びっくりしました。第3回公判報告 
        却下されず!住民訴訟は続きます。最大の難関を突破!

 第3回公判報告です。まったく裁判は生き物です。前回もびっくりしましたが、今回はもっとびっくりしました。
 でも、それ以上に茫然としていたのが、被告代理人でした。みなさん、傍聴に来てください。面白いです。しかも、タダ。
 今でも信じられないような気がします。ほんとうに裁判長はそう言ったのだろうかと・・・。

■ 第3回公判に至る推移 ■

 10月14日の第2回公判で、FさんとSさん、ふたりの教員が熱のこもった意見陳述をしたあと、裁判長が唐突に「次回、『本案前』の部分について判断をしたい」と言い出し、被告の「答弁書」の主張である、「(不起立調査は)住民訴訟の要件たる財務会計行為に該当しないから、本案に入ることなく、速やかに却下すべし」との求めに応じて、次回結審に持ち込むかのような姿勢を示しました。

 裁判長は「本案前で財務会計行為ではないと判断すれば、原告はもう反論(書面)を提出する必要はない」と言い放ち、私たちの発言も制して公判は終わったのです。そして、「本案前の部分(財務会計行為の部分)について付け加えることはないか?」との裁判長の念押しに対して、私たちは気力で「提出する」と応え、11月11日に「準備書面(3)」を提出しました。
 この時点で、私たちは第3回公判で結審、年内却下判決は避けられないものと判断したわけです。もし、原因行為(不起立調査)に使った物品や人件費などの支出が財務会計行為であると裁判所が判断しているのならば、この裁判の迅速化が言われているご時世に、わざわざその「判断」を言うために1回分の公判を費やすとは思えませんでした。「財務会計行為」であるから、次回から「本案」の弁論に入ると言うような訴訟進行がありうるだろうか。審理を尽くさずに「判断」をする以上、「却下」を予定した結審の宣言としか考えられない。それが私たちが持った共通の認識であったわけです。
 そのことが、私たち素人の勝手な思いこみでないことは、被告代理人(N弁護士)の今日の気の毒なくらいの当惑ぶりによっても証明することができます。
 N弁護士は、川神裕裁判長の「被告は本案についての反論を準備してください。年内に提出してもらえますか」という問いかけに、しばし言葉を失い、「どういうことですか?」と聞き返すのがやっとだったのです。被告側は前回(第2回)公判でも、私たちの事実認否や求釈明の求めをまるで相手にせずといわんばかりに書面すら提出しませんでした。出したのは、分厚い学習指導要領のコピーと若干の規則などの写しの書証だけです。最初に出したわずか8ページの「答弁書」、これで十分、そんな対応でした。

■ 裁判長の好意か?!■

 「(あれから)考えてみたんですけどね・・・」と話し始めたと黒田薫さんが後でおっしゃっていましたが、よく覚えていません。あとの衝撃が大きくて、記憶が飛んでしまったのかもしれませんが、言われてみればそんな気もします。「あれから」というのは言うまでもなく、「第2回公判のあと」という意味です。

 わたしたちは固唾をのんで、裁判長が何を言うのかに注目していました。もし、「財務会計行為」にあたらないという判断で結審を告げるならば、そのときには「却下するつもりなのか?そうとしか考えられない」「特に給与の支給が財務会計行為である以上、最後まで審理すべきではないのか」「もし、請求の趣旨、教育長の財務会計行為の権限などを巡って請求の仕方に形式的な不備があるならば、修正して公判を続ける方法があるのではないか」そういう発言をしていこうと考えていました。そして、原告としてはこれが最後のチャンスだから、時間があるかぎりみんなで言いたいことを言っていこうと事前の打ち合わせをして臨んだのです。

 入廷したときから、前回とはうってかわって、別人のように穏やかでおおらかな物腰、余裕の表情が不自然な違和感を感じさせました。どう捉えたらいいのかわからない。裁判長の説明を待つ。

「物品の使用については裁判所としては疑問を持っているが、給与の支払いに関しては適法な訴えと解する余地があると考えています。そこで、原告の請求の趣旨ですが、中野教育長の行った(が行わせた)不法な行為に対して、市長は給与を支払ったが、それは本来支払うべきではない給与であったけれども、市長が給与を支払うのは、それじたいは適法であるにしても、中野教育長の権限によって不法行為が行われ、市長としては払わざるをえない状態を迫られる形で支払った。しかし、中野教育長によって行われた原因行為が不法であるならば、それに支給された給与は市に与えた損害として返還するように求めるべきであるにもかかわらず、市長はそれを怠っている。その怠る事実に対する請求、という意味でいいですね?」

 と、そのような主旨の質問(あるいは同意)を向けられたのでした。 「はい」と答えるのはかんたん。直観的には同意できる。しかし、なにかある・・・。私たちの請求の趣旨とよく似ているようだが、何か違う。
 裁判長の意図は何か、何を画策しているのか?瞬時に理解できない。堀口さんの顔を見る。目と目が合う。うなずく。
 裁判長が給与の支払いを財務会計行為と認めた意志、堀口さんの判断、そのふたつを信じて「はい」と答える。

 「では、被告代理人は、本案についての反論を準備してください。年内に提出していただけますか?」
 裁判長が顔を被告側に向き直してそう言ったとき、「えぇ〜〜〜っ?なんで却下せぇへんのや!!」 わたくし、正直にそう思いました。

 被告代理人のN弁護士は、何を言っているのかわからないという面持ちで、しばし異次元に放り出されたような空白状態。ようやく気を取り直して、「どういうことですか?」
 決してN弁護士に対して悪意があるわけではありません。第2回公判では、まさに私たちが同じ状態に突き落とされたのです。
 しかし、公平に見て、今回の被告側のショックのほうが数倍大きいことは間違いないでしょう。
 裁判長はもう一度同じ説明を丁寧に繰り返しました。まるで、私たち素人に噛んで含めるように。
 そして、最後に、「給与支給については、(原告の)訴えじたいは違法とまでは言えないというように考えています」このように締めくくったのでした。
 「わかりました」とN弁護士。 「では、本案についての反論を準備してください」 「検討してみます」
 
 ここで次回、第4回公判の日取りを1月27日と決め、 「被告の準備書面は年内に提出してもらえますか?」と裁判長。 「年内はちょっと・・・年明けではいけませんか?」 「ではいつぐらい?」 「1月10日ぐらいでは?」
 「では、1月7日までということでお願いできますか?」 「はい」
 
 裁判長がまたこちらを向いて、 「原告は被告の準備書面に対する反論を次回公判までに提出してもらえますか?」
 「見てみないと、なんとも・・・」(笑声)
 「そうですね、わかりました。被告の準備書面が届いてから、20日ぐらいありますから、できるだけ提出してください」 「はい」

 途中、堀口さんの発言、井上さんの質問などがあり、おおむねこのような経過で第3回公判はどんでん返しのうちに終了したのでした。

■ 対等・平等の世界 ■

 裁判長の好意、あるいは厚意は、たぶん、実際には給与を支払う財務会計上の権限を持たない教育長に対して、あたかも教育長にその権限があることを前提とするかのような立論で、ほんらい給与を支払う財務会計上の権限を持つ市長が教育長に給与の返還を請求するという、やや無理がある私たちの「請求の趣旨」を「読み替え」て、被告である市長が、違法行為によって市に損害を与えた中野教育長に、それとは知らずに適法に給与を支払ってしまった。だから、その損害の返還を求めるべきであるにもかかわらず、それを怠っている事実に対して、市長は市長自らに、中野教育長に損害の返還を求めるべきであるとの請求をすべきである、という請求を原告はしている、という解釈なのだろうか、と思います。
 しかし、これは自信がありません。「改正」された地方自治法第242条というのは、それほどわかりにくく、わたしにはいまだに意味不明の条文です。

 しかし、何はともあれ、私たちが行った住民訴訟という裁判の形式では最大の難関であった「財務会計行為であるかどうか」という分厚い壁にひとつの小さな穴を開けたことは間違いありません。たったひとつの小さな穴。それで十分なのです。

 3月31日に住民監査請求をする前から、監査委員事務局の職員は判例を持ち出しては、財務会計行為にはあたらないと予防線を張り、そして、監査委員はまったくそれを受け売りして監査をしませんでした。(ただひとり、伊藤和嘉子委員だけが監査を主張しました)それが法廷で否定された事実は重いものがあります。
 
 806号法廷は、ずいぶんと「ひらば」に近くなってきています。
何が正当なのか、何が不当なのか。一市民の寄せ集めが言うことは聞くに値しないことなのか。素人の法律解釈は取るに足らないものなのか。基本的人権とは平等を前提に成り立つものではないのか。

 私たちは、「却下判決」を避けられない現実と受け止めて、すでに2名の教員の決断を受けることで、(不起立調査でスミぬりされた)当該教員による損害賠償請求訴訟を準備していました。
 法廷を代えて、中身の審理をみんなで続けること。私たちはその希望を持って第3回公判に臨みました。意気揚々と裁判官に問いただしていくことができる気力を持って臨むことができました。
 多くの人たちのアドバイスや励ましをいただきながら、ひとつひとつの積み重ねが大きな力となっていったのでしょう。
 原告がちゃんと法廷にそろうこと。ひとりひとりが凝視し、主張する意志を持っている人間であること。そして、私たちを支えてくれるたくさんの会員がいること。
 教員訴訟は時期を見て行っていくべきだろうと私たちは考えています。

 枚方市教委のおおいなる「誤算」は、自縄自縛として自分自身に跳ね返っていかざるをえません。「7点指示」そのものを「ご破算」にもどし、教育と社会のありかた、自分自身の生き方を見つめる力は、教育基本法や憲法「改悪」のペテンを見抜く力にもなっていくことでしょう。

 “グローバルな視点でローカルな取り組みを!”

 楽観は禁物です。裁判官は気まぐれです。けれども、私たちは私たちの今日、そして明日を着実に生きていくだけです。
 ともに楽しくがんばっていきましょう。今後ともよろしくお願いします。


 次回、第4回弁論(公判)
 2004年1月27日(火) 午後2時 大阪地裁806号法廷
 集合は午後1時30分 地裁1階ロビーです。

                             もどる