都教委の「日の丸・君が代」強制強化の10.23「通達」
       人権蹂躙あり、脅しありなど戒厳令下の東京の学校 
                                              東京 教員A
                                                 2003.2.6



<10月23日の教育委員会の事>

 この日、朝からたくさんの人が都庁第二庁舎で開かれる教育委員会に詰めかけていた。委員会を傍聴するためである。この日の教育委員会で「日の丸・君が代」についての「新実施指針」が出され決定することになっているからだ。傍聴席は約3倍の倍率で抽選となった。あたった人の表情は真剣であった。未だかつてない問題の多い「実施指針」が出されることになっている緊迫した情勢がこの日の委員会であった。ところが、委員会が開かれるやいなや議論らしい議論もなく、ものの10分も経たないうちに決まってしまったのである。一人の委員が言った。「こんな当たり前のことを決めなければならないとは情けない」と。そしてアメリカの軍人から松井が非常に礼儀正しい事を聞いたとの事、そこから次のように話が結びつく。「松井がアメリカで活躍できたのはアメリカの国旗・国歌に敬意を表したからだ」と。言うまでもなく松井が活躍できたのはアメリカ「国旗」や「国歌」の恩恵ではない。このようなデマゴギーを「公」の場で、恥ずかしくもなく言ってしまう。本人は何の矛盾も感じていないようではあるが、このような「非論理的」議論で、重大な「通達」が決められていく事の「非常識」を我々はどのように考えればよいのだろうか。教育委員の質の悪さを嘆く事も必要だが、ここでは合理的な議論がされないままに決定されていく仕組みを糾弾しなければならないだろう。ここでは最初から結論が決まっていたのである。そのために屁理屈だけで終始したのである。自立的で民主的であるはずの教育委員会制度は、ここでは形骸化しており、ほんの一握りの権力者のための規則や通達が、ほとんど議論されることもなく作られていく仕組みがここにある。これはもう右翼的な教育行政を押し通していくためのトンネル会社みたいなものなのである。民主主義制度の仕組みとして作られたものが、こうも無惨に形骸化されて、しかも右翼的な施策が民主主義制度の流れ作業の中で作られていく仕組みの一端をここに見るのである。


<「日の丸・君が代」対策本部の設置と天皇制ファシズムの復権>

 2003年5月22日、都教委は「日の丸」掲揚・「君が代」斉唱の詳細な実施状況を、市町村・都立学校ごとに公表した。この資料には「日の丸」掲揚の場所なども掲載されており、プレス発表が行われ、同時に都教委のホームページでの公開も行われた。この様な実施状況の公表は異例のことであった。明らかに、校長へのプレッシャーを意識していた。この調査が嚆矢であった。この後、都教委は「日の丸・君が代」の強制強化を行う。
 7月8日、「都立学校等卒業式・入学式対策本部」の設置がプレス発表された。検討事項として、実施状況調査・実施指針・教職員の服務・式への教育庁職員の出席などが掲げられていた。そして、翌9日には「対策本部」第1回会議が開催された。この時の会議資料を市民運動が情報公開請求を行った。出てきた「都立学校における『国旗・国歌』の現状と課題」と題する次の資料に驚かされた。

「1 『国旗・国歌の適正な実施』と学校経営上の意義
『 都立学校における「国旗・国歌の適正な実施」は、学校経営上の弱点や矛盾、
 校長の経営姿勢、教職員の意識レベル等がすべて集約される学校経営上の最大の
 課題であり、この課題の解決なくして学校経営の正常化は図れない』」


 この文章は、学校経営の全てが「日の丸・君が代」の「正常」な実施に「集約される」とするもので、戦前の「教育勅語」が全て天皇に集約される、としているのに似ている。むしろ、天皇を「日の丸・君が代」に置き換えたと言ってよいのではないだろうか。さらに驚くことに、この文章からは「教育」の言葉が消えている。代わりに「学校経営」の言葉が使われている。しかし、「教育」と「学校経営」は同義語ではない。「教育」が、自ら成長していく手助けであるならば、「学校経営」は管理し統制する権力であるといってよい。「日の丸・君が代」というのは、そうした管理・統制する権力の「権化」なのである。その意味では、この文章はファシズムの「宣言書」ともいえるのである。
 この時情報公開された「資料」には更に次のものが含まれていた。

「2 都立学校の国旗・国歌の実施状況から見る課題
(1)国旗の式典会場正面壇上掲揚
 2002年度卒業式78校〈200校〉、2003年度入学式82校〈185校〉
(2)フロア形式で実施
2002年度卒業式 4校、 2003年度入学式 1校
(3)式次第に「国歌斉唱」と記載しない。
2002年度卒業式3校、2003年度入学式1校
(4)その他
 @「内心の自由」等の説明により、式の適正な実施を妨げる。
 A教員の起立の状況
 B都議会議員を招待しない。
3 反対行動における教職員の態様
(1)長時間の職員会議、(2)職員会議で「国歌斉唱」を除いた式次第に固執、
(3)司会を拒否する、(4)その他
4 完全実施に向けた具体的課題   <約20字×約7行 非開示(墨塗り)>
5 校長の意識・姿勢 < 内容空欄 >
6 全校・全課程の卒業式に都庁職員を派遣
 (1)職務内容、(2)出席者、(3)派遣体制
7 卒業式・入学式の実施後の調査
 1.調査方法、2.調査項目、3.調査結果の公表、
 4、調査結果に基づく指導」


 この資料から、都教委が「日の丸」の正面壇上掲揚だけでなく、「内心の自由」の説明・フロア形式の否定、教員の起立・斉唱の強制、等を強行しようとしている事が明らかになった。この都教委の強硬姿勢が校長に伝えられたのは9月9日の校長連絡会であった。この時、都教委が校長たちに対して、「あらゆる支援はするので、自殺はしないように」
と発言したのであった。背筋を寒くした校長も多かったに違いない。同時に10月に国旗・国歌に関する厳しい内容の新実施指針を出す意向を伝えたのである。


(10月23日に出された都教委の「新実施指針」の異常さ)

 10月23日に出された「新実施指針」は次の内容なのである。まず、これは「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について」と題した「通達」として出されたものである。この「通達」は「通知」に比べより強制力が強い。そして、「新実施指針」は、この「通達」の「別紙」として添付されており、その実施が本文で示されている。また、本文では次の二点が重要な項目として示されている。
 第一は、「学習指導要領に基づき、入学式、卒業式等を適正に実施すること」。従って、法的根拠を「学習指導要領」としている点が注目される。しかし、この「新実施指針」は、「学習指導要領」を逸脱していることは言うまでもない。
 第二は、「国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり、教職員が本通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は、服務上の責任を問われることを、教職員に周知すること」としている。この項目は、通達違反は「処分」する、と明示し脅しをかける効果を狙った項目である。その後の都教委の発言等を聞いていると違反者は必ず「処分」するのだそうだ。
 次に別紙「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針」の内容は次である。

「1 国旗の掲揚について
 入学式、卒業式等における国旗の取扱いは、次のとおりとする。
 (1) 国旗は、式典会場の舞台壇上正面に掲揚する。
 (2) 国旗とともに都旗を併せて掲揚する。この場合、国旗にあっては舞台壇上
   正面に向かって左、都旗にあっては右に掲揚する。
 (3) 屋外における国旗の掲揚については、掲揚塔、校門、玄関等、国旗の掲揚
   状況が児童・生徒、保護者その他来校者が十分認知できる場所に掲揚する。
 (4) 国旗を掲揚する時間は、式典当日の児童・生徒の始業時刻から終業時刻と
   する。

 2 国歌の斉唱について
 入学式、卒業式等における国歌の取扱いは、次のとおりとする。
 (1) 式次第には、「国歌斉唱」と記載する。
 (2) 国歌斉唱に当たっては、式典の司会者が、「国歌斉唱」と発声し、起立を
 促す。
 (3) 式典会場において、教職員は、会場の指定された席で国旗に向かって起
 立し、国歌を斉唱する。
 (4) 国歌斉唱は、ピアノ伴奏等により行う。

 3 会場設営等について
 入学式、卒業式等における会場設営等は、次のとおりとする。
 (1) 卒業式を体育館で実施する場合には、舞台壇上に演台を置き、卒業証書
 を授与する。
 (2) 卒業式をその他の会場で行う場合には、会場の正面に演台を置き、卒業
 証書を授与する。
 (3) 入学式、卒業式等における式典会場は、児童・生徒が正面を向いて着席
 するように設営する。
 (4) 入学式、卒業式等における教職員の服装は、厳粛かつ清新な雰囲気の中
 で行われる式典にふさわしいものとする」。


 この「新指針」は、「対策本部」が現場の状況を把握し、更に広島を参考にしたと言うだけあって、「日の丸」を飾った宗教儀式としての舞台設定と、それに対する反対の行動を完全に封殺する内容のものとなっている。「日の丸」を舞台の正面に掲げ、その右側に「都旗」を掲揚するとなっている。これまで三脚でも可とされていたのが、宗教的な色彩をより鮮明になっている。そして、全ての参列者が正面に向き起立し、「厳粛」なる雰囲気で賛美歌にも似た「君が代」を斉唱する。このような宗教儀式を行うための演出がこの「通達」の中に意図されている。そして、この儀式を乱すあらゆる行動を封殺する細心の配置がされている。掲揚の時間を「児童・生徒の始業時から終業時刻」としている。これは掲揚時間をできるだけ短時間にする組合等の取り組みに対する対応である。また「掲揚塔、校門、玄関等」で「来校者が十分認知できる場所に掲揚する」となっている。これは、校長室での掲揚やカーテン内での掲揚、そして屋上の見にくい場所での掲揚、等を封殺する意図なのである。
 「国歌斉唱」の項では、式次第に「記載」と同時に、「国歌斉唱に当たっては、式典の司会者が、『国歌斉唱』と発声し、起立を促す」となっている。ここでは、都教委は「これ以外の言葉を発声しないように」との指導を行っている。これは、都立高校ではこれまで斉唱時に司会者が「内心の自由がありますので、ご自由です」との説明をする学校が多かった。このため「『内心の自由』の説明により、式の適正な実施を妨げる」(第一回対策本部資料より)としてこの説明を禁じる方向であったが、さすがにこの明文化はできなかったようだ。このため、「起立」「国歌斉唱」以外の発声をしないようこの項目で指導しているのである。また、教員を徹底的に支配させるために「教職員は、会場の指定された席で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する」の文章を入れている。更に新たに「国歌斉唱は、ピアノ伴奏等により行う」の項を入れた。つまり、 「テープ」や「CD]では駄目なのだという。何故、生でなければならなないかの説明がない。ここに「等」とは、音楽の教員がいない場合なのだという。音楽の教員への過重な負担を強いるものである。
 「会場設営」の項では、これまで多く見られた「フロア形式」「対面式」等の式が不可能な状況にする事に焦点があてられている。また、服装についての規定が出されたのも今回が初めてだ。この日、口頭で「スーツ、ネクタイを着用のこと」「義務づけると同時に、ピースリボン等の示唆行動をも封じる意図がある。


(戒厳令下の周年行事校)

 「新実施指針」の適用は、これを発表した直後から始まった。都教委は「周年行事から実施」する旨を校長会で表明していたが、その最初が10月31日の都立A高校と、翌11月1日にB高校、C工高校、D高校の4校で開催された。どの学校でも、事前に都教委からの強い指導が行われており、校長を呼び出し詳細にわたって指導を行っている。前日の会場設営から検閲が始まっており、式当日は8人の都教委職員が来た学校もあった(その後5人に定着)。監視に来た都職員は、職員席の後ろで背面監視を行ったり、サイドに席をとり横睨み監視をした。また、斉唱時に動き回り歌っているかをチェックした例もあった。更に、会場外で他職員の行動をメモをとりながらチェックしたりしている。取材記者のトイレまで付いていったほどだ。
 また、事前に職務命令の出し方まで指導しており、職員会議で「職務命令」を出した校長をその確認のためドアの外で待っていた都職員もいた。「職務命令」は口頭だけでなく、各個人に対しても文書で出している。この「職務命令書」は様式が規格化されており、学校名・校長名を書き込むだけのものとなっている。校長によっては多少文字を変えたりしているが、内容は全く同じものである。
校長による事前指導は「実施指針」に忠実なもので、各教員がどの時間にどういう行動をとるかの詳細を記したタイムテーブルが教員毎に作成された学校もあった。また、座席表が作成され、これに基づいて椅子に名前が貼られている。そして「君が代」斉唱時は、教頭が職員の行動をチェックするように指導されており、校長・教頭はどこに座りどの方向を向くかまで指示されていた。教員に対しては服装指導もあり、「スーツ」あるいは「ネクタイをつけるように」そして「ジャージー、ジーンズ、ジャンバー、セーターはだめ」と口頭の「職務命令」をしている。まさに戒厳令下の学校であった。ひどい例ではある学校の校長祝辞は「一剣報国」であった。突然にこの文字が書かれた手拭いを開いたという。そして、つじつま合わせのため「これは社会奉仕の事だ」とごまかしたのである。また、斉唱が終わったら教員に生徒席で静かにさせるよう指示が出された学校もあった。結局、「起立・斉唱」のみが目的であったのだ。


(人権侵害の都教委指導−不起立・退場者など違反者が続々)

 「10.23」以降、高校だけでなく養護学校等も含め本年度予定されている周年行事校は30校近くあると言う。従って、このような異常事態が続々現出する事になる。11月に入りその後3校(高校・養護学校)で周年行事が実施された。ある学校では音楽の教員が「弾けない」と申し入れたが、校長が都教委に問い合わせ「何が何でも弾け」と指導された。講師で「弾いても良い」の人が出て分会でも再三にわたり交渉をしたが、都教委からの「専任の音楽教員がいるのにダメだ」との指示で校長は頑迷に「弾け」を言い続けた。このため、音楽教員は心労で前日仕事を休まざるを得なかった。これに対し、都教委は校長に「家に行って説得してこい」と指示する異常さであった。やむを得ず、当日はカーテンに隠れるように弾いた。音楽教員の災難は大変なもので、別の学校でも、直前の練習でなかなか弾けずにいた音楽教員に教頭から「早く弾け」の罵声が飛び、怖々弾かされたケースもあった。ここでは、教頭が生徒達に「声が小さい」と命令を行った。
 休暇についての指導は強硬で、まだ小さい子どもの運動会で休暇を申請していた女性教員についても、都教委は校長に「1・2歳で運動会はおかしい本当かどうか調べろ」と言ったという。病気による休暇を申請していた教員に対してもは年休を認めなかったが、都教委は「本当かどうか家に行って確かめてこい」とまで校長に指示していたようだ。結局、診断書を提出し、病休をようやく承認させた。その診断書を校長は都教委に上申したと言う。このように人権が無視された異常な世界になっているのである。また、ある学校では会場の区民会館の2階席で都教委職員が教員席をビデオ撮影していた。都教委に、はたしてどのような権限があるのだろうか。都職員の学校派遣について、都教委は当初「校長から支援の要請があったから」と言っていたが、その後「学校の設置者として職員を派遣する」と言い変えている。これでは、教育基本法違反は明白だが、今の都教委は法律に規定されていようとなかろうと「無視」する方針です。そこまで都教委の施政が来ている。
 こうした人権侵害にあたる都教委の行為に対して、不起立、退場者が相次いでいる。現在までに数人が不起立、退場とされている。ひどい例では、式終了直後に区民会館の別室に軟禁され、管理職と都教委職員により犯人扱いで問い詰められる事態さえあった。このような都教委の扱いに、今後も不起立、退場者が大量に出るのは確実なのであった。
 ところが、都教委はその後、新たな狡猾な方法を行ってきた。その後の周年行事に対して、都教委は活動家や不起立の可能性のある教員を会場外に閉め出すやり方をとってきたのである。受付や警備などの係がそれで、「不起立・不斉唱」を決意していた教員が軒並み肩すかしにあった格好になってしまった。このため、何事もなく終わってしまった学校が出てきたのである。都教委は、都教委「通達」を何事もなく実施した形をとりたいようだ。このため、われわれは、新たな闘いの戦略を練り直さなければならなくなってきた。


(「予防訴訟」に立ち上がろう!)

こうした都教委の攻撃に対して、今、東京の教員の中で「予防訴訟」を行う動きが急速に広がっている。これは、「立つ」「歌う」「弾く」などの「義務不存在の確認を求める抗告訴訟」なのである(「抗告訴訟」とは、公権力の行使に対する行政訴訟)。これまでの「日の丸・君が代」訴訟は、そのほとんどが処分の後の「処分撤回」の訴訟であった。ここでは、「職務命令」や「職員会議」の有効性、あるいは「その時どういう行動をとったか」などが問われ、「日の丸・君が代」の異常なまでの強制強行が問われていない。従って、訴訟の前に都教委を訴える事が大切だと思う。この訴訟を大きなうねりにする事によって、アンチ「日の丸・君が代」運動の新しい流れを作るとともに、社会的にアピールできるのではないかと思っている。現在、三桁の原告団になることは確実で、もっと大きな数字になる可能性さえある。
 ところで、これに対して都高教執行部の対応はひどいもので、「闘わない」方向が明らかになってきている。当該分会に訪れた執行委員は「職務命令が出たら引け」「救援はできない」を繰り返している。しかし、現場からの「闘い」を求める声は大きく執行部に対する突き上げが激しい。そうした中で、ようやく臨時的な「方針案」を決定した。そこでは「@職場の団結、A教育の自主性を守り、思想・良心の自由を守る、B強制に対する不服従、抵抗・抗議、C弾圧対策と組織防衛」の文字が入っていた。これを手がかりに執行部に対して全面的な闘いの方向を要求していきたい。

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