寄席part2

 

 

 

<演し物>

若旦那の出る噺
人情噺
幽霊の出る噺
動物の出る噺
短歌の出る噺
医者の出る噺
芝居噺
正月が似合う噺
啖呵(たんか)
夫婦もんの出る噺
桂 歌丸
立川談志ひとり会1〜5集
古今亭 しん朝
第69回江戸川落語会
柳家 小さん
死神
五人廻し
藪入り

 

若旦那の出る噺
若旦那の出る噺もたくさんある。
「湯屋番」「明け烏」「酢豆腐」「唐茄子屋政談」「船徳」それから、えーっとまだまだたくさん
ある、ハズ。
噺に出てくる若旦那は、あんまり賢くない。半可通だったり、わがままだったり、独りよがり
だったり、いわゆる世間知らずが多い。
尤も、そのほとんどが我々の心の奥底にある物だったりして・・・。



人情噺
こりゃもう、たくさんありすぎて・・・
「芝浜」「文七元結」「子別れ」「鼠穴」「薮入り」「紺屋高尾」「唐茄子屋政談」等々
まあ、これらに関してはコメントする必要もないでしょう。
これら人情噺を聴いて泣けるのは、やはり日本人だからなんでしょうね。



幽霊の出る噺
怪談噺は別にしても落語には幽霊の出る噺は結構ある。中には本物の幽霊ではなく、人が相手を
懲らしめるために演じている場合もあるが・・・。
「へっつい幽霊」「三年目」「野ざらし」「不動坊火焔」「品川心中」「死神」「樟脳玉」
「お化け長屋」などなど。
女の幽霊は、みんな美人。それに引き替え男の幽霊は、まがいもんも含めて情けない。
昔も今も、現実社会でも幽霊社会でも、女は嫉妬深くて男は子供っぽいんだよなぁ・・・
あっ、死神や妖怪は幽霊じゃないな・・・(^_^;



動物の出る噺
猫・犬・狸・大蛇・カラス・・・
いっぱいありますねえ。ちょい役ではなく、ちゃんと噺のテーマになっている、いわゆる主役を
張っている動物だけでもかなりいるようだ。
さて、問題です。皆さんはそれぞれいくつくらい分かりますか?
ただし一番多く答えても、な〜〜んにもありません。自己満足に浸って下さい。(笑)
動物が主題になると何となくお伽噺風になるが、中には「猫定」なんてこわ〜い噺も・・・。
狸も猫と同じく人を化かす動物だが、こちらはむしろ「いたずら」って感じが強い。「怨念」
を感じさせる猫とは大違い。
猫好きの人には心外かも知れないが、私自身猫のイメージは昔の人と同じでちょっと怖いかな
・・・と。



短歌の出る噺
「千早」:千早ふる神代も聞かず竜田川〜
「崇徳院」:瀬を早み岩にせかかる〜
「道灌」:七重八重〜 いやぁ〜、落語って勉強になるよなぁ。中学高校と勉強で何が嫌いって、古典ほど嫌いなも
のなかったのに・・・。今じゃ落語の影響で「万葉集」やら「古今和歌集」をそらで言える
モンなぁ(もちろん全部ではない!)
ちなみに「寿下無」の名前や「金明竹」の品を空で言っても誰も感心してくれない・・。



医者の出る噺
「代脈」「夏の医者」「死神」「疝気の虫」・・・まだたくさんあるのかな?
自分の生業が医者だから余計そう思うのだが、落語の中に医者が出てくるといささか興味深く
聴いてしまう。
まぁ、私の知っている範囲では落語に出てくる医者で、箸にも棒にもかからないってのはいない
みだいだなぁ。
艶笑噺というか、バレ噺にはきっと、もっと登場しているんだろうな。
なにせ、商売柄裸とは切り離せないから。



芝居噺
これもいっぱいありそうだなぁ。詳しくは専門家にお任せだが、江戸の昔から庶民の娯楽と言えば
芝居(歌舞伎)だモンなぁ。
私自身としては、その原典を良く知らないので余り興味がわかない。
しかし演者にしてみれば唄を歌ったり、科白をひとくさりしないといけないので、ある程度の力量
がないとダメだから、やる方も大変でしょう。特に最近の噺家さん、テレビが忙しくて余り唄や
踊りの稽古ができそうもないから・・・。
「仲蔵」「蛙茶番」「九段目」・・・



正月が似合う噺
やはり、おめでたい噺が多いですよねぇ、当然ですけど。
「芝浜」「御慶」「御神酒徳利」



啖呵(たんか)
落語ってどこが面白いの?あんなジイサンの昔話みたいな・・・TVで「ナイナイ」や「ダウン
タウン」見てる方がずっと面白いじゃん、と言う方は別ですが・・・
この啖呵を切る場面っていうのも落語の見せ場というか聞かせどころですよね。途中で言い
間違えたり、詰まったりしたら台無しになっちまうし、かと言ってその場面が近づくとヘンに
構えられても困っちまうよなぁ・・・。やはりある程度の力量がないとね。
「寿下無」主人公の八つぁん、一人息子が生まれて名前を付けようと横丁のご隠居の所へ行く。
     そこで古来からのめでたい名前を全部付けてしまった。
「大工調べ」大工の棟梁、政五郎が自分の子分の家主の所へ行く。家賃滞納が原因で諍いになり
     思わず啖呵を切る。
「五人廻し」せっかく吉原に行ったが花魁に振られた腹いせに江戸っ子が若い衆を相手に吉原の
     曰く因縁故事来歴をべらんめい調で早口で言い立てる。
「黄金餅」金兵衛さんが隣人の坊主・西念の弔いの為に、下谷の山崎町から麻布絶口釜無村の
     木蓮寺まで行くが、その道順を一気に言い立てる。
「金明竹」与太郎噺の代表作の一つ。主人の留守の間に客の使いの者がやって来て関西弁で 
     「わては中橋の加賀屋佐吉方から、使いに参じた者でございます・・」と言って早口で
     道具七品を言うが、丁稚も家内もチンプンカンプン。
でも、この中で啖呵じゃないのが多いなあ・・・・まっいいか^^



夫婦もんの出る噺
「お直し」「厩火事」「洒落小町」・・・。
噺の中にはいろんな人生模様・夫婦が出てくる。吉原通いで全然家に帰らない夫、博打に狂
って仕事をしない夫、全く家事をしない・出来ない妻、間男をしてしまう妻、子供が出来て
大喜びの夫婦・・・その中でも、この二つの噺に出てくる夫婦はすっごくいい。 夫婦の愛情というか優しさというか、そんなものが滲み出ているのである。
こんな夫婦になりたいものである・・・(^^)



桂 歌丸
まずは謝らないといけない。前に「笑点」の項で、桂 歌丸は大喜利や小咄は得意そうだが
古典はヘタ、といった内容を書いた。大間違いであった。
先日、TBSの「落語特選会」で歌丸師匠の噺が続いた。「髪結い新三」と「菊江の仏壇」である。
後者はネタおろしだったそうだ。
共に、あまりポピュラーな噺ではなく興味を持って聴いたのだが良い。とても良い。
以前に聴いた師匠よりずっと良くなっている。私の耳が変わったのか、師匠が化けたのかは知らな
いが、得をしたようで嬉しくなってしまった。
これからは歌丸師匠にしばらくは注目である。



立川談志ひとり会1〜5集

昭和40年の第1回一人会から、昭和57年の30周年一人会までの多数の演題から抜粋し、それぞれCD10枚プラスおまけ1枚、計55枚にまとめた作品集。

いやはやスゴイのひとこと。
若い談志の気っ風の良い噺から、脂の乗り切った最近の噺まで、まさに談志・談志・談志・談志
のオンパレード(当たり前)。

師匠しか話さないような珍しい噺や、同じ噺でも10年の歳月の間に解釈が変わったり話っぷりが変化したり、師匠名物の枕の特集や政治の話やら・・・これはお得なCD集です。




古今亭 しん朝

若手四天王と言われたしん朝が急逝した。平成13年10月1日、死因は肝ガンだそうである。

これで、江戸前の江戸弁の噺を聴く事の出来る機会が減ってしまった。
今の落語界でこれほど小気味の良い江戸弁を話す噺家がいただろうか?名人しん生を親に持ち文字通り鳴り物入りで、サラブレッドとして落語界に入り、何と入門5年で真打ちになってしまった天才落語家である。

良い意味で癖のある(ありすぎる?)談志の落語、説教臭い円楽の落語もいいだろう。しかしやはり江戸の粋を感じたかったらしん朝である。

六代目古今亭 しん生となる姿を見たかった・・・・。無念。合掌。。。。




第69回江戸川落語会

トムが住む江戸川区は以前より落語と縁の深い地でもある。下町と言うこともあるのだろうが、江戸川出身の噺家さんも結構いるようだ。
そんなことで、江戸川区が主催する定期落語会も今回(平成14年4月25日)で69回を迎えた。出演者と演目は、以下の通り。

開口一番    月の家 かがみ   「たぬきの札」
落語      柳亭 小燕枝    「天災」
落語      三遊亭 小遊三   「粗忽の釘」
        ----------仲入り-------------
玉すだれ・踊り 北見 寿代
落語      桂 歌丸      「質屋庫」




柳家 小さん

しん朝に続いて、またもや落語会の重鎮・巨星が消えた・・・。
あの、丸い愛嬌のある顔を百面相の如く変化させて噺を語る姿をもう見ることができなくなってしまった。「時そば」「粗忽長屋」などの滑稽話を語らせたら右にでるものは古今東西の噺家の中にはいないと思う。

落語協会の会長として、善し悪しは別として大改革を行った。その最たるモノが「真打ち昇進試験」であろう。あの制度のために三遊亭円生一派や立川談志が協会を脱退してしまったのだから。
しかし、それも落語復興のためだったのだろう・・・と門外漢であるトムは思っている。

本当に、今後は生きのいい江戸前の落語を聞くことができなくなってしまった。。。
春風亭小朝や柳家小三治に頑張って貰わなくては・・・




死神

ここから、暫くはトムの好きな噺の話題が続きます。
まずはその1は「死神」。
なにやら落語とはほど遠いような題名だが、原典はどうも西洋らしい。どうりでバタくさい内容である。

奥さんにも逃げられたダメ男が首つり自殺しようと出掛けると、そこで死神に出逢う。死神からお前は医者になれと言われ、にわか医者になった。病床に診察に行くと、男には患者が治るか、そのまま死んでしまうかが判ってしまうのである。それもそのはず、男には死神が見えるのである。病床に死神がいれば患者は死ぬ。いなければ助かるのである。名医との評判が立ち、男は金持ちになった。そして、ある患者の病床に行くと、そこには・・・・。
そしてラストシーン。およそ、他の落語では考えられないラストを迎えるのである。

なんとも映像が目に浮かぶようなラストである。「見立て落ち」という手法だそうだ。どんなものかは聞いてのお楽しみ。




五人廻し

郭噺の代表選手でしょう、この噺は。
この郭噺というのは、好きなジャンルですねぇ。もちろん今は「郭」なんてないのですが、なんとも江戸の粋を感じさせます。

自分こそは花魁の間夫(まぶ)思っている客が偶然にも今夜店で鉢合わせた。お互いに自分こそが花魁の間夫だと思っているので、花魁に待たされるのが我慢できない。そのうっぷんの若衆にぶつけるのだが、その言い分がそれぞれ見事である。もちろん、それを演じ分けられる噺家の腕があってこそなのだが・・・。




藪入り

この「藪入り」という言葉を聞いて意味の分かる人は、このページを見ている人の中にはほとんど皆無ではないだろうか?。文字通り死語になっている。
その昔、小さい子が住み込み奉公に出ていた頃の言葉で、奉公して3年目の藪入りの時期にやっと初めて里帰りが一泊二日で許されるのだそうだ。

そんな時期の噺で、初めて里帰り出来る子供が帰ってくるのを家で、それこそ一日千秋の思いで待っている夫婦を描いた噺である。ストーリー自体は大して面白くもないが、その夫婦の心情がきっと誰の心にも響くであろう、いわゆる普遍性のあるテーマを扱っている。

もともと、なんらかのバレ噺だったそうだが、その一部分を膨らませてこのような見事な人情話に仕上げたのだそうだ。先人の努力は凄い・・・。
昔もそうだったが、人の親となった今は特にこの噺を聞くと、何故か涙が出てしまう・・・。