2002年(平成14年)3月28日 高槻市教育委員会 教育長 溝口重雄殿 大阪弁護士会 会長 水野武夫 勧告書 高槻市立芝谷中学校の教員である山本博樹氏より当会に対し、人権救済の申立がありましたので、当会人権擁護委員会において調査しました結果、貴委員会に対して、以下のとおり勧告します。 第1 勧告の趣旨 貴委員会は、2000年(平成12年)3月10日に高槻市立芝谷中学校で行われた卒業式における国歌「君が代」斉唱の際、同校教員である甲立人山本博樹氏が「歌いたくないので退席します」と発言して、国歌斉唱が終了するまでの間のみ、式場から退席したことについて、同人に対し、同年7月19日、文書訓告を行い、また、同日、同訓告の事実を記者クラブにおいて公表しました。 この文書訓告と記者会見による公表は、申立人の思想及び良心の自由、表現の自由など同人の人権を侵害するおそれがあり、ひいては生徒や教職員に「君が代」の斉唱を強制する効果をもたらすものと認められます。 貴委員会において、今後、学校における国歌「君が代」斉唱の実施や指導にあたっては、教育現場の管理者、教職員、生徒、保護者らが、それぞれの思想良心の自由を尊重しつつ、円滑な式典が挙行できるよう、十分な話し合いや調整を行える環境づくりを図ることに力を入れ、職務命令や文書訓告とその記者会見による公表などの一方的な方法により、「君が代」の斉唱を生徒、教職員に強制し、その思想良心の自由を侵害することのないよう慎重な取扱い、指導をされるよう勧告します。 第2 勧告の理由 1 申立の概要 (1) 2000年(平成12年)3月10日に、高槻市立芝谷中学校で行われた卒業式における国歌斉唱時に、同校教員である申立人が、「歌いたくないので退席します」と発言して、式場から退場したことを理由に、高槻市教育委員会が、申立人を同年7月19日付で文書訓告処分をしたが、これは人権侵害にあたるので取消されるべきである。 (2) 高槻市教育委員会は、上記の文書訓告は、懲戒処分ではないとしながら、記者クラブを通じて新聞発表したことは、申立人の人権を侵害するから、申立人に謝罪するべきである。 2 当会が認定した事実 (1) 申立の概要(1)の事実について 1 本件の卒業式は、同校体育館において挙行され、父母ら保護者が先に着席した後、卒業する3年生が1組から順次入場し、1組を最前列に、2組以降順次着席した後に、開始された。生徒の入場開始から式が開始されるまで、比較的短い時間でなされた。 2 同校教頭が、式次第に則り開式宣言をし、「一同起立」の声で全員が立った後、ついで国歌「君が代」斉唱を行うため、教頭が「国歌斉唱」と発言した直後、申立人は、「歌いたくないので退席します」とのみ発言し、式場より退席した。 3 申立人の発言に続いて、2組(2列目)の生徒がいるあたりから生徒が着席しはじめ、3組以降もかなりの人数の生徒(約3分の2程度)が着席した。申立人の発言は、会場全体に聞こえるほどのものではなかったが、ある程度の範囲には聞こえる程度のものであった。 発言内容は、上記のとおり「歌いたくないので退席します」と言ったのみで、自らの退席の理由を告げたにとどまり、訓告で指摘されているような「国歌の斉唱に抗議する旨発言したもの」とは認定できない。 4 申立人は「君が代」斉唱が終わると、直ちに式場に戻り、校長が生徒一人一人に授与した卒業証書をステージの下で受け取る仕事を担当し、式典の進行に協力した。 なお、申立人は3年生の3,4,8,9組の公民の授業を担当していたが、2組は担当しておらず、最初に着席しだした2組の生徒とは直接の関係がなかった。 したがって、多くの生徒が「君が代」斉唱の際に着席した行為は、前列の2組の生徒が着席した行為に影響されたものか、もしくは自己の意思で着席したものと判断されるので、申立人の発言と生徒らの着席との間に直接の因果関係があったとは認められない。 5 校長の報告書によれぱ、「君が代」斉唱の間も、生徒・保護者とも混乱はなく、その後の式典も、式次第に沿って厳かにさわやかな緊張の中で執り行われ、式自体が混乱したという事実はなかった。 6 高槻市教育委員会は、同年7月19日、申立人が、卒業式において「校長から事前の許可を受けることなく、国歌の斉唱に抗議する旨発言した後、式場である体育館から退場した」ことが、校長の職務に対する協力義務及び職務専念義務(地方公務員法第35条)に違反するとして文書による訓告を行った。 7 地方公務員法第29条には、懲戒処分として戒告、減給、停職または免職が規定され、これらは当該公務員に対して不利益な効果を与える懲戒処分である。これに対し、文書訓告は、具体的な不利益を伴わず、人事記録カードにも残らない服務上の措置であるとされている。 8 「君が代」については、学習指導要領では「入学式や卒業式においては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」と定められている。 また、平成11年8月には、「国旗及び国歌に関する法律」が国会で成立し、その第2条で「国歌は「君が代」とする」と定められた。 (2) 申立の概要(2)の事実について 1 高槻市教育委員会は、申立人を平成12年7月19日文書訓告とし、同日記者クラブにおいて、文書訓告の事実を公表した。ただし処分対象者の氏名は特定せず、高槻市内の中学校の教諭であること、及び性別、年齢を明らかにして文書訓告の事実を記者発表したものである。 2 上記文書訓告の事実は翌日の7月20日に、読売新聞、毎目新聞、産経新聞等に掲載された。 3 当会の判断 (1) 「君が代」の斉唱の強制は教職員、生徒の思想良心の自由を侵害するおれがある。 「君が代」は、戦前の天皇制において侵略戦争のシンボルとして果たした歴史的な経緯などから、それを国歌と扱い、敬意を表することについて、国民の間でさまざまな意見がある。政府は、前記の国旗及び国歌に関する法律の審議にあたり、「君が代」の「君」は「目本国憲法に規定された国民統合の象徴としての天皇」であるとの新たな見解を示したが、かかる解釈をとるとしても、なお「君が代」の歌詞は国民主権という憲法の基本原則にふさわしくないとする意見がある。その意味で、「君が代」の斉唱を行なうか否かは個人の思想良心の自由、表現の自由にかかわることで、「君が代」を歌わない自由、「君が代」斉唱に対して敬 意を表したくない自由があり、それを強制することは、思想良心の自由、表現の自由を侵害するおそれがある。 したがって、国会審議においても、総理大臣が、「学校教育における国旗・国歌の指導と児童・生徒の内心の自由との関係」について、「我が国の国民として、学校教育におきまして、国旗・国歌の意義を理解させ、それらを尊重する態度を育てることは極めて重要であることから、学習指導要領に基づいて、校長、教員 は、児童生徒に対し国旗・国歌の指導をするものであります。このことは、児童生徒の内心にまで立ち至って強制しようとする趣旨のものでなく、あくまでも教育指導上の課題として指導を進めていくことを意味するものでございます。この考え方は、1994年に政府の統一見解として示しておるところでございまして、国旗・国歌が法制化された後も、この考え方は変わるところはないと考えます。(1999年7月21日衆議院内閣委員会内閣総理大臣・小渕恵三)」と明らかにしている。 (2) 本件退席行為に対する文書訓告とその記者発表は、生徒や教職員の起立斉唱の強制をもたらす。 1 「君が代」を歌わない自由について 本件では、申告人は、式典における起立による「君が代」斉唱を、自らの思想良心の自由に反するものとして、退席したものである。 「君が代」を国歌と定める前記の法律の制定過程における政府答弁などからは、この法律制定により国民に「君が代」の斉唱が強制されるものでないことが明確にされている。これは教職員においても同様の自由が保障されていると考えるべきである。 政府は、国会審議において「起立をしなかった、あるいは歌わなかったといったような児童生徒がいた場合に、これに対しまして事後にどのような指導を行っていくかということにつきましては、まさに教育指導上の課題として学校現場に任されているわけでございますけれども、その際に、御指摘のように、単に従わなかった、あるいは単に起立をしなかった、あるいは歌わなかったといったようなことのみをもって、何らかの不利益をこうむるようなことが学校内で行われたり、あるいは児童生徒に心理的な強制力が働くような方法でその後の指導等が行われるということはあってはならないことと私ども思っているわけでございます。したがいまして、学校全体の教育活動を、また式の進行全体を著しく妨害するといったようなことは別にいたしまして、今御指摘のような点につきましては、各学校におきまして、あくまでも教育上の配慮のもとに、校長のもとに全教職員が一致した適切な指導をしていただくように私どもとしてもお願いをしてまいりたいと思っております。(1999年7月21目衆議院内閣委員会文教委員会連合審査会政府委員)」と指導のありかたを明らかにしている。これは、指導にあたる教職員においても同様のことが求められる。 ところで、「君が代」斉唱が、生徒や教職員、保護者の理解を得ないままに、卒業式などの式典で実施されたときに、それを是としない生徒や教職員、保護者が、「君が代」斉唱の強制を拒否し、自らの思想良心の自由を守る行動として、起立したまま歌わないことや起立しないで着席すること、又は斉唱時に退席する ことがある。 確かに、「君が代」の斉唱に際して、生徒や教職員、保護者の一部が起立しないで着席している行為や退席する行為は統一された式典の進行を是とする立場からは批判されるであろうが、思想良心の自由を守るために、斉唱を行う人たちの行為を妨害しない消極的な形で、双方の思想良心の自由を確保しようとする行動ともいえる。 「君が代」斉唱が、右のような性格をもつものである以上、生徒、教職員、保護者の各人の思想良心の自由を尊重しつつ、円滑な式典の挙行をどのようにはかるかについては、事前に、各学校において学校管理者、教職員、生徒、保護者が十分に話し合いの場をもち、双方の立場を理解したうえで、「君が代」の斉唱を実施するかどうか、実施する場合の方法などが慎重に検討されるべきである。 2 処分と公表による教職員、生徒、保護者への萎縮効果と「君が代」斉唱の強制 ところが、本件においては、貴委員会は、「校長の事前の許可を受けることなく、国歌の斉唱に抗議する旨発言した後、式場である体育館から退席した行為は、卒業式を円滑に実施すべき校長の職務に対する協力義務に違反するとともに、地方公務員法第35条の職務専念義務に違反するもの」「学習指導要領に基づく卒業式の実施方法にかかる学校の教育方針への信頼を損ないかねないものであり、教育公務員としての信用を失墜させる」として文書訓告を行い、その訓告の事実を記者会見を開いて公表した。確かに、生徒と保護者と異なり、式典を主催する学校側の一員たる教職員が式場からの退席という行為に及ぶことは職務専念義務に反するおそれがないとはいえない。 しかし、本件で、申立人の行為により式の混乱はなかったにもかかわらず、文書訓告が強行され、懲戒処分に到らない事実上の処分をあえて記者会見を開いて公表したことを見ると、貴委員会が、その管轄する学校の全教職員に「君が代」斉唱に協力させるために、「君が代」斉唱を行わない教職員に対して強圧的な態度でのぞみ、それを実現するという姿勢であることは明らかである。このような強圧的な方法は、学校現場において、校長をはじめとした管理者を現場と行政の板挟みにし、教育現場での理性的な話し合いの環境を阻害する結果となる。また、この処分とその記者会見による公表は、教職員に対して、「君が代」の斉唱に対して協力的な態度をとらないと処分されるということを見せしめとして周知するもので、「君が代」を歌わない自由に対する著しい萎縮効果を招く。 また、この処分と公表は、生徒や保護者に対しても、「君が代」の斉唱を強制する効果をもたらすものである。前記の国会での政府答弁は、「(生徒が)単に従わなかった、あるいは単に起立をしなかった、あるいは歌わなかったといったようなことのみをもって、何らかの不利益をこうむるようなことが学校内で行われたり、あるいは児童生徒に心理的な強制力が働くような方法でその後の指導等が行われるということはあってはならない」としているが、この処分と記者発表という方法は、生徒にも「「君が代」の斉唱を拒否することは悪いことである」との印象を与え、「君が代」斉唱に従わない行動が不利益をこうむるおそれを認識させる効果をもった。 したがって、この文書訓告と記者会見による公表は、申立人の思想及び良心の自由、表現の自由など同人の人権を侵害するおそれがあり、ひいては生徒や教職員に「君が代」の斉唱を強制する効果をもたらすものと認められます。 3 話し合いの環境づくりが教育委員会の役割 本来、学校現場で、生徒、教職員、管理者、保護者がそれぞれの立場を尊重し、「君が代」の歴史や意義を自由に意見交換をしあいながら、それぞれの思想良心の自由を侵害しないような式典の持ち方を話し合い、円滑な式典の実施が行える環境づくりを進めていくのが教育委員会の役割であり、今回の処分と記者会見は、それに逆行するものであったと考える。 国会審議においても、有馬文部大臣は「私は、教育というのは根本的に先生と児童生徒の信頼関係であり、またそれを生み出すのは先生方同士の信頼関係だと思っています。ですから、職務命令というのは最後のことでありまして、その前に、さまざまな努力ということはしていかなきゃならないと思っています。ただ、 極めて難しい問題に入っていったときに最終的にはやむを得ないことがあるかもしれませんが、それに至るまでは校長先生も、また現場の先生方もよくお話し合いをしていただきたいと思っています。(1999年8月6日参議院国旗及び国歌に関する特別委員会文部大臣・有馬朗)」と述べ、職場での話し合いの重要性を指摘 している。 そこで、勧告の趣旨のとおり勧告を行うものである。 |