教育基本法改悪阻止の運動のなかで
       「君が代・日の丸」の闘いの拡大を

                                                 上杉 聰
 
 昨年の末のことだが11月26日、遠山敦子文部科学大臣は、中央教育審議会総会に「教育基本法の在り方」について諮問した。
 これは、先の「教育改革国民会議」の報告が、「新しい時代を生きる日本人の育成」「伝統、文化など次代に継承すべきものの尊重、発展」を踏まえて教育基本法を考えていくことが必要であると提言したことを受けたものとされている。
 しかし、そもそも教育基本法の制定意図が「日本国憲法…の理想の実現は、根本において教育の力にまつ」(前文)ためであることからみて、同法の見直し作業が直接に憲法改定をねらうものであることは、すでに多くの識者や団体が指摘しているとおりだろう。
 ところで、一年後にも予定されている中教審の答申に対抗する取り組みは、憲法問題のみならず、「君が代・日の丸」や「つくる会」教科書問題にとっても非常に大きな課題となる。
 今回の教育基本法改定の動きを強力に推進した勢力として「新しい教育基本法を求める会」なるものがある。会長は西沢潤一・岩手県立大学長だが、組織にとっての中心人物となる事務局長は高橋史朗・明星大学教授である。さらに代表委員として名前を連ねている17名のうちには西尾幹二・坂本多加雄・三浦朱門・長谷川美千子などの名前が続々と出てくる。後承知のように「新しい歴史教科書をつくる会」の中心メンバーの面々なのである(高橋氏以下順に「つくる会」における肩書は副会長・元会長・理事・教科書改善協会長・賛同者)。つまりこの会は、「つくる会」の別動隊、ないしまったく同じ方向を歩んでいる団体といってよい。
 この実態は、日教組(国民教育文化総合研究所)が出したパンフレット『教育基本法を「生かし活かす」ために』(58〜61ページ)に掲載されている資料からも判明するし、もっと詳しく知りたい方は、西沢潤一『新教育基本法6つの提言』と西尾幹二『すべての18歳に「奉仕義務」を』(いずれも小学館文庫)を参照されたい。
 そればかりではない。右の「新しい教育基本法を求める会」が2000年9月に森喜朗・総理大臣(当時)に提出した文書(「新しい教育基本法へ6つの提言」、右の日教組のパンフレットにも掲載されている)を読むと、「皇室を国民統合の中心とする安定した社会」「自然との好ましい調和のなかに生き抜いてきた日本人」「自国文化に対する愛着」「家に対して格別の思い」「個人の生命をも超えた、大切なものがある」などのフレーズが散見される。そう、あの「つくる会」による歴史・公民教科書そのままの主張が述べられているのである。
 さらに右の文書によると、教育基本法第10条にある「不当な支配」の文言を根拠として、「下部への行き過ぎた権限の委譲が、『民主化』の名を借りて進められ」ていると指摘したうえで、「教育委員会機能のうち重要なものを都道府県の教育委員会に集約させる施策が必要」であると、教育行政の権力集中と統制の方法について具体的に踏み込んだ主張をしている。
 これを、現在進められている「君が代・日の丸」指導の実態ーー大阪府教育委員会による学校現場への直接的な支配などーーと重ね合わせてみるとき、右の「新しい教育基本法へ6つの提言」という文書の主張が、そのまま実施されつつあることに気づかざるをえない。
 1999年8月に成立した国旗・国歌法をうけて文部省が都道府県教委を通じてこれまで実施してきた教権的な方法とは、右の団体が主張するところによると、教育基本法改悪の突破口なのであり、実質化として位置づけられているのである。教師や子どもたちの内面性を否定する「君が代・日の丸」の押しつけとは、計画されている教育のあらゆる面における国家統制の先駆けなのである。
 また「つくる会」教科書問題との関係においても注目したいことがある。もし右の教育基本法第10条が改悪されるなら、次の時期の教科書採択方法は大幅に変えられる事態がやってくるからである。「つくる会」は昨年9月に総会を開いて「4年後の採択に向けた活動」を方針として確認したが、そこには教育委員会に対して私たち市民から多数の要望が寄せられて採択がO%近くになったことを反省し、「(教科書)採択期間中の教育委員会に対する外部からの不当な圧力を違法化する」(同総会議案書)方針が盛り込まれた。 教育委員会が地域住民の意思を聞くことは、教育基本法第10条の「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行なわれるべきものである」という法文によって当然の義務となってきた。現行の基本法が残る限り「つくる会」がめざす法制定は不可能である。しかし、もし改悪が行なわれるならば、3年半後の「つくる会」教科書の採択を防ぐ手立てを私たちは大幅に失うことになるだろう。今年から来年にかけて行なわれる教育基本法をめぐる攻防は、「つくる会」教科書との闘いの前哨戦とならざるをえない。教育基本法で負けて「つくる会」教科書には勝つということはありえないからである。「国旗・国歌」の強制についても、これが教育基本法改悪の突破口と位置づけられている以上、同法の改定に反対する運動は、改めてもういちど「君が代・日の丸」の強制反対に取り組まなければならないということを意味する。
 それは憲法の改悪を阻止することにもつながる。このことは、冒頭に述べた理由以外に、「君が代・日の丸」が何であるか、という本質論からも導き出される。不勉強な私だが、先に「君が代・日の丸」の成立を調べて驚いたのは、これらが天皇のための歌・旗であることがはっきりしていることだった(『知っていますか?君が代・日の丸一問一答』解放出版社)。これを生徒・児童のみならず、教師や保護者に今のように強制することは、「(天皇の)地位は、日本国民の総意に基づく」という、憲法原則の国民主権の否定であり、天皇主権への逆戻り、すなわち実質的な改憲なのである。
 「君が代・日の丸」への闘いを、あらためて教育基本法と憲法の改悪を阻止する運動のなかに位置づけ、ふたたび幅広い取り組みを目指す時期に入ったと考えるべきではないだろうか?

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