3.カーブルっ子たちの休日

 車でカーブルに入った途端、猿回しのおじいさんと遭遇。むむむ、もしかすると、ここは楽しい町なのかも、と思いました。
 ターリバーンによる数々の処刑が行われたとの悪名高い「スタジアム」。その向かい側に大きな運動場がありました。カーブルでもサッカーは大人気です。どこかの草チームの練習試合でしょうか。暇を持て余した男の人たちや子どもたちがおしゃべりしながら見ていました。
 ←遊びに来ていた家族連れ。帰るぞ〜、とお兄さん(お父さん?)が叫ぶと、子どもたちが押し寄せてきました。あまりに数が多いので、保育園の遠足とかですか、と聞いてしまいました。
 今、アフガニスタンは結婚ラッシュのようで、結婚式の車をよく見かけました。この車の後ろに、乗用車が2、3台と親戚一同を乗せた小型バスが続きます。
 花嫁は白いウェディングドレス姿で、顔も出していました。

←普段着?で参加する人たち。女の人はブルカをかぶってバスに乗っていました。パーティには潜入できず(涙)。
オリンピックスタジアム。五輪のマークがあるでしょ。
 ホテルから7,8分歩いたところに、「ストリートチルドレン」のために開かれた遊び場+学校があることを偶然知りました。カーブルには道端で靴磨きをしたり、新聞やタバコ、ガムなどを売って生計を立てている子どもがたくさんいます。「アシアナ・チルドレンセンター」と呼ばれるこの学校では、こうした子どもたちが仕事から解放された時間に来て、遊んだり勉強したりすることができるようになっています。ここでは、ダリー語や基本的な工具の使い方、壊れた電気製品の直し方などの実用的な事から、書道や絵画、木工細工などの芸術、地雷と武器に関する知識など、普通の学校とは少し違ったことが学べます。

 「ストリートチルドレン」と呼ばれる子どもたちの休日を少しだけ写真に撮ることができました。
子どもたちの作品。ここには1000人もの子どもが通ってくるそうです。
「芸術」という、一見「贅沢品」(しかし、その文化の精神的な向上のカギ)を子どもたちの教育に取り入れるという、この学校の取り組みにはとても感心しました。
この少年は3ヶ月前まで
 文盲だったそうです。
 上の学校のことをおしえてくれた欧州+アフガン・ハーフの青年David Masonは、子どもたちの笑顔と夢のために、移動式サーカス団を創設し、今、この学校の敷地内の空き部屋を劇場に改造しているところです。
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デービッドと彼の部屋
(ムスタファホテル内)
Davidのページ
 外国人である私達が道を歩いていると、そこら中から視線が集まります。はじめのうちは敵意ではないかと身を硬くすることもありました。しかし、こちらが挨拶をすると、必ず挨拶の言葉が、こちらがにっこり笑うと、必ず笑顔が返ってきます。10日間の間に、ふいめいが見たカーブルは明るい町でした。20年以上に及ぶ戦争と辛苦にもかかわらず、アフガニスタンの人々がすてきな笑顔を持ちつづけていること、子どもたちが純粋な目をしていたことが印象的でした。
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こんな怖そうなおじさんたちが、
立ち止まって写真を撮らせてくれました。