徒然なるままに
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ここでは他のコンテンツには書ききれなかったこと、言い足りないこと、普段感じていることや新コンテンツの試験運用的なことを扱います。

当然ですが、コンテンツとしての統一性はありません。(^^ゞ

そんなわけで、思いついたこと、感じたことなどを気ままにつれづれ書いていきたいと思います。

 

【いい加減な情報発信は・・・】

最近、やはりインターネットが普及したことにより、「ちょっと知りたい事」が手軽に調べられるようになり、非常に便利になったな〜、と思うのですが、反面、非常に怖い世の中になったな、とも思います。

ほんの少し前(まあ、だいたい10年前まででしょうか)まで、まだインターネットというものがここまで一般的でなかったころ、情報を発信するのは、その道の「プロ」が主体でした。

このような状態で発信される情報は、いわば「プロ」によって選別されたものであり、発信される内容も非常に吟味されていたように思います。

言い換えるなら、雑多なナマの情報 (=口コミ情報)はなかなか得られないものの、一般に発信されている情報というものは一定の信頼性は確保されていた、ということです。

しかしながら、今は色々な立場の人たちがネット上の様々な場所で、様々な手段を用いて、情報を発信し、その情報が時には思いもかけないような有益な情報をもたらしてくれるときもあれば、情報が独り歩きをしてしまってとんでもないことになったりもします。

こんな世の中になったのですから、我々も「情報」というものとの付き合い方を変えていかなくてはならないはずです。

でも、情報の信頼性の検証というのは、厳密に行うには非常に労力が掛かるものです。

だからこそ、情報を発信することを目的とした活動をするなら、それ相応の労力が掛かることは覚悟して、しっかりと情報の信頼性に配慮するべきだと思います。

 

たとえば、最近、インターネット上で行われている「参考書に対する批評」などは、内容がひどいものが多すぎます。

情報が古かったり、使ってもいないのか、明らかに客観的な情報の間違いがあったり、前後で行っていることが矛盾していたりと、まあ、あきれるような状態です。

 

例えば、とある"有名な"批評サイトなどでは、改訂版やさしい理系数学(河合出版)が、新課程になって改訂した際に、問題数が旧課程版の200題(50例題+150演習問題)から、180題(50例題+130演習問題)に変更されたのを、何を勘違いしたのか「問題数が"増えた"」としていたのです。

この自称「参考書評論家」は、手元に参考書を持っていて「責任ある批評をする」という謳い文句で活動していたので、その言行不一致な誠実さのなさに、正直なところあきれてしまいました。

これは、旧課程版の副題が「50テーマ150題」のなっていたのを、総問題数が150題だとずっと勘違いしていて、改訂版の前書きに180題と書いてあるのを見て、「増えた」と思い込んだのでしょう。

まあ、すぐに指摘されて直していたようですが、多分、他の本についてもこの程度のいい加減な批評をしているのだろうな、と思います。

なぜなら、この批評者は他にも沢山こういった間違いとか、すごい矛盾したことを平気で載せているからです。

まあ、このような手合はネット上に沢山います。

昔は、「2チャンネル」が"うそ"を"うそ"と見抜けないといけない場所として言われていましたが、今は、ネット上のいたるところが「2チャンネル化」しているようなものです。

一人ひとりのモラルが問われる時代になっているのだな、と改めて思います。

皆さんの周りではいかがでしょうか?

 

【青チャートの問題数データ】

様々ある受験系Webサイトでもっとも頻出の高校数学の参考書は、おそらく「チャート式 基礎からの数学」(数研出版)、いわゆる「青チャート」であることは間違いないと思います。

そこで当サイトとしては、「青チャート」を使っている人が学習計画を立てる際に、参考になるような情報を提供することを目指したいと思います。

まずは、各科目ごと、各単元ごとの問題数データを作成してみました。

「青チャート」は「基本例題」で「教科書レベル」を、「重要例題(+補充例題)」で「入試標準レベル」を、章末「総合演習」で「入試上級レベル」をそれぞれカバーする3段階構成になっています。 そして、それぞれの段階は当サイトのコンテンツ「高校数学勉強法」でいうところの「基礎力養成期」「応用力養成期」「実戦力養成期」に対応しています。(詳しくはこちら

もちろん、青チャートで最も重点が置かれているのは「基礎からの数学」(←基礎"からの"となっているのがミソ。"基礎"だけではないという意味もあるのでしょうね、多分。)という書名にも現れている通り、基礎レベル(=教科書レベル)なのでしょうが。

科目 単元 基本例題 練習 演習問題A 重要例題 補充例題 練習 演習問題B 総合演習
数学T 方程式と不等式 34 38 30 9 3 13 15 9
2次関数 37 43 20 8 5 14 11 9
図形と計量 26 33 24 12 2 15 14 7
数学A 場合の数と確率 38 45 22 14 4 21 13 8
論理と集合 8 10 9 2 1 3 5 8
平面図形 28 35 19 8 1 12 9 8
数学T・Aの合計 171 204 124 53 16 78 67 49
数学U 式と証明 19 22 10 6 0 8 4 5
複素数と方程式 21 21 11 5 1 7 5 5
図形と方程式 39 45 28 12 0 13 15 8
三角関数 25 33 18 5 0 6 10 5
指数関数・対数関数 17 25 9 5 0 6 5 4
微分法・積分法 32 36 24 9 4 16 14 9
数学B 平面上のベクトル 29 35 19 10 0 11 8 6
空間のベクトル 27 34 16 6 1 7 8 7
数列 37 44 19 14 0 14 8 7
数学U・Bの合計 246 295 154 72 6 88 77 56
数学V 関数 10 13 10 3 0 3 4 3
極限 24 34 27 8 0 8 12 8
微分法 14 17 20 5 0 8 8 4
微分法の応用 27 38 21 9 0 13 16 8
積分法 35 42 43 21 10 36 25 9
数学C 行列 38 47 21 13 6 23 12 8
式と曲線 32 41 20 6 1 9 5 8
(補)確率 9 11 4 2 0 2 4 0
数学V・Cの合計 189 243 166 67 17 102 86 48

 

【参考書の選び方 その1】

「高校数学勉強法」では、効果的な学習方法について考察してみました。

「勉強法」というのは別の言葉に言い換えると「戦略」です。

「戦略」というは一般的に事前に戦いの準備・計画・運用の方策を大局的に考える、ということですから、ある意味抽象的です。

ですから、「戦略」に則って''何を使って、どのように戦えば良いのか''という具体的な方法論、すなわち「戦術」もまた必要なものなのです。

つまり、自分の状況を客観的に正しく判断して、目標を達成するにはどういった方向性をもって勉強すればよいのか、という「戦略」を練り、それに基づいて、状況にあった''良い参考書''を選び、''正しく''使うという「戦術」をとることが上手くいけば、その参考書は使用者の実力を飛躍的に向上させるという目標を達成する手助けをしてくれます。

逆に言えば、良い参考書であっても使い方を間違えれて使えば''宝の持ち腐れ''ということにもなりかねないのです。

「敵を知り、己を知れば、百戦して危うからず」という言葉もありますが、何をするにしてもまず自らの「実力」を出来るだけ客観的に把握し、状況に応じて「何をするべきなのか」を考えることはとても大切なことです。


例えば、高校1〜2年生で具体的には志望校は決まっていないが数学を勉強する必要がある、という方がいたとします。

まずは今学んでいることをキチンと理解し習得することを、また、今まで学んできた基本事項についても常に復習を心掛け(「高校数学勉強法」第5章 復習のポイントを参照)、せっかく覚えた知識を忘れてしまわないように「知識のメンテナンス」をすることを心掛けましょう。

普通の学校であれば、間違いなく配布している「参考書」や「教科書傍用問題集」から定期考査の問題などを少し数値を変えたり、多少ひねってみて出題するはずです。

だから、日常学習でそれらをメインで使うことにより、定期考査対策を試験前にあわててする必要はなくなるはずです。

また、定期考査を基本知識の実践的なアウトプットの場として利用することで、知識の定着を図ることも出来るはずです。

今、自分が置かれている学習環境を最大限に利用することを心掛けましょう!(^^)

また、そういった「参考書」「教科書傍用問題集」をキチンと理解して内容を身につけることが出来れば、受験に最低限必要な基本的な学力は身に着けることも出来るはずです。

仮に後に受験に数学を使うことになった場合でも、どこの大学を受けるにせよ、「受験数学」において覚えるべき基本的な知識というものには大きな差はないのが現実なのですから。(高校数学勉強法第1章 「受験数学」とは何か?を参照)

また、受験で数学を何らかの形で使うなら、最低限知っておかなければいけない「知識」というものが厳然とあるのは事実です。

そのように考えると、まずするべきことは、志望校の受験情報を集めることになるでしょう。

受験システム(国公立ならセンター重視なのか、2次試験重視なのかetc・・・)、出題範囲など、インターネットや学校や予備校の進路指導室などで色々な情報を入手できるはずです。

特に過去問は早めに入手するべきです。

過去問はその大学が、これくらいの問題が解けるような学生が欲しい、という明確な意思表示を示している訳ですから、その大学を志望する以上は、当然しっかりと過去問研究はしないといけません。

仮に過去問を入手した時点ではまだ学習が進んでいておらず、殆んど問題が解けなくても構わないのです。

今の自分の力と、志望校が要求している学力レベルの差を知ることは学習計画を立てる上でも、また使用者が実力を伸長させるのに適した参考書・問題集を選ぶ際にも非常に大切なことです。

このように考えるとまず、参考書や問題集を買おうと思い立ったら、本屋さんに出かける前に、最低限以下の点について考えてみる必要があると思います。

1:自分の今の学力レベルや今まで学んできた分野の得意・不得意などを使っている参考書や模試などから客観的な視点で状況を把握する。

2:参考書・問題集を何に使うのか、使用目的を明確にする。

3:参考書・問題集にどんな種類のものがあるのか受験指南本やインターネットなどで事前にある程度の情報は仕入れる。

 

【1:客観的な視点で状況を把握する】

1は何も参考書選びに限らず、「勉強する」ということでは、もっとも大切なことの一つです。

特に高校3年生や浪人生は「時間との戦い」ですから、自分の今の状況を分析して把握し、足りない部分をどのように補えばよいのか、ということを考えることが実力向上の第一歩です。

このことを考えるときには、出来る限り正確に、かつ具体的に状況を把握するという姿勢を持つことがとても大切です。

では、どうすれば「客観的な視点で状況を把握する」ことが出来るのでしょうか?

そのための方法として、「模試」を使うことがまず考えられます。

例えば、ある模試を受けて、特定の分野の問題が全然解けなかったとします。

そうすると、単純に考えれば、その分野が苦手なんだな、と判断すればすむわけですが、そこで考えるのをやめてはいけません。

もう一歩踏み込んで、「なぜ、その問題が解けなかったのか」を考えてみるのです。

また、今使っている教科書や参考書、問題集にその「解けなかった問題」の類問が載っていないか探してみましょう。

今使っている参考書・問題集に載っていた「類問」はキチンと解けるようになっていましたか?

もしかして理解があやふやなところなどありませんでしたか??

もし、「理解があやふやなところ」が見つかったのなら、あなたはラッキーです。

次に同じミスを繰り返さないようにすれば良いことを模試が教えてくれたわけですから!

また、普段から客観的な視点で状況を把握するのに有効な手段があります。

それは、使っている参考書や問題集に載っている問題を解いたときに、例えば何も見ないで初見で解けたら○、解けなかったが解答・解説を見たら理解でき、解説を参考にしながら自力で答案を作成できたら△、全く理解できなくて、誰かに解説してもらったら何とか理解できたが不安があるなら×、とか自分なりのルールを決めて、学習の記録をとっていくことです。

そうすれば、自分の苦手分野などがおぼろげながら見えてくるのではないかと思います。

このようのことを実行することで、「自分は何ができて何ができないのか」をはっきりさせることが出来ますよね?

数学が嫌いで、これまで何となくやってきて、模試でも、何となく点は取れたり取れなかったり、というタイプの人は、よく分からない部分を適当に見ないふりをして、何となく進んできた可能性が高いので、まずは現実と向き合うことから始めると良いと思います。

【2:参考書・問題集の使用目的を明確にする】

2は、参考書に限らず、「賢い消費者(^^ゞ」を目指すなら当然考えるべきものです。

例えば、「自分は数列が苦手だから、そこの解説が詳しいものを選ぼう」とか、「学校から渡された教科書傍用問題集をこれから使いたいけど解説がない(>_<)。辞書的に解法が収録されているされている網羅系参考書を選ぼう」など、使用目的が明確であれば自ずと、どういった参考書を探せばよいのかが分かるはずです。

また、これは当然のことですが、「A」という参考書があったとして、その説明を読めばスラスラと理解できるという人もいれば、読んでも全く理解できない、という人もいます。

また、ある人が「詳しくて分かりやすい」と思う説明も、別の人には「冗長でくどくどしい」説明だったりもします。

逆にある人にとって「簡潔で分かりやすい」説明も、別の人にとっては「省略が多く理解できない」説明であるかもしれません。

更にいえば、「学力」が違う人が同じ「参考書」「問題集」を使用して、同じようなような学習計画を組んでも、同じ結果は得られないのは自明のことです。

このようなことは当然起こりうることです。

しかし、なぜ同じ参考書の同じ解説に対して、使う人によって様々な見解が出てきてしまうのでしょうか?

これは一言で言うと「その人にとって、合う、合わない」という問題ですが、このようなことが起こる原因というものを考えてみると、「なぜ参考書や問題集の使用目的を明確にしなければいけないのか」という問いに対しての一つの回答を示してくれると思います。

また、この回答を得るには「参考書や問題集というのはどのように作られるのか」を考えてみることが早道だと思います。

 

「参考書」や「問題集」を作るに当たっては、まず著者や編集者が「企画」というものを立てます。

「企画」というのは、その参考書や問題集の基本構想であり設計図です。

では、「企画」とは具体的にはどのように立てていくのでしょうか?

参考書や問題集の場合、企画を立てるときには、まずは仮想の「対象読者」や「使用目的」「使用環境」などを設定します。

そうすることで、どういったタイプの参考書や問題集を作成するのか、ということの方向性を絞り込んでいきます。

例えば、「使用目的」で大雑把に分けるならば「日常学習用」なのか「受験対策用」なのかによって大別することが出来ます。(注1)

また、「使用環境」で大雑把に分けるならば「学校採択用」なのか「自宅学習用」なのかによって大別することが出来るでしょう。(注2)

そして「企画」が決まると、著者や編集者は「企画」の内容に沿って「仮想の読者」が「使用目的」を達成できるように、問題を選び、解答・解説をつけ、内容の校正を行い、体裁を整えて1冊の参考書や問題集という形に仕上げていくのです。

このように「企画」という本の設計図が、その対象読者や使用目的などの要素を考慮することで、それぞれに適した形で作り上げられるため、様々な種類・レベルの参考書・問題集 というものが出来上がってくるのです。

逆に言えば、誰もが、どのような状況においても、読んで理解することが出来、実力を向上させることが出来る「魔法の参考書・問題集」などどこにも存在しないのです!

また、良い参考書・問題集というのは、「企画」がその本が対象とする読者にとって非常に高い価値を持つものであること、また実際の内容が企画意図をしっかりと表現されたものであること、この2点を満たすものなのです。(注3)

故に、「現在の学力」をしっかりと把握し、「使用目的」を明確にすることが「参考書・問題集選び」を成功させる、ひいては受験を成功に導く秘訣であると管理人は考えます。

 

(注1)・・・「日常学習用」であるならば、学習指導要領ならびに「検定教科書」に準拠する形で配列や内容が決められていくでしょうし、「受験対策用」であるならば、「センター試験対策用」なのか「2次試験対策用」なのかで更に分けられ、また「使用対象者」を教科書レベルの内容を既習とみなすか、そのレベルの復習からとみなすかで更に方向性は絞り込まれていくでしょう。

(注2)・・・「学校採択用」であれば、「教員」という指導者がそれを使って解説を行うことが半ば前提になるでしょうし、「自宅学習用」であれば、その本が「指導者」の代わりになるので「解答・解説が詳しいこと」「使用者に正しい学習方法を示唆する」ような方向性を持たせていくと思います。

(注3)・・・最近、「量が少なく」「解答・解説」が詳しいものを単純に「良い参考書・問題集」だと決め付けているような輩がいますが、決してそんなことはありません。そういった本が良いというのは、ある一部の環境や使用目的に注目した場合に、そういった特徴が、その状況に適しているということを言っているに過ぎないわけで、そういった本が絶対的に「優れた参考書・問題集」であるなどということはないのです。もし、そういった本が絶対的に優れているのだ!などと殊更に言い立てるような輩がいたら、それは単にそのような輩が「近視眼的な視点しか持っていない」ということを示しているのだと少なくとも私は考えています。

【3:事前にある程度の情報収集をする】

3については、数学の参考書・問題集にはそれこそ色々な種類がありますから、まずはざっと世にある数学参考書・問題集の分類の仕方について考えてみます。

まず、参考書や問題集を選ぶに当たってポイントになることを箇条書きするなら、以下のようになるでしょう。

(1)科目別であるか、分野別であるか

(2)使用目的・用途に応じて(授業と並行して使う、復習用、受験対策用など)

(3)問題数が多いか、少ないか

(4)収録問題の質について(計算問題中心、穴埋め問題中心、入試問題中心など)

(5)構成(解説が中心、問題が中心、分野別、テスト形式など)

(6)模範解答・解説の詳しさ(詳しい、略解、答のみなど)

(7)体裁(文字による説明が多い、少ない、イラストが多い、少ないなど)

 

また、必ず考えないといけないのが「参考書」と「問題集」の区別です。

次に「参考書」と「問題集」の違いについて考えてみましょう。

 

【”参考書”と”問題集”の違いとは?】

実は他教科と比べて高校数学の「参考書」と「問題集」の違いというのは、それほど顕著なものではありません。

なぜなら、数学という教科は、他の教科のように扱う対象が具体的ではなく、どちらかというと抽象的かつ一般的なことを扱う学問ですから、「参考書」にしても「問題集」にしても、結局どちらも「問題」を中心に扱っているからです。

このことは例えば「理科」や「社会」の参考書と高校数学の参考書を比べたとき、ハッキリすると思います。

では、高校数学における「参考書」と「問題集」の違いとは一体何なのでしょうか?

私が考える「参考書」と「問題集」の違いは、「参考書」はその一般的な法則などの「解説」をするために必要な代表的な問題を扱うのに対し、「問題集」は一般化された法則を使いこなすことに習熟するために、必要な問題の量を提供する、という「問題」に対する姿勢が異なる点にあります。

簡単に言えば「参考書」は”解説重視”で、問題集は”演習量重視”の本のことだといえるでしょう。

このことは当たり前のようですが、意外と認識されていないようです。

ほら、よく見かけると思いますが「この問題集は”解説”が丁寧でない!」とかそういった意見がありますよね?

私は、こういった意見をお持ちの方にはこのように言いたいのです。

「”解説が丁寧なのが欲しい”ならば、”問題集”でなく、”参考書”を使ってください。そして”参考書”一通り仕上げた後に、その”解説が丁寧でない問題集”に取り組んでみてください。そうすれば、きっとその”問題集”の本当のよさが分かるはずです!」と。

 

【傍用問題集の解答編に関するあれこれ】

先日、ある大型書店に行ったときのことです。

どこかの高校生なのでしょうか、店員さんに「○○(ある教科書傍用問題集の名前)の答えって取り寄せ出来ますか?」と聞いている子がいました。

しかし、店員さんから「答えは取り寄せ出来ないんですよ〜」といわれて残念そうに帰っていった、その後ろ姿がとても印象的でした。

彼がどういった意図から「教科書傍用問題集」の解答編を捜し求めていたのかは分かりません。

でも、何らかの理由で必要だったのでしょう。

 

実は、管理人も高校生のとき、「教科書傍用問題集の解答編を切実に必要とした」ことがあります。

管理人が高校1年生のときなのですが、夏休みの宿題を教科書傍用問題集から大量に出されていた(確か300問くらいだったように思う 。とにかく当時の私にとってはとてもじゃないが短期間ではやりきれない分量でした。)にもかかわらず、夏休み中ずっと遊びほうけていた(笑)ため、問題集の答えを買ってきて、そのまま 写して提出しよう!と企んだのです。

しかし、後で知ったのですが、その当時、その問題集はそもそも別冊解答編という代物が存在しない(!)ものだったのです。

私の安直な目論見は見事に崩れ、貴重な夏休みの残り時間を見事にムダにしてしまいました。

答えを捜し求めてあちこち彷徨っていた時間を問題を解く時間に当てておけばよかったと、その当時ものすごい後悔したことを今でも覚えています。

結局泣きながら、夏休みの残り1週間、なんとか半分くらいやって提出したしたのですが。

当然ですが、宿題は中途半端だったので恩師には怒られましたし、夏休み明けのテストも結果も、それまでの人生で最も悪い点数を取ってしまうなど散々だったのを強烈に覚えています 。

どこかのCMではありませんが、皆さんは宿題は計画的に取り組み、管理人と同じ失敗はしないようにしてくださいね!

 

しかし、この経験は私にとっては貴重なものでした。

中学校まではそれほど苦労しなくても定期テストや模擬試験などでも結構いい点数が取れてしまっていたので、悪く言えば自分に「うぬぼれていた」のですが、高校ともなると結果を出すには 計画的に相応の努力が必要だと思い知らされた最初の経験だったのですから。

この後、同じことを様々な場面で散々思い知らされることになるのですが(笑)

 

ま、それはさておき、大抵の高校では教科書だけでなく、教科書傍用問題集も生徒に渡して、それらの教材を授業や課題などで活用していることと思います。

しかし、傍用問題集の解答編はどうでしょう?

これは渡している学校もあるでしょうし、そうでない学校もあるでしょう。

最近の教科書傍用問題集には一昔前と違って、大抵詳しい別冊解答編が用意されています。

そして、以前と比較して学校における授業時間数が削減されていることが多いためなのか、最近は最初から解答編も渡してしまっている学校も多いようです。

しかし、教科書傍用問題集の解答編は、"教育的な配慮"から、たとえあっても最初からは渡さない(!)という、或る意味「正統派」の指導スタイルを堅守している学校もあるでしょう。

私が書店さんで見かけた高校生はもしかしたらそのような学校に通っているのかもしれませんね。

 

確かに、高校1年生の夏休みの時点での管理人が企んだように、「答えを丸写し」していては、何もしないよりましというだけですから、いつまでたっても数学の力は向上しないでしょう。

しかし、「どうやって答案を書いたら分らない」という人に、略解のみで勉強しなさいといっても、それは無理があるのもまた事実でしょう。

そのような人に「どうしたらよいのか」ということを今後作成するコンテンツで示していければよいな、と思っています。

 

【10万hit達成!】

管理人のchiefです。当サイトを開設してから約1年半が経ちました。開設当初は、1日平均100hitに満たないという状態でしたが、約1年半後の今は一日平均300hitという状態にまで成長しました。「更新履歴」を見ますと1年前の2003年2月25日に「2万hit」に到達していましたから、10万hitを達成した2004年2月14日までの大体この1年間で約「8万hit」したということになります。また、この1ヶ月でみてみると約「1万hit」しておりますから、最近特に急成長しているということが伺えます。

とにかく、開設当初からすると本当にびっくりするぐらい沢山の閲覧者の皆様に訪問していただき、サイト管理人として私はとても恵まれているなあ、と思っております。

これもひとえに閲覧者の皆様、および当サイトにリンクを張っていただいているサイトの管理人の皆様のおかげです。ここに厚く御礼申し上げます<(_ _)>

 

これだけ多くの閲覧者の皆様に訪問していただけるようになった今、こういった情報発信サイトの管理人として、ますます発信する情報の信頼性の向上と更新の頻度を上げるという、相反する二つの命題を如何にうまく両立して、サイトの質を高めてかなくてはいけない、ということを改めて感じています。

今後とも当サイトをよろしくお願いいたします。

 

 

【最近、「ネット」を見ていて思うこと 3】

最近、ネットサーフィン(死語?)をしていて、某掲示板にて質問者への回答でトンチンカンなことを書いている「自称」プロアドバイザーの方をみつけました。

面白そうなので、早速ブックマークして、色々と調べてみたところ、この方はとある有名塾で学習指導アドバイザーを実際に担当されているというふれこみで、ネット上で活動されているようです。 管理人は、結構人が悪いところがあるので(←自分で言うな)、「プロ」によるトンチンカンな受け答えを拝見させていただき、笑わせてもらうべく、それ以後その掲示板を「生暖かく」見守っています(邪笑)

ここで閲覧者の皆様にも、この自称「プロアドバイザー」の回答がどのくらい「トンチンカン」なのか、その一例をご披露するべく、おおざっぱにとある質問者と この自称「アドバイザー」とのやり取りを再現したいと思います。

※生のやりとりをここで掲載するのはさすがに問題があるかもしれないので、それはやめておきます(^^ゞ

青字は管理人のつっこみです(笑)

 

質問者

僕は新課程の高校1年生です。難関大学を目指しているので独学で数学2・Bを学校の授業を先取りして勉強したいと思っています。でも、まだ新課程版の参考書や問題集は出揃っていません。この場合、旧課程版を使ったほうがよいのでしょうか?

回答者

基本的には新課程版を使ったほうが良いです。なぜなら、旧課程と新課程では単元にずれがありますから、要らない部分や必要な知識が未習になってしまうことが考えられるからです。新課程版「数学2・B」の本は、もう本屋さんにいくつか出ていますからご覧になると良いでしょう。

管理人コメント

このやりとりはまともである。なぜなら、この回答者が指摘しているように、新課程と旧課程では各科目に配当されている学習単元が違っているので、どこがどう変わっているのか把握していない であろう新課程の生徒さんが安易に旧課程版を使うと混乱する恐れが十分にあるからだ。

一例を挙げるなら、今回の質問者のように新課程「数学1・A」→旧課程「数学2・B」と使ったとすると新課程「数学2・B」の学習単元のうち「式と証明」「数列」の2単元は旧課程では「数学1・A」で学ぶ単元であったことから、当然ながら旧課程「数学2・B」の本ではこれら2単元は履修済みという前提となって しまう。つまり単純に考えても、新課程版「数学1・A」の参考書から続けて旧課程版「数学2・B」を使うとすると、その2項目だけ別の参考書や問題集を用意しなければいけないという「支障 」をきたすことになると考えられます。

また、旧課程で数学Bに配当されていた「複素数平面」は新課程では削除されているので不要であるし、旧課程、新課程どちらでも数学2に配当されている「三角関数」では、旧課程では「数学3」で学ぶことになっていた「弧度法」を使うようになっているので、旧課程版では対応しきれないことになる。

他にもいくつか問題点はあるのですが、これだけみても、どこがどう変わったという知識のない新課程の学生さんが、安易に旧課程版を使うことの危険性をご理解していただけるのではないかと思います。

質問者

分かりました。では、私は最近受けた○×模試で数学は偏差値70くらいなのですが、新課程版「数学2・B」の参考書でお勧めのものなどあれば教えていただきたいのですが。

回答者

○×模試でそのくらいの偏差値でしたら「チェック&リピート」あたりが良いでしょう。

質問者

分かりました。書店さんで探してみたいと思います。

管理人コメント

最初のやり取りはまともだったのに、具体的な話になったら急に雲行きが怪しくなってきました(笑)

2004年2月現在で、このやりとりがいかにトンチンカンなものか、すぐに気が付く人ははたしてどれくらいいるのでしょうか。

まず、このやり取りで一番問題なのは、2004年2月現在、新課程対応の「チェック&リピート」は発行されていない、ということです。

つまり、この回答者は直前の自身の回答から完全に逸脱した回答を行ってしまっているのです。

こういった姿勢を一般社会では「自家撞着」と呼びます(笑)

で、 この質問者がこの回答を真に受けて、書店さんで内容も確かめずに「チェック&リピート」を購入したとしましょう。しかしそれは、上記したように新課程の生徒さんにとって安易に手を出すと危険な「旧課程版」の書籍なのです。

よって、この回答者は重大な過ちをひとつ犯しているといえるでしょう、自分の先の回答に矛盾する旧課程版の問題集を勧めてしまっているという。

 

また、この質問者は「先取り学習」をしたくて新課程版「数学2・B」の参考書・問題集を探しているわけですよね?

しかし、旧課程版「チェック&リピート」という問題集は、その収録問題の内容や解答解説の方法が、教科書レベルの基本事項を一通り学んだ人を対象にそういった基本事項を想起させながら入試基本問題を解かせるという作りになっています。

言い換えるなら、その科目を初めて学ぶときに必要となる"基本事項の定義や公式の解説などは分かっていることを前提"に、「この問題ではこの公式を使うんだよ」という解説スタイルをとっているのです。

また、「分かっていること」が前提にあるせいか、解答や解説は重要ポイントを簡潔におさえる記述になっています。

こういった解説スタイルは、教科書レベルの基本問題が一通り解けるようになっている人には効果的な手法ですが、そもそもその解説されている公式が何であるのか分かっていない人にとっては言葉足らずな解説でしかないわけです。

つまり「チェック&リピート」という問題集は「復習すること」に特化したつくりになっているのです。

つまり質問者の希望する「先取り学習」にはそもそもあんまり向いていない本なのです。

ついでにいえば、察するにこの回答者は「参考書」と「問題集」の区別があんまりついていないのでしょうね。

だから「先取り学習」には不向きな「問題集」を勧めてしまっているのでしょう。

ここでもこの回答者は重大な過ちを犯していることがご理解いただけるのではないかと思います、「先取り学習」をしたいという質問者にとって使いにくい「問題集」を勧めるという。

 

そのような事情を理解した上で、上のやり取りを改めてご覧ください。偏差値がいくつだからこれがよい、などと安易に勧める姿勢がいかに「トンチンカン」で「不誠実」なものかご理解いただけるのではないかと思うのです。また、この回答者は、何かというと「チェック&リピート」をお勧めの問題集として推奨していました。どうやらこの回答者のお気に入りの問題集のようです。

確かに「チェック&リピート」という問題集は「復習用」問題集としては良くできたものです。

だからといって、何でもかんでもお気に入りの問題集だからといってお勧めするという姿勢は、ほめられたものではないのではないかと思います。

 

また、この「自称」プロアドバイザーの方は、新課程版「青チャート」の話をしているのに 「StepA例題」が云々、「StepB例題」が云々というようなことを言っています。

これについても疑問が生じます。

なぜなら、旧課程版「青チャート」では確かに例題のレベルを「StepA」「StepB」としていたのですが、新課程版「青チャート」では「基本例題」「重要例題」というような表記に変えているのです。つまり、この回答者は勘違いをしているか、新課程版を実際に見たことがない、みていたとしても本屋さんで立ち読みした程度の知識しかないのであろうということが想像されます。

つまり、少なくとも新課程版の内容についてなんてぜんぜん知らないのではないかと思います。

 

ここに来て私としてはこの回答者に対してこういった感想を持たざるを得なくなります。

「この人、参考書について無知やなあ・・・」「新課程版の参考書や問題集のことをほとんど情報として持っていないんだろうなあ・・・」と

 

この回答者に対して当サイト管理人からここで苦言を呈させていただきます。

「自称とはいえ、プロと名乗っている以上、参考書をこれは○点、あれは△点とか、実にくだらない批評をしたり(と、いうかこんなのは批評になっていない)、使い方のアドバイスをどうしてもしたいのなら、頼むからまずは実物を購入して、中身をじっくりと時間をかけて検討し たうえで、他人の言葉など借りずに自分の言葉で批評やアドバイスをしてください。あと、 旧課程版の問題集を、いくら自分が気に入っていてお勧めの問題集だとしても、新課程の生徒に自学自習用の問題集として勧めるのはやめなさい。 まして、自分で新課程の生徒は新課程版の参考書・問題集を使うと良いとレスしているのだから、なおさら、あなたのレスのいい加減さが浮き彫りになってしまいますよ。まず、実物を手元に置いて、じっくりと内容を検討し、自分の言葉でアドバイスする。自分の理解の及ばないことについては分かりませんとはっきりと表明する。 まず、それを実行することがあなたのいう「責任感のある誠実な態度」への第一歩だと思いますよ」

でもその人が書き込んでいる掲示板にはこういった苦言を私は書き込みません。相手が「プロ」を自称している以上、相手にもプライドがあるでしょうし、相手が自分で間違いに気づかないと意味がないことだからです。まあ、これが 腹黒い「大人の対応」というものでしょう(邪笑)。

 

いかがでしょうか?管理人の腹黒さが理解できましたか?(笑)まあ、それは気にしない方向で以下のことをぜひ皆さんで考えていただきたいのです。

この例から高校生・受験生の方にぜひ知ってもらいたいのは、ネット上に少なからずいる「指導者」という肩書きを持つ方々というのは、仮に「高校数学の指導」のプロであっても、「参考書・問題集」のプロであるとは限らない、ということです。人間 ってわりと肩書きには弱いもので、「指導者」という肩書きのある人が言っていることはすべて正しいと思ってしまいがちです。しかし、実はそんなことはありません。上記のように 内容の薄い、くだらない書き込みばかりしている人や、いい加減なレスを繰り返しているような人も結構見かけます。 ただし、そんなレスをしている人でもその発言のすべてがおかしいとかそういったことを主張したいわけではありません。たとえ指導者のレスだとしても、その内容は大抵「玉石混交」であり、読み手もそれを前提とすべきである、といいたいわけです。

例えば、学校の先生に「予備校(塾)に通いたいのですが、どこがよいですか?」という質問をしたとします。その学校の先生は地元のことならうわさ程度のことは聞いているでしょうし、もしかしたら予備校の方とも横の繋がりがあったりしてなんらかの情報を知っているかもしれません。でも大抵は、よその組織のことなど別の組織の中にいる限り、そんなには分からないものです。だから常識のある人ほど、こういった質問には慎重な返答を返すはずです。

逆のことは塾や予備校の講師にも言えます。塾や予備校の講師という立場の人は大抵、学校のことや学校で使われている教材のことはそんなに知りません。なぜなら、知る機会がそもそもあまりないからです。

だから、ある立場の人が 違う立場の人のことなどについて声高に何か批判的な意見を言っているとしても、それは大抵その人の非常に狭い知見に基づいての発言になりがちです。

そのことを自覚している良識のある人というのは、批判をするにしてもしっかりとした根拠や考えというものをもって、いつでもそれを提示できるようにしておくものです。それだけ「批判する」という行為は重いものなのです。

逆に常識のない人 が行う「批判」というのは「根拠」が全くないとまでいいませんが、十分な裏づけがないまま行われることが多いようです。だから、そういった人が行っている「批判」というのは良く見たり読んだりしてみるとなんだか何を言っているのか良く分からないものであったり、主張がころころ変わったり、前後矛盾して収拾が付かなくなっていることなど良くあるのです。だからなのでしょうか、こういった人は自信の発言の論理性のなさを勢いでごまかそうとするためなのか、その発言内容は大抵 、必要以上にエキセントリック なものになります(笑)。これは自分の発言内容に裏づけがないことを実は発言者自身が自覚をしているからなんですね。いわゆる負け犬の遠吠えというやつです(笑)

だから、こういった発言こそ疑ってかからねばなりません。こういった発言者には「その批判はどういった根拠に基づくものなのか」を確認することが必要です。

でも不思議なもので、人間の集団において、必要以上にエキセントリックな発言というのはしばしば強い力を持ってしまい、その集団を誤った方向へ導いていくことがあるのです。だから、私からいえることがあるとするならば、 仮に、とある学校の先生がいたずらに予備校無用論を唱えていたり、とある塾や予備校の講師という立場の人物が声高に学校の内情について、学校で使われている教材について何かエキセントリックな発言をしていたなら、5割引ぐらいで受け止めて、その発言が正確なのかどうか、しっかりと裏づけを取ったほうがよいと思います。 「あそこまで断言しているのだから、何か根拠があってのことだろう」というような思考放棄の考えこそ、一番危険なのです。

あくまで管理人の個人的な意見ですが、たかが一個人の知見で運営されているこの種の掲示板での「レス」というものはやはり信頼性に乏しいという前提で臨むほうが無難ということでしょう。これは当サイトの掲示板についてもいえることです。私自身は出来る限り知っていることならば、出来るだけ正確に言葉を尽くして書き込みをしようと考えておりますが、やはり知らないことにはレスのしようがないのです。そのあたりは、書き込みをする人が「この掲示板では、この系統の情報なら比較的良質な情報が得られるかもしれない」という判断が必要なのではないかと思います。

※ちなみに、当サイトの管理人は、所有している参考書の分析や新課程についての研究はそれなりに行っていますが、最新の受験情報には、はっきりいって疎いです(笑)。

だからこそ、ネット上で得た情報というものの真偽の選別技術というのは、これからの高度な情報化社会において必要不可欠なものになるのではないかと管理人は確信しています。

 

【入試と参考書のタイプの関連について】

※この内容は、当サイトの掲示板での質問への回答を加筆修正して再録したものです。

 

高校生にとって夏休みは実力を養成するのに格好の時期であることは周知の通りですし、受験生にとっては、まさに勝敗を分ける「天王山」でもあるでしょう。

そこで使う「参考書」「問題集」というものが実力向上にとって極めて大きなファクターであることは言うまでもありません。

そこで、受験といはそもそも何であるのかということから考えて、どういった「参考書」「問題集」を使えばよいのか、ということを考えてみたいと思います。

 

【そもそも入学試験とは何であるか?】

入学試験というものの性質は、「受験生の到達度を試す選抜試験」です。

だから、「○○大学を志望している」と名乗りたければ「受験に"必要な"最低限の知識量」は自らのものとしない限り、話にならないのです。

また、入試というのは「範囲制限あり」「時間制限のあり」のレースですから、決まりきったような典型問題をすばやく正確に解けるようにならないと、とても合否の当落線上にすらたどり着けないわけです。

このことを前提として「受験参考書・問題集」にはどういったタイプのものがあるのか考えてみましょう。

 

【参考書・問題集のタイプとその性格】


(1)網羅系参考書

これは、受験に必要な知識を全範囲において体系的に網羅しており、それらを満遍なく学ばせることを目的にしたものです。

「チャート式」はまさにこのタイプですね。

 

(2)講義系分野別参考書タイプ1(導入レベルの精選型)

とりあえず、分野別に"受験に必要な"重要事項を手軽に学ばせることを目的としたものです。

もちろん分野別になっているので体系性、網羅性はありません。

このタイプは一般に解説がくどいくらいに詳しいので「分かりやすい」という利点が確かにあります。

しかし、その1冊では(分野別だし体系的な解説になっているわけでもないので)受験に必要な知識を全範囲にわたってカバーすることはもちろん出来ません。

だから、このタイプを使用するということは、受験に必要な知識を一通り入手しようとするならば、結局は(1)のタイプに戻るか、このタイプの本をそれこそ10冊〜15冊はこなさないと「最低限必要な知識」を得ることは出来ないのです。

だから、このタイプのよい点は「分かりやすい」ことでしょうけど、こういったものだけやって勉強した気になって安心しまうのは、受験勉強という観点から考えると致命的です。

だから、こういった本は、利点と欠点をしっかりと把握した上で、「実力を向上させるために利用する」という姿勢が大切なのです。

 

(2)講義系分野別参考書タイプ2(ハイレベル・範囲外・興味本位のもの)

ひとことでいうなら「マニアック」な参考書。

具体的には、東京出版の「大学への数学」の一連のシリーズや「現代数学社」が発行しているような大学レベルからみた高校数学的な参考書がこれにあたります。

これらも、「受験に必要な基礎知識」という観点からは「網羅性」は低いです。

というか、こういった本はそもそも、そんなことは理解できていて当然という前提で編集されています。

こういった本に実力もないうちから積極的に手を出して悦に入る受験生もいるようですが、これらは普通の勉強をちゃんとやって、典型的な標準問題などすらすら解けてしまうような実力を付けてから余力で楽しむものです。

まあ、ここまでくれば「趣味」のレベルですけどね。

ただ、高校生が中途半端な専門知識を振りかざしても、みっともないだけで何にもならないと思いますし、「合格する」という観点に立てば、数学にあまりにも時間を割きすぎていることになるので、これまた 致命的ですね。

まあ、数学でこういった本にかなり時間を割くぐらいなら、他の科目、特に英語に力を入れたほうが「合格する」という観点からするとよいような気がするのです。

専門的な勉強は大学に入ってからイヤというほど出来るので楽しみはそこまで取っておきましょう(笑)

 

【と、いうわけで、結論】

「受験」というものの目的を考えるならば、(1)も網羅系参考書をメインに据えてこれを一通りマスターすることが、もっとも実力を向上させるには有用なのです。

ほかのタイプというのは、あくまで(1)のタイプの補助に過ぎないのです。

例えば、(1)のタイプを使っていてどうしても分かりにくいという部分が出てきたら、(2)のタイプを補助として使うとか、(1)のタイプをマスターした上で、志望校の入試出題レベルに応じて必要ならば(3)のタイプで補う、というのは効率的に勉強を進める上で大切なことです。

ただ、だからといって(2)や(3)のタイプをメインで据えるのは返って効率が悪くなるのです。

自分だけでも理解できることをくどくど説明してもらっても何にもありがたいことはないとは思いませんか?

マニアックな知識というのは果たしてそこまでの比重をかけるべきものなのでしょうか?

また、講義系参考書というのはかなり読者を限定して編集されているので、使用者によって、合う、合わないがはっきりと出ます。

今や膨大な量の参考書や問題集が出回っているなかから、自分にとって有用な本を見つけ出すというのは、はっきりいって現実的ではありません。

そんなことに時間をかけているくらいなら、1問でも多くの問題に取り組む方がよっぽど有意義な時間の使い方といえるのではないかと思います。

受験のときに、答案を書くのは受験生本人であり、参考書ではないのですから(笑)

 

また、数学というのは「積み上げ型」の教科です。

故に、学習するに当たっては「体系性」というものがとても重要になってきます。

使用者にどういった前提知識があり、どういった説明をすればよいのか、というのは高校数学の中で、その問題がどの位置あるのか、使用者がどのレベルにいるのか、といったようなことを総合的に判断しなければいけないのです。

講義系参考書というのは、単に「わかりにくそうなところを詳しく説明しているだけ」なので、その「体系性」がないのです。

これは「実力を向上させる」ということを考えるとき致命的なのです。

まあ、このようなことを考えて、私は(1)の「網羅系参考書」をメインに置いた学習方法が最善である思うのです。

 

【新課程と現行課程、どこが違う?】

最近、ネットを見ていると2003年4月現在で高校2年生や3年生といった「現行課程」で学んでいる人達が、「新課程版」の参考書を使えないだろうか?という質問を受験系掲示板で投げかけているのを良く見かけます。

逆に、近年マスコミを賑わしている「学力低下議論」からか、同じく2003年4月現在で高校1年生になっている「新課程」で学ぶ人達(およびその父兄)が、間違った「学力低下議論」に踊らされて、「現行課程版」の参考書や問題集を使った方が良いと考えているような事例もあるようです。

これらの現状を踏まえ、新課程と現行課程との違いの一端について説明し、それぞれの教育課程に沿った参考書や問題集を使った方が良いことをここに示したいと思います。

※また、学習指導要領の変更点について詳しく知りたい方は、当サイトコンテンツ「新学習指導要領の研究」も併せてご覧ください。

 

【新課程と現行課程の違いを数学TAでみると・・・】

まず、結論から言えば現高2生以上の方と、現高1生以下の人達とは「教育課程」が違いますから、それぞれの教育課程に沿って編集された「参考書」や「問題集」を使わなければ、色々と不都合が生じます。

そのことを認識するには、教育課程が変わることで学習内容がどう変わるのかを理解することが必要と考えます。

そこで「数学TA」において、「現行課程」から「新課程」へ切り替わることで、どのように変更がなされたのか以下に示します。

数学1】

現行課程で数Aで扱われている「数と式」のうち、「整式の除法」と「式と証明」の一部が新課程「数学U」に移行し、残りの部分に中学からの移行内容「一次不等式」「2次方程式の解の公式」などを追加した上で、数学T「方程式と不等式」となりました。

※このことから数学1Aでは「恒等式」「相加平均・相乗平均」など今回数学Uに移行した学習内容を使う問題は数学TAの範囲外ということになります。

「図形と計量」において「相似な平面図形の面積比」「立体の相似と表面積比・体積比」「球の体積・表面積」が中学から移行されています。

逆に現行課程「数学T」からは「自然数と列」が削除されています。

【数学A】

現行課程では「数学T」で扱われている「個数の処理」「確率」は数学Aに移行しました。

また、現行課程で「数学A」で扱われていた学習内容のうち、「数と式」は数T、数Uへ移行、「数列」は「二項定理」以外は数Bに移行されています。

更に「平面幾何」のうち、「軌跡、変換」は削除され、代わりに中学からの移行内容「三角形の重心」「四角形が円に内接する条件」「接線と弦の作る角」「二つの円の位置関係」が入りました。

このことから新課程「平面図形」は現行課程「平面幾何」とは学ぶ学習内容は別物と考えた方が良いでしょう。

その上、今までは「数学A」は4項目のうちから2項目を選択して学ぶということになっていましたが、今回は数学Aを履修すると、指定されている「場合の数と確率」「論理と集合」「平面図形」の3項目すべてを学ぶように改められました。

※このことから、特に難関大学を中心に初等幾何のかなりひねった難問が出題されるようになるのではないかと予想します。

 

どうでしょうか?だいぶ変わっていることがご理解いただけますでしょうか?

これらの変更から生じる問題点は一言では言い表せませんが、学習事項の配列が変わるだけでも、扱うべき問題というのは変わりますから、その辺りは「プロ」でないと問題点の把握は難しいのです。

いや、「プロ」ですら問題点を把握し切れていないことがある位ですから、まして普通の高校生や大学生が問題点を把握して、必要な問題とそうでない問題を見分けることは難しいのではないでしょうか。

 

また、新課程において、学習内容が減少するから、新課程の生徒であっても現行課程の参考書や問題集を使った方が良いと考えている方々には、以下の事実があることを提示してみます。

まず、新聞報道等を賑わしている「学力低下議論」の根幹にある「学習内容が3割削減される」ということについてですが、これは中学までのことを指してのことであって、高校のことは必ずしも指してはいないのです。

つまり、新聞は「学習指導要領」の全体をみて報道しているわけではないのです。ここに誤解を生じさせる原因が潜んでいます。

例えば、昨年4月頃のTVや新聞では、高校の「数学T」の教科書が今のものよりだいぶ薄くなっている→学習内容が減っていることの象徴、といったような報道がなされていましたが、これなどは指導要領の内容をあまりにも知らないお粗末な報道の一例といえるでしょう。

「数学T」の 教科書が薄くなったのは、「数学T」が現行の4単位から3単位に減ったからであって、教科書がそれに応じて薄くなるのはむしろ当然の帰結です。

そして、報道では以下の事実を伝えていませんから、むしろ事実を歪曲しているとすらいえると思います。

実は「数学T」の単位数が減る代わりに「数学U」の単位数が「3単位」から「4単位」に増加して、今まで「数学TA」で学習していた内容が「数学U」や「数学B」に移行されてきているのです。

また、現行課程の「数学U・B」と新課程の「数学U・B」の学習内容を比較すると、現行課程「数B」で学んでいた「複素数平面」(0.5単位分)が削除されていますが、他は殆ど残っています。

移行してきた内容(数学Uには旧数Aから式と証明、数学Vから分数式、弧度法が移行、数学Bには数学Aから数列が移行)の分量を考えるとざっと1.7単位分はありますから2年生での負担が非常に大ききなっているのです。

だから、「数学U」の検定教科書は今までよりもかなり厚くなることが予想されます。

故に、マスコミが言う「教科書が薄くなることからくる学習量の減少」という問題は、「数学T」しかとらない生徒にしか適用されないのです。

よって「数学Tの教科書が薄くなった」ということを「新課程」の生徒は「現行課程」の生徒に比べて、あたかも卒業までに学ぶ学習量が一律に減ることの象徴のように捉えるのは間違った解釈だと思うのです。

ですから、結果として「高校数学」全体をトータルで見ると学習する内容は殆ど削減されていないのです。

※具体的には、現行課程で数学Bで学ぶ「複素数平面」が削減された程度。これも、数学C「行列」で事実上「一次変換」が入試で復活するであろう事を考えると、文系については、多少の負担減、理系については学習 量という観点からは、殆ど減っていない、という状況です。

むしろ、私が考える高校における「新指導要領」の欠点は、中学校からかなりの量の学習内容が移行されてきていることから、高校入学時における知識量が現行課程の生徒より相対的に低下しているのに、週5日制の実施による授業時数減があるにも拘らず、高校卒業時点での到達点については殆ど変わらないことです。

つまり、大学入試が劇的に変化しない限り、新課程の学生というのはそれまで勉強させてもらえなかったツケを高校で一気に払わせられるので、非常に大変であると予想されることが、最大の問題点になるでしょう。

いや、昨今の学力低下議論から学習内容を増やすことも検討されているようですから、高校での学習量というのは現行課程よりも増える可能性すらあるわけです。

だから、相当大変だと思いますし、週5日制と相まって家庭学習の必要性が今まで以上に高まっているといえるのではないでしょうか。

だからこそ、それぞれの教育課程にの実情に沿って編集された「参考書」や「問題集」を使うことが望ましいと考えます。


 

【最近、「ネット」を見ていて思うこと 2】

2003年4月に高校に入学する生徒たちから新「学習指導要領」に切り替わることをうけて、教科書や参考書・問題集が新課程対応のものが徐々に書店に並び始めたようです。

そのためか、最近ネット上でも新課程版の書籍関連の話がよく飛び交っております。

別にそれ自体は全く問題ないのですが、よくよく見ていると、結構な割合で「思い込み」から来る、「嘘」とか「勘違い」など「間違った情報」が含まれているようです。

「インターネット」は自由であるが故に、利用に当たっては「個人責任」が原則です。

だから、情報を受け取る側が「個人責任」において情報を選別し、信頼性の検証を行うのが原則であることはいうまでもありません。

また、情報を発信する側も当然のことながら、「表現の自由」と表裏一体である「責任」というものは各自で負わなくてはいけないはずです。

しかし、ネット上では「責任ある情報」とはほど遠い「風説」「嘘」「勘違いからくるデマ」などが相変わらず飛び交っています。

ここでは、具体的に管理人がネット上で見つけてきた「風説」情報を取り上げ、その真偽を検証することで、「高度な情報社会における」情報というものとの付き合い方について考える機会にしたいと思います。

 

【いいかげんな風説の数々】

ここで、私が見つけた「風説」情報の例を2つほど挙げてみましょう。

 

1、現行課程版の数学参考書「赤チャート」は絶版になる

2、新課程版の「赤チャート」は現行課程版「青チャート」がベースになっている

 

これらはいくつかの個人が運営する「受験系」サイトで拾ってきた情報ですが、これらはすべて 間違った情報、ないし間違っている可能性が極めて高い情報です。

 

【情報の検証とは?】

では、ここで取り上げた2つの情報の真偽を検証してみましょう。

まず、こういった「風説」情報の真偽を検証する際には、比較対象としての「出所の確実な責任のある」情報を探す必要があります。

この場合はこれらの書籍の発行元である「数研出版」のサイトを見るのが最も確実です。

このように「出所の確実な責任のある情報」というのは、企業や法人などがおいている公式サイトを参照することが基本です。

また、紛れのない議論にするためには、使用する「言葉」の定義をはっきりさせ、その言葉の定義に基づいて議論することが大切です。

では、以上を念頭において順に検証してみましょう。

 

【情報の検証1】

1、「現行課程版の数学参考書「赤チャート」は絶版になる」という噂について考えて見ます。

では、「絶版」とはどのような状態を指すのか、辞書的な意味で定義しましょう。

 

「絶版」・・・一度出版した本を続けて出版するのをやめること(岩波国語辞典より)

「出版」・・・書物などを印刷して売り出す、または配布すること(岩波国語辞典より)

 

つまり、上記の噂は、「出版元が今年の春から現行課程版の赤チャートを販売することをやめる」らしい、といっているわけですね。

上記の噂が事実であるならば、当然のことながら普通ならカタログや発行元の商品紹介などから現行課程版「赤チャート」は消されるはずですよね。

というわけで、数研出版のサイトに「赤チャート」という商品の情報がどのように載せられているかでこの情報の真偽は判断することが出来るでしょう。

 

では、「数研出版」のサイトから「商品案内」→「商品一覧のページ」→「数学」→「現行課程用」と開いてみてください。

そこのは現行課程用、すなわち新2、3年生用の参考書・問題集の一覧が載っていますね。

どうでしょうか、現行課程版「赤チャート」もしっかりと 数T・A・U・B・V・Cとすべてに発行されていることを示す印が付いていますよね

どこにも「絶版」とか「重版予定なし」とか今後流通させる意思がないことを明確に示すような文言はありませんよね?

このことは少なくとも今年は現行課程版の赤チャートはすべて発行するという、出版元の意思表示と考えられます。

すなわち、この「噂」は偽であるといえるでしょう。

 

【情報の検証2】

2、「新課程版の「赤チャート」は現行課程版「青チャート」がベースになっている」という噂について考えて見ます。

この場合は、新課程版「○○」という参考書が現行課程版「××」という参考書がベースになっている、という一連の言葉の中で「ベースなっている」というのはどういった意味なのかが争点になると思います。

そこで、言葉の定義をするためにも、この場合も数研出版のサイトを調べてみます。

では、「数研出版」のサイトから「商品案内」→「商品一覧のページ」→「高校教科書」→「新課程用高等学校教科書」→「数学」→「新課程参考書」と開いてみてください。

新「青チャート」のところを見てみましょう。

「旧制度のチャート式解法と演習の企画を踏襲しました」と書かれています。

どうやら、「○○」は「××」がベースになっている、という言葉の使い方はこの辺りが根拠になっているようですね。

では、「企画」を「踏襲」する、とはどのような意味なのでしょうか。

 

「企画」・・・あることをするため、計画を立てること。もくろみ(岩波国語辞典より)

「踏襲」・・・それまでのやり方を受け継ぐこと。(岩波国語辞典より)

 

「参考書」や「問題集」を編集する際には、すべからく「(仮想の)対象者」がどのような「使用目的」をもって、どのように「使用」すると効果的か、などを事前に想定して作っているものと考えられます。

だから、様々なタイプやレベルの書籍が生まれるわけです。

すなわち、「企画」というのは「使用対象者の設定」「使用目的」「問題を収録する際の方針」「使用方法」などの総称と考えることが出来ます。

つまり、「企画を踏襲する」とは、ある現行課程版の書籍の「使用対象者の設定」「使用目的」「問題を収録する際の方針」「使用方法」などを新課程版でも「受け継ぐ」ということのようです。

 

ネットをみていると、一部の自称「参考書評論家」は「企画を踏襲する」という言葉を「収録問題をそのまま引き継ぐ」事だと考えている様子が伺えます。

はっきりいって笑止の限りです。

私の調査ですが、例えば新課程版の「青チャート」は収録問題の95%は何らかの形で手を加えられているか、問題が差し替えられています。

つまり、「問題を収録する際の方針」や「問題のレベル設定」は引き継いでいるかもしれませんが、「問題そのもの」は必ずしも引き継いでいないわけです。

この一事をとっても、一部の自称「参考書評論家」がいかに実物を見ないでいい加減なことをいっているか、言葉を正確に使うことを考えていないかが良く分かります。

このような「無責任な情報を発信するような△□(自主規制します)」にはなりたくないものです。

 

さて、話を戻しますと、同じページの新「赤チャート」の記述をみてみましょう。

新「青チャート」、新「黄チャート」、新「白チャート」にはそれぞれ「○○の企画を踏襲する」と書かれているにも関わらず、新「赤チャート」の紹介文にはどこにも「○○の企画を踏襲する」とは書かれていませんよね?

「噂」が事実であるならば、新「赤チャート」の紹介文には「旧制度のチャート式基礎からの数学の企画を踏襲しました」という一文が入っていてしかるべきです。

この一文がないということは何を意味するのか?

これは、実際に新「赤チャート」を詳細に調べてみないと判断が付けられません。

で、あるからに、少なくともこの噂が事実であるのか、この時点では判断を下すことは出来ません。

しかしながら、「出所の確実な情報源」に「新赤チャートは旧課程の青チャートの企画を踏襲する」との一文が入っていない事実は重く受け止めざるを得ないでしょう。

つまり今の時点では、噂がさも事実であるかのように断定してしまうのは、情報を発信する立場にある場合は「無責任」という謗りを免れないでしょうね。

すくなくとも今の時点では、この噂は「偽」である可能性を視野に入れておく必要があるでしょう。

2003年8月17日追記

その後の調査で、新「赤チャート」は旧「青チャート」の収録問題の一部を引き継いでいることなどから、「新赤チャートは旧青チャートが元になっている」といえるとは思います。

ただ、収録問題の80%が入れ替わり、構成要素も大幅に一新された、新「赤チャート」を見ていると、「企画が踏襲されている」とはちょっといえないですね。

おそらく企画のなかで、旧青チャートの要素を引き継いでいるのは、収録問題のレベル設定くらいなものですからね。

よって、当サイト管理人の結論としては、新「赤チャート」は旧「青チャート」を元にしているものの、内容は一新された別物である、としたいと思います。

 

【まとめ】

いかがでしょうか?このように、個人で運営するサイトというのはどうしても情報の信頼性が低いということがご理解いただけましたでしょうか?

また、情報というものは「生き物」に例えられます。

ある時点では事実であったとしても、それが後日も事実である保証はどこにもないはずです。

ですから、「情報」というものに対するときの姿勢として、以下のことが求められるといえるのではないでしょうか?

1:情報の発信源の信頼性というものに常に留意しながら、多角的に情報の真偽について幅広く検証すること

2:「情報」は常に変化するものであることに留意しつつ、常に最新の情報を捉えるように努力すること

これらを完全に実行することは難しいことでしょう。

しかしながら、これからの「高度な情報化社会」に生きるものとして、出来る限り実行するように心がけるべきことであると思いますし、少なくともこのような「情報発信サイト」を運営する身としては、これらを可能な限りの配慮をしつつサイト運営に臨みたいと考えております。

 

【おまけ】

これはあくまで管理人の推測ですが、「1」の噂は、「2」の噂が個人運営の受験系サイトで紹介されたり、掲示板などに情報として書き込まれるうちに変形して伝わってしまったものなのかもしれません。

確かに新課程版の「赤チャート」は、現行課程版の「赤チャート」「青チャート」どちらの書籍の企画を踏襲するとも書いていませんので、情報を受け取る側が勝手に想像出来る余地が残っているからです。

噂というのはこのように「生まれて」、伝達されていく間に「変形されていく」過程を見ているようで、管理人としてはなかなか興味深いと感じています。

でも、そのように不確実な要素がある情報を「事実」として捉えてしまい、受験サイトで「知ったかぶり」して情報を発信する人って「軽率だなあ〜」とも思います。

「他人のすることを見て、自分に反省点がないか自己を見つめ直す」ということの大切さを感じますね。(^^ゞ

 

【最近、「ネット」を見ていて思うこと】

私は個人的な興味から、よく「受験系」といわれるWebサイトを定期的に見て廻っています(興味があるから、自分でもこのようなサイトを開設しているわけですが(^^ゞ)。

最近、特に感じるのが、ここ数年の「インターネット」の急速な普及により、「受験情報」に限らず、色々な「情報」がインターネット上には氾濫している、ということです。

これは決して悪いことではありません。

ただ、「インターネット」が「大衆化」(という表現が適切なのかよくわかりませんが・・・)するにつれ、情報の「量」が増加するにつれて「質」がどんどんと低下していっているように思います。

かつては広く「社会」に対して自らの考えを「情報」として発信しようとしても、非常に限られた手段しかなく、個人レベルでは難しいものでした。

ただ、その反面、発信される情報というものは精選されており、ある程度の信頼性も確保されていたように思います。

近年、発達しつつある「高度な情報化社会」においては技術がどんどん発達することで、誰もが容易に、かつ広範囲に、しかも短時間で「情報」を発信できるようになりつつあります が、発信される情報の量の増加に伴って、発信する側のモラルというものが一部で崩れてしまっている場合も見受けられます。

(例・・・特定の対象者に対する根拠のない誹謗中傷行為、いたずらメール、コンピュータウイルスの蔓延etc・・・)

また、情報の発信者に例え悪意がなくとも、結果として「ネチケット」に反するような行為を行ってしまっている場合もあるようです。

また、個人レベルでの情報の発信というのは、その発信している情報に対する検証というものがキチンとなされていないケースも多いようです。

実際に受験系のサイトでも、「情報を発信すること」に対する責任感が希薄な人が多く見られます。

そういった人の発言などを仔細に見ていくと、「思い込み」や「情報の裏付け」がないせいか発言がものすごく軽いので、見ればすぐに分かると思います。(-_-メ)

 

また、情報を受け取る側も、かつての「発信されている情報はすべからく安心できるものである」という時代の意識が非常に強いようで、受け取った情報を色々な角度から検証して、それが正しい情報かどうか判断する、といったようなことはする人はそれほど多くないようです。

これらはある程度は仕方のないことなのですが、余り良い傾向とはいえないと思います。

 

また、「言葉の伝達ゲーム」のように、複数の人間が情報伝達に介在すると伝達されるうちに、情報というものは変形されていき、一般的にセンセーショナルなものへと変質していきます。

また、その伝達される情報が不確かなものであればあるほど、「情報」という無形のものは、伝達者によって無意識に変形されていってしまうのです。

※この典型例が「不幸の手紙」が途中で字が汚い人がいたために「棒の手紙」に変わってしまったという笑い話でしょうね(^^ゞ

 

このように「インターネットの大衆化」によってもたらされつつある「情報社会における思わぬ落とし穴」に嵌らないようにするためにはどうすればよいのでしょうか?

それには、普段から情報の内容をしっかりと吟味し、色々な角度から検証して、それが正しい情報かどうか判断する、といったような姿勢を身につけることが大切なように思います・・・。