大阪府枚方市教育委員会への申し入れ書
                                        2003.02.25


枚方市教育委員会 教育長 中野一雄 様
                                        2003年2月25日
                           「日の丸・君が代」強制反対ホットライン・大阪


                 枚方市教育委員会に対する申入書


 貴委員会が、去る11月7日の定例校長会で行った今年三月の卒業式に向けた「7点指導」の指示について、その撤回を求めるとともに以下の点に関して申し入れるので、誠実に対応されたい。

(1)そもそも学習指導要領は、1998年1月の鯰江中学「日の丸」裁判大阪高裁判決に見られるように「大綱的」なものであり、それが「一方的な観念を強制」するときは法的効力を否定されるものなのである。すなわち、「(学習指導要領の)基準は教育における機会均等の確保を全国的な一定の水準の維持という限られた目的のために、必要かつ合理的と認められる大綱的基準にとどめられるべきものであり、学習指導要領の個別の条項が、右大綱的基準を逸脱し、一方的な一定の理論、観念を生徒に教え込むことを強制するようなものであるならば、それは教育基本法10条1項の不当な支配に該当するものとして、法的効力が否定される場合もありうるものと解される」と判示しているのである。貴教育委員会の「7点指導」はこの判示された内容に照らしても、その不当性が明らかである。卒業式は「最後の授業」と言われている。その内容に創意性と親和性が保障されてこそ、子どもと教員と保護者の共同の営みとして新しい旅立ちへの清新さと勇気を与ええるものなのだという教育の原点に立ち返ることを要請する。

(2)貴委員会は再三にわたって教職員に「君が代」斉唱時の起立を要求している。しかし、起立・不起立は「君が代」とその強制に対する一人一人の教職員の思想及び良心の自由に立脚した行為であり、したがって憲法に保障された人権なのであって権力はこれを侵してはならないものである。憲法19条の思想及び良心の自由とは、公権力によって個々人がどう考えているのかを察知されたり、その考えの表明を強制されない権利を含むものである。起立するかしないかの選択を迫る状況を作りだすこと自体が、憲法に保障された人権を侵していると言わざるをえない。しかも不起立の理由を述べさせ、人数・氏名を報告させるということは、処分をちらつかせての強制以外の何ものでもないことは明らかである。さらに報告書に「転入者(氏名)前任校では起立」などと記載されていることは、貴委員会が教職員を恒常的に監視している体制にあることを示している。教職員を日常的に監視することにより委縮させて、子どもたちの「生きる力」をはぐくむ生き生きとした教職員の教育活動は望むべくもない。不起立教職員の報告、点検をただちにやめるよう求める。

(3)子どもたちの「君が代」斉唱に対し、「児童の歌声が十分に聞こえた」かどうかを点検し、声が小さいのは「指導の不十分さを示す・・・・さらに改善を」と付言している。子どもたちにとっても「君が代」への思いはさまざまであり、歌えない子どもはもちろんのこと、小さな声でしか歌えないという形でその思いを表現する子もいる。宗教的な理由で歌わない子もいる。大きな声で歌うことを強制することは、この一人一人の思い、思想・信条・信教を踏みにじる人権侵害である。
 子どもの権利条約第12条は「意見を表す権利」を保障するとともに、第13条には「子どもは表現の自由への権利を有する。(中略)子どもが選択する他のあらゆる方法により、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け、かつ伝える自由を含む」とある。また、第14条は「子どもの思想・良心および宗教の自由への権利を尊重する」と規定されている。そして、国はこの条約の内容を「適当かつ積極的な手段により、大人のみならず子どもに対しても同様に広く知らせること約束する」(第42条)として、その広報の確保のために国連の子どもの権利委員会は「教育のあらゆる段階における教師および学校管理者」は研修し、子どもに周知徹底させる義務を負うとしている。しかし、貴委員会の指示は「周知徹底させるべき校長など学校管理者や教師がこども人権を侵していいのか」と反問せざるをえない状況を作りだしている。

(4)「君が代」斉唱の伴奏は「教員によるピアノ伴奏で行うよう努めること」と指示し、昨年度は「小学校10校、中学校4校で教諭等によるピアノ伴奏実施・・・・教員によるピアノ伴奏実施により一層の努力を」と付言してピアノ伴奏を督促している。貴委員会がふりかざす学習指導要領には、卒業式にピアノ伴奏せよとはどこにも書かれていない。教員一人一人に思想・良心の自由がある。卒業式にピアノ伴奏すべき義務はない。ピアノ伴奏することは子どもたちに「君が代」斉唱することを強制する圧力になる可能性が大である。教育委員会や校長には、子どもと教員の人権を侵す権限などないのは当然である以上、ピアノ伴奏の強要をやめるよう求める。

(5)「日の丸」を背に壇上で卒業証書を手渡す様式を強要することは、国家の権力の威光をもって、国歌が学業の成果を点検・認定することを表現している。憲法第26条には、こどもには「教育を受ける権利」があり、保護者は「保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う」とある。この義務を履行するために、国や地方自治体は学校等の教育施設を整備する義務を負うているのである。言い換えると、学校は親権の一部としての教育権の委任を受けているとも言える。学業の成果を点検し、子どもの成長を確認するのは本来的には保護者なのであって、国家ではない。国などの教育行政の任務は、子どもの成長を援助することであり、子どもの成長する権利を保障するために条件整備を行うことなのである。従来行われてきた「対面式」の卒業式は、子どもたちが学校生活を自ら総括し、次のステップに踏み出していく様子を保護者が確認することを保障してきたものであった。それはまさに創造的な「最後の授業」の場であった。ところが、貴委員会はいま要請されている「特色ある学校作り」の主旨にも反し、画一的でかつ創造性を認めない「最後の授業」を強制しているのである。「社会教育の本質は憲法学習である」という枚方テーゼを持つ貴委員会が、同テーゼで言う「民主主義の根本は一人一人の人間価値や権利を尊重し確立することにほかならない」という原点に立ち返るべく、「7点指導」を撤回するよう強く求めるものである。

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