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貴 族 の 世 界 (欧州編)

国内ミステリに時代物があるように、海外ミステリにも時代物があります。
貴族が大いに特権をふるい、きらびやかな生活を送っていたころ。ちょっと気になりませんか?

 今回はミステリの本場イギリスメインに、ヨーロッパの貴族社会を覗いてみました。なお、日本語フォント対応のため、各国のスペルを完全に表記することができません。閲覧環境によっては文字化けする可能性もありますが、まぁ、雰囲気だけでも・・・(^^ゞ。また、ドイツ語はマルッキリわからないので、読み方が間違っていも舌打ちなどせず、大らかな気持ちで読みましょう♪

貴族の爵位貴族の推移貴族の敬称貴族の生活一番上へ戻る

 ■ 貴族の爵位
 
五爵
 公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵を総合して五爵(五等爵)と呼びます。基本的に、様々な特権を持ち、貴族としての扱いを受けるのは、この五爵にあたる人たちです。
 五爵の最高位である公爵は、元々は王族の私生児に与えられた階級でした。したがって、王族以外では侯爵が最高位となりますが、後世イギリスでは、特別な戦功のあった人物にも公爵位を授けられる場合がありました。
 伯爵は基本的に地方領主のことです。保有する領地によってはかなりの権力があったようです。中世では、国王といえど地方領主の代表というだけでさほど権威はなく、国王よりもはるかに豊かで権威を持った地方領主さえありました。(→「アキテーヌ領主」参照)
 地方領主たる伯爵の副官の地位にあたるのが子爵です。元々の副官という意味が転じ、後に伯爵位を継ぐ予定の嫡男への称号という理解が一般的となりました。

 余談ですが、かのアルセーヌ・リュパンは、男爵あたりを名乗ることが多かったようです。大袈裟すぎずに信用を得る適度な地位だったのでしょう。嘘はホドホドにつくことが基本らしい(笑)。

准貴族
 五爵以下の准男爵や士爵は准貴族と呼びます。准貴族はあくまでも貴族に準じる地位であり、その爵位により社会的地位は向上しますが、貴族としての扱いは受けられません。現代日本でいう”国民栄誉賞”のような称号です。
※資料によっては「準貴族」と表記されている場合もあります。ようするに、どちらでもいいらしい。

【参考】
※爵位は国によって多少異なります。(→「ロシア・北欧諸国の呼称」参照)

爵位一覧1
日 本 イギリス フランス ドイツ

公 爵
コウシャク
Duke
デューク
Duc
デュク
Herzog
ヘルツォク
侯 爵
コウシャク
Marquis
マーキス*1
Marquis
マルキ
Margrave
マルグラーフ
伯 爵
ハクシャク
Earl
アール*2
Comte
コント*5
Graf
グラーフ
子 爵
シシャク
Viscount
ヴァイカウント*2
Vicomte
ヴィコント
男 爵
ダンシャク
Baron
バロン
Baron
バロン
Freiherr
フライヘーア


准男爵
ジュンダンシャク
Baronet
バロネット
士 爵
シシャク
Knight
ナイト*4
Chevalier
シュヴァリエ
Ritter
リター
*1 現在の英国では"Marquess"と表記するのが一般的です。
*2 "Earl"は英国における男性伯爵にのみに使う称号および表記で、"Count"は通常「英国以外の伯爵」と訳されます。ただし、女性伯爵の公称には"Count"を使うようです。
*3 伯爵の副官という地位の子爵には”伯爵”を意味する単語に”副”という意味を持つ接頭語"Vis"(≒Vice)を付けますが、英国伯爵"Earl"の場合、"VisEarl"と呼ぶことはなく、やはり"Count"を使います。
*4 ”ナイト”は男性士爵の呼び方で、女性の場合は"Dame"(”デイム”もしくは”ダァム”)といいます。
※貴婦人への呼称である「マダ(ァ)ム」は、騎士道精神から生まれた言葉で"My"と"Dame"を繋げた発音からそう呼ばれるようです。貴婦人の名誉のために生死を賭けて闘った時代を考えれば、本来の意味は「命を捧げるも惜しくないほどの貴婦人」といったところでしょう。
*5 有名なお菓子屋さんの「ル・コント」とは、仏語で男性の伯爵を意味します。女性伯爵の場合は、”ラ・コンテス”となります。
※最後の音が「オ」で終わるのが男性、「ウ」で終わるのが女性を示すのは、”神=ゴッド”や”女神=ゴデ(ェ)ス”のように英語にも似た流れがあります。
[アールグレイ]
 イギリスのグレイ伯爵(アール)の肝入りで命名されたのが香り高い紅茶の「アールグレイ」です。(管理人も大好き!)
[男爵イモ]
 男爵イモ(じゃがいもの品種)は日本の川田龍吉男爵に因んでいます。北海道の函館で函館ドックの専務であった川田男爵が、明治41年にイギリスから導入したじゃが芋(アイリッシュ・コブラー種)を、彼の農地で栽培・改良したことが命名の由来です。
[サド侯爵]
 サディズムの語源になったマルキ・ド・サドは、著名自体が侯爵位を表しています。フルネイムはもっと長いのですが、「(我こそは)サド侯爵」で誰にも通じていたといいます。
※蛇足ですが、貴族を表す冠詞は、フランスでは「ドゥ(deu)」、ドイツ圏では「フォン(Von)」です。
[アキテーヌ領主]
 フランスのアリエノール・ダキテーヌ(ダキテーヌとは「アキテーヌの」という意味です)は、当時フランス一の大領地アキテーヌを受け継ぎ、歴代アキテーヌ公と同じくポワトォー伯とガスコーニュ公を兼ね、フランス王妃でもありました。夫であったカペー伯ルイ7世王の富も権力も格式も、妻の足元にも及ばないものだったのです。
 アリエノールはルイ7世との離婚後、アキテーヌ公の権利と財産全てを携えて(妻のものは妻自身に帰属し、財産を受け継げるのは夫でなく、子供という決まりがありました)、イギリスのヘンリー・プランタジュネット(後のヘンリー2世)と再婚し、イングランド王妃となります。
 フランス随一の富と権力を持ち、仏英両国の王冠を被った彼女は、ヨーロッパ中の王室に子供を縁組させ、「ヨーロッパの母」と呼ばれるようになりました。(ご興味をお持ちでしたら映画「冬のライオン」を御覧あれ♪)
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 ■ 貴族の推移
 
旧貴族と新貴族
 そもそも、貴族は君主(皇帝、国王、大公、天皇のいずれか)から叙爵され、与えられた領地とともにその子孫に代々引き継がれていました。そういった格式を重んじるのが元来の貴族「旧貴族」です。しかし、民主化が進んだ19世紀頃からは、お金で爵位を買う、もしくは新しい紳士のあり方を示す「新貴族」が現われます。
 古来の格式を保つ旧貴族と、新しい考え方を持つ新貴族の間には対立が生まれました。この対立は、フランスではわりと緩やかであったようですが、英国では厳しいものだったそうです(深く調べたら面白そうです)。
 この19世紀を境に貴族の世界は大きく変わっていきました。斜陽族となった英国貴族とアメリカ富豪子女との婚姻が急増したのもこのころです。(金のため?^_^;)
 とはいえ、英国旧貴族の威厳はしばらくの間衰えることはなく、旧貴族が主催する社交界は、見識と功績のない者にとって敷居が高い場所だったようです。

世襲制
 爵位を継ぐことができるのは必ず一人です。5爵は通常、その家の男子が継ぐ世襲性となっていますが、嫡子が女性一人の場合は、女性が襲爵することもありました。(→「アキテーヌ領主」参照)
 家毎に「長男のみが継ぐ」や「兄弟の内誰かに継がせる」など、継承に関して定められている場合もありました。たとえば、男性のみに継がせるという家訓がある家に、嫡子が女性一人しかいない場合、血縁者から婿を迎えることが多かったようです。うーむ、こんなところにもミステリの火種はあるのかもしれません(^^ゞ。
 また、爵位の継承と財産の相続を別に考える家もあります。もっとも、中世では爵位を継いだ者が全ての財産を相続するパターンが常識であったと思われます。
 ちなみに、士爵は一代限り、準男爵は世襲が可能(必ずというわけではない)だったそうです。

君主の呼称
国名 イギリス フランス ドイツ
皇帝 Empereur
アンプルール
Kaiser
カイザー
国王 King
キング
Roi
ロワ
Ko nig
ケーニヒ
女王 Queen
クィーン
大公・公 Grand-Duc
グランデュク
Groβherzog
グロースヘルツォーク
※ちなみに、リヒテンシュタイン公国、モナコ公国では、君主をPrince(プリンス)と呼び、ルクセンブルク大公国では、Grand Duke(グランド・デューク)と呼びます。←ウンチクぶちかまし♪(^^ゞ
※上記の「公」は、公爵のことではありません。また、侯爵と混同されやすい地位として、Kurfu rst(選帝侯)というのがありますが、これは神聖ローマ帝国皇帝を立てるにつき、皇帝選挙権を持った有力諸侯のことであり、やはり侯爵とは別物です。

【参考】 ロシア・北欧諸国の呼称
日本 ロシア フィンランド スウェーデン ノルウェー
公 爵 Knuaz Herttua Hertig Hertug
大 公 Ruhtinas Furste Furst
侯 爵 Boyar Markiisi Markis Marki
伯 爵 Kreivi Greve Greve
子 爵 Visegreve
男 爵 Paroni Friherre Baron
勲爵士 Ritari Riddare Ridder

爵位に関する単語
陞 爵
しょうしゃく
功績により爵位が向上すること。
爵位は一定の勲功を積むと上がることがありました。
襲 爵
しゅうしゃく
爵位を受けること。親から爵位を引き継ぐこと(爵位継承)も襲爵です。
”名前を継ぐこと=襲名”と同じです。(タブン^_^;)
叙 爵
じょしゃく
爵位を授けられること。叙爵は各国君主の名において行われます。

新旧制度の違い(一例)
 子爵が伯爵位を継ぐ予定の嫡男への称号であると考えられていた旧貴族の場合、子爵が襲爵すれば伯爵となりました。つまり、親から爵位を継承するのです。継承するまでの子爵時代を「尊敬する父君を見習うべき準備期間」と考えるか、その爵位を狙って「オヤジめ、はよ死ね」と考えるかは、子爵の性格によるところです(^^ゞ。
 新貴族も世襲は可能でしたが、子爵の場合、次の伯爵という立場ではなく、本来の副官という立場に戻ります。新貴族の子爵は、一個の官職として叙爵され、嫡子へと引き継がれても爵位は変わりません。
 また、19世紀以降、領地所有の特権も廃止されたため、新貴族は領地を持ちませんでした。独自に買った土地は財産的不動産として”領地”とは区別されていました。

貴族と皇・王室の現状
 日本の場合、君主といえば天皇で、皇室制度は今も残っていますが貴族は現存しません。
 イギリスでは制度としての王室・貴族が現存しています。
 フランスやドイツは共和制なので、制度としての皇室・王室・貴族は現存していません。貴族の子孫は今でも爵位を名乗っていますが、法的には一般国民であり、当然、何の特権もありません。

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 ■ 貴族の敬称
 
公称&呼びかけ
 貴族は領地を持っていました(→「新旧制度の違い(一例)」参照)。伯爵以上の旧貴族に与えられた領地をシノンといい、新貴族が自ら買った土地や、他の管理地(父親である伯爵から委任され子爵が管理していた土地など)とは区別されています。領土の特権保有が廃止された19世紀以降に爵位を得た新貴族はシノンを持ちませんが、旧貴族の令嬢を妻に迎えるなどして爵位とシノンを継ぐことはありました。
 シノンを持たない新貴族の名乗りや呼びかけは爵位と名前・苗字ですが、旧貴族の場合には、戦功の褒美が領土であったかつての時代の名残なのか、爵位や名前の他に、所有するシノンの地名も用いました。そんな彼らが本気(マジ)でフルネイムを表記すると、爵位を表す呼称(Lordなど)・ファースト・ネイム・近い先祖に因む名前・遠い先祖に因む名前・一族伝来の名前・基本の苗字・別の苗字(母方の格式が同等か上回る場合など)・オブ・所領の地名となります。長っ!・・・一般的には以下のようになります(^^ゞ。
英国における旧貴族の呼び方 (Sininには地名が入ります)
  公称 呼びかける場合
公爵 「The Duke(デューク) of Sinon
公爵夫人もしくは女公爵には「The Duchess(ダッチェス) of Sinon
公私・夫妻共に「Your Grace(ユア・グレイス)
侯爵 「The Marquess of Sinon
侯爵夫人もしくは女侯爵には「The Marchioness(マシォニス?) of Sinon
男性侯爵には「ロード・Sinon」もしくは「ミ・ロード」
女性には「レディ・Sinon」もしくは「マダム」
伯爵 「The Earl of Sinon
(ちなみに"The"の発音は”ズィ”です)
女伯爵の場合は「The Countess of Sinon
※Earlは、英国における男性伯爵にのみに使う称号および表記です。
子爵
男爵
子爵には、「ヴァイカウント・苗字
夫人には、「ヴァイカウンテス・苗字

※この階級からシノンは付きません。
男性には「ロード・苗字
女性には「レディ・苗字
准男爵
士爵
男性は「サー・フルネイム」、夫人は「レディ・苗字」と呼ばれることが一般的です。
※准貴族はあくまで貴族に準じる地位であり、貴族としての扱いは受けないので、呼称や敬称を(5爵のように)区別する意義はないようです。ちなみに、「サー」は紳士らしき対面を保っている人に、街角で呼びかける際の儀礼的表現としても使われるようです。
:アリサ・クレイグのマドック&ジェネットシリーズより)
「カナダの騎馬警官マドック・リース警部の父は、世界的に有名なオペラ指揮者たるサー・エムリン・リース。その妻はレディ・リース。」
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 ■ 貴族の生活
 
貴族の収入
 貴族の源流は、騎士です。貴族の仕事は、元を正せば戦争だったわけです。中世は教会のため、キリスト教国家とアンティキリスト教国家との戦いでした。この時代は、国王と言えど大した権威はありませんでした。
 教会の威信が落ちてからは、ヨーロッパの国家ごとに、貴族社会にも独自の運営が始まります。精神的な押し付けの教会より、実利を保証してくれる君主を、というところでしょう。よってその後の貴族の収入は、王室からの特権予算と、領地からの実入りということになります。

 貴族の中には爵位に合う生活を保てないという理由で、襲爵はしても、名もない店員生活を送る人もありました。
 フランス革命の流れを仄聞しつつも、基本的には国家を揺るがせる革命のなかった英国貴族の仕事は、昔は戦争、今は政治です。貴族議員は上院議会という特別の組織で、様々な特権がありました。

貴族と軍の階級
 貴族の子弟には、予め、尉官・佐官といった上級将校の地位が保証されていたようです。爵位を継がない嫡流男子は、軍か学門で身を立てるべく教育されたのでしょう。日本でも、こうした流れはありました。もちろん、爵位継承者がなんらかの事情で死んでしまった場合は、血縁のある者へ引き継がれていきます。このあたりも、ミステリにはよくある話しですネ♪

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※興味深い貴族の話しはまだまだたくさんあるのだが、今回はこのへんで勘弁してやろう(*`▽´*) ウヒョヒョ
気が向いたらまた更新します!


 「ミステリMEMO」の内容についてはHP・書籍等で確認をしておりますが、もしも誤記を発見されましたらお手数ですが管理人までご一報下さい。また、「もっと詳しく説明してやるぜ」とか、「面白いネタがあるよ」という奇特な方からの連絡もお待ちしております。
 なお、当ページはたりぞう先生(不思議系委員会)の全面的な御協力を得て作成しました。ありがとうございました!

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