広島弁護士会による警告書


東広島市立高屋中学枚
校長   
                                                2000年(平成12年)10月

                                                      広島弁護士会
                                                      会長  加藤 寛
                       警告書

 当弁護士会は、申立人 A、同 Bによる人楕救済申立事件につき調査した結果、下記のとおり警告する。


                               記


第一 警告の趣旨
  2000年(平成12年)3月11日に行われた貫校の卒業式につき、同年3月13日、貴校が行った卒業生に対する事情聴取の内容は、聴取を受けた生徒の思想・良心の自由及び意見表明権を侵害するものである。よって、二度とこのような措置をとられることのないよう警告する。


第二 警告の理由
 1 甲立の趣旨
  2000年(平成12年)3月11日に行われた卒業式において、国歌斉唱の際に着席したところ、13日に、これに関し担任教師から事情の聞き取りを受けた。これは思想・良心の自由を侵害するものであるため 、弁護士会で調査したうえ、しかるべき措置を取ってほしい。

 2 申立の概要
  申立人らは、東広島市立高屋中学校3年2組の生徒であったところ、2000年(平成12年)3月11日実施の卒業式において、国歌斉唱の際に着席した。3月13日に高校の合格証書を受け取るために登校した際、担任教師から、この着席行為が「真剣な行動だったか」などと事情の聞き取りを受けた。他のクラスの生徒も聞かれている。また、13日の夜、「聞きたいことがあるのであるので明日午前9時に登絞してほしい」という連絡がクラスの連絡網を使ってなされ、2組全員の生徒が呼び出しを受けた。結果的に 、翌14日には聞き取り調査は行われなかったが、自分たちとしては、着席問題で事情聴取を受け、強い圧迫を感じた。

 3 調査の経過
  申立人両名、申立人Bの父親、C枚長、D教頭、E学年主任、東広島教委の主事らから順次事情を聴取した。

 4 認定した寄実
(1) 高屋中学校の1999年度(平成11年度)の卒業式は、2000年(平成12年)3月11日午前9時30分から、同中学枚体育館で行われた。壇上には正面に校旗と国旗が吊り下げられていた。生徒は、前から卒業生、2年生、1年生の順で座っており、学年ごとに前から1組、2組‥・の順で座っていた。生後の後ろには父兄の席があった。地上に向かって右手には来賓の席があり、左手には教職員の席があった。
(2) 卒業式では、開式の辞に引き続き、国歌斉唱が行われた。生徒は開式の辞のときから起立したままであった。司会が「国歌斉唱」と告げたところ、2組の生徒のほぼ全員が着席し、他クラスの一部の生徒も着席をした。着席の際には、がたがたという物音がしたほか、ざわめきがあったと主張する教職員もいるが、式自体は何ら中断されることなく、滞りなく終了した.
(3) 2000年(平成12年)3月13日に行われた同中学校の学年会で、上記のような卒業式の状況が問題となった.当日は、卒業生の大部分が高校の合格通知を受け取りに登校する予定であったため、学年会は校長の指示に基づき、生徒の一部から事情の聞き取りを行うことを決定した.聞き取りを行う対象は、各クラスの代議員、班長(各クラス6名)とし、聞き取り内容は、@周りの様子はどうだったか、Aどうしてあのようになったと思うか、B真剣な行動だったか、@座った行為をどう思うか、D国旗・国歌の授業を受けたことによるものか、の5点とすることが決定された。
(4) 上記決定に従い、各クラスの担任が、登校してきたクラスの代議員、班長から事情の聞き取りをした.具体的には、各教室に一人ずつ生徒を入れ、合格証書の交付などをしたほか、聞き取りの対象となった代議員、班長に対しては、前記5点につき国歌斉唱の際の事情の聞き取りを行った.
(5) 甲立人らは、2組の代議員、班長であったところ、申立人Aは午前11時ころ、同Bは午後4時30分ころ、それぞれ担任教師から上記の方法で事情の聞き取りを行われた.
(6) 学校側は、聞き取りに対する回答を検討した結果、つられて行動した生徒が大半であると判断し、卒業生を指導するため、卒業生に連絡網を通して登校させた。卒業生に対する連絡は13日の夜、「先生から話したいことがある」との趣旨で各卒業生になされたが、2組の生徒に限っては「ききたいことがある」との趣旨でなされた.また、2組以外の各クラスの集合時間が14日の午前10時30分であったのに対し、2組は同日の午前9時に集合することとされており、2組と他のクラスとでその取り扱いに差が見られる.
(7)  14日は、各クラスの担任が、自分の考えで行動するように指導をした。その内容において、2組も他のクラスも違いはない。結局、3年2組の生徒に対し、「聞きたいことがある」という連絡がなされたが、事情聴取はなかった。                       

5 判断
(1) 争点
 本件における事情聴取の内容は、申立人らの思想・良心の由由等を侵害するか
(2) 争点に対する学校側の説明
  生徒からの聞き取りは、卒業式での静粛性が損なわれたことについて、その状況を把握するために行ったものであり、生徒の思想や内心を把握するために行ったものではない。教職員の席からは生徒の様子がよく見えなかったため、状況を把握する必要性から、個々の生徒から着席時の事情を聞くことが不可欠であった。
  聞き取り内容についても、個人の内心の自由について細心の注意を払っており、生徒が「着席したことが問題にされているのではないか」という誤った認識をもたないよう、工夫をしたものである.
  このように、本件の聞き取りは思想調査を目的とするものではなく、その内容においても思想自体を調査の対象としたものではないから、なんら思想・良心の自由を侵害したものではない。
(3) 検討
イ 思想・良心の自由
  憲法19粂は、「思想および良心の自由は、これを侵してはならない。」と規定している。ここに思想・良心の由由とは、世界観・人生観・主義・主張などの個人の人格的な内面的精紳作用を広く含むと解されている。この由由は、国民がいかなる国家観・世界観・人生観をもとうとも、それが内心の領域にとどま る限りは絶対に自由であり、国家権力は、内心の思想に基づいて不利益を課し、あるいは特定の思想 を抱くことを禁止することはできない。
  そして、国民がいかなる思想を抱いているかについて、国家権力が露顕を強制することは許されないこと、すなわち、思想についての沈黙の自由が保障されている。国家権力は、個人が内心において抱いている思想について、直接または間接に訊ねることも許されない。したがって、たとえば、江戸時代のキリスト教徒の弾圧の際に行われた「踏絵」、あるいは、天皇制の支持・不支持についてのアンケート調査のように、個人の内心を推知しようとすることは、許されない.(芦部信喜『国家と法T』90頁以下)
ロ 児童の権利条約における意見表明権、思想良心の自由の保障
  児童の権利に関する条約は、1989年の国連総会で採択され、日本も1994年にこれを批准した。
  児童の権利条約においては、意見表明権(12条)、表現の自由(13条)、思想、良心,宗教の由由(14条)、結社の自由(15条)を定めており、児童も基本的にこれらの市民的由由を保障されていることは いうまでもない。これらは、日本国憲法や、日本も批准している国際人権規約と軌を−にするものである。
  条約は、国内発効すると法律を超える強い効力を持ち、裁判においても重要な法的根拠として扱われる。文部省は、条約の国内発効にともない、文部事務次官の通知を出し、「学校こおいては、本条約の趣旨を踏まえ、教育活動の全体を通じて基本的人権尊重の徹底を一層図っていくことが大切であること」などを周知した(平6・5・20、文初高第149号,文部事務次官通知)。(筑波大学名誉教授下村哲夫「学校数務の法律常識」181頁以下(教育開発研究所))
ハ 君が代
  日の丸・君が代問題は、歴史的背景もあり、賛否が対立する問題の−つであるが、今回の国旗国歌法は、必ずしも十分な議論の末に成立したとは言いかねる面もある。このため、依然として賛否は対立したままの状況である.
  しかしながら、政府は、法案審議に際し、国旗・国歌の強制を行わないこと、さらに学校における国旗・国歌の指導も従来どおり学習指導要領に基づき国旗・国歌の意義を理解し、それを尊重する態度を育てることを目的に行われるもので、子供たちの良心の由由を制約するものではない旨、明確に答弁した
 (1999年(平成11年)6月9日衆議院本会議)。すなわち、指導はしても思想・良心の自由は保障されるのであり、このことは、前記文部事務次官通知においても、「国旗・国歌の指導は思想・良心の自由を制約するものではなく‥」とされ、従来の一貫した態度であることが認められる。
二 本件の場合
  本件は、卒業式に於ける君が代斉唱に対し、これに批判的意見を持つ生徒が着席という形でその意 志を表明したことを契機に、校長の指示に基づき、学年会が前述した5項日の調査項目を決め、実際に、各クラスの代議員・班長から事情聴取を行ったというものである。
  そこで、5つの調査項目が、調査する学枚側の主観的意図と関係なく、客観的にどのような意味内容 あるいは効果を持っているかという観点から検討してみるに、まず、「@周りの様子はどうだったか」との質問には、単に静粛性が損なわれた状態を問うだけにとどまらず、君が代斉唱に批判的態度を示した者が誰であるかを明らかにさせる面があること、次に、「あどうしてあのようになったか」との質問には、君が代斉唱に批判的であることの理由を問う面があること、「B真剣な行動であったか」との質問には、君が代斉唱にどれだけ批判的であるのか、その程度を問う面があること、「C座った行為をどう思うか」 との質問には、君が代斉唱に批判的であることの是非を問う面があること、最後に「D国旗・国歌の授 業を受けたことによるものか」との質問は、君が代に対して批判的意見を形成した原因を問うものであること等々の意味内容が含まれていることを否定することはできず、全体として、これらの質問を受けた生徒に対し、君が代ないし君が代斉唱に批判的であることは好ましくないとの印象を与えつつ、君が代 に対する主義・主張を告白を迫るものと評価せざるを得ない。付言すると、精神の発育途上にある中学3年の生徒が、君が代斉唱という個人的価値観を問われる場面で、自らとった行動に対し、先のような質問を受けたならば、将来同様の問題に直面した時の判断・行動に萎縮的影響が生じるであろうことは容易に想像できる。そのような悪影響は避けられなければならない。
  ところで、この点について、学枚は、「生徒の思想や内心を把握するために行ったものではなく、卒業式という儀式の場で静粛性が損なわれたことにつき、その状況を把握するために行ったものである」と弁明している。
  確かに、学校において、現実に、卒業式という儀式の場で静粛性が損なわれるような事態が発生したとすれば、生徒に対する教育上の観点から、その状況を把握して生徒を指導する目的で、学校が生徒に対する聞き取り調査を行うこと自体は許されると考えられる。
  しかしながら、その場合であっても、本件は君が代斉唱に関する問題であるところ、君が代問題は個人の思想・信条に直接関係する問題であり、思想・信条の自由とりわけ沈黙の自由は絶対的に保障されるべきものである。したがって、学校側の聞き取り調査は、これに抵触するようなことがあってはならない。
  これを本件についてみると、本件で質問された5項目は、前記の通り、学校の意図がどこにあろうとも 、客観的には思想調査としての内容・効果を持つものと言わざるを得ない。したがって、本件の聞き取り調査は、学校が主張する調査目的を前提としてもなお、思想・信条の自由及び意見表明権を侵す違法なものであると認められる。
 なお、学校は、3年2組の生徒全員に対しては、3月14日にも、さらに聞き取りを続行しようとしていたことが認められ、そうなれば、より強い人権侵害が行われていたことになるが、未然に中止された。   

6 結論
  よって警告の趣旨記載のとおりの警告をする。

                                                            以上


全国各地の情報にもどる