Fate / hollow ataraxia ネタばれ感想

(突っ込んだ感想)
大変面白いゲームでした。ファンディスクならではの遊び要素やエピソード的な補完もふんだんに取り入れながら、なおかつ一本筋の入った本格的ストーリーもきっちり用意するという、硬軟取り混ぜた構成には文句なし。アミューズメントディスクとしては最高級の出来ばえでしょう。
と、持ち上げておいたところで(いや、本当にそう思ってますよ)、あえて気になったところを2点ばかり。
本作では、stay nightと違い、シナリオライターが奈須氏単独ではありません。おそらく、本編「夜の聖杯戦争」に係わるところは奈須氏でしょうが、それ以外の日常シーンやサブイベント等は、別の方が複数担当しているようです。
まず断っておきますが、私はTYPE-MOONのシナリオはやはり奈須さんじゃないとイヤだ、物足りない、などと言うつもりは毛頭ありません。ゲームの制作はチーム作業であり、奈須氏個人のものじゃない。後進育成のためにも、そして制作の可能性の幅を広げるためにも、ライターを複数起用することに何ら問題はありません。そして、実際今回起用されたライターさん達の力量も、特に不満はありませんでした。むしろ、よく楽しめました。最終的には奈須氏が監修したのだろうということを差し引いても、筆力は確かだと思います。
…しかし、うーん、何か、どうしても微妙に、本当に微妙にイメージ違うんです。各キャラの性格というか個性が。決定的に「これはこの人のキャラじゃない!」というようなツッコミどころこそほとんどありませんが、全体としてとらえた場合、stay nightで受けた印象とは微妙にズレてしまうのです。例えばライダーや蒔寺、氷室といった、stay nightではあまり個性を表に出す機会のなかったキャラの場合は、比較対照があまりできないからああ本当はこんなキャラなのかーって納得できないこともないけど、士郎や凛、セイバーといったメインキャラの場合にはより強くそうしたズレを感じてしまう。
特にそれを感じたのは士郎と凛でしょうか。士郎の場合はstay nightで見せたようなまっすぐな正義感や純粋さ、そして青臭さという個性が薄くなり、逆に妙に淡白なキャラに変わってしまっていたし(アヴェンジャーが乗り移っていたというのとは関係ない。そうした演出上の意図は感じられない)、凛にしてももうちょっと彼女らしいエレガントかつ突拍子がない女という行動パターンがうまく出てくれればよかったと思います。今回はただ単に弾けてるだけで、今ひとつ魅力に欠けます。
繰り返しますが、テキストそのものは決して悪くないだけに、余計にそういった違和感が浮き彫りになってしまったというか。一言で言えば、「よくできたイミテーション」っていう印象なのです。個々のイベントはすごく楽しかったのに、「この人達はstay nightの人達と同一人物なのかな?」と心の隅にかすかな疑念を抱かざるを得なかったのは、残念でした。(あ、ちなみに、特にセイバーとかがここではよくギャグキャラとして描かれていますが、そういう意味でズレを覚えるというのではありません。それはそれで、ファンディスクならではのデフォルメということで許容はできるので)
そしてもう一つ、これは前述した事柄と全く無関係ではないのかもしれませんが、いわゆる「夜の聖杯戦争」以外の主に昼間のほのぼのドタバタとした日常シーンは、stay nightでは描かれようもなかったサーヴァント達の様々な面が語られ、確かに面白かったし和みました。が、その一方で、この緩みきった平和の中では、彼らサーヴァント達の輝きというものがどうにも色あせてしまうなあ、というのを正直思いました。これはファンディスクなのだし、もちろんこういうイベントは全然OKなのですが、やはりこんなまったりとした平穏はサーヴァント本来の姿ではないんだなあ、と。彼らはやはり壮絶な戦いの中に身を置いてこそ光るんですね。stay nightでもそういうほのぼのシーンが全くなかったわけではないのですが、それは果てしない戦いの合間の束の間の休息という感じで、それが逆に値打ちだった。本作の場合は、戦いはやってることはやってるんだけど、それは日常のスポットイベントとは流れ上完全に切り離されてしまっているので、戦いの中の日常、という雰囲気では全くないですよね。
これは贅沢な要望なのでしょうが、平和やドタバタの中にも程よい緊張感、みたいなのがあったらもっと良かったのかなあ、なんて。



(本編部分のネタばれ感想)
相変わらず奈須氏のテキストは凝っていてかつちょっと読み手を惑わすようなところがあって、細かな言葉尻だけにとらわれているとシナリオの大きな構造を見失いがちになってしまいます。かくいう私も、1回通しただけでは細かいところ隅々まで理解できた、とは言えません。まだいろいろわからないところはありますが、大まかには

・冬木の聖杯の中で、『英霊』アンリマユは、人の願いを叶えられる力を得た
・言峰に令呪を奪われ殺されかけたバゼットの願い − 「死にたくない」というのと、「聖杯戦争を続けたい」という願いをアンリマユが聞き入れる
・バゼットが経験した聖杯戦争は4日間。従って、このゲーム内の世界は、例え生き延びようが死のうが4日経てば全て1日目にリセットされ、再開される。そうして、4日間が無限に繰り返される。つまり、死ぬことはなく、そして聖杯戦争は永遠に続く。これこそ、バゼットの願いを聖杯が「叶えた」結果である

…とまあ、これでは単純化し過ぎですが、突き詰めればこれに尽きるのでは。
この不思議な4日間が具体的にどのような根拠により成立し得たのかということに関する細かい考察はそういうサイトやスレに譲るとして、ここではこの4日間という現象がバゼット達にどういう意味をもたらしたのか、ちょっと考えてみます。
聡明なバゼットのことです。4日間を何回か繰り返すうちに、この世界のカラクリというものにおぼろげながら気づき始めていたのではないでしょうか。そして、こんな異常な世界はいつか終わらせなければいけない、とわかっていたはずです。しかし、もしこの世界が終わってしまったら、自分があれほど熱望していた聖杯戦争の続きもできず、それどころか自分が死んでしまうだろうということも確信していた。外面は鍛え上げられたように見える彼女の内面は、実は非常に繊細で弱かった。彼女には、この世界を終わらせる勇気がなかったのです。
この4日間の中にいれば、確かに終わりはない。しかし、無限に繰り返すことであらゆる行動の可能性を塗りつぶされていく世界は、だんだん輝きを失っていく。何も新しいものを生み出さない、閉じた世界だから当然のことです。バゼットはそれをたぶん十分わかっていながらも、最後の最後までこの「檻」から自分で抜け出す − 要は、聖杯を壊すことに抵抗しました。
彼女より先にこの世界を終わらせる提案をしたのは、相棒であるアヴェンジャー=アンリマユでした。彼はバゼットの願いを叶えたと同時に、自分の願いも叶えたのではないかと思います。生前は悪魔として祭り上げられ、自分・自我というものが存在しない全くの「虚無」であった彼は、衛宮士郎という人間の殻を被ってこの人間世界を体験できた。かつて凄絶な仕打ちを受け、憎悪の対象でしかないはずの「ヒト」に、彼はしかし同じくらい憧れというものを持ち続けていたのではないかと感じます(これは完全な想像ですが)。
彼は「飽きた。つまんねえ」と言って、この世界を終わらそうとしました。この言葉の裏には、彼もまたいつまでもこの偽りの4日間に浸っていることはできないという思いがあったのではないでしょうか。もう十分夢は見させてもらった。だから、そろそろ本来自分のあるべき場所 − 虚無に還るべきだ、と。
これは、うたかたの夢の中にいるバゼットとアンリマユが、外へ一歩踏み出すまでの物語、と言えるのかもしれません。もっとも、二人の踏み出す方向は違うのですが。バゼットは未来へ、アンリマユはもといた過去へ、ですかね。

永遠に繰り返し、4日間の中の限られた可能性をひたすら埋めていく作業。これは、我々プレイヤーが4日間というゲーム内での期間をひたすら繰り返し、時にはデッドエンドを経ながらも、マップ移動によってイベントをひとつひとつ消化していくというプレイスタイルに重なります。イベントは確かにたくさん用意されているけど、だからといって無限ではない。未確認のイベントというのはプレイを重ねればいつかは必ずなくなる。やがては既視のイベントだけになり、それらをいつまでも繰り返していたら遠からず「飽きた、つまんねえ」状態になることでしょう。我々プレイヤーは、衛宮士郎というより、むしろアンリマユの役割を負っていると言えるのかもしれません。
こうして、ゲームシステムと物語のテーマを見事に重ねているというのは、今では決して斬新な手法ではないとはいえ、やはり心憎い仕掛けです。

さて、この4日間の世界は、バゼットとアンリマユのみならず、もちろん士郎やセイバーをはじめとした他の登場人物達にとっても、ひと時の夢であったわけです。ゲーム内で繰り返し述べられている通り、ここで起こったことは本当のことであり、演者達も本物。ただし、これもアンリマユという聖杯の力によるお膳立てによるものであり、願いが終わればこの「有り得ない状況」も終わる、ということなのでしょう。端的に言えば、士郎がセイバー・ライダー・桜・イリヤ達と「同時に」一緒に生活するなんてことは本来有り得ないし、キャスターが葛木と新婚生活を送るなんてことも有り得ない。そしてそもそも、サーヴァント達が揃いも揃って現界し続けるなんてことはあるはずがないのです。
このFateの物語の正史はあくまで「stay night」とするならば、この偽りの4日間が終わった後はstay nightで迎えたエンディング後のどれかの状況に戻るんじゃないかな、と勝手に想像してます。(…まあ、もしそうだとすると、eclipseでのバゼットの「後日談」とかと矛盾することになりますが。もうここまでくると、お決まりの「並行世界」の概念でも持ってこない限り、説明できないかも)
たぶん、少なくともサーヴァント達には、この世界の真実が見えていたのでしょう。特にキャスターのセリフには、この4日間ができれば終わってほしくないと思っているとおぼしきニュアンスが結構見え隠れしてました。彼女の場合は、stay nightのどのエンディングでも葛木と幸せになれないし、確か葛木の生い立ちを描いたイベント内で、彼が最終的には殺されてキャスターが涙に暮れるというシーンが断片的に挿入されましたが、おそらくはそれが「正しい結末」なんでしょう。だからこそ、思いはより切実だったのではないでしょうか。
イリヤにしても、アインツベルン城で士郎と添い寝した時に「今はもう夢物語だけど。これからずっとシロウと一緒に眠れ『た』のなら、わたしは幸せ『だった』のかな」という、暗示的なことを言ってます。これは、英文法でいうなら仮定法過去完了。現実になかったことを仮定する言い回しです。

hollow ataraxia −「虚ろな平穏」(アタラクシアはもともと哲学用語なので、単純な訳はできないが)。今振り返ってみれば、物語のテーマそのものを実に端的に表現していることがわかります。



(キャラ別ショートコメント)

セイバー
ああ、何ということか。気高きブリテンの騎士王アルトリアが、本作ではまさに単なる「食いしん坊キャラ」にクラスチェンジとは…。そりゃあ、彼女らしい戦闘シーンもあったけど、はっきりいって何か食べてるセイバーのイメージしか残ってません。しかも、これはキャスターにいみじくも指摘されたことだけど、他のサーヴァント達が自立して行動、もしくは健気に働いて生計を立てているのに対し、完全なぶら下がり居候状態なのはこのセイバーさんだけ。いくらなんでも、もうちょっと何とかならなかったものでしょうか。これでは彼女の立場が…。
士郎と焼き芋を頬張るシーンで、セイバーの悔恨の一言。
「何という不条理だ。あの時この味があれば、我々はまだ戦えた−」
本作中一番の名セリフだと思ってます。もし当時焼き芋があったら、王国の運命は変わっていたかもしれないのですね…。


遠坂凛
うーーむ。他のプレイヤーの方々はどう思われたかわかりませんが、個人的に本作での凛のキャラは何かちょっと違うな、と感じました。確かにいろいろイベントや趣向は凝らされていて、それぞれは面白かったのですが。「凛らしさ」という点ではstay nightの方が数倍輝いていたと思います。

間桐桜
stay nightと一番印象が変わらないのはこの子でしょうか。まあ、前作では結構悲惨な役どころだったし、こういうのどかな日常を見られただけでも満足ですね。

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
残忍さと無邪気さを合わせ持つ彼女ですが、さすがに本作ではほぼ「かわいい妹キャラ」で統一されていました。ああ、ここでの彼女に慣れ親しんでしまうと、stay nightに戻れなさそうで怖い。
"イリヤダイブ"がかわいらしくて、特に印象に残ってます。


アーチャー
もとい、新クラス「アングラー」(笑)。最新鋭の釣具がバンバン複製できちゃうとは、投影魔術ってなんて便利なんだろう。
「がっかりだ。道具に頼るとは見下げ果てたぞ英雄王…!」
というか、お前が言うな。(大笑)。


キャスター
本作一番の見所は、バゼットでもカレンでもアヴェンジャーでもない。それは、ヴェールに包まれていたあのキャスターの素顔だー、と勝手に思ってます。前作の登場キャラ中、最も親しみを込めて補完されたキャラですね。新妻ぶりは、見ていて微笑ましかったです。
「ゴミ袋…、今まで魔女だ妖女だと言われてきたけれど、ゴミ袋…」(笑)。


ライダー
本作では、準ヒロインばりの露出ぶりですね。大活躍です。そういえば、メインヒロインであるセイバー・凛・桜、そして本作オリジナルヒロインであるカレンを除いては、エッチシーンがあるのはこのライダーだけ。ちなみに、eclipseでのこの桜も交えたエッチシーンは、おそらくFate全体でもナンバーワンのエロさだと思います。
なるほど、ライダーと桜の絆というのは、両方とも「怪物になるかもしれない暗黒面を抱えた者同士」という共通のバックグラウンドがあったことによるものなんですね。


ランサー
花屋や喫茶店でバイトしたり、港で日がな釣りしてたりと名脇役ぶりを発揮していたのと同時に、ひそかに本編に浅からぬ因縁を持つ、言わば影の主役。本当にキャラの存在感の出し方というか、生かし方が上手いと思います。
イベント内でホットドッグにものすごい拒否反応示してたのは、生前の「番犬」のエピソードが関係しているってことでいいのでしょうか。


ギルガメッシュ
結局、なんでコイツは最初子供の姿だったんでしょうねえ。意図がよくわからん。
本作では、サーヴァント達の英霊になる前のエピソードがよく紹介されましたが、この人にもそういうのちょっと欲しかったかな。


蒔寺楓・三枝由紀香・氷室鐘
stay nightでは本当にチョイ役だった3人組も、本作では所狭しと出番がありました。実は今回最も補完されたキャラ達なのかもしれません。
氷室の恋愛探偵シリーズは、なかなか楽しく読み進められました。とても女子学生とは思えないあの重厚な語り口は、ただ者ではありません。
「馬糞に牡丹」なんて言い回し、初めて聞いたよ・・・。


葛木宗一郎
本作では、彼の生い立ちが明らかになりました。…まあ、あんな環境じゃあ、人並みの感情を持つことなど無理でしょうね。そんな彼が倫理の教師というのも、何とも皮肉です。
人並みの気持ちがわからない、という点では言峰に共通するかも。葛木の場合は、わからないからこそ、人のために何かをしてみたい、(キャスターとの夫婦生活のように)まず形から入ってそれをつかみたいという願いがあったということでしょうか。


バゼット・フラガ・マクレミッツ
本作の「表向きの」主人公というところでしょうか。stay nightでほんの断片しか語られることのなかったこの人物をストーリーの中心に生かしてこれだけ発展させることができるとは感心します。キャラ的にも、完璧そうに見えて実は(生きることに)非常に不器用だったりと、愛すべき個性として描けています。
とにかく何よりも笑ったのが最終イベントの後日談。ただじゃんけんに勝ちたいがために、しかも、士郎が後出しで反則負けになるのを狙うという何とも後ろ向きで姑息な目的のためにフラガラック使うという、その発想が最高です。こんなところにも彼女の一生懸命さと不器用さが見られて、微笑ましいですね。


カレン・オルテンシア
うーん、個人的に、本作におけるこの子の意味というのは理解しにくかった。これは批判ではなく、純粋に自分がつかみきれなかったです。
もしセカンドプレイをすることがあれば、今一度注意してみたいキャラ。
何か、言峰綺礼の娘らしいということを聞いたのですが、本当でしょうか。