第三の謎 「ブルカ」の理由




  第一部  タリバン以前の女性と顔

  第二部  タリバンの布告とその論理

  第三部  女性が顔を覆う理由―見えない強制とアフガン社会


タリバンが去った現在でもアフガン女性の多くがチャードリーを着用します。
女性が顔を覆い続けるのはなぜか、今後、チャードリーはどうなるのか考えてみました。
第三部 女性が顔を覆う理由―見えない強制とアフガン社会―

1.「隠れ蓑」としてのチャードリー

 これまでわかった「ブルカ」の過去と、2002年7月-8月にかけて10日間アフガニスタンを訪れた際の経験、さらにいくつかの記事をもとにここからは論じていきたいと思います。

 アフガニスタンの近現代史の中で、でチャードリーが完全に姿を消したことはありませんでした。1959年以降、政府の努力にもかかわらず、アフガニスタンの伝統と保守性によってチャードリーの着用は存続しました。1980年代には、親ソ政府への反対運動にチャードリーが利用されました。それを着用すれば身元がわからず安全で、その上、布の下に物を隠して運ぶことができるからです。ムジャーヒディーンによるレイプや暴力から逃れるため、身元を隠すため、1990年代になってもアフガン女性はこの「隠れ蓑」が必要でした。

 しかし、一方でタリバンも目指した世界的な「イスラーム復興運動」の中、新たに顔を覆う女性が増えている、という動きがあることも事実です。そのため、私はタリバン後のアフガン男性や女性も、チャードリーをイスラーム的なものと捉えているのかもしれない、と思っていました。
 NGOで医師として働いている30代の女性は、仕事のときには長いコートと薄手の小さなスカーフ姿ですが、仕事場を往復するため、通りを歩くときはチャードリーを着ます。私は彼女に、チャードリーはイスラームの教えのために着用しているのか、と尋ねてみました。

 「違うわ!ヘジャーブ(ムスリム女性の慎み深い服装)はイラン人のように長いコートとスカーフで十分なのよ。」

 チャードリーなど苦しいし、よく見えないし、嫌いだ、でもこれを着ないと学のない遅れた考えを持つ男たちに道で嫌がらせをされてしまうから仕方なく着るのよ、と彼女は説明してくれました。
 現在、アフガン女性がチャードリーを着用しつづける最大の理由は、彼女のように「身の安全を保つ」ためです*。パシュトゥーン人女性は、タリバンの多くがパシュトゥーンだったため、その他の民族の男性からひどい嫌がらせやレイプ、暴力を受けていると言います。銃を持った元兵士や仕事やお金がないために、イライラと徘徊する男性たちが町には溢れかえっています。さらに、根強い「伝統」―男性は女性に対して支配力を持たなければならない、女性は顔も姿も覆うべきだという考え方―は消え去ったわけではありません。これらは、タリバンの強制が終わったあとも、「見えない強制」となってアフガニスタンに残っているのです。

*参考サイト Human Right Watch
         Afghan Recovery Report
 
2.アフガン社会と顔―顔は露わすべきものなのか―

 私たちはある日、カーブル郊外にある移動式病院に連れて行ってもらいました。そのクリニックでは病気の子供の診察と、母親たちを対象にして衛生と保健の教室が開かれていました。教えるのは一ヶ月前までパキスタンに避難していたという20代の女性でした。私たち(NGOのアフガン男性2人、アメリカ人男性2人、女性3人)が講習会の行われている中庭に入っていくと、母親はいっせいにチャードリーで顔を覆いました。
 しかし、私たちが自己紹介し、訪問の意図を告げると、5分も経たないうちに皆チャードリーを上げ始めたのです。
 そして、他の場所でも同じようなことが繰り返されたのでした。
 また、別のクリニックの講習会へ行ったとき、写真を撮ってもいいですかと尋ねると、完全に顔を覆い、下や後ろを向いてしまう女性もいました。ある女子学級でも同じようなことがありました。
 私たちを見て顔を覆ったのはなぜか?カメラに対して顔を覆うのはなぜか?(確かに外国人に写真を撮られるのは気持ちのいいものではありませんが。無理に撮ったことは反省しています。)そのとき、彼女たちがチャードリーを着用するのには「身の安全を保つ」こと以外の理由があるのではないか、と思ったのです。たとえ、十分に安全になったとしてもチャードリーで顔を覆いつづける女性はいるのではないか。


 イスラーム世界の男性が女性の「顔」にこだわった歴史があるのと同様、ムスリム女性自身の「顔」の歴史もあります。


 ムスリム女性は自分の顔が「フィトナの原因」となるから強制されて仕方なく顔を覆ってきただけではありません。近代以前のイスラーム世界では女性が書き残したものが非常に少ないため、ムスリム女性がヴェールで顔を覆ってきた本当の理由を知るのは大変難しいことです。しかし、中東文学を紐解いていくと、女性たちは慎みや恥じらいから顔を覆い、ときに顔を覆うことによって自分の価値や貞潔を守ってきたことがわかります。これは、イスラーム以前のアラブ・ペルシア・ギリシアなどの女性から引継がれてきた「因習」であり、さらに「慎みはイスラーム信仰の大切な一要素」という価値観も後に加わったのです。

 イスラーム世界では、とくに近代以降、「顔」をめぐっていろいろな議論が行われました。現在、宗教心から、あるいは社会的な理由のために自ら顔を覆う女性が増えていることは前に述べたとおりです。アフガニスタンにはそれに加えて固有の伝統、歴史、背景などいろいろな要素があることもすでに述べました。

 「ブルカ」の理由。なぜ、タリバンは女性に顔を覆わせたのか。アフガン女性はなぜ今でも顔を覆うのか。こうした疑問を考え、イスラーム世界の顔の歴史を見ていくうちに、また一つの疑問が生まれました。


           そもそも「顔」は出して当然なものなのか。「顔」とは露わさなければならないものなのか。



              
 「アフガン女性が顔を露わすことができるような安全で平和な社会をつくろう」


         そんなスローガンが聞こえてくる前に、もう一度そのことについて考えてみなければと思います。






                                       ***


主要参考文献

遠藤義雄『アフガン25年戦争』平凡社, 2002
大塚和夫他編『イスラーム事典』岩波書店, 2002
Cromer, Evelyn Baring, Lord, Modern Egypt, 2vols., NY: Macmillan Company, 1908
Dupree, Louis, Afghanistan, Princeton: Princeton University Press, 1973
Emadi, Hafizullah, Politics of Development and Women in Afghanistan, NY:Paragon House Publishers, 1993
al-Ghazali, Ihya 'Ulum al-Din, 5vols, Beirut: Dar al-Ma'rifa, n.d
        *Madelain Farah, Marriage from the Ihya', Salt Lake City: Unversity of Utah Press, 1984
    ― , Kimiya-ye Sa'adat, 2vols., Tehran: Markaz-e entesharat-e 'Elmi va Farhangi, 1361H
        *Claud Field, The Alchemy of Happiness, Lahore: Mhammad Ashraf, 1978
Maududi, Abul A'la, Purdah and The Status of Woman in Islam, Translated by Al-Ash'ari, Lahore: Islamic Publications, 1972
          ― , al-Hijab, Cairo: Dar al-Kitab al-Hadith, nd.
Rashid, Ahmed, Taliban: The Story of the Afghan Warlords, London: Pan Books, 2001
Sa'di, Kulliyat-e Sa'di, Muhammad 'Ali Forughi ed., Tehran: Chapkhane-ye Sepehr, 1366Sh
Scarce, Jenifer, Women's Costume: of the near and middle east, London/Sydney: Unwin Hyman, 1987
        ― , "The Development of Women's Veils in Persia and Afghanistan" in Costume, no.9, 1975
コーラン注釈書については以下を参照。
Abu al-Su'ud, al-Baghawi, al-Baydawi, Ibn Kathir, Ibn Taymiya, al-Khafaji, al-Maraghi, al-Qurtubi, al-Razi, al-Suyuti, al-Tabari, al-Zamakhshari (詳細については略します)
 
.
アフガン・ファッションへ