Gangの隠れ家オフ企画ご案内

【Gangベスト10山手線ルール編!!】企画
投稿日 2002年02月02日(土)19時41分 投稿者 村長
ocha-gangさんのアイデアを参考に、Yahoo!掲示板で見かける山手線ゲーム形式でGangsters各ポジションのベスト10を選出しましょう。選出ポジションはQBからスタートしてQB→RB→WR→TE→OL→DB→LB→DLスペシャルチーム→歴代主将→ライバル選手となります。

***投稿方法***

QBベスト10に一番乗りで杉本選手を推薦するなら…

QB#1 杉本 篤   ------左からポジション・投稿順・選手名、これを【本文欄】に記入してください。
推薦文にはその選手の説明や思い入れなどを自由に投稿してください。

2番目に金岡選手を推薦する場合は「投稿順」が#2に変わります。 QB#2 金岡禧友 
27 名前:村長 ★:05/01/26 23:24 ID:???
QB #2 金岡禧友

Gangstersが誇る天才QB。投げてよし走ってよし、冷静でクレバーなプレイ、QBとして必要な資質をすべて兼ね備えた選手と評価しても過大評価とは言えまい。
現在もシルバースターオフェンスを指揮するベテラン。

以下順番に#3・#4…とみんなで推薦して10人目の選手が推薦されたら次の方は次の項目の一人目を推薦してください。 これを続けて歴代主将まで行くと120人のGang選手が紹介できるわけです。もちろんOB、現役を問いません。ベスト10選出は先着順になりますが、ひとりで7人も8人も連続投稿して独り占めしないように(^^ゞ

複数のポジションで活躍された選手に関しては重複して推薦してもOKとします。

Gangstersポジション別ベストメンバー選出

QB10傑 RB10傑 TE5傑 OL15傑 DB15傑 LB10傑
#1 田中重光
#2 小川賢司
#3 佐野 徹
#4 金岡禧友
#5 杉本 篤
#6 川並 仁
#7 竹下 究
#8 東海辰弥
#9 大社 充
#10 藤田 智
#1 秋原史記
#2 松田明彦
#3 堀口 聡
#4 西田温信
#5 森口智規
#6 畑 佑樹
#7 吉田昌弘
#8 中西 光
#9 関根 剛志
#10 宮崎竜夫
#1 橋詰泰裕
#2 若林正敏
#3 中村元気
#4 板井征人
#5 脇田 伸吾
#1 屋敷利紀
#2 石飛 節
#3 金 紀彦
#4 小林弘典
#5 大西一照
#6 植野慎一郎
#7 河野尚久
#8 杉本哲也
#9 小波本直也
#10 中村壮一朗
#11 前川 崇
#12 佐々木貴史
#13 小澤 真
#14 八田真一
#15 黒田 敦史
#1 西村英明
#2 関康次郎
#3 河合道人
#4 高井伸賀
#5 平井和彦
#6 植木 努
#7 塚原大輔
#8 中谷 彰 
#9 白井健泰
#10 鎌谷一磨
#11 高本耕太
#12 山本章貴
#13 和田有史
#14 内田良平
#15 阿部拓朗
#1 根来拓也
#2 深堀理一郎
#3 阿部拓朗
#4 安澤武郎
#5 村西健嗣
#6 日沖 靖
#7 東前 圭
#8 辻尾大樹
#9 村田斎潔
#10 森清 之
DL15傑 スペシャルチーム
(SP)
5傑
歴代主将
10傑
#1 泉 信爾
#2佐々木貴史
#3佐々木丈
#4伊藤重将
#5山本圭司
#6山下智
#7谷口善文
#8中村壮一郎

#9
松田恭明
#10寺尾和彦
#11大鋸雅行
#12荒川 智
#13鈴木道夫
#14胡井則章

#15 西村 大
#1 K/P若林正敏
#2 RT 永島拓也
#3 H/SS 高橋信吾
#4 OL/DE 森陽

#5 K/P 岡本勝夫
#1 岡本 勝夫
#2 山本 純也
#3 里 勝典
#4 松田明彦
#5
#6
#7
#8
#9
#10


歴代QB10傑
選手名 推薦者コメント
田中重光 7年卒。K/Pをつとめながら非凡なパス能力を買われてQBにコンバート。16杉本とのタンデムQBは、そのタイプの違いからも当時国内最強の破壊力を持つ司令塔であった。97年ライスボウル、第4Q、9点ビハインドの中、凄まじいパッシングドライブを率いてゴール前に。TDパス3回ぎりっぎり失敗後、自らのFG、これも失敗。残り時間の無くなる中、残りゼロ秒での執念のTDヘイルメリーパス。今思い出しても胸が詰まる。
小川賢司 確か金岡の次(??)のスターターで, 私は歴代有数のパス能力に優れたQBだったと思うのですが, 甲子園に出られなかったこともあってかファンの間でイマイチ評価が低いような気がするのは気のせいですかね??
・3回生時(93年??), 土砂降りの西宮での関学戦. 当時評価が高かったパスオフェンスが不発なばかりか, 小川氏自身もファンブルを連発(3回くらい??)で, ご自身達は勿論でしょうがファンも悔しい敗戦.
・ファンも雪辱を期待した翌年4回生時は, この年デビューの"天才"東野稔氏率いる立命館に惜敗. ゴール前オフェンスで果敢にパスを投げようとしたところをブラインドサイドからの(理不尽な)ラッシュに遭ったところをテレビニュースで見て涙した(ウソ)記憶が鮮明に残っています.
 そんな小川氏ですが, 京大QBとして「男前度」では絶対歴代トップクラスだと思います! 今, 関西学生で男前QBと言えば関学の尾崎君かも知れませんが, 私は当時の小川氏の方が男前だったと思うなぁ(賛同者求む!).
小川君は確かに男前でした。ちょっと濃いめのお顔でしたが…
私がこの目でプレーを見たのは宅田以降ですから、それ以前は知りませんが、bPは小川賢司です。
パサーだが足も速い。最も美しいQB。最もQBらしいQB。IVYとの対戦でJAPANを率いたQB。しかし、悲劇のQB。一度も優勝していない。東海や金岡のような評価はされない。もちろん今も現役ですが、Xリーグでの所属が転々として、落ち着いて活躍する場所が見つかっていないようなのが、気がかりです。
佐野 徹 90年のQBでしたっけ?
あのガッツポーズとプレー間に選手に声をかけているあの表情は忘れられません。力強いランプレーと思い切ったパス。僕は好きです…。
金岡禧友 Gangstersが誇る天才QB。投げてよし走ってよし、冷静でクレバーなプレイ、QBとして必要な資質をすべて兼ね備えた選手と評価しても過大評価とは言えまい。現在もシルバースターオフェンスを指揮するベテラン。
杉本 篤 #1に既出の田中とのタンデムQBのラン担当、というのは言い過ぎか。96年甲子園ボウルでは1回もパスを投げていない。田中が出てくるときはWRとしてハドルに残っていたのが印象的
杉本くんはホルダーもやってましたね。田中くんとともに、まさしくダブルスラッシュ。
川並 仁 期待も込めて、川並君です。藤田氏復活(希望)で21世紀初のスーパールーキーも花開く
竹下 究 この人しかいないっしょ。2回生で関西リーディングラッシャー。岸田とのホットラインは完璧。これで決まり。
竹下くん、私も好きでした。岸田くんとのホットラインはすごかったですよねえ。卒業までやってほしかったなあ・・・
私達も竹下くんの大ファンでした。3回生の時の西宮ボウル出場して欲しかったです。最上級生で活躍する姿も見たかったです。
東海辰弥 個人的な思い入れのせいもありますが、やはりこの方だと・・・(苦笑)
抜群の遠投力、QBでありながらタックラーを引きずって走ることの出来るパワー、客席を呆然とさせるプレーコール(当時はQBがプレーコールしてたはず)、「自分たちは(当時の京大は)プロだ」と言い切る心臓、アサヒビールを事実上1人で改革してしまった強引なまでのリーダーシップ、いずれをとっても私が観戦してきた過去20年の中で総合的にベストのQBだったと思います。もしかしたら能力的には東野(立命館卒)の方が上なのかも知れませんが、フットボール界全体における存在感という点では彼を超える存在はもう出てこないかも・・・
そうそう、京大出身者には珍しくマジメさよりもキップのよさが強調されたテンポの良い解説も私は好きです。
大社 充 大社充氏は言わずと知れた84年日本一時の名QB。「ギャングスターズの歴史を変えた男」でしょう。実際見たのはこの年の甲子園とライスだけ(テレビで)ですが。ルールもわからないのに、みょーに興奮して見ていました。QBが「司令塔」というのはよくわかったし、ライスは接戦で、最後のニーダウンをなぜか鮮明に覚えていたりします。
藤田 智 東海の控えでホルダーなんかをやっていたときからパサーとしての片鱗は見せていた。東海卒業後エースQBとなったが、指の故障からほとんど活躍らしい活躍ができなかった。1年下の佐野徹の方が結果を出した。しかし、京大らしいQBとして、森口や駒田らのランナーを使い、弓削・酒匂らレシーバーを使い分けた頭脳的クォーターバッキングは印象に残る。後のコーチとしての活躍は何も言う必要がないだろう。
歴代RB10傑
秋原史記 あのダイブとブロックは忘れません。
私の中でRBといえば、秋原史記選手、彼しかいません!私はまだまだフットボール観戦歴、ギャングファン歴ともども浅くて、本格的に見始めたのは96年終盤です。そして97年、彼は入学してきました。未経験でありながら、6月くらいから試合に随時出場、選手層が薄いということもありましたが関学戦ではスターター。それからの活躍はみなさんご存知のとおり。彼こそまさにFB、第3ダウンショートやゴール前などどうしてもとりたい時は彼へのプレーコールが多くて信頼度の高さがうかがえました。4年間彼のプレーが見れて本当に幸せでした。
松田明彦 記録的にもこの方でしょう。2年連続 1000 ヤードラッシャー(3年時は 1300 ヤード近くと聞きますから、一体一試合にどれだけ走っていたのでしょう)は他に誰かいたのでしょうか?82年、京大初の単独優勝の原動力は紛れも無くこの方だという声もよく聞きます。プレーを見たのは82年の甲子園ボウル1試合と何年か後のオール関京戦でのワンプレーだけなのですが(残念!)、関西学生史上でも最高クラスのランナーだったのではないかと想像します。
 スキャットバックと言うのでしょうか、ブロッカーを上手く使い、鋭いカットでディフェンスをかわすとスピードで抜き去ってビックゲイン。また体は大きくないものの余程バランスがいいのでしょう、一発のタックルではなかなか倒れない。常に足を動かしているのでセカンドエフォートによるゲインも大きい、そんな印象でした。日大のスピードに圧倒されていた甲子園での終盤、キックオフリターンタッチダウンを見せたときは TV 解説者の方が「日大のディフェンスの選手が松田君のスピードに全然ついていけていませんね」と驚いておられたのが印象に残っています。いや本当にあれは格好良かった(試合は惨敗でしたが)。私が以後アメフト興味をもつにようになったきっかけになった選手でしたが、もっと沢山プレーを見ておきたかった!
もちろん松田。後にも先にもこれ以上のランナーは居ません。もし匹敵するランナーがいるなら、それは明治の吉村。確か松田の高校の後輩。
堀口 聡 95年入学。甲子園ボウルでのTD等、この年から早くも大活躍。96年は甲子園での3連続オフタックルTDラン。ライスボウルでの大独走TDラン。97年、凄かったのは近大戦。第3Q、6分にわたってドライブされてTD取られた直後、わずか1プレーでの大独走TDランで取り返した走り。98年は何と言っても関学戦、第4Qのショートヤーデージ、勝負を決めた泥臭いTDラン。繊細な走りというか、当たるとみせてかわしたり自ら当たりに行ったりレーンを読んで走りをコントロールするのがうまかった。勝手に「堀口走り」と名付けて呼んでいた。
西田温信 83年入学、上級生の故障もあって甲子園の日大戦では1年生でエースRBとして活躍。初優勝に貢献。なにしろ前年は松田だったので、スピード不足の感じは否めなかったが、日大の選手に吹っ飛ばされるようなタックルを受けても、何事もなかったかのように起きあがって小走りにハドルに戻る。柔道部出身だからでしょうか。たのもしい小気味のいい、頼れるRBでした。
森口智規 1990年、関西リーグ優勝をかけた神戸大学戦では、好きなように走り回っていましたね。甲子園ボール日大戦では、前半、マークが厳しく思うように走れなかったものの、4Q(?)辺りで奮起し、一発ロングランを取った時の勇姿は今でも記憶に新しいですね。この時期のTD誌に森口特集が組まれ、タイトルは「森口は逃げない」となっていました。DL、LBを跳ね飛ばしていくタイプでした。
森口智規#31。京大のRBで、ランニングプレーと分かり切っていて、なおかつピッチできるRBはそんなに多くない。私が選ぶなら松田と森口。デイライトの松田に対して、パワーの森口。3ダウン10。とにかく森口に持たせてくれ!そんなランナーでした。
畑 佑樹 2001年度四回生RB。みなさんご存知の関根剛志と同期のRBで、FBとTBの両ポジションをこなすセンスあるプレーヤー。その素質の割に脚光を浴びることは少なかったが、アメフトらしいプレーといえば、関根よりは上であろう。彼の中央突破のランは実にスムーズでまさに玄人好みである。彼がTB専任であれば、もっといいプレーヤーになったのではないかと思う。
吉田昌弘 91年入学。2年生の春の横浜ボウルで200ヤード(?)ほど走って、彗星のようなデビューを飾る。それまで京大になかったスピードタイプのランナー。QBは金岡から小川の時代であるが、バランスアタックの戦術の中で、堅実にランニングし続けたという印象が強い。常に一発タッチダウンの脅威を秘めていた。しかし、何よりも吉田は無事これ名馬。小さな体で大きな故障もせずエースランナーとしての務めを果たしたことが評価されなければならない。その後のXリーグ・チャレンジャーズでの息の長い活躍も目を見張るばかりだ。
中西 光 副将を務めた、小さなフルバック。関京戦で負傷し、立命戦、甲子園と欠場を余儀なくされる。そして松下電工とのライスボウルで鮮やかな中央突破で先制のアヤード独走TD。中央の密集の中、ラインのブロックをこれほど上手に使えるランナーも珍しかった。
関根 剛志 1998年入学。#25。2年時の春の関学戦で衝撃的なデビュー。その後もオープンを走らせると一発TD、という足の速さと驚異的なカットの切れ味は近年では関学の花房と双璧だったろう。
しかし関立相手にはどうしても走れない。。。4年になり春の東大戦。3rdダウン26yrdとかで一発でFDとった姿には、4回生の気迫が充ちていた。秋もその走力をいかんなく発揮するものの、立命・関学には封じられる。最後の最後、メンバーを落とした関学相手ではあったが、素晴らしい走りを取り戻して2TD、その結果関西リーディングラッシャーに輝いたそのふたつの走りを忘れられそうにないのは、決して私だけではあるまい。
宮崎竜夫 97年、最終戦の対立命館戦で挙げた意地のTDは私が観戦していた目の前に飛び込んできました。4年次は負傷のためか少し目立ちませんでしたが、再建時期に入った京大を支えたRBであったことは間違いないでしょう
歴代WR10傑
高岡 敬 96年4回生。チームきってのスピードとシュアなキャッチで、京大のパッシングオフェンスを支えたのみならず、細い体に似合わぬ力の強さで見事なブロックをしてオープンランナーの走路を切り開き続けた。彼がデコイになってDBを引きつけることで成功したプレーも数知れず。95・96年、あの強力なランニングオフェンスの影の主役であったと思う。
梅津泰久 最初に関学を退けて甲子園に出場したのも、2度目に日大を下して、ついでにレナウンまで破って初代チャンピオンになったのも、大社−梅津のホットラインによるところが大きい。関学のDBを抜き去るスピードがどれほど痛快であったか。日大のDBたちに囲まれながらもキャッチするシュアなハンドは神がかりであった。水野監督が「どこに出しても恥ずかしくない」と言った選手はそんなに多くないと思う。
福島伸一郎 85年入学。172p72s。小柄だし、WRとしてはスピード派とも言い切れないが、常にフリーになっていた。関西リーグの半数以上のチームのDBは全く問題にしていなかったと言ってもいい。87年のシーズンの関学戦で東海は最初のプレーから3本続けてパスを投げた。3本とも種類の違うパスであったが、3本とも福島がキャッチしてしまった。7-0。関学は全く対応出来ない。あんなに興奮させたゲームの始まり方は、他にあっただろうか
岸田洋一 3回生の途中で辞めてしまったけど、最高のWRやったと思います。QB竹下とのホットラインは最高やったよ。
弓削一幸 87年入学。188p78s。高さで勝負出来るレシーバーはいざというとき最も頼りになる。佐野も大分助けられたと思う。弓削のセールスポイントは第一に長身であるが、足も速かった。ゆっくり走っているようで、足が長い分スピードも出る。ランアフターキャッチの場合、弓削に3歩4歩走らしてしまうと、相手DBは追いつけなくなる。そのまま、タッチダウン。そんなシーンをいくつも覚えている。
酒匂智彦 麻布高からの経験者で、91年度の4年生だった。ラン&シュート攻撃を引っ張った小さなレシーバー。スピードはないが、巧みなコース取りとしつこいブロックが印象的だった。現在も鹿島でプレー。キャッチ数こそ多くはないが、ここ一番では信頼のおける最年長選手として奮闘している。
青木 一茂 2001年4回生。下の#4岸田くんなき後、もう「エースレシーバー」と呼べる存在は出てこないのではないかとがっかりしていたGangファンの前に颯爽と登場。2000年関学戦では何と8キャッチして、関西リーディングレシーバーに輝いた。4年時はマークも厳しくなり、自らがデコイとなることで他のレシーバーを生かそうとしていたようにも思う。苦悩のギャングパッシングの間違いなく「The エースレシーバー」であった。
伊藤公一 86、87年京大連覇の功労者。QB東海いわく「エースは福島、しかし一番フィーリングの合ったのは伊藤」。小柄でスピードも無い#22が、なぜかフリーになる。若林、福島、に続いて3人目のターゲットが出てきたことはこの年の京大の最大の強みだと思う。4年目にしてようやくスタータを勝ち取った執念の人である。
杉本 篤 96年度4回生。主将、QBとのスラッシュで、存在感は抜群だった。4回生、立命とのプレーオフで、TE橋詰がロングパスを捕った後、相手FSの里見の足元へとんでもなく鋭いローブロックをかましたのが、何よりも彼らしいプレーとして心に残る。「気」でパスパターンを走り、「気」でつかみ取るレシーバーだった。
そういえば小川くんのメインターゲット(ホットライン)でしたねぇ。97年ライスボウルでの後半エンドゾーンからの大ドライブでも、最初は田中くんからのサイドラインぎりぎりの杉本くんへのロングパスでした。
大島 均 83年入学。QB登録であったかも知れないが、WRとしての出場が多かった。これは1年下の東海が1年生の時から出場していたためである。WRとしてはスピード・センスともに申し分のないアスリートで、体勢が崩れてもとってくれるターゲットであった。しかしながら、個人的趣味で書かせてもらうと、大島がQBで東海がアイランド体型のバックスに入った時のフォーメーションが一番スリリングであったと思う。これは、松田や森口や杉本や……バックスに人材を得た時によみがえってくる体型であるが、大島−東海の時が最強であったと思う。みなさん如何?
歴代TE5傑
橋詰泰裕 96年度4回生のTE。スーパーアスリート。近年最強TEでしょう。
あの年TDオールジャパンはpre・postとも東大の加藤くんだった。身体能力・キャッチングテクニックは加藤くんが上だったかもしれないけど、ここ一番の勝負強さ・絶妙のコース取りは橋詰くんの方が上だったと思う。ついでに言うと、96年甲子園のMVPは橋詰くんにして欲しかった。
若林正敏 東海時代のTE。どちらかというとキッカーとして選びたいが、シュアなキャッチングは素晴らしかった。
中村元気 彼でいいんじゃない?絶対にこれから伸びるよ。
板井征人 はWRですがTE1年でチームを支えたことはある意味凄まじいんではないでしょうか?学生時より今の方が凄いと思いますが・・・
脇田 伸吾 2000年4回生。この年の苦渋の攻撃をブロッカーとして、インサイドレシーバーとして支えた。ベストプレーは何と言っても立命戦、第4Qのあの自陣からのドライブでピンポイントのミドルパスを受けて直後に立命LB・DB3人に同時に強烈なタックルを受けながらも立っていた姿。あのノーハドルオフェンス、あのパスキャッチがなかったら続かなかった。良いTEだったと思う。
歴代OL15傑
屋敷利紀 87年主将。黄金時代のOLの象徴でした。東海のランやパスが目立っていたのは、屋敷のブロックとパスプロのおかげであり、まさに縁の下の力持ちにふさわしい選手でした。文学部というのもシブい。
石飛 節 96年4回生。この年のOLは全員ここに挙げたい。(笑)センター。サイズのなさをアジリティでカバー。95・96年のオフェンスが爆発的だったのは、何と言ってもダイブが出たこと。ダイブが出たのはセンターが相手のフロントを完全にコントロールしていた所以。何でもないダイブがこの年しばしばロングゲインになっていたのは、彼の絶妙のブロックのためだった。黒田・石飛・前川、もう手の付けようがなかったOL。
ラインの選手は手際よく仕事をすればするほど目立たなくなってしまうため、なかなか注目されにくいのですが、石飛君は試合中継で何度もアナウンサーに名前を呼ばれる活躍ぶりだったので、私もライン戦の事はよく分からないなりに「上手い選手なんだなぁ」と感心していました。
金 紀彦 やつはすごいよぉ!!  てか司法試験受かったんか?
小林弘典 96年の4回生。石飛、前川ら才能に恵まれた同年のOL勢の中、努力を実らせてスターターまで上り詰めた。高校時代は合唱部。入部時は70キロだったが、食いに食って、最後は100キロをオーバー。典型的なまじめで不器用タイプ。この男を関西リーグで通用するOLに育て上げたところに、大げさに言えば、京大フットボールの存在意義が感じられる。
大西一照 関西学生リーグで初優勝した82年(3回生)、初めて日本一になった83年(4回生)の巨漢OTです。特筆すべきは、82年の初めての甲子園ボウルでタッチダウンを記録しています。中央付近からのオフェンスで、リードオプションから松田が独走し、エンドゾーン近くで相手DBにタックルされてファンブル、これを追いかけていた大西選手がエンドゾーン内で押さえました。ここまでフォローしていたことは素晴らしく、十傑にふさわしいと思います。
植野慎一郎 植野選手は91年4回生で、金岡(当時3回生)のラン&シュートを支えた。元はCであったがG,Tもやり、相手の最も強いDLの対面に入っていた(ように思う)。この年はプレーオフを含めて関学に2回負けてしまった。
河野尚久 推薦コメント募集中!
杉本哲也 推薦コメント募集中!
小波本直也 推薦コメント募集中!
中村壮一朗 推薦コメント募集中!
前川 崇 96年4回生。副将。関西リーグきってのテクニシャン。RGとして数々の強豪チームの守備フロントをコントロール。とにかくうまかった。現鹿島ディアーズ。そうそうたる大柄のOL面子の中ではサイズは小さいが、すぐにスターターを獲得した。
佐々木貴史 佐々木貴史OL(1、2回生)。 続くDLシリーズにも登場するはずの凄い選手。確か、1回生の時にOL(LT)として甲子園へ行ったはず。あれだけの人材がそろっていた時期に、1回生でスターターとして登場。テクニックを余り知らない段階で「“とにかく何でもいいから押しまくれ”とコーチに言われ、しゃにむにやりました」というTD誌コメントを覚えています。
佐々木選手は1回生の時の甲子園ボウルで、すごい先輩たちを押さえて最優秀OLに輝いています。ただ、当時はアサイメントを覚えるのに必死で、タッチダウン96年1月号によれば、関学戦の前夜に前川から電話があってアサイメントをチェックされるとうろ覚えで「お前、ほんまに大丈夫か」と心配されたそうです。
小澤 真 97年4回生のOLです。4回生のときはチーム再建途上の中数少ない4回生のレギュラーでしたがチーム事情もあり目立ってませんでした。彼の活躍は、96年の甲子園ボウルの堀口の3つ(4つだったかも)のタッチダウンのリードブロッカーぶりでしょう。法政の強力ディフェンスの中、4回生スーパーOLが横に開けたホールを素早いプルアウトで切れ上がり、2、3人ブロックして、一般人でも走れそうな穴を作り上げた事。橋詰も堀口もOL4回生も頑張ったけれども、私は彼のブロックがキーだったと思っています。ビデオを持ってる方一度見てください。凄いですよ(私は持ってないんですけど・・・)他の人はどう思うか分かりませんが、私は彼を推します。
小澤(こざわ)くん、実力的にはAJ級だったと思います。あのオフタックルTDプレーでのブロックぶり、リプレイで東海さんも絶賛していました。油石くん、金くんもいたあの97年のOL、96年との差は何だったんでしょうね。
八田真一 私は彼のプレーが好き。なんでまだ出てないのでしょうか?今どこで何してるの?
黒田 敦史 96年4回生。LG。センスの良さを買われ、1年時から随時出場。西宮ボウルでは、石飛と共に圧倒的な存在感を発揮していた。
歴代DB15傑
西村英明 #47西村兄弟(兄、豊中高校、4回生時主将)。 水野監督好みの熱い選手。決して足が速いわけでないが、プレーリードの的確さがそれをカバーしていた。ランサポートに優れ、極めつきのハードヒッター。今でもサイドライン際で姿を見かけることが多い。弟(DE)と同様、根っからのギャングなんでしょう。4回生の時は立命に手痛い敗北をきし、涙を飲みましたね。
関 康次郎 本来はLBの選手だったがなかなか本領を発揮できず、シーズン終盤にSSに転向したのをきっかけに大活躍。92年の甲子園ボウルでは2つのインターセプトを決めて最優秀守備選手賞に輝いた。無精ひげの飄々とした風貌と共に大変印象的な選手でした。
河合道人 99年4回生。主将。守備フロントはまさに再建の年、SSとして常にプレーにからむ守備範囲の広さはまさに孤軍奮闘の感があった。リターナー、パンター、ディフェンスバック、キックオフカバー。相手(関大)のPATをブロックしたボールを拾い、100yrd走ってSafetyなんてのもあった。(笑)八面六臂の活躍。関学戦の闘志には胸がつまった。
高井伸賀 堅実なFS。95年の立命戦、彼のエンドゾーン内でのインターセプトがなければ、最後の息詰まる場面もなかった。3年まではほとんど試合に出たことのない選手だったが、最終学年になって奮起。春にはCBもやり、頭角を現した。センスとかスピードは感じられないが、執念でやっていた。
平井和彦 86、87年TDAJ。屋敷、東海らと同学年。もともとタレントに恵まれた学年だったが、彼も1回生のリーグ戦からスタメン出場。その後しばらく伸び悩むが、3回生時にCBとして開花、甲子園ボウル(日大戦)では、第3Qの膠着状態(28-28)を破る値千金のダイビングインターセプトを披露。それを契機に京大は怒涛の3TDを挙げ、勝負有り。4回生時はFSに転向、DT辻とともに守備の中心選手として活躍。特にスピードがあったわけではなかったが、すぐれたポジショニングで強力ディフェンスの最後尾を死守し、全日本2連覇に大きく貢献。
植木 努 86年TDAJ。87年度副将。兄・均氏(QB:80年度4回生)の影響でフットボールを始める。多くの同期と同様、彼もまた1回生時より試合出場。2回生時まではWRを務めていたが、後輩福島の成長により3回生時よりCBに転向。平井とともに、86、87年のDBを支えた。特に4回生時のライスボウルでは、終わろうとしている現役生活を惜しむかのように大活躍。守備チームを盛り上げ、レナウン相手にあわや完封試合を演じた(42-8)。
サイズも小さく、スピードもとりたてて優れていたわけではなかったが、精神的には水野監督も全幅の信頼をおいており、「京大ど根性DB」の代表格とも言える選手だった。工学部出身だが、現在はイヤーブックでもお馴染みの公認会計士として活躍中。
塚原大輔 1年の4回生。水野監督がそのセンスにほれ込み、1回生からCBで試合出場。ケガがちで、上級生になるほど目立った活躍はなくなっていったが、3回戦のKG戦ではハードタックラーぶりを見せた。カウンタープレーでホールを抜けてきた瞬間のRB三井に体ごとぶつかる。芯では当たれず、本人は悔しがっていたが、三井は仰向けに倒れた。「あのタックルだけはかわせなかった」。後日、三井は言った。
中谷 彰 98年度4回生、副将。大学入学前からリクルートで注目され、2年時にはCBスターターに。「練習での天才」と呼ばれ試合ではなかなか本領を発揮できずにいたが、圧巻は4回生副将時の関学戦。完敗した立命戦での怒りを溜め込み爆発。2インターセプト、そのうち1本はあわやリターンTD。パントカバーも見事で、関学は彼をダブルカバーして警戒していた。白井&中谷、この試合でDBの魂をみせてもらった。
白井健泰 98年4回生。SS。非凡な運動能力を持ち、一年時からDB、Kとして活躍。しかしいまいち殻を破れず、一流への途上で悩んでいた。98年の第2戦、神戸大戦。何と2インターセプトリターンTD。ひとりで試合を決めた活躍であった。立命戦、懸命の最後の一線死守も力つき、怒りを関学戦に。試合を決めたインターセプトに感動したのは僕だけではないだろう。この年のTDポストシーズンオールジャパンに選出。水野監督曰く「地味だが、ディフェンスバックの心を持つ男」
鎌谷一磨 83年に初めて日本一になったときの副将。関学戦ではインターセプトTDを決めた。甲子園ボウルでは、当時無敵だった日大のショットガンを封じ込み、非常に気持ちが良かった。
高本耕太 2001年度主将。サラトガ高校出身の経験者で早くからSFとして試合に出場。勇敢なタックルを見せるものの、性格の優しさ真面目さから伸び悩む。CBに転向し、主将に決まったことで見違えるほど強力なCBに変わった。2001年の立命戦、関学戦が、内容的に完敗のものでありながら、見ているものに「よくやった」というある種の充足感を与えてくれたのは、彼を筆頭とする4回生の「気迫」「念」によるものだったと思う。
山本章貴 2002度副将。1回生から随時出場。京大DBを受け継ぐハードヒッター。彼の熱いハートは観客席からも十分感じられる。
和田有史 96年4回生。アスリートで監督コーチの信頼も厚く、フロントが強かった2連覇時のバックスの大黒柱的存在。ハンサムで女性ファン多し。
内田良平 94年4回生。機動戦士の異名を持つ男。スピードはアベレージながら卓越したポジショニングとLB並みのハードヒットを浴びせるCB。卒業後は名古屋大学医学部に進学。医学部の忙しい授業の合間を縫ってアサヒ飲料でもプレーし自らの意志を最後まで貫くことを実践して見せた男。
阿部拓朗 本職以外にもSSで出場、187cmの長身を生かしパスカバーが上手く1年目から能力の高さを見せつけた。背番号99でSSは前年度活躍した関選手と同じで実況するアナウンサーも思わず「京大#99は守備のエースナンバー!」と叫んだほど。4回生時には長身にウエイトも増え巨体で相手オフェンスを粉砕、スタンドで見ていても安心感のある選手だった。
歴代LB10傑
根来拓也 水野監督好みの熱いハートのLB。2回生時のGangsterイヤーブックには「most outstanding players」の一人に選らばばれてました。3回生時の立命戦ではゴール前のQB東野にサックを食らわせpuntに追い込み、これが貴重な1TDのきっかけとなりました。4回生時には甲子園ボールG際での迫真のタックルで相手RBの2y突進を抑えました。
深堀理一郎 ええ奴や・・・俺の同級生。
85年度副将。80年代を代表するスーパーアスリート。1回生時よりOLB(DE)として活躍。尚、この年の京大守備フロントは彼のほか、泉、横山、有吉と1回生が4人起用されていた。2回生時甲子園ボウル(日大戦:30-14)での先制点となったインターセプトリターンTDは強烈な印象、同ボウル最優秀守備選手賞に輝く。TEもこなすマルチタレントぶりであったが、4回生時はFBとFSの両面出場。荒削りだが迫力満点の平均10ヤードラッシング、関学戦でのインターセプト等、八面六臂の大活躍であった。3年間のコーチ生活を経た後、アサヒビールシルバースターに入部。LBとして守備の中心選手&頭脳的な役割を果たし、後輩のQB東海とともに92、93年連続日本一の立役者となった。
阿部拓朗 長身を生かし、すんでのところでキャリアーを引っかけて止める。アスリート。96年ライスボウルでラッシュ杯。そして実は、日本人プレーヤーがアメリカ・ヨーロッパに向かうパイオニアだったりもする。初めて「シュラインボウル」に出場、1タックルを記録。はじめてNFLEへ。はじめてアメリカンボウルでNFLチームの一員としてプレー。
安澤武郎 根来、阿部とくれば安澤でしょう。95年のOFFICIAL HANDBOOKには「俺が湖北の破壊屋だ。俺の本気のヒットを食らって立ち上がってきた奴を未だかって見たことがない。」と自ら言っている。この時代のLBはすごかった。
村西健嗣 2000年4回生。高校時からLBでTDトップボーイズ。浪人により体ができるまで伸び悩んだが、3回生時よりMLBとしてディフェンスの核になる。それほど運動能力は高くなかったが、笛が鳴ってボールのありかを見ると、必ずそこには彼がいた。
日沖 靖 ILB(MLB)はボールのあるところにはすべてタックルする、タックル数(アシストも含め)は82年の京関戦最高でしょう。大安町の町長として市町村合併で忙しい毎日ですが、京関戦81年の大敗時の涙と82年時のサイドラインでの激は素晴らしかった。ノスタルジアですが。
東前 圭 92年、まさかの大学日本一を支えたラインバッカー。リーグ最終の関学戦での活躍は特筆に値する。サイズ、スピードには恵まれなかったが、読みと粘り強さでカバーした。この試合の後半、1年生のパンターが自陣深くでミスパント。絶体絶命のピンチに、彼はその1年生に「まかしとけ」と言ってフィールドへ。狙いすましてインターセプトを決めたのは、カッコよすぎた。
辻尾大樹 2001年4回生。サイズもなくスピードもない。あったのは努力とセンスだけ。3年時にスターター獲得。村西の跡を継ぎ、4年時は守備の司令塔。ほっといたら10傑に入らないかもしれないが、個人的に是非入れたい選手である。
村田斎潔 この名前を出すとB・K・D(ボヨヨン キングダム ディメンス)から抹殺される危険性がありますが、勇気を出して推薦します。86・87年の日本一に1・2回生ながら貢献。3回生の春、ヨコハマ ボウルでみせた明治 吉村への3(4?)連続タックルは凄かった。とにかく村田のサイドはランが出ないと安心させてくれるLBでした。
ただし4回生時の京関戦は怪我でほとんどプレーできず。ファイニーズのHP上でその時を回顧して「敗戦の夜、コーチに自分を出してくれと懇願する夢を見て目が醒め、横にいた彼女の胸にすがって泣いた」とか。んっ?もしかしてそれってあの帰国子女の?
現在はファイニーズヘッドコーチとしてがんばっておられる御様子。ファイニーズ公式HPで日記を連載中なので気になる方はそちらも読んでみて下さい。
森清 之 森コーチが4年の時、村田コーチは2年だったんですね。藤田コーチも2年。他に挙げたい若いLBも多いんですが、ここは森コーチを挙げましょう。
歴代DL15傑
泉 信爾 こいつもええ奴や・・・俺の同級生。
85年度主将。当時では大変貴重な高校経験者(都立西)で入部時よりDLスターター。生粋の東京人で東京から出る気は無かったと言うが、水野監督や同じ東京人の松田明彦(次期)主将の説得を理解し、京大を受験し合格。上級生に対しても遠慮なく檄を飛ばして先輩からも一目置かれていた存在であり、後に「主将に就任して少し大人しくなった」と言われたほど。2回生時甲子園ボウルでは、日大のブロッカー2人を跳ね飛ばしてQB松岡を急襲、泉に片足を掴まれたまま無理矢理投じられたパスはLB深堀の胸にすっぽりと収まり、そのまま30YdsほどリターンしてTD。強烈な印象を残した先制TDは、後にチームの大黒柱となる2回生2人のナイスプレーによるものであった。4回生時には研ぎ澄まされた精悍さを併せ持つようになり、切れ味鋭くなったプレーがその強面ぶりとともに非常に印象的であった。最後の関学戦は18-20と惜敗してしまったが、サイズ、スピード、パワー全てを兼ね備えており、名実ともに日本一のDLであったろう。
佐々木貴史 #73:98年度4回生。でかかった、強かった。。。
あの年の大産大監督はTD誌で「とにかくDL佐々木が凄すぎる」近大戦は佐々木と相手QBの鬼ごっこ状態。
立命戦。立命の京大ディフェンス対策はイコール佐々木対策、でもあった。封じ込まれて負けて、怒りの関学戦。ラストプレーのQB押しつぶし。(サックとも言う)おまけ:最終同志社戦。インターセプトリターンタッチダウン(笑)。
佐々木丈 東海時代(1987)以後を振り返ってみて、DLと聞いて頭に浮かぶのが、#81佐々木丈(1989年ごろ?)と#90伊藤重将(1995)です。共に左DT、スピード、クイックネス、プレーリードに優れ、強烈なパスラッシュ能力を持っていました。#81はファイニーズ全盛の頃のDTとしても活躍しています。
伊藤重将 東海時代(1987)以後を振り返ってみて、DLと聞いて頭に浮かぶのが、#81佐々木丈(1989年ごろ?)と#90伊藤重将(1995)です。共に左DT、スピード、クイックネス、プレーリードに優れ、強烈なパスラッシュ能力を持っていました。TV中継で、彼らのサイドを相手OL/RBが攻め立てた時などは、アナウンサーが「こちらは伊藤君がいる側ですがね・・・」などと言っていました。
豊中高校時代はFBとして全日本高校代表に選ばれた京大には珍しいアメフトエリート。1回生春は#31FBとして平成ボール出場、秋には左DTとしてスターター出場。敗北した神戸大戦で相手OLが伊藤君サイドを攻立てると、TVアナウンサーが「大胆にも伊藤君サイドを攻めてますねえ。怪我でもしたのでしょうか」と言っていました(当時はTV放映盛ん)。 4回生になると主将に選ばれ、近年希に見る強力守備を完成させた(秋は確かNoTDだったと思います)。 今の(2003年)#97と重なるところがあります。
山本圭司 91年の4回生。OLBとしての起用もあったがDEとしての印象が強い。何といっても、破壊力。当たりの強さはピカ一。視界の端から迫ってくる山本は、常に相手QBの脅威であった。破壊力が強すぎて、ラフィング・ザ・……などの反則を取られたこともあったが、これは山本の責任ではない、と言っておこう。「えっ?今のが……?」という山本の表情がステキであった。
山下智 2000年の立命戦が下馬評立命有利にもかかわらず、僅差の勝利を収めた勝因は安定したDef力にあったと思いますが、それを牽引していた山下の活躍はすばらしいものがあったと思います。今はシルバースターにいるそうですが、社会人になった彼の活躍を早く見たいです。
谷口善文 171cm 88kg ラインの選手としてはかなり小柄だが、高校時代の経験を生かして技術力でハンデを克服した選手。派手な選手ではなかったが周りの選手をバックアップするプレーが高く評価されており、93年・94年に副将を勤めた。
中村壮一郎 2000年4回生、主将。2回生時より頭角を現していたが、4回生になってこんなに化けるとは思わなかった。強くうまかったDT。主将としての活躍は主将編に譲るとして、開出・村西とのトライアングルは両エンドの柴田、山下を生かし、おそらく95年以来の強烈なフロントを作り上げていた。
松田恭明 97年度4回生。キャプテン。身体能力に恵まれた先天的DL。2回生時から早くも頭角現し日本一チームのDE。
3回生時も栄光に包まれた彼の主将としての4回生時は、苦悩の一年であった。どーやったって勝てないlevelのメンバーってのはある。脳震盪起こしながらひとり奮闘し、日本一を宿命付けられたチームで様々な内外からの叱責を受ける。佐々木が負傷せずに横にいてくれたら、もっと大きく開花しただろうにと思うのは僕だけではあるまい。
寺尾和彦 89年度4回生。87、88年TDAJ。未経験者ながらLB村田とともに1回生時よりスターター。本職はDEだが状況によってはILBもこなし、2回生時には日本一チームの中にあって既に守備のエース的存在。辛口の選手評が常のイヤーブックにも「守備フロントの大黒柱。なにも言うことはない」(88年版)とまで書かれたほどで、深堀とともに80年代チームのベストフットボーラーではなかったか。この学年は4回生時に多くの選手が番号変更して(水野監督の命令?)彼も84をまとったが、同時期にNY-Giantsで活躍したOLB−L.T.を彷彿とさせる「56番&獰猛なパスラッシュ」が印象に残る。4回生時は病気の為にシーズン大半を棒に振ってしまったが、彼の戦線離脱はLB村田の故障とともにチームにとっては非常に痛かった。
大鋸雅行 今年の京大ディフェンスの大黒柱。関西ベスト11。3回生からDLのスターターに定着し、4回生になって尊敬する2000年度主将中村と同じ#19を背負い、体のでかさ・存在感ともに急上昇。激しい気持ちを全面に出し、チームの信頼を勝ち得た。来季、OLの3人とともに彼が抜ける穴は非常に大きい。
荒川智 数々のAJ級DEを輩出してきたGangstersの歴史の中でもtopの評価を与える人も多いだろう。40yrd5秒を切る俊足を持つDEは他にもいるだろうが、そのQuicknessとセンスは他に例を見ない。
史上最強の呼び声が高かった94年のチームが優勝できなかったのは、「strong pointの荒川の離脱が大きかった」水野監督は嘆いていた。
鈴木道夫 伊藤が計7QBサックと大暴れしたこの95年、実は鈴木も6サックを記録している。あの92年の甲子園では、1年ながら既にOLとしてスターターをつとめる姿を見ることができる。95年はシーズン通じてTDを一本も許さぬ“鉄のカーテン”。もう二度と見ることができない位の恐ろしいDLユニット。伊藤&鈴木はその象徴。
胡井則章 フットボール経験者で元々はOL、一年生の夏にDEにコンバートされた。派手にガツガツ行くタイプではなく、スマートなプレーをするラインマンだが試合にはコンスタントに出場し、4回生時には副将としてもチームを支えた。
西村大介 闘将。彼にこれ以上の言葉は必要無いでしょう。
歴代スペシャルチーム5傑
若林正敏
K/P
87年度4回生。高校時代はサッカー。Kとしては武田建氏、宅田OBも大絶賛したほどでチーム史上No1であろう。
キックオフは当時は40Yd上からだったとはいえ、エンドゾーンを遥かに超えていくキックを度々披露。テレビ解説をしていた宅田氏に「彼のキックは安心して見ていられる」「来年は東海が卒業で抜ける穴よりも、(TEも兼ねる)若林が抜ける穴の方が大きいかもしれない」と言わしめたほど。
Pとしても爆発的な力で高く遠くへ飛ばし、後輩の田中重光選手と双璧をなす才能を発揮。
当時の京大攻撃は強かった為、Pとしては田中選手ほど活躍の機会は多くなかったが、4回生時ライスボウルの自軍G前の窮地を脱した飛距離60ヤード級パントと相手G前1ヤードでアウトオブバウンズになった2本のパントは出色であった。
攻撃プレイヤーとしても2回生時Gでスタメン、3・4回生時はTEで2年連続AJ。C屋敷、QB東海、1つ下のWR福島と共に攻撃の中心的存在で、G経験を活かしたブロックとボールセンスの良さでQB東海のミドルターゲットとして活躍し、全日本二連覇に大きく貢献。3回生時は福島に次ぐリーグ2位の捕球数、ライスでの6捕球などレシーバーとして活躍。4回生時はK,P,TEの3部門でAJ選出された真のダブルスラッシュ。
 余談:当時のTD誌に彼の特集が載っていましたが、非常に感激屋でよく泣く選手だったそうです。甲子園でも勝ちがほぼ決まった後のFGを「涙で目がかすんで」はずしてしまったとか。字も女性のようにきれいで、そのミーンで獰猛なキックとは裏腹に非常に心優しい青年であったようです。
若林氏もさすがにディフェンスはやっていなかったです。また、留学したのは4回生の夏です。
ちなみに公式戦で、キックオフのボールがゴールポストを通過した時は観客席から「ボーナス点ないんか?」と言う野次が飛んでいました。
ある意味最もNFLが近かった日本人プレイヤーかもしれません。
永島拓也
RT 
金岡、小川の天才QBと同じ時期に所属していたため、本職QBでの出場は少なかったが、リターナー
として好リターンを何度も見せた。特に92年対関学戦の65ydキックオフリターンは印象的。
とにかく器用な選手で同92年SFとして3度のインターセプトを奪い、翌年には小川の控えQBとしてTDも上げている。「記憶に残る」熱い選手であった。
高橋信吾
H/SS
怪我がちだったものの、4回の平成BOWL KG戦でビンゴを決める。
ホルダーとしても活躍
森陽
OL /DE
不運の94年度4回生の中で、唯一翌年のライスに出場。
最強ラインの一角として、優勝を果たす。
岡本勝夫
K/P
私の印象では、Kの飛距離では若林氏をしのぐようにも記憶していますが。もっとも、フットボール観戦を始めたころなので印象がつよいのかもしれません。ときに、TFPのキックを外すことがありましたが。
歴代主将10傑
岡本 勝夫 主将、TE、キッカー、パンターとしてすべて超一流。ときには、DEもつとめる。QB宅田宅田からのまっすぐ縦にあがるロングパスの捕球もすごかった。
それだけに、1977年の敗戦は、悔しかったです。
山本 純也 俺を忘れんといてや・・・・
京大史上最強のDEなのに・・
里 勝典 キャプテンシーという点では里勝典でしょう。どの試合でも、洗濯仕立てのユニフォームを着てサイドラインに立っていた姿が印象的です。金岡というスーパーカー以外は小型国産車ばかり(当時の新聞:水野監督評)という劣悪条件を跳ね除けたのは驚嘆ものです。
松田明彦 関学戦に勝ち、はじめて甲子園出場を決めた後、故藤田副将のお父さんと泣きながらだきあったシーン、関学の主将(濱田)を‘心の支え‘とインタビューで表現したことなど強い印象が残ります。もちろんプレイヤーとしては、関西学生史上、最高のランナーでしょう。