人いますけどね。全面でこういうふうにやっている人はいませんかね。他に見たことがありませんね。これじゃなくて紙に、同じ会社の同じ塗料なんですけども鉄錆じゃなくて、銅のやつをやってる人がいたことはあるんですが。緑青ですね。
interviewer そういえば秋山潔さんという作家が、これは薄い鉄板を腐食させて版画の要領で和紙に錆を写しとるような作品を作っているね。緑青なんかも実際に銅板を腐食させて同じように版にして、作品を作っています。あと河口龍夫さんも使っていましたね。
あと、岡田真宏さんという方が使ってましたね。そのうちこれ高くて使ってられないよといって、自分で砂鉄を買ってきて調合するって云ってましたね。
interviewer そんなに安いもんじゃないんですか?
いや、高くはないでしょう、、日本画絵具とか油絵の具なんかとくらべればノ。いかに現代美術家が貧乏かっていう話しかな、これって。(笑い)
interviewer 支持体は?
支持体は現在は、キャンバスです。アクリルキャンバスにジェッソとモデリングペーストで目止めをして、そのうえにペンキを塗ったりとか、あるいはアクリルでベタに下地を作ってその上に錆カラーを塗って、以前はモルタルでパネルに直にやってました。あの頃は盛り上げたりして、その影が絵のなかに入って、それが図になっていったりすると面白いかななんて考えて、デコボコをつけてましたね。
interviewer すごくマチエールというかゴツゴツした表面から、今どんどん薄い平面へと変化してきたんだね。
interviewer 下地と錆カラーの液体の相性というのは問題がないんですか?定着において。
全然問題ないですね。錆カラーは何にでも塗れるということで、万能ですね。
interviewer ほかの絵の具はもう一切つかってないの?
一切使ってないですね。錆カラーだけですね。あとは下地にアクリルの溶剤を使うだけで。地作りでね。ベタ塗りで使ってますね。
interviewer だからこの結構多様にみえてくる色彩、ブラウン系の色って、錆がもってる多様な色幅なんだね。そうして最終的に水性ニスを塗って磨いたりしているのね。
interviewer もうちょっと物質的な時代の作品の話しを聞きましょうよ。さっきデコボコしたテクスチャーが、影って云ってたでしょう、萬里さんが。
そう影が出ますでしょう、光りがあたると、それが線になったりとか薄暗い面になったりとかっていうノ。今から5年くらい前までですかね。それまではモルタルでやってましたね。その時はね、とにかく絵から離れたいというか、絵画でありつつ絵画でないというのを、自分からこう、積極的にね、絵の道具なんか使ってないよ、色材なんて使ってないよという素材性のほうが強かったですね。半分絵画で半分絵画じゃないというような、物体絵画というかね、だから壁のシミやなんかと同じような発想ですかね。 いちばん最初に錆を使い始めたのが12年くらい前になりますね。...。その頃はもう素材に振り回されてね、どの程度の濃度に、ようするに腐食液をどの程度にしたりとか、腐食時間をどういうふうにしたりとか、どれくらい濡らしておけばいいのかとかね、そういう調整の仕方で色を出すっていうのをやってたですよね。
interviewer これすごい微妙な差異なんだけれど、色数で云うとどれくらいあるんだろうね。
どれくらいありますかね。判定不能ですよね。
interviewer これって総称して、さっきローアンバーとかシェンナとかいってたけど、茶色っていうのかな。でもこれさ、黒からとにかく腐食が進行した黒までずっとあるわけでしょう。グレーぽくなるという段階もあるの?
あのね、グレーっぽくしたい場合はですね、錆させないでそのまま磨く。つまり鉄のクロガネ色って云うんですか、あれはね。
interviewer 結構だから色幅はつくれるんだね。
interviewer 下の部屋にね、この間おじゃましたときにあった、緑のね、緑青みたいなのが入ってる部分があるじゃないですか。あれは、銅系の錆カラーと鉄系の錆カラーを混ぜるんですか?
混合したやつですね。寒色系が出てくるんですね。青とか緑とか、下に銅をひいといたりすると。それが浮き上がってきて鉄錆のあいだからジワッとこう、緑がひろがってくるんですよ。ただあまり今はやろうとは思わないんですけれどノ。今は単一素材でやりたいってのがあるんで、水墨みたいにねノ。色で見るんじゃなくて僕は明度で見るタイプの画家だから、水墨的なんですよ、たぶんノ。
interviewer あとイメージについてなんだけど、一見抽象絵画なんだけどノ。何か、画面に現われてきてるものを感じるんだけど、イメージとしては何かこう具体的なものってのがあるの?
案外ありますよ。もとになっているものは。たとえば花をノ。茎を描いて花びらを描くってのじゃなくて、その一部分とかね、部分のラインを使うとかね。これなんかは犬の足の肉球をちょっとイメージしたりとか。
interviewer ただそれは作品のもっとも重要なものってわけではないんだよね。切っ掛けでしよう?絵描きって、これはすごく個人的な問題ではあるんだけど、なにかとっかかりがないと絵が描けないところがあるよね。イメージというかね。それって何なんだろうと思ってたんだけどノ。
それは毎回いつも苦労するところなんで。僕は日本画をやってる頃、社会的な、たとえば都会に於ける問題とかね、そういうものを描きたかった、また描いてはいたんですけども、日本画の講評会でそういうこと一言も触れられないでね、ここの色がどうだとかね、このタッチがどうなのかとか、線がどうだなんていうことばかりで、なんだ絵ってそんなものでしか見ないのかって、がっかりしちゃいましてね。それでもう、僕はこんなことやってちゃだめだと思って、そういうことって口で云えばいいことであって、絵画の問題じゃないじゃないかってね。たとえばジェンダーにしろ、社会問題をテーマにやっていたとしてもですね。それを声高にさけんでもしょうがないなと考えてね、そういう思いが抽象にはいる切っ掛けだったかも知れませんけどね。
interviewer そこがポイントだと思うんですけども、講評会とかでですね、先生がここの部分のあれがどうのこうのっていう絵の話し、だけども萬里さんはね、一個人としていろんなことを考えて生きているわけじゃないですか?で、そういうところで乖離があるわけでしょう?だけれども今抽象絵画というか再現的なものじゃなくていいんだっていうふうに戻っても、でもそういう社会的なものに対する意識というか、広い意味での社会的な意識だと思うんですけれども、それはなくなるわけないと思うんですよ。
いや絶対入っていると思うし、それを考えて描いていますね。当然、そのへんの機微がね重要なんですよ。それを唯一つなげられるかなと思うのは、題名とかそういうものですね。
interviewer このあいだの中村一美氏と和田賢一氏との話しのなかでもそういう話しが出ましたね。
answer 今回の個展の場合は全部その「タブー」というテーマでですね、今ネタばらししちゃうと、たとえば云っちゃいけない言葉とかありますよね、普通は伏せ字にしたりとか、◯◯とか、あいだを抜いて想像させますよね、最初の一文字だけを使って、たとえば「あ」という言葉で、「あ」から始まる口にしてはいけない言葉、これは「あ」でこっちは「い」で、そうする切っ掛けを設定することによって、見る人が「あ」で云っちゃいけない言葉って何って考えるじゃないですか、ようするに自分が投影されるわけです。逆接的にね。自分がこっち側から考えて設定したことっていうのと、他者との間でどれくらい差異があるのかというのがノ、結構そういうのに興味があってねノ。
interviewer 面白いですねノ。あの、もうちょっと物質性の話しをしていいですか?いまのねタイトルのことも関わるんだけどね、なんでも外国の作家と比べるのも、問題あるんだけれど、たとえばキーファーなんかがね、錆とか、あと緑青とか、鉛とかね、すごくやって、名を馳せましたよね一時期、で、キーファーはドイツ人でナチス問題とかあって、それで、まあタイトルもものすごく文学的だし、あと、そういう歴史の重い話しが、そのまま絵画の物質性みたいなものと関係していたと思うんで、これはその錆とかそういう物質的なものが絵画で出てきた、近年の例だと思うんですけども、キーファー展が90年代の頭ぐらいにありましたけど見ました?
見ましたよ。(図版を見ながら)僕は好きですね、この人のはね。やっぱりノ。あの、うまく素材とテーマとが合わさってんじゃないかなって感じがしますけどね。で、なによりもやっぱり、僕この質は好きですからね。こういった質がね。痕跡とかたたずまいとかの魅力、やっぱりそっちがいいですね。僕はノ。
interviewer 芝さんなんてキーファーをどう見ます?
interviewer 僕はたとえば日本人にある出自というか、根底のものと、キーファーの持ってる根っこにあるものの表面的な違いはあるんだろうけれど、つまり人種の違いとか宗教の違いとかね。しかしもうちょっと突っ込んだ奥にある、つまり日本人とかドイツ人であるという次元を超えたところで繋がってくるような人間としての原点の部分で、何かあるような気がするね。実際に起った悲惨な現実も含めて、悲愴感であるとか、痛みであるとか、そのもっと底流から滲み出てくるような感情のようなものがずっと滞積していて、重くのしかかって迫ってくるようなね。
結局キーファーが持っているもの、ドイツ民族が持っているものって僕らは理解できないということですね。と同時に僕らは日本人でありますけれども、同じようなものをたぶん第二次世界大戦のときに味わっているはずなんですけれども、今、その戦後世代としては、そういうものは一切、日本では嗅ぎわけられないではないですか、そういう教育をされてないわけですし、そういった重さっていうのを背負わされていないわけですから。そういうのをやった人ってのは、丸木位里とか、素材はまあ普通にやってましたけどノ。あれはでも本当にリアルな体験があるから、ああいうことができたんで、僕らが今あれをいくらやっても、全く説得力が無いですしね。
interviewer だから、さっきも言ったような、もっと深層的な根底の心理というか、感情といったところに根ざした次元が、ある種の普遍性を持ってくるんじゃないかな。そういう気がするんだけどね。たぶん、だから、いま萬里さんが言ったような、最初に感じていたり、考えていたりした、社会的な問題とかが深層的な普遍の問題と絡んでくるんじやないかな。どうも、これらは、絵画の共有性という言い方ができると思うんだよね。
だから、それこそ、さっきの壁のしみが、絵に見えるか見えないかという、見える人は無理なく見えるし。それをわからない人は、まったく見えないってこと、当然あるはずですよ。それは見る人の経験にもよりますし、いろんな要素がからんできますよね。
interviewer じゃあ、ちょっと最近の展開の話しにいきましょうか。今発表前で制作していますけど、それまでは、錆のテクスチャーというか、物質感をかなり、たとえばそこにある小品でもそうだけど、強調する方向でやってたんだけども、今度それをサンダーで、削り落とすことをやられてますね。
そうですね。まあ、削ったり、磨いたりということですね。
interviewer 磨くってことで、いわゆるテクスチャーみたいなものを消去していく、一度作ったテクスチャーを消去していくという方法に、今いってるわけですよね。その結果として、さっき芝さんが言ったように油絵の具の色目でいうと、アンバーとか、シェンナ系の油絵的な色彩及び空間性みたいなものが出てくるわけですけども、錆というのは、ある意味、物質性ってかなりアピールできるものなわけですよね。それを消していくというのが、ある意味すごく度胸がいるというか…。
いや、同じですよ。結局、目的は。ようするに素材感というのが邪魔になってきたというか、あるいは意識が飾りをとっていくという感じなんですけどね。絵というアプローチからすれば、錆というテクスチャーっていう、余剰の部分じゃないですか。お楽しみ部分を取っていって、本質をもっと作り上げていくってことですね。より絵画に近付いていくっていうことなんですね。意識としては削る前も後も同じなんですけどね。素材を見る前に空間を見ているみたいなことはあって、より空間を意識してるんですね。で、なんで削ろうかと思ったのかというのは、腐食させるバリエーションを変えることで、作っていったわけですけど、あの、なんか空しいんですよね。やったという作業がもっとしたかったというような、充実感が、ようするに作る側の充実感をもうちょっと優先させましょうよ、みたいなところがあって…。
interviewer 美術家というのは、やっぱり素材感を強調するところが、一面かなりあって、つまりこういうふうにやると皆ビックリするわけですよね。こういうふうに画面に錆を腐食させて盛り上げるようにテクスチャーを作ると、いわゆる俗な言葉で言うとインパクトがあるわけですよね。そういうのを、いま抑制的になっていってるから、ある意味すごく、なんていうのか、見る人にサービスしない方向というか…。
見る人にはサービスじゃないんですけど、やっぱり、作る側にはサービスしてくれてるわけですよね。(笑い)つまり自分にサービスしちゃうんですよね。
interviewer それは大事なことですよね。つまり僕は今、キーファーは好きじゃないんですよ。みごとな、すごい力わざだとは思うんですけどね、7、8年前に日本でキーファーちょっと騒がれましたよね、特にねナチス問題を描いているから偉いんだというような文脈も一方であって、これからはキーファーだよみたいな、そういうのがね、どうもね。ゲルマン神話とかありますけどね…。おそらくキーファーの受け方は、その錆の象徴性なんですよ。石とか草とかくっつけるというのは…。
interviewer 時間的経過の問題でしよう。ノスタルジーな記号というか、それってたぶん。忘れ去られていくとかそういった悲惨な出来事を忘れないようにとどめておきたい、あるいは呼び起こすための装置としての…。
髪の毛なんてまさにね。記号でしかないですからね。
interviewer だから、萬里さんの話しに戻れば、なんだろうな、記号性、象徴性からやっぱり空間性へということになるわけで。しかし萬里さんだって純粋抽象をやってるわけじゃないんでね。
何か込めなきゃやってられないっていうかね、絵が描けないですからね。
interviewer そうですよね。まあ主題というかさっきの学生のときの経験ですかね。その話しとも関係あるんだけども、日本画時代の作品の図版も見せてもらったんですけれども、あれはいわゆるこう言っちゃ失礼ですけど、わりとその団体の方で多い、半分抽象、半分具象みたいなものですけども面白かったのはね、萬里さんのなかに、現代人て都市に住んでるんですから、関係なくはないにきまってるんだけども、その都市というテーマがひとつね底流している、その現れ方は、学生のときからこういうものにまで、変化してくるんだけども、都市っていうことと錆っていう素材もどこかでつながってくる…。
うん、多分にそういうイメージありますよね。言葉で説明と言われても困るよな、それは…。
interviewer ただ、都市が鉄とコンクリートで出来ているというのも文学的なニユアンスなんだけども、それで、錆っていうものが出てきて。
朽ちていくっていうね。
interviewer だから、さっきノスタルジーと言ってたけれども、たとえば崩壊的なイメージにね、なんかこう、無意識的に、ある志向があるとか、無意識だったらむろんわかんないわけだけど…。
interviewer 最近の作品は朽ちていくというより、逆説的に錆びていく、朽ちていく素材でありながら進化していく、あるいは生成していくような、ひとつの未来像を作っていくような…。
たしかに言われるように、前は朽ちていく方の使い方をしてたんですけれど、いまは作っていく方向に向かってますね。
interviewer 未来像といっても、未来がこういうふうになるっていうイメージではなくて萬里さんが描いているってことが現在性というか未来性というか、絵を作るってことがあって…。ただ、今ほとんどの作家って兼業してるから、萬里さんも都市関係の仕事でしよ、コンピューターを使いこなしてね。なんかね、きっかけとして、都市ってのがあるんじゃないかなってね。
あのう、僕が考える都市っていうのは、建物やなんかというよりは人間であるという、この精神やなんかが飽和状態になっていくほうの都市が最初のイメージにあって、そういうものはたぶん変わってないと思うんですよ。しょせん人間の行いであるというね。だから、錆の価値としては、それこそ朽ちていく素材というふうに捉えていましたけど、いまはもう完全に絵の具と同じというか、つくり出すための道具、ようするにこの画面をつくり出すための素材でしかないということですね。
interviewer 限定のなかの非限定ですね、まさに。(笑い)限定されたなかで、ものすごいひろがりを持たせると言う意味でね、要素が少ないなかから多様なものを引き出すって面白いよね。
interviewer 美術の面白さってそこでしょうね。やっぱり。
interviewer 墨に五彩ありなんていい言葉だよね。
interviewer 錆に六彩ありていう感じなんですかね。じゃあ今は。(笑い)
interviewer でもまあ錆を色材というふうに捉えるようになって、変わってきたのかも知れないね。
より絵画に踏み込んだように思いますね。
interviewer サンダーで磨く、削るていうのは何年前からですか?
去年からですね。
interviewer 以前写真を見せてもらった時、厚みがすごかった時期があるんですよね、それが薄くなっていますからますます絵画的になってますよね。
(図版を見ながら)この頃ですよね、影をとりこんでいたのは…。物体ということで考えると厚いか薄いかのどっちかなんですね。
interviewer 物質性を強調していた時期と比べて厚みというのも意識が変わってきたのですか?
そうですね、だから厚みというのは物体感とリンクしていたわけですから、絵画空間ってことを強く意識するにしたがって、べつに厚みはいらないし、普通のパネルにキャンバスでいいじゃないかということになりましたね。
interviewer その頃はやっぱり何かイメージはあったわけ?今みたいな。
answer ありましたね。多少は、ようするにどうしても空間を作るからには何かしら図と地というのがいるから、一時期、ようするに、陣立てというのがありますよね、昔の、それの図ってのがあるんですよ、それをちょっと持ってきたりとか。いわゆる構成のレイアウトというかね。関ヶ原の西軍と東軍の陣立ての位置関係だったりとかね。それはあくまでも物語性ではなく、とっかかりとしてであって、深い意味はないですけど。
interviewer 垂直性とか水平性とかはどうなの?
全然意識しないですね今は、昔は多少ありましたけど、いまは奥行きが問題ですね。グルングルン回しながら描きますから、そうして決めていきますよね。
interviewer すごく微妙なバルールといっていいのかな、でも基本的にモノトナスな画面だと思うんですよね。物質的な時期の作品は緑青なんかを使ったりすると意外に明度や彩度が高かったりするところがあって、そういう意味では、かなり色彩に対して抑制的ですけれども、色に関してはどうですかね。基本的にブラウン系統は好きという、好みは絶対維持されると思うんですけども、色の出しかたですが…。
錆のもってる色幅がぼくにとって今は十分なわけで…。変わるかも知れないですけれど、今は十分ですね。
interviewer 墨をつかって描いているときって、あまり色彩を考えていないよね。
考えていないですよね。
interviewer やはり明度が勝負なんですね。
明度の勝負ですし、あと他のものを入れたくないというか、純粋性というか、それだけで出来上がっていることの意味が重要なんですね。たとえばこれに白を入れたりとか緑を入れたりとかして、絵は作れますけど、なんか違和感があるんですよね、作る側にとってみれば、やっぱり、なんというのか、純潔でいたいというか、それだけで出来ていたいというのがありますね。
interviewer あの赤のタッチの部分も錆びの経時変化からあらわれたものですか?
そうですね。
interviewer かなり一回性のつよいところがあるけれど、失敗したときは、新たに塗り直せば回復することができるのね。でもどちらかといえば水墨のような一回性なのね。
そうなんですね。再度やりなおすのはあまりやりたくないですね。ただやっぱり作っていくとどうしても、やりなおさなければと思う事もありますね。
interviewer そういう意味では墨よりは少し自在なところがあるんだね。
そうですね。ありますね。だからまだまだたぶんやれることがあると思うんですね。
interviewer それはいいですよね。継続の予感があるっていうのは作家でいちばん楽しい部分ですよね。
以前は異物をどれだけ混ぜれるかなんて、コンバインというか、やってたんですけどね。結局そのころは図像本意で考えていましたから、あるときやっぱり行き詰まって、錆びという素材にね、でも磨くというか、削ったりしてこういう色がでるってわかった時に、ちょっとうれしかったですね。
interviewer でもこれ削りすぎちゃったりしたとき下の地の部分が出てきたら、少しちがうのかな。
いや出てきてますよ、部分的には、それはあまり気にならないですね。絵画ですから地の部分も削ってると出てきますからね。
interviewer ハイライト的に見える部分はかなり地に近付いた部分ですか?
いいえ、あそこの部分は腐食の部分です。
interviewer あの磨きだしってあるじゃない、金箔なんかで、地の部分に色をひいてそれを磨きだすと下地が顕われてきて、ああいった感じだね。
interviewer だからまだまだ展開の余地が多いと思いますね。
どうですかね。でも今のところはこのくらいまでしか考えられていないんでね。やれることはとにかくいっぱいあると思うんですよ。なんか上に貼ったりとかできるし、なんでもよければなんですけどね。でも今はこういうストイックさを大切にしたいんで、それはどうなるかちょっとわかりませんね。今後の展開というのはね。
interviewer いわゆる日本画学科の当時の同学の人達で、オーソドックスな団体に属して作っている人たちはいます?そのほうが多いんですかね。
いや、僕のクラスは案外抜けちゃった人のほうが多いんですね。現代絵画をやってる人の方が多いですね。クラスがそういうクラスだったんで…。
interviewer 萬里さん自身子供のとき画集で古画とかを見てて、くらべて、実際に日本画科に入って、いま油絵科もどこも同じだと思うんですけど、入ってみたらね、意外につまんなかったというのがままあるから、いまの美術学校は、なんだ近代日本画はこんなものかなんてね。
answer そうですよ。だって入る前は、前田青邨が有名な日本画だなんて思ってたけど、僕の場合なんか特にそうでしたね。古い絵しか見てなかったから。でも入ってみたらとんでもないという。新制作の絵じゃないかっていうね。日本画なのにみたいなね。
interviewer ちょっとしらけた時期はあったわけですね。やっぱり。多かれ少なかれ。
そうですね。だから入学してそうですね。五月くらいまでは胸ときめいていたのが、五月を過ぎるとなんとなく学校さぼって、あそんじゃってね。でも最初の頃から絵描きになるつもりではいましたけどね。それ意外にやれることはたぶんないだろうと思ってましたから…。続けてられることが大事ですよね。でも描きたくないなってことが時々あるじゃないですか。なんか他のことしようかななんて思うんですけど、結局戻ってくるのがここなんですよね。やめきれないで…。
interviewer でも萬里さんなんかは面白く制作されてるんだなって伝わってきますよね。なにか。ルーティンじやないんだってゆうのがね。
あの〜純粋抽象ってルーティンじやないですか、言ってみれば、理論構築して、その通りできちゃって、それで終わりで、あとは自己模倣の繰り返しで、そうなると絵を描けなくなるでしょう。自分なんかはたぶんそうだろうと思うから、なるべくルーティンにならないように、方法論だけで描いてちゃいけないなと思うんですよね。
interviewer 普通僕らが一般的に錆びを考えると、なんか手につきそうとか、粉っぽくて落ちそうとかそういう感覚を持つと思うけど、こういうふうに磨いて削って見てみると、これ錆びなんだ?と思うよね。
これのヒントをあたえてくれたのが彫刻科の人なんですよ。教えてくれたとかそういうんじゃなくて、こういうふうに磨かれた錆の表面を使った鉄の彫刻を見て、実際の鉄だとこういうことが出来るのか、うらやましいなと思って、あるときに失敗した絵を剥がそうと思って作業してたら偶然出来たんですよ、それが、これだったんだと思ってね。錆び錆びとしてなくてこういうふうに色っぽく見えるんですよ。きめこまかくて、磨きこんであって最後に油かなんか、クリアーラッカーですかね。それを塗ってあるんですね。わりとツルツルしていて…。なにも塗らないでおくと進化していきますからね。
interviewer ドローイングなんてのはしないんですかね。エスキース、下絵とか?
僕のなんかは下絵を必要としない絵ですね。だからあまりしませんね。ただね以前はコンピューターシミュレーションはしましたね。イメージデッサンというかね。下絵ではないですけどね。そういう意味でやるときがありますね。今はやらないときのほうが多いですけどね。絵と対話して作っていきますから、直接描いちゃいますね。覚え書きというかメモ程度ですかね。やったとしてもプロレスと同じで、その時その時、向こうが技をかけてきたらこっちはこうかえしてやろうなんていうように、そういう感じですかね。作り方って…。
interviewer (水槽を指して)海水魚はどうですか?
うん、これ描きますよやっぱり。僕がフグ飼おうと思ったのは捨てられる魚じゃないですか。だから自分が拾ってきて飼おうと思ったんですね。生命力も強いしね。こういう箱フグですけど、こういうのを描いたりとか使ったりしますね。
interviewer 萬里さん、その色のストイックなところとか、あと都市のことなんてちょっと勝手に想像して聞いたんだけど、一方でこういうのもすごい好きなんですね。
自然物はだいすきなんです。だから前々回の個展のときは完全に海の生物ばかりをイメージしてたですね。魚の形態そのものではなくて、たとえば前々回だと「ボロ」という作品があるんですけど、それはフグがふくらむときのお腹のラインをとっていたりとかね。だから描くものがないわけじゃないですか、必然性が、だから身のまわりのもの、こういう有機物というかね。好きなんですね。
interviewer かといって、そういうものを図解しているわけではないんですね。
図解はしたくないですからね。あくまでもとっかかりですからね。
interviewer そういうのが多いですよね。やっぱり現代の画家はね。とっかかりとしてのものですね。とっかかり論てのはいいかもしれませんね。
interviewer この箱フグのしっぽのところ面白いね。
interviewer でもこれ進化した形なんだってね。でもむしろこういうの原始的なタイプだと思ってたけどね
魚の進化過程でいちばん最後にでてきたのがフグなんですって。飼ってると犬みたいですよ。フグって。
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