ONE シナリオ設定ネタばれレビュー 「えいえんのせかい」とは

ONEを語る上で外すことができないのは、言うまでもなく「永遠の世界」。ゲーム終盤近くになっていきなり主人公の存在が薄れ、人々から忘れ去られ、そしてついにはこの世から消えてしまうという展開に、ほぼ全ての人が戸惑ったことと思います。このあまりにも唐突で、しかもはっきりした説明らしい説明すらなく進んでいく曖昧さのため、「わけがわからない」「プレイヤーに不親切」等の批判が多かったのも無理はないでしょう。これは本作の短所であり、プレイヤーの門戸を狭めている大きな原因でもあります。

しかし一方で、意味不明では片付けられない奥深さと不思議さを内包したこの設定こそが、他では見られないONE独特の強烈な魅力であり、いまだに多くのファンの心をとらえて離さないのもまた事実です。ファーストプレイでピンと来なくて、早々と積みゲーにしてしまうにはあまりにももったいないので、ここで自分が調べて考えた限りの解説をしてみたいと思います。これを読んで、再プレイしてみようかなという気になってもらえたら幸いです。

全ての発端は、主人公の妹「みさお」の病死でした。このへんの経緯についてはどのヒロインのルートでも同じように詳しい回想シーンがあるので、改めて詳述することもないでしょう。当たり前だと思っていた、永遠に続くと思っていたみさおとの日常。それは、いとも簡単になくなってしまいました。母親も姿を消し、ひとりぼっちになってしまった幼き日の主人公は、叔母に引き取られた後もずっと一人で泣き続けていました。そこに、一人の少女が、主人公と一緒に遊びたくて声をかけたのです。ところが、少女がいくら待っても、主人公は泣き止む気配を見せません。そして言います「かなしいことがあったんだ」「えいえんなんてなかったんだ」。それを受けて少女は「えいえんはあるよ」「ずっと、わたしがいっしょにいてあげるよ、これからは」と声かけ、主人公にちょんと口づけをします。この「永遠の盟約」をきっかけに、主人公の心の中に「この少女といる永遠」の世界の萌芽が生まれたのです。

ここで注意してほしいのは、この少女が何か神秘的な存在であるとか、特殊な力を持っているとかではないということです。この子はごく普通の少女で、ただ単に主人公と一緒に遊びたかっただけでした。「えいえんなんてない」という主人公の言葉に「ある」と諭したのも、主人公を慰めるための売り言葉に買い言葉に過ぎません。しかしその戯れに過ぎなかったはずの一言が、主人公の壊れた心に絶対的な威力をもって働きかけ、永遠の世界を生み出したのです。

この少女は、瑞佳シナリオ中で主人公が「みずか」と呼び掛けることとその容姿から、幼き日の長森瑞佳と思われます。ここでも注意してほしいのですが、ゲーム中の「永遠の世界」で登場するこの「みずか」と、現実世界にいる「瑞佳」は全く別です。「みずか」はあの「盟約」を機に主人公の心の中で作り出され、その中でしか存在せず(したがって成長もしない)、現実の瑞佳は全く与り知らないものです。

そして主人公は、おそらくみさおに関する一切の記憶を永遠の世界もろとも意識の奥底に封じ込め、普通の生活を送り続けて高校生になります。そして瑞佳以外のヒロイン達とも出会うことになります(正確には、澪には以前出会っていたのですが)。ちなみに、瑞佳との登校シーンで見られる会話の食い違い、すなわち小さい時瑞佳と風呂に一緒に入ったことがないにもかかわらず主人公が入ったと思い込んでいるところは、意識下にあるみさおの記憶と混同していると考えられます。「それはいつだって長森が持っていたものだ」というのは、みさおが病床でいつも手のひらで転がしていた、カメレオンのおもちゃを指しているのかもしれません。

その後「永遠の世界」は確実に肥大化し、「盟約」通りに主人公を引き込もうとする力が発動します。ゲーム序盤で時折入る夕焼けのシーンで彼が抱く感慨「どこまでも続くようなこの空の果てに、もうひとつの自分の居場所を感じる」「どこか…つまり、あの空の向こうとも比喩すべき場所にいる自分が、オレの存在をずっと見守っているような気がする」は、主人公がおぼろげながら永遠の世界を感じ取ってはいるが、まだ盟約そのものを思い出したわけではないということを示しています。

では主人公がいつの時点でこの世界の存在と理由をはっきり認識したかというとそれは明確に描写されておらず、だいたい年が明けてゲーム終盤に近づいていきなり彼が全て悟ったような口ぶりになります。これもプレイヤーを戸惑わせる大きな一因ですね。ともかく、主人公が自分のこの世での存在感を希薄に感じるようになってから間もなく、周囲の人間が彼のことを徐々に忘れていき、最終的にこの世から消えることになります。
ここからが大きな分かれ目で、もし主人公がヒロインの一人と絆を深めることができていたら(要するにゲーム中で攻略できたら)、ヒロインだけは主人公のことを覚えていてくれて(一度は忘れる場合もありますが)、彼が消えるのを見送ることになります。そしてもしヒロインの誰とも親密になれなかったら、当然誰からも忘れ去られ、独りで消えていくことになります。

こうして現実世界から消えて永遠の世界に招き入れられた主人公。そしてこの時点こそが、プレイヤーにとってのゲームスタート地点なのです。だって、ゲーム冒頭のシーンを思い出してみて下さい。「永遠のある場所。…そこにいま、ぼくは立っていた」とはっきり言っています。つまり、プレイヤーがゲームを開始するのは主人公が永遠の世界に旅立った後であり、日常の学園生活の部分は、主人公が過去の現実世界の日々の思い出を回想している場面ということなのです。この逆転の仕組を知った時には慄然としましたね。主人公が寝てる間の夢の内容のように挿し込まれる永遠の世界のシーンが実は「現実の」時間軸というのですから。

そしてこの現象こそが、永遠の世界がある最大の目的と言えます。主人公は楽しかったみさおとの思い出、そして楽しかった学園生活の思い出を、永遠の世界の中で「永遠に」回想するのです。いつか壊れてなくなる幸せ。それをいつまでもなくしたくないという主人公のかつての強い思いによって生まれた世界でした。この「楽しかった思い出を永遠の世界に持っていき、いつまでも繰り返し想い続ける」といったことは、瑞佳シナリオの中で主人公が自ら語っています。

で、実際にはこの「回想の世界」である日常生活の部分でプレイヤーが選んでいった選択肢が正しければ、主人公はヒロインの一人と過去に「絆」を結べていたことになり、これが再び永遠の世界から抜け出す原動力となります。これが逆に攻略失敗ということになれば(僕はこれを経験したことはないですが)、主人公は永遠の世界に囚われたままになり、いわゆるバッドエンドになります。

永遠の世界から再び現実世界に回帰できるようになる要因は、主人公の自覚によるものと思われます。つまり、幸せのひとつひとつはいつかなくなるものだけど(少女いわく「滅びに向かって進んでいる」)、だからこそかけがえのない輝いた瞬間であること。大人へと成長することによって得てきた様々な出会い。たとえ一つの幸せが終わっても、また次の違う幸せが待っているはず。だからこそ、何気ない退屈に見える日常も、実は全て奇跡的で貴重な瞬間の連続だったのです。
永遠の世界は過ぎ去った思い出をいつまでも反芻するところ。確かに何も失うものはないが、新たに得るものもない。それを指して、主人公は「空虚」と表現しています。しかし、永遠の世界の住人だった少女=「みずか」は子供のままで成長しておらず、主人公の考えが理解できません。「キャラメルのおまけでいつまでも遊んでいられる」のが彼女にとっての幸せなのです。

以上が「永遠の世界」のあらましになります。細かいことまでは書ききれていませんが、おおむねはこういうことであると理解しています。
こうして偉そうに書いていますが、僕自身も他のレビューや解説をだいぶ参考にしています。そしてそれでもなお、自分の中でまだ整理できていない謎も残っています。例えば、隠れキャラ「氷上シュン」とのやりとりはまだ「?」ですね。永遠の世界をより理解してもらうためのキャラという話ですが、彼がいたためにかえってわからなくなってしまいました…。ここらへんについては、また機会があれば再チャレンジしようと思っています。

こうして改めて見ると、この製作スタッフによる続作「Kanon」「AIR」に比べても、テーマとしての難解さ、深さは数段上ではないでしょうか。何だかんだ言ってもこの後ろの2作はメジャー化されているのに対し、「ONE」は少なくとも発売時点ではそれほどではなかったことが、こうした先鋭的な挑戦を可能にさせたのかもしれません。

そしてさらに驚嘆すべきことは、ここまでの大掛かりなテーマ「永遠の世界」が、究極的にはヒロインと主人公をいったん引き離す状況を作り出すための一種の演出装置に過ぎないということです。これは設定資料集内で製作スタッフがはっきりそう語っています。
まあ、それはゲームの流れを見たらよくわかるのですがね。それにしても、ただの演出装置にしては壮大過ぎます…。ヒロインとの別離の原因にこうした突拍子のないファンタジックな非日常を用いるのはリスキーであり、よほどうまく練らないとものすごく白けてしまうと思うのですが、このあたりの見せ方の巧みさは素晴らしいです。この「永遠の世界」にしたって、要は主人公が現実逃避してるに過ぎないのであって、これだけだと情けないの一言で終わってしまうような程度のものでしかありませんが、これをここまで深遠に壮大に「見せる」概念に昇華させた製作スタッフの力量は、天性の才能であるとまで思います。

主人公がこの世から消えていくという唐突かつとうてい有り得ない現象を、理屈抜きで受け入れられてしまうのも(受け入れられない人もいるでしょうが)、本作が普通の学園ものを装いながらもファンタジーとしての下地作りに成功している証拠です。物理的な存在である人間がどうして消えるかというのは、もはやそんなに大きな問題ではない。だって、この物語はファンタジーなのですから。例えば童話や昔話で動物が言葉をしゃべっているのに疑問を挟む人はいないですよね(変な例えですが…)?
ただ消えるだけでなく、周りの人がだんだん主人公のことを忘れていくという設定も絶妙で、効果抜群です。こういう手法は今でこそ珍しくないですが、逆に言えば後発ソフトがことごとく「ONE」にならったと言ってもいいくらい、先駆的な役割は計り知れません。

実はまだいろいろ書けることはあるのですが、収拾がつかなくなりそうなので、このへんでやめておきます。既に2度プレイしていますが、将来もう一度くらいやることがあるでしょうか。その時には、もっといろいろなことがわかるかもしれません。それだけ、いつまでも色褪せない名作であるということでしょう。