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それから3日後。
「快彦さんと有島のお嬢さんが、とはねぇ〜」
テーブルに置かれた封筒に視線を遣りながら、岡田はコーヒーカップに口を付ける。向かいに座っていた快彦はそれを壊れ物を扱うようにそっと持ち上げた。
外国製らしいレースのような細工が施されたそれをいとおしげに見つめる。もちろんそれはいずみからのもので、岡田からこれを受け取るのも、もう4回目になる。
「だけどお前、本当に顔広いよな。おかげで助かったけど」
「まーな。これからどんな繋がりが重要になってくるかわからんやん?」
これでも将来は一流記者目指してますから、とわざと畏まって言った後破顔した岡田に井ノ原も笑った。
「…ところで、あのことなんだけど」
ふと快彦が真顔に戻って岡田に視線を向けると、その意味に気付いた岡田が頷いた。
「あぁ、長野博さんのことやんな」
いずみの手紙の中に幾度となく出てくる『博』という名前。
彼女曰く「幼い頃から兄妹のように育った従兄」という青年らしい。とは言え、彼女の家で彼女と一緒に暮らしているという彼の存在が気にならないはずはなかった。一体『長野博』という男はあの家の中でどのような位置にいるのだろうか、と…。
岡田は探偵よろしく胸元から黒い手帳を取り出すと、それをパラパラとめくった。
「彼は両親を小さい時に亡くして有島家に引き取られたらしい。
こないだ留学先から戻って来て、有島頭取の元で修業しとるらしいな」
「じゃあ、将来は彼が西都銀行を継ぐってことか?」
「そうやろ」
ということは、いずみはいずれ従兄の博と…?
快彦の表情に彼の気持ちを察したのか、岡田は首を横に振る。
「せやけど、頭取はいずみさんと博さんを結婚さすつもりはないらしいねん」
「何で」
「理由は知らん。けど博さんにはどっかのお嬢さんとの縁談を進めてるらしいで」
そのことに安堵しつつも、快彦は腑に落ちない気持ちで眉を顰める。
後継者ならば娘の婿養子にするのがごく自然な成り行きだろう。それをそうしないということには、何か複雑な事情があるのだろうか…。
快彦が考え込んでしまったことで2人の間にしばらく沈黙が続いていたが、それを破ったのは岡田だった。
「けど、いつまで黙っとくつもりなん?」
「…何がだよ」
「いずみさんにはまだ『井ノ原』って名乗ってるんやろ。
別に隠すことないやんか。坂本家の次男やったらあの家とも不釣合いなこともないし」
「…」何も言わない快彦に、岡田は小さく溜息を付いた。
「そりゃ、快彦さんがこだわってしまう気持ちも分からんこともない。
やけどいつかは知れることなんやし、引き伸ばしとくのもええことにならんのと違う?」
「…わかってるよ」
快彦は苦い表情を浮かべて頷く。
「ま、快彦さんには快彦さんの考えがあるんやろうけど…じゃ、また来週来るわ」
そう言って岡田は席を立つと、快彦に背を向けたままドアのノブに手をかけた。
「そうだよな…」
「ん?」
呟くような言葉に岡田が首だけで振り返ると、快彦は机の引き出しからペンと白い便箋を引っ張り出すと数行書き付けて封筒に押し込み岡田の許へ持ってきた。
「これ、明日までに届けてくれるか」
「明日まで?」
強く頷いた快彦に、岡田は少し考えてから頷き返した。
「…わかった」
「もしかしたら、これで最後の手紙になるかもしれないけどな」
「最後?」
その言葉に岡田が眉を寄せる。
「ああ。俺たちのこれからを、一か八かに賭けてみようと思う」
「…そか。わかった、絶対いずみさんに届けたるわ」
岡田はそう言って笑顔を見せると、後ろ手に手を振って快彦の部屋を出た。
部屋を出た岡田は、ドアを閉めるとそのままそれに寄りかかって小さく息をついた。
「あんなこと言うてよかったんやろか」
博のことを調べている時に偶然知った『あの事』。情報を提供してくれた先輩もまだ正式ではないようだと言っていたが、水面下で進められているというあのことをまだ快彦も、そしておそらくいずみも知らないらしい。
岡田は顔を上げてドアの方に向き直ったが、少し考えると再びノックする寸前でその手を下げた。
これからきっと2人は大きな試練を乗り越えなくてはいけないことになる。無論岡田にはどうすることも出来ない。ならば今は何も知らないままでいさせてやることが…それが彼に出来る精一杯のことだった。
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