教育長の証人尋問が決定しました! ひらかた「君が代」訴訟=スミぬり裁判をすすめる会 松田浩二 (2005.1.30) |
■ 1月27日、「スミぬり裁判」第10回口頭弁論が大阪地裁で開かれました。2003年6月25日に提訴して、はや1年7ヶ月です。「平成14年度入学式の国歌斉唱時、起立しなかった教職員調査」(氏名と起立しなかった理由)という「思想調査」の違法性を問う枚方市民による住民訴訟です。(この住民訴訟は弁護士を訴訟代理人として立てていない本人訴訟です) ■ この第10回口頭弁論で、中野一雄(当時)教育長(現教育委員長)の証人尋問を行うことが決定しました。次回期日は4月21日(木)、午後3時〜4時。大阪地裁806号法廷です。 原告、被告双方の尋問を合わせてもわずか1時間。しかも事実(と事実に関する認識)に関する尋問に限るという条件付きです。しかし、私たちとは絶対に会わない、話もしない教育長がとうとう法廷に引っ張り出されることになりました。(*^^)v 教育委員会に足を運んでも、けんもほろろ、会話にすらならない市教委主事たちの市民を愚弄した横柄な対応に、また有無を言わせぬ教育現場での強権的な統制に、私たちは法廷という場を利用して、市教委と対等な土俵で論戦を繰り広げたいと思って住民訴訟に踏み切ったのが2003年6月のことでした。今までに報告してきたように、口頭弁論は一方的に私たちが「7点指示」と「不起立調査」の違法性を主張する場になっていました。 ■ この裁判では、双方の主張は全面的に対立しているものの、事実関係における争いというものは特にありません。証拠調べ(人証=証人尋問)というのは、「証人の意見や見解を聞くのではなくて、事実について供述する」ものだということになっています。そういう意味では、被告は「不起立調査」をしたことじたいは認めているし、そしてそれが「適法」だと居直っているだけで、要するにそれが「違法」か「適法」かという法解釈の問題にすぎないというのがおおかたの見方でもあったわけです。 証人採用は、ほとんど絶望的だと思って臨んだ1月27日の法廷です。私たちは教育長と原告側3人の教員の証人申請をしていました。被告はもちろん尋問は無用という意見書(1月19日付)を出してきました。私たちは1月25日付で補充準備書面を出し、被告の意見書に対する反論の意見書も提出しました。ぎりぎりまでねばって素人の意地を見せてきました。 残念ながら3人の教員の証人尋問は実現しませんでした。 ■ 法廷では、まず教員についての証人採否の判断が示されました。「原告側3人の証人については、陳述書も出されており、裁判所としては、これで十分であると考えているので証人尋問は必要ないと判断する」という説明でした。陳述書は裁判所が出すようにと言うので出したわけですが、これとまったく同じ理由で「陳述書が出ているので証人尋問をする」というパターンもあるのです。つまりこの裁判の判決を考える上で、裁判所が必要ないと判断すれば、証人尋問は行われないということになるということなのです。 ただ、3人の教員と教育長を分けて説明を始めたことに、私たちは「おや?」という怪訝な印象を持ちました。そして続けて、裁判長は教育長についての判断に移ったのです。 「原告らの尋問事項を検討したが、意見や見解を聞くものが多いので、事実や事実に関する認識に絞った尋問ということで、時間は1時間を考えている」そして被告に対して「ほんらい被告のほうで証人申請すべきものだと思うがどうか」と言葉を向けると、被告代理人は即座に「こちらから申請します。2月4日までに尋問事項を添えて証拠申出書を提出する」と答えたのです。 このようなやりとりで、あらためて被告による中野(前)教育長の証人申請が行われることになり、被告による主尋問。私たち原告による反対尋問という形で証人尋問が行われることが決定しました。(このときの私たち原告の心境を言葉で説明するのはなかなか難しいものがあります) もっとも、厳しい条件が付いています。尋問時間は被告、原告合わせて1時間。つまりそれぞれの持ち時間は30分ずつ。しかも、裁判所が双方の尋問事項を検討したうえで「意見」を出すということです。その「意見」に沿う形で尋問が行われるということでしょう。 私たち原告が出した教育長への尋問事項は33項目。時間は2時間を申請していましたから、これは大変です。被告や裁判長に邪魔されないように、尋問の仕方を念入りに検討して対策を立てなければならないでしょう。裁判という土俵の中で、そして裁判長の強力な訴訟指揮権という枠の中で、どれだけ内容的な広がりと深さを追求するか、これは今までに苦心してやってきたことです。もともと住民訴訟という形式には「市に与えた(違法な)損害についての争い」という大きな制約があります。しかし反面、住民訴訟であるがゆえに、純粋に「行為の違法性」を問うこともまたできるのだと思っています。 ■ とにもかくにも教育長の証人尋問が決定しました。画期的なことだと言っていいのではないかと思います。もちろん枚方市では前代未聞のことです。全国的に見れば、教育長が証言席に立ったことはありますが、これが本人訴訟での教育長の尋問ということになると、果たして前例があることなのかどうか。 枚方市教委は03年、04年と続けて「不起立調査」を行っています。03年から「起立しなかった理由」を聴取してはいません。さすがにこれはマズイと判断したからでしょう。 私たちは03年、04年の「不起立調査」(氏名のみ)についての住民監査請求も近々行う予定です。同時に今年の「不起立調査」を未然に防ぐ請求もするつもりです。 ■ そしていよいよ「スミぬり裁判」教員編が新たにスタートします。 住民訴訟として取り組まれた「住民編」は、いま大詰めを迎えています。この時期に新たに「教員編」が始まることは大きな意味を持つものだと言えるでしょう。 昨年9月24日に枚方市個人情報保護審査会が、2名の教員による「スミぬり文書」からの自分の「氏名と起立しなかった理由」の削除を求める請求を認める答申を出したことはすでにお知らせしたとおりです。しかし市教委は「答申」を無視してその請求を最終的に棄却しました。その取り消しを求める行政訴訟です。さらに併せて、違法な「不起立調査」(思想調査)を受けた人権侵害に対する国家賠償請求(国賠訴訟)も行うことになるでしょう。これは「不起立調査」に対する本筋の裁判になります。「スミぬり裁判」は教員編を持って完結するといえます。教員の言論の自由を多少なりとも確保するための、いわばパイロットの役割を持っていたのが住民訴訟でもあったと思っています。「教員訴訟」が行われれば、ほんとうの問題である人権侵害と教育の本質が争点になっていきますし、原告教員に対する「本人尋問」も行われることになるはずです。住民訴訟では果たせなかった教員自身による証言も実現します。 ■ 教育長の証人尋問決定については、今後、各方面に幅広く宣伝をしていくつもりです。住民監査請求や新たな教員による提訴についても同様です。 誰の目にも明らかなように、すでに民主主義の対峙線は個人の「心」へと「戦場」は移っています。心と思想と良心への攻撃が日常的に繰り返されています。教育基本法に「愛国心」が盛り込まれることが当たり前のように伝えられることは、「思想・良心の自由」という価値がいかに軽いものであるかを象徴する現象だと言えるのではないでしょうか。憲法や教育基本法が変えられようとしている危機は、とりもなおさずそれを許してしまう市民の意識の危機にほかなりません。個人の心を差別と暴力という物差しで串刺しにするもっとも簡単な方法が「日の丸・君が代」の強制であることは、東京都の実例を見るまでもなく歴史が証明するところです。 「調査」は「強制」を前提とするものです。強制があるから調査は必ず行われなければなりません。思想を強制するとき、「思想調査」が必ず行われ、それは「踏み絵」という、自分の良心にそむいた行為をともなうものであるがゆえに、その人の内心(良心)をも破壊していく効果も合わせ持つものとなります。「処分なき服従」はこのようにして広がっていきます。 4月21日はぜひ傍聴にお越し下さい。806号法廷を人で埋めることができたらと思います。教育長の証人尋問なんて、めったに見られるものではありません。 今後とも「スミぬり裁判」へのご支援をよろしくお願いいたします。 ★ 「スミぬり裁判」第11回口頭弁論(証人尋問) 2005年4月21日(木) 午後3時より 大阪地裁 806号法廷 (05年1月25日付・原告準備書面9・意見書) http://www.kcat.zaq.ne.jp/iranet-hirakata/newpage82-jyunbisyomen9.htm (平成15年1月19日付・被告意見書) http://www.kcat.zaq.ne.jp/iranet-hirakata/newpage81-050119hikokuikensyo.htm (スミぬり文書) http://www.kcat.zaq.ne.jp/iranet-hirakata/newpage36-project7-2.htm |