FOOTBALL COLUMN 1

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●風を起こす時

レギュラー選手、それもQBをシーズン中に交代させるのはかなり勇気が必要になる。大抵の場合春季リーグから秋の主力となるQBに経験を積ませ、その選手に会わせて攻撃プランを練る。だが負傷などでQBがシーズン中に交代するとそれらの積み重ねを無駄にする事にもなり兼ねない。

'98年10月25日の三強対決の緒戦、対京大戦を迎えるまで立命大は4戦全勝しているものの、序盤戦はレギュラーQBの選手に好不調の波が激しく、それがチーム全体にも影響したのか4Qを通して安定した試合運びが出来ずに、関大戦にいたっては3Q前半までリードを許すという危ない試合展開。ここで立命スタッフが動いた!次節の神大戦で3回生QBの川嵜をメインに据えたのである。シーズン当初はプレイの不安定さが心配されていた選手だったが、この起用が見事に当たった。

そして長居で京大との対決を迎える。

第1Q京大最初のプレイでいきなりファンブル!こぼれ球を立命がカバーし京大陣25ヤードという絶好のポジションで攻撃権を得る。残り時間9分57秒であっさりと最初のTDを決めると完全に立命が主導権を握った。第1Qの大半が京大陣内での展開、残り時間1分4秒に2本目のTDを奪い、ディフェンスも1Q終了直前まで一度もファーストダウンを更新させない完璧な内容。

第2Q立命はこの試合初めてのパントを蹴るがこれが京大陣2ヤード前の絶妙のパントとなる。京大は肝心な所でミスや反則を招き、自陣近くの危険地帯でもオフサイドやフェイスマスクの反則で立命に大チャンスを提供してしまう。立命、セーフティー獲得かという場面もあり、常にフィールドポジションを優位に保ちつづけた立命が前半残り2分30秒で3本目のTD。これが決定打といってもいいぐらい前半は一方的な戦いで終了した。

第3Q、試合前半は明らかに動揺が見えていた京大だがディフェンスが立ち直りの兆しを見せる。それまで面白いように進んでいた立命のランプレイがぴたりと止まり、交代出場した京大QBの横山が運も味方につけて大きく陣地を挽回していく。しかし、京大はせっかく自軍に引き付けた流れを前半同様またもミスでフイにしてしまう。3Q終了前、パーソナルファウルの後立命の選手が退場処分を受けるハプニングはあったものの、立命有利が動く様な展開はもう京大には起こせなかった。

4Q、残り4分38秒、立命がTD。京大は残り2分34秒でようやくTDを決め、2ポイントコンバージョンを成功させるが、残り1分26秒に立命がこの日5本目のTDを決め、試合が終わった。

戦前は過去4戦のデーターから京大有利が伝えられていたが、立命には今、序盤2試合とは違う風が吹き始めている。 1998.10.25


1Q
2Q
3Q
4Q
TOTAL
立命館大学
14
14
35
京都大学

●関西学生アメフトの姉貴

ジャパンユーロボウルで日本代表がフィンランド代表に快勝。観戦にも行けず、TV中継も無く少しでもいいから試合の情報が知りたい、と手にしたスポーツ新聞の記事を読みながらある女性記者の名前を思い出した。

赤星美佐子氏。「彼女は、この輝かしい初勝利にどのような感慨を持っただろう。西宮スタジアムを駆け抜けた若きフットボウラー達の成長した姿をどのように伝えてくれただろう。」

彼女の名前を始めて知ったのは'93年の元旦、彼女の所属するスポーツ新聞のライスボウル関連記事。「東海が太い眉をピクピクさせて待っている。」の書き出しで始まったこの記事は、3年前のライスボウルで日大に大敗した時より社会人のレベルが高くなっている事。東海選手を支えた夫人の協力。能力の高い選手だが今年は周りの選手の能力を引き出すプレイに徹している事。今回対戦する京大のQB金岡を後継者として獲得する為何としても勝利し、「卒業後は引退」と公言している彼を説得したいと考えている事。等が短い記事の中にテンポの良い文体で書かれていて観戦初心者の私にも今回のライスボウルの見所がよく分かった。

何よりその記事に添えられていた東海選手の写真。東海選手の顔はこの時初めて見たのだが、実に太い眉であった事もありより一層このユニークな書き出しが印象に残った。

それからはこの新聞でアメフトの記事を見れば必ず執筆者の名前を確かめるようになった。スタジアムで感動した場面は、翌日の彼女の記事を見ればVTRを巻き戻したように思い出す事が出来た。「ああ、そういう訳があったのか」と新たな発見もあった。彼女の記事は私にとってアメフトの教科書であった。

だが、彼女の名前を最後に見たのはいつものスポーツ紙ではなくアメフト雑誌の中だった。

’96年12月15日、第51回甲子園ボウルが彼女の最後の仕事となった。この年話題となった京都大の二人のQBと共に笑顔で写る彼女は、家庭の事情から郷里に帰る為自ら8年間の記者生活にピリオドを打つというつらい決断を下していた。「どんなマイナーなスポーツにも、私が陽の目を見せてやる」 そんな意気込みで記者生活を始めた彼女は、今でも郷里の松山でアメフトを見つめつづけているだろうか。ひょっとしたらネット上のどこかで今も選評を書き続けているのではないだろうか。

1998.8.12

赤星氏は現在関西学生アメリカンフットボール連盟の事務局で、広報担当として活躍中との情報をいただきました、ありがとうございます。赤星さんが広報なんて正にうってつけの仕事ではありませんか。

1998.8.23

●師弟対決の行方

1998.5.31久しぶりの試合観戦は宝ケ球技場、アサヒ飲料クラブChallengers京都大学Gangstersの社会人学生交流戦。

アサヒ飲料と言えば今年、京都大のオフェンスコーディネーターであった藤田氏が監督に就任し、恩師水野監督率いる京大とはこれが初の師弟対決。一方、京都大のオフェンスチームの面々にとっては去年まで指導を受けていた藤田監督は恩師に当たり、アサヒ飲料の阿部、吉田選手など数名の京大出身選手にとっても水野監督は恩師と、複雑に師弟関係が絡み合ったこの試合、相手チームにも顔なじみの選手が多い事もあって周りの京大ファンもなんだか応援しにくそう。

コイントスが行われる中、ふとアサヒのサイドラインを見ると向かって右から左へ選手達が背番号順に整列している、このチームにある「規律」を感じる光景。

第1Qアサヒから始まった攻撃は両チームともファンブルやパントの際にスナップの呼吸が合わないと言った、春のゲームならではのイージーミスで攻撃を進められず。それでも京大のエンドゾーン前までボールを進めたアサヒの新人QB田中がTD狙いのパスを投げるが、エンドゾーン内でこれをインターセプトされ先制ならず。しかし、その後の守備でもフイールドポジションを有利に保ったアサヒが1Q残り2分10秒でようやく待望のTDをあげる

第2Qになると京大はランプレイが決まり出し、特にRBの山田が快足を見せた。敵陣10ヤード地点まで攻め込むものの決め手を欠き結局FGの3点のみ。アサヒは田中のパスが思うように決まらず苦戦、京大優位で試合が運び残り時間7分40秒で逆転のTDを上げる。アサヒは第2Q終盤に、この日のメインターゲットとなったWR梅田へのロングパスが決まり京大陣30ヤード地点に攻め込む。なかなかチャンスが作れなかったアサヒもゴール前では圧倒的な力を見せ前半終了30秒前に再逆転のTD。

第3Qは互いにファンブルや反則が目立ち得点は動かなかったものの、田中─梅田のホットラインが機能し出したアサヒが有利に試合を進める。

 最終の第4Q、アサヒは終了10分18秒前にあっさりとTDを決めもう一人の新人QB岡本に交代。田中とは対照的にランプレイ主体のオフェンスを見せる。一方の京大も第3Q途中で交代したQB横山のロングパスから残り7分32秒でTDを決めて追いすがる。ここで京大はTFPに2ポイントコンバージョンを狙うが失敗。6点のみの追加となる。残り時間2分18秒、京大が投げたロングパスをアサヒがインターセプト。アサヒ自陣49ヤードでターンオーバーになるが、京大陣20ヤードまで攻め込みながらTDを奪えず残り時間42秒でFGで得点。京大は先発QB竹下が再びフィールドに戻りTD狙いのロングパスを放つがアサヒの大島にインターセプトされ万事休す。このまま試合が終わった。

注目の師弟対決の行方。ある弟子は勝利し、ある師匠は敗北し、その弟子達かつての師匠に敗れ、その弟子達かつての師匠に勝利した。


1Q
2Q
3Q
4Q
TOTAL
アサヒ飲料
10
24
京都大学
10
16
得点時間、選手名などは観戦中のメモによるものなので結構不正確です。(^^ゞ 1998.6.17

●理性吹き飛ぶフォーメイション

TD誌にアメフト創成期の世にも恐ろしい試合っぷりが紹介されていた。

当時は今のような防具が無く、またそんな物をつけてプレイするのは男らしくない。という理由から防具無しでプレイした為に多くの怪我人が出た」。程度の知識はあったのだが、読んでびっくり常識はずれは単にユニフォームだけの話ではなかった。

Vトリックと言う攻撃フォーメイション。V字型に並んだラインの選手が(もちろん尖った方が先頭だ!)ボールを持ったランナーを内側に入れて集団で前進し、ディフェンス網を力技で突破しようと言う強引なフォーメイション。ラグビーのスクラム状態のまま勢いをつけて敵陣に飛び込んで行くのだと思ってもらえればいい。

先頭に任命された不幸な男の恐怖はいかばかりか、写真が掲載されているが、誰もヘルメットはもちろんヘッドギヤすらつけていない。当然である。頭部を守るハーネスが登場するのは1893年、Vトリックが初登場したのは1884年なのだ、体を守る道具作りに腐心するなんぞ「弱虫」の考える事。センター役を務める彼の俯いた顔が心なしかブルーなのは日光が生み出す影のせいだけではあるまい。屈強な男達に囲まれたバックスが「はよボール横さんかい」とばかりに両手を出している。彼は卑怯と呼ばれないのか?
センターの青年の葛藤が伝わる、ボールを渡せば己の身に想像するもおぞましい災難が降りかかる、だがボールを渡さねばどうせチームメイトから「弱虫」と袋叩きにされるのだ。

当時のキレっぷりはまだ続く。現代でもボールの奪い合いが起こる事から危険度の高いキックオフ。この時にもフライングウエッジと言う加速をつけて集団で敵陣になだれ込みディフェンス網を力技で突破しようと言う荒業である。写真で見ると…喧嘩にしか見えない。

アメフトのルールは怪我を防ぐ事、偶然によってゲームの流れが左右されない事が基本となっているが、プレイヤーの健康の為にもゲームの魅力の為にも廃止されて良かった戦略であったと言えよう。

1998.5.10


●そんなわけでアメフトです

最近、「アメリカンフットボールの略称だから『アメフト』ではなく『アメフット』が正しい表現である。」と言うコラムを見つけて、私はかなり焦りました。

「えらいこっちゃ、私のホームページには全部『アメフト』って書いてあるぞ! やれやれ、訂正するのにいったい何時間かかる事やら… 」 と途方に暮れた後、ふと思い立ちました。「なにゆえ『アメフット』が正しい表現だと言いきれるのでしょうか?

そもそも外国語の発音をカタカナに置き換える事に無理があるのに、『アメフト』だろうが『アメフット』だろうが英語圏の人達に読んで聞かせれば「Pardon?」と言われるに決まっているではございませんか。ドイツ人に『アメフト』って言ったら理解してもらえますか?日本人なら通じるであろう、よろしい、うちの母に説明してやって下さい。日本人です。「アメフトの試合観に行ってきます」と言うと「アメフトってラグビーの事?」と毎回けったいな答えが返ってきます。そこで私は彼女に「アメフト」と言う替わりに、「ヘルメットかぶってごつい格好してやるやつ」と言ってます。言葉なんて物は伝達手段のひとつに過ぎません。

日本人は律義ですね。自分の国は「ジャパン」「ヤポン」「イエーポニカ」などとえらい言われようなのに、外国語表記は「ヴェ」とか「グァ」とか50音表に無い文字まで駆使して涙ぐましい努力です。(T_T) 報道に使われる用語については新聞協会に「原則として現地、または本人の呼び方にしたがう」「慣用の固定している物はそれにしたがう」と言う取り決めがあるようです

ではわれわれの使う言葉はどうあるべきでしょう?平成3年の内閣告示・訓令で交付された「外国語の表記」によるとあくまでよりどころであるとしながらも、「原音に近づける為に使われる表記は常にそう書く事を強制するわけではない」(ヴェ、グァ などの事ですね。)「慣用が定まっている場合はそれにしたがって差し支えない」との事です。だから「アメフト」でオッケー!

1998.2.21

●心のタイトロープ

 1997.12.20 第52回甲子園ボウルが関西学院大学(4年ぶり40回目)VS法政大学(4連続6回目)の顔合わせで行われた。この試合にはどちらのチームにも勝って守らなければならないプライドがあった。

アメフトの名門関学にとって昨年のプレーオフ敗退は’49年の初出場以来、常に携えていた心強い武器を新チームから奪い去る事になった。今年のチームには甲子園ボウルを経験した選手がただの一人もいないのだ。経験と言う武器を持たないまま初めての大舞台に臨む関学ファイターズ。

一方の法政大は4連続出場と言う一見文句の無い成績ながら、そのいずれも関西代表の前に敗退。実は彼らには試合の前に戦わなければならない恐ろしい敵がいた。「緊張」である。慣れないホテル暮らし、甲子園球場にくれば外野席をぐるりと取り囲む大勢のファンが関西代表チームに声援を送る。内野特設スタンドに遠方からはるばる応援に駆けつけた心強い味方がいるものの、彼らは平常心を取り戻せないまま試合に臨みようやく甲子園の雰囲気になれてきた時には試合は終盤を迎えようとしている、いつもそのパターン。「何とか関西チームと同じ条件で試合に臨ませてやりたい。」監督が常に心を痛めている事だった。 ところがこの日の法政の選手達は挙動不審。選手入場前に仲間を集めて何やら悪巧み… 「今日は何かやりますから」 選手からそう聞かされていた大森監督は法政選手の入場を見てそういう事だったのか、と苦笑い。彼らは自らが選曲した軽快なBGM(「六甲おろし」と言うリクエストは大会側から却下されたそうな。(^_^;))の鳴り響く中、騎馬を組み、ヘルメットを後ろ前にかぶっての登場と相成った。やんややんやの内野スタンド、目が点になった外野スタンド。まずはやんちゃなトマホークスが「緊張病」に先制パンチ!

 前半は両ディフェンス陣の健闘でスコアは動かず。拮抗の続く中、まずは関学が勝利の女神を振り向かせた。

 第3Q、関学自陣30ヤードから始まった攻撃は、RB花房の見事なランで敵陣38ヤードまで一気に迫るものの、法政ディフェンス陣が必死に守りタッチダウンは取らせない。20ヤードからのFG。リーグ戦の好成績から「9割キッカー」の異名を持つ関学太田の登場で関学の先取点はまず間違いないと思われたが、太田のキックはポストを外れた。

 だが、嫌なムードを断ち切るように関学は法政の攻撃権をインターセプトで奪い去り、中央突破を警戒する法政ディフェンスをRB花房が外側からスピードで回ってかわし、ランプレイと見せかけて放ったTE中川へのパスが見事に決まりついに先制のタッチダウン!太田も難なくキックを決めてスコアが動いた、7−0。

これで火が点いた法政攻撃陣がすかさず大反撃。関学のお株を奪うプレーアクションパスでタッチダウン。第3Qに7点を上げしっかりと追いすがり、第4Qでは関学の反則で完全に流れをつかみ、RB増田のランでタッチダウン。遂に逆転!両守備陣の堅い守りの中両チームともなかなか点が取れないが、ようやく関学がタッチダウンを決め、2ポイントコンバージョンを成功させて1点差で再逆転! 今までは戦況の如何に関わらず、険しい顔付きでサイドラインに帰ってくる法政の選手達が、この日は落ち着いた様子で試合に臨んでいる。関学陣43ヤードからのRB池場のランが爆発!再々逆転のタッチダウン。残り時間59秒、スコアは21−15法政に勝利の女神がにっこりと微笑み、手を差し伸べようとしている…

だが関学はあきらめない。法政陣48ヤードに迫った時には残り時間25秒。時計を止めながら慎重にパスプレイを進め、敵陣21ヤード残り時間8秒で最後のタイムアウトを使い切り、ポジションにつく。これが最後のプレー。しかし、試合巧者の関学は試合の最後にして最大のチャンスを勢いで完遂するような事はしなかった!WR畑はパスをキャッチすると敵陣9ヤードでサイドラインから外へ出で時計を止めるプレイにに出た。最大のチャンスに最良のプレイを組み立てる為…ホイッスルが鳴り、ボールがスナップされる。QB高橋のパスがエンドゾーンで竹部の胸に抱かれる。 タッチダウン!

喜びが爆発する関学サイドわずか4秒前まで我が手にあった勝利が砂のように零れ落ち声も無い法政サイド。そんな興奮の中をただ一人、己に課せられた大きな使命を背負ってフィールドに向かう男がいた。関学キッカーの太田、彼一人がまだどちらにも微笑まぬ女神の姿に気付いていた。「太田のキックがゴールをそれた時、初めて点差に気がついた」 「最後まで気迫を捨てなかったから奇跡が起きた。」 引き分け両校優勝。コイントスにいたってようやく女神は法政を選んだ。

試合後、すべての責任を背負い込んだかのように肩を落としていた太田はチームメイトから、関学応援席からそして法政応援席から送られた太田コールにやっと顔を上げた。キッカーとして初の関西学生リーグMVPに輝いた関学太田雅宏。その事実が何よりも、この1年関西学生アメフトを見守ってきた人々の思いを雄弁に語っている。「君がいなければ関学はここへは来られなかっただろう。この名勝負は、生まれる事すら出来なかったのだ」と…  1998.2.1

 


1Q
2Q
3Q
4Q
TOTAL
法政大学
14
21
関西学院大学
14
21

●見たぞ溝田のスーパーキック!

1993.10.24改装前の西京極陸上競技場。メインスタンドの左に京大、右に立命応援団が同居するスタンドでその場面は突然やってきた。第2Q残り2秒京大オフェンスはFG狙い。「ディレイ・オブ・ゲーム」の反則で5ヤード罰退の後、ホルダーの位置はゴールポストから55ヤード。キッカーは長距離より短距離の決定率が悪い妙な個性を持つ溝田圭一選手。

「これは長すぎる、決めたら溝田君誉めたるわ!」などと臨席の立命ファンに気を遣いつつ、友人と軽口をたたいていた。「しゅぽん…」と蹴り出されたキックは間違いなくゴール前で失速すると思われたが、これが伸びる伸びる…バーを越えた!ジャッジのシグナルを待つ。成功!!! 沸きかえるスタンド席左半分。

騒ぎが静まりかけた頃、アナウンスが流れる。「溝田選手のFGの距離は55ヤード、日本記録は57ヤードですのでこれは大記録といえます。」再び沸き上がる歓声。 実はこの年からゴールポストの幅が2メートル狭くなった為、新規格のゴールでは日本最長記録となったのである。いやーええもん見してもらいました。

同じ年に、日大の山口優隆選手が55ヤードFGを決めていることを書き加えておきます。


1Q
2Q
3Q
4Q
TOTAL
京都大学
12
26
立命館大学
12
22

●東野稔エンドゾーンからの奇跡

1995.11.26 優勝決定戦となったこの試合は、「アニマル Rits」 の異名を持つ立命のパワーディフェンスと、今期わずか6失点の京大ディフェンスの激突となり、京大が第2Qにワンチャンスを生かしてQB杉本がTDを決め、立命は第3QにK長縄の41ヤードFGで4点差に追いすがっていた。

第4Q。敵陣ゴール前9ヤードから立命QB東野が放ったTDパスは、インターセプトで断ち切られ、再び立命に攻撃権が戻った時には残り時間1分20秒、ボールの位置は 自陣5ヤード。東野の体はエンドゾーンの中という絶望的なフイールドポジションだった。ここからの攻撃は残り時間との戦いとなる。「時間を要するランプレイは使ってこない」 京大守備陣がそう読んでいるのを承知でパスプレイにすべてを託すのである。 

だが東野は大産大高からの僚友WR下川へのロングパスを3度決め、わずか数十秒で敵陣2ヤードに迫り再び逆転のチャンスを作った。 最初のプレイで時計の進行を止めた後、残り時間41秒。それまでの徹底したパス攻撃から一転東野のランプレイを敢行。 だが京大ディフェンスに捕まり2ヤード後退。時計が進み残り時間がなくなって行く、慌てて最後のタイムアウトを取り時計を止めた時には残り時間は33秒になっていた。

立命応援席から沸き起こる「東野」 コールに送られて11人がポジションにつく。

何度も奇跡を起こした下川へのパス、下川をマークしていた選手に危うくインターセプトされかかったが体勢を崩し捕球に失敗。パスカットだけで事無きを得た。 残り28秒、同じ位置からパスはTB横川へ、横川と京大CB野中が競り合うその先で東野が放った奇跡のパスはフィールドに沈んだ。

残り時間23秒。京大攻撃陣がニーダウンで時間を消費して行く間、東野はベンチで何を考えていたのだろう。第2ダウンのオプションプレイの失敗、それで失ったタイムアウトの事だったのか… 京大応援席のカウントダウンがゼロを告げ雌雄が決した。

試合が終わり立命大「パンサーズ」がフィールドを後にする。死力を尽くした戦いを堪能した3万6千人の観衆は敵味方を超えて彼らの健闘に賞賛と心からの拍手を送った。


1Q
2Q
3Q
4Q
TOTAL
京都大学
立命館大学

● モヒカン池之上日本アメフト頂上計画

 「関西大でRBをやっていた兄貴に薦められ、 関学高からフットボールを始めました。入った時からDT一筋。」甲子園ボウルでは守備選手としては初めてのチャックミルズ杯を受賞。関西のアメフトファンにもなじみの深いリクルートシーガルズの池之上貴裕選手が、1996年2月26日 日本初のプロフットボール選手3名の一人としてWLAFのトライアウトに合格した。

「関西の学生フットボールはすごく注目されてる。関東は学生、社会人ともそうじゃない。協会側からメディアに記事にして下さいと頼んでいるのが現実。どうやったらいいかわからんけど、一般の人にもっとルールを知って、観に来て欲しい。」 「(日本リーグが) プロ化されたらぜったいプロになってました。金銭的な事はわからないけど、野球やサッカーのように盛り上がって欲しいと思うな。」1996年シーズンオフ直後のアメフト雑誌の座談会での池之上選手の言葉。ところが、その直後にとんでもないチャンスがやってきた。WLAFが急遽日本人選手の獲得を申し出てきたのだ。

だが、当時の規定ではプロ経験者は日本社会人リーグに復帰する事が出来ない。(現在はWLAF参加期間2シーズン以内の限定付きで復帰可能。)シーガルズの中心選手であり、主将でもある彼が抜ければチームには大打撃である。池之上は退社を覚悟でトライアウトに望み晴れて合格した。 社会人リーグは規定改定に動き出し、シーガルズは池之上がこれから学ぶであろう経験を生かす為に、彼の籍をチームに残す事に決めた。

記者会見には多くのマスコミが詰め掛け、TVニュースでは合格者3名のユニフォーム姿が流れ、スポーツ紙のトップ記事になった。 「サイズ的にラインでやれるかわりませんが、与えられたポジションはどこでも挑戦したい」 チームは京都大の伊藤重将と同じドイツの「ラインファイヤー」 に決定。「せっかくもらったビッグチャンスだ、たくさんの事を学び日本に持って帰ろう。プロという世界は初めてのサバイバルゲームだ。ハングリーさ、闘志、全てが必要となる。しかし、それを楽しもう。」

アメフト遣唐使は翌年もトライアウトに合格し、再びラインファイヤーの一員になった。前年と違うのはコーチとしてシーガルズをライスボウル初制覇に導き、日本No1の勲章を得た事。「覚えてもらう為」 にカラーリングしたモヒカン頭になった事。

しかし、彼の究極の日本アメフト強化計画はこれであろう。「スピード的にはアメリカの選手についていけても、体格差がどうにもならない。先を見越してバスケットボールやバレーボールの女子選手と結婚してデカイ子供を生まなアカン」 (*^_^*)

*一部敬称を省略させていただきました。

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