子どもの権利条約に基づく第2回日本政府報告に関する日本弁護士連合会の報告書 2003.6.1 日本弁護士連合会 「日の丸」「君が代」が、学校行事の中で強制され、子ども達の内心の自由が侵す結果が生じている。そのような侵害を防止する具体的な措置を取るべきである。 「心のノート」は、・・・教育内容に対する不当介入にあたるおそれがあり、その内容も道徳心や愛国心等を一定の価値に基づいて教えようというもので、子どもの思想良心の自由にも触れるおそれがあるから、その使用を直ちに中止すべきである。 |
日本政府は、2001年11月、子どもの権利条約に基づき、第2回政府報告書を作成し、国連子どもの権利委員会に提出しました。2003年6月1日、日弁連は、この政府報告に対して、子どもの権利条約を遵守する立場から厳しく批判する膨大な報告書を作成しました。ここでは、学校現場への「日の丸・君が代」強制、「心のノート」の問題に関する部分だけ抜粋したいと思います。日弁連は、どちらも子どもたちの「思想・良心の自由」「内心の自由」を侵すおそれがあると、厳しく批判しています。 全文は、日弁連HPから読むことができます。 |
D 思想、良心および宗教の自由(14条) 1 国旗・国歌法の制定により、国民の間で大きく意見の分かれる「日の丸」「君が代」が、 学校行事の中で強制され、子ども達の内心の自由が侵す結果が生じている。そのような 侵害を防止する具体的な措置を取るべきである。 2 学校において子どもに対して実施されている各種アンケート調査の中に思想・信条を 問うものがあるか否かを調査し、内心の自由を侵すものがあれば、これに関するアンケ ートを行うことをやめるべきである。 3 学校において、宗教的儀式への参加を強制したり、子どもが信仰上の理由から参加で きないカリキュラムに対しては、代替的カリキュラムを用意するなど、宗教の自由を保 障すべきである。 132.1 1997年報告書で日本弁護士会連合会は、「日の丸」を国旗、「君が代」国歌とすることについては、第二次世界対戦前の軍国主義との結びつきが強いとする反対意見が根強くあり、国民の間で大きく意見が分かれているにもかかわらず、政府は学校行事で「日の丸」を国旗として掲げ、学校行事で「君が代」を国歌として歌うことを「学習指導要領」により求め、1989年には、これを義務づけするに至ったこと、そのため、生徒・児童は、その思想信条に関わりなく、「日の丸」を掲揚したり、「君が代」を斉唱する行事への参加が強要され、思想及び良心の自由が侵害されていることを指摘し、これを学校行事の中で強制することをやめるべきであるとの提言を行ったが、事態はさらに進行している。 133.2 政府は、「日の丸」「君が代」を学校行事において、子どもに強制することは、内心の自由を侵害することになるからできないとしつつも(村山内閣見解)、学習指導要領に基づき卒業式や入学式で国旗掲揚、国歌斉唱を行い、教師はこれを子ども達に指導する義務があるという。教師と子どもの関係が対等でないことは自明のことであり、「日の丸」掲揚や「君が代」斉唱の指導は実質的には強制以外のなにものでもない。総論では子ども達や教師の内心の自由を尊重するが、各論においてこれを侵害するという矛盾した姿勢と言うべきである。 134. このような状況のもと、1999年2月28日、広島県立のある高校の校長が「日の丸」「君が代」の卒業式における実施をめぐって自殺するといういたましい事件が発生した。広島県教育委員会は、文部省の指導に沿って、卒業式での「日の丸」「君が代」の完全実施を異例の職務命令の形で県下の各学校長に命じた。その結果、この高校では、「強制」に反対する教師らと校長との間で実施をめぐる話し合いが連日行われる事態となった。その最中に起きた事件であった。 135. 政府は、この事件を「日の丸」「君が代」が、法制化されていないが故に発生した悲劇だと、強引に結び付け、急遽法制化に向けて動き、同年8月9日、国旗・国歌法を成立させた。政府は、立法過程において、法制化は、「各人の内心に立ち入って強制」するものではないと明言しているが、法制化の結果「日の丸」「君が代」が国旗・国歌とされたことによって事実上の強制が全国に及びさらに徹底することとなった。例えば、2000年3月11日、広島県内の市立中学校の卒業式の際、生徒2人が「君が代は歌いたくない。僕らは抗議したい」と発言して座り、他の大半の生徒もそれに続くという事態が発生したが、学校側は、これを問題視し、卒業生の一部に拒否した理由についての事情聴取を行ったうえ、翌日全員を呼出し「他の人につられて座ったのはよくない」と説諭し、明らかに生徒の内心の自由への介入を行った。この事情聴取については、広島県弁護士会に人権救済の申し立がなされ、同弁護士会は、2000年10月、生徒の思想・良心の自由及び意見表明権を侵害するものとして学校に対して警告を発している。 136. このように、「日の丸」「君が代」の強制に反対する子ども達や教師のささやかな抵抗が全国的に発生している。弁護士会に対しても、前述の広島県をはじめ福岡県、椅玉県、北海道において人権救済申立がなされ、各地の弁護士会が人権侵害の恐れありとして勧告や要望を出すというゆゆしき状況が続いている。 137. 1996年、「君が代」斉唱を拒否した北九州市の教員たちが、北九州市教育委員会から戒告や減俸処分を受け、処分の違法を争う訴訟を起した。この裁判は、北九州市が推進した、@国旗掲揚の位置はステージ中央、A式次第に国歌斉唱を入れる、B国歌斉唱は教師のピアノ伴奏で子どもを含む全員が起立して心を込めて歌う、C教員は全員が参加、という極端な指導に対する教師だけではなく、子ども達への強制に反対する教師の行動が許されるかどうかという心の裁判とも言えるものであった。しかし、裁判所は、最高裁判所を含めて、教師の請求を退け、救済を拒んだが、福岡県弁護士会は2000年6月に、人権侵害として警告を発した。学校側の主張は、「教師は学習指導要領に従って生徒に対して範を示さなければならない」というものであり、このような教師に対する思想及び良心の自由の制限を伴う義務付けは、子どもに「日の丸」「君が代」を強制することを防ぐ、教師の活動を妨げ、子どもたちへの強制を容易にする重要な手段と化している。 138. 1998年には、埼玉県立所沢高校において、「日の丸」「君が代」に対する考え方から学校側が主催する入学式への出席を拒否しようとしていた多くの生徒と保護者に対して、入学式に出席しなければ入学が許可されないかのごとき誤解を与える学校長と埼玉県教育長名の文書が校長により配布されるという事件が起きた。これに対しては2001年1月に日弁連が生徒の思想及び良心の自由の侵害にあたるとして改善の要望を出している。 G学校教育の内容等について 1 政府や教育委員会は、教師の自主的研究に基づく授業計画に介入するなど、教育内容 に対する不当な支配をやめ、教師の教育研究の自由を保障すべきである。 2 「改正」学校教育法に基づく社会奉仕体験活動が、子どもの自発的意思に基づくべき ボランティア活動の強制とならないよう配慮すべきである。 3 文部科学省が道徳の補助教材として全国に配布した「心のノート」は、著者も編者も 明らかでない文書を文部科学省が一方的に作成して使用を強制しようとしているもので あり教育内容に対する不当介入にあたるおそれがあり、その内容も道徳心や愛国心等を 一定の価値に基づいて教えようというもので、子どもの思想良心の自由にも触れるおそ れがあるから、その使用を直ちに中止すべきである。 383.1 我が国においては、教育基本法10条1項が、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われる」と定め、教育内容に対する行政権力の不当・不要の介入は違法とされる一方で、企教育の教育内容の大綱的基準を定めるものとして文部省が学習指導要領を定めており、併せて、学習指導要領に基づいて行われる教科書検定制度などの教材に関する基準も設けられている。このような中で、教師の自主的な教育研究活動に基づいて授業計画を立案し、使用する教材を選択しようとする際に、当該教師に対して行われる行政指導や命令が、教育基本法10条1項の禁ずる教育内容への「不当な支配」に当たり、当該指導や命令は違法で効力がないと問題となることが繰り返されてきている。 このような学習教材の使用をめぐって、教師の自主的な教育研究機関が作成した「小学校近代現代史授業プラン(試案)・学習資料」に関して、宮城県教育委員会が、理由を明確に示すことなく、授業におけるその教材の使用を全面的に中止する指導を行った事案において、人権救済申立を受けた仙台弁護士会は、教師の自由な教育活動を萎縮させ、教師の研究と教育の自由を阻害し、教育基本法10条1項の「不当な支配」に該当し、憲法、子どもの権利条約の定める子どもの教育を受ける権利を侵害するとして、同県教育委員会に対し、憲法、子どもの権利条約及び教育基本法の趣旨を踏まえ、教師の研究と教育の自由及び子どもの教育を受ける権利を十分専重した行政指導を行うよう求める「勧告」を行っている(1999年2月22日)。 384.2 文部科学省は、前述のとおり、教育改革国民会議の最終報告で「奉仕活動を全員が行うようにする」とされたのを受けて、2001年に学校教育法の「改正」を行ない、「社会奉仕体験活動」を、学校教育において行うことを定めた。この実施・促進方法について諮問を受けた中央教育審議会は、2002年7月29日に「青少年の奉仕活動・体験活動の推進方策等について」とする答申を行った。 この内容は、青少年の奉仕活動・体験活動を通して個人の豊かな人生と新たな「公共」による社会を目指すとし、初等・中等教育段階の青少年および18歳以降の青年や勤労者の個人の奉仕活動・体験活動の奨励・支援のための方策、奉仕活動・体験活動を社会全体で推進するための社会的仕組の在り方や社会的気運醸成の方策等を示すものであるが、そもそも「奉仕活動」の定義付けにおいて、自発性を要件とする「ボランティア活動」を含むが、その範疇は「ボランティア活動」より広く、活動の「きっかけ」において必ずしも自発的でない場合も含むというものであって、学校教育では、一定の義務づけや強制を伴うものであっても、子どもに「奉仕活動」をする「きっかけ」を与えることが大切だとの認識の下に答申がなされていると窺えるものであった。 385. また、具体的な推進策の提言においても、初等・中等教育課程での学校内外の奉仕活動の推進方策として、@活動のコーディネートの窓口や保護者・地域の関係者等による学校サポート委員会(仮称)を設けるなど、自発的活動を支援する方策のほか、A調査書においてボランティア活動等の有無を記載する欄を充実させる、推薦入試においてボランティア活動等の経験についてレポートさせるなど高校入試においてボランティア活動等を積極的に評価する選抜方法等を工夫する、活動の実績を記録・証明する「ヤングボランティアパスポート(仮称)」を作成し、高校における単位認定や、大学入試・就職の際の評価への活用をはかるなどとされている。しかし、上記Aの方策については、「ボランティア活動」への子どもの自発性を育てることに繋がらず、子どもに義務感や負担感を与えたり、「ヤングボランティアパスポート」のような評価・証明制度による「良い子競争」に駆り立てることになることが懸念されている。 このように、「ボランティア活動」という自発的な活動を、学校教育段階では強制の契機があっても稀わないという形で、「奉仕活動」の精神を教化する教育活動が学校教育において奨励されようとしている。 386. 3 「心のノート」について (1) 2002年4月、文部科学省は、道徳の補助教材という位置付けで、「心のノート」なるものを私立も含めた全国の小中学生全員に配布した。今後も配布する予窟である。文部科学省によると、「児童生徒が身につける道徳の内容を分かりやすく表し、道徳的価値について、自ら考えるきっかけとし、理解を深めていくとこができるような児童生徒用の冊子・・「心のノ←ト」は、道徳の時間のみならず各教科等の授業で活用したり、生活ノートとして使用したりするとともに、家庭との架け橋ともなるようなものとしています」というものである(平成13年度 文部科学白書)。 (2) その問題点 @ 使用の強制 387. 文部科学省は、この使用は各教育委員会ないし各学校長の判断でするものと答弁している(2002年8月29日、参議院決算委員会)が、2002年7月には、全国各教育委員会に対し、配布状況の調査をさせ、さらに、今後は活用状況を調査する予定である旨付記した。つまり、事実上使用が強制されているのである。 388. A 「心のノート」は教科書でも副読本でもなく、補助教材というが、実態は使用を義務付ける「国定教科書」である。 我が国の教科書制度は、国定教科書で行われた戦前の教育を反省し、各地域教育委員会の採択制度を取っている。また副読本等の使用も各教育委員会への届出や許可にかからせている。それをも無視して、文部科学省という国の機関が一斉に配布(前述したように事実上使用を強制)した事実上の国定教科書である。しかも、このノートは、誰が執筆したか明記されておらず、発行「文部科学省」とだけ記載された無責任なものである(学校教育法21条で、我が国の教科書は、文部科学大臣の検定を経たものと文部科学省が著作の名義を有するものに限定されている)。 389. B「心のノート」は色々の考え方があるとしながら、最終的には一定の人間の生き方や価値(善・正義感・道徳心・愛国心等を持つべき)を示す教えが入っており、それに沿う答えをするような仕掛になっている。つまり、教育内容にかかるものの配布であり、国家の教育内容不介入を定めた教育基本法10条に違反する。 道徳や正義感・愛国心など「心」の問題を教育する必要があるとしても、それはそれぞれで違うものであり、そもそも学校教育いわんや国が一定の価値に基づいて一斉に教えるべきものではない。 390. C 一定の人間の生き方や価値を示す教え、それに沿う答えを求める「心のノート」であるが、これを学んだ子どもに、自分の気持ちや感じたことを書かせる仕組みになっている。これは、憲法で保障する基本的人権(思想良心・表現・学問・信教の自由等)を侵害するおそれが大である。「個人の基本的自由を認め、その人格の独立を国政上尊重すべきものとしている憲法の下においては、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入、例えば、誤った知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制するようなことは、憲法26条、13条の規定上からも許されないと解することができる」(1976年旭川学テ最高裁大法廷判決)。また、子どもの権利条約13ないし16条に反するものでもある。 391. @ 内容的にも、「まず、ルールありき」であり、権利や自由という基本的人権のもつ意味を十分に理解させるものではなく、「権利には義務が伴う」と権利と義務をセットにして記述しているため、基本的人権の意味をむしろ誤解させ、結局基本的人権を否定的に解させるようなものとなっている。ル←ルとは自分たちで作るもの(参加)という視点も、少数者の権利(多文化共生も含め)という視点も、また批判する権利という視点も皆無である。 392. E なお、2002年4月から、福岡市の相当数の企立小学校では、既に「愛国心」が評価の対象になっている。小学校6年生の通知表の社会科の観点項目の中に、「わが国の歴史や伝統を大切にし国を愛する心情をもつとともに、平和を願う世界の中の日本人としての自覚をもとうとする。」という項目が盛り込まれ、学期ごとに学習到達度に応じてABCの3段階で評価される。これは福岡市校長会の企簿委員会が通知表のモデル案を作成し、福岡市内の全小学校(144校)中ほぼ半数にあたる69校の校長がモデル案を採用したものである。モデル案を採用しなかった学校の通知表の印刷費はその学校の負担なのに対して、モデル案を採用した学校の印刷費は福岡市教育委員会が負担するというおまけもついていた。これを疑問視したいくつかの市民団体が、福岡県弁護士会に人権救済の申立等を行っている。念のためいえば、これらの公立小学校には、日本国籍外の子どもも相当数学んでいる。子どもの権利条約29条1項(c)(d)(互いの文化・価値等の尊重)の観点はまったくない。 |