History of Afghanistan
B現代

 1. クーデターからソ連の侵攻・撤退まで


 1973     無血クーデターによって
ダーウード氏が大統領に就任。
         ザーヒル・シャーはイタリアで退位。
 1978     さらにクーデタが起こり、ダーウード大統領一族が殺害される。
         
社会主義国家「アフガニスタン民主共和国」樹立
 1979. 12    ソ連軍のアフガン侵攻、親ソ政権を樹立。
2. 内戦の時代
3.ターリバーンの支配

 1994. 11   ターリバーンがカンダハールを占領する。

 1996. 9    ターリバーンがカーブルを占領。暫定政権樹立を宣言。
 1997. 6    反ターリバーン連合(北部連合)による連立政権樹立を宣言。

 1999.11   国連がオサーマ・ビン・ラーディン問題などで、ターリバーン政権に
          対して経済制裁を決定。

 2001. 3   ターリバーン勢力がバーミヤーンの石仏を爆破。

 2001. 9   米国で同時多発テロ発生。

 2001. 10   米国軍アフガニスタン攻撃を開始。

 2001. 11   ターリバーン政権崩壊、12月に暫定政権樹立。
       ダーウード(1909-78)

ザーヒル・シャーの従兄弟。1953-63まで首相を務め、73年に軍事クーデタで王制を廃して共和国大統領に就任。国家の近代化に取り組み、教育を重視し、女性のヴェールに対する規制を緩和した。親ソ連体制で、イスラーム主義者を弾圧した。
    アフガニスタン民主共和国の樹立

1978年、軍の兵卒たちがクーデタを起こし、アフガニスタンの共産党に政権を譲り渡した。この政府の厳しい社会主義路線に反対し、イスラーム保守派の武装ゲリラ、ムジャーヒディーンが現れた。ソ連は共産党政府を支援するという名目でアフガニスタンに侵攻した。
 1989. 2    ソ連軍が完全に撤退する。

 1991. 12   ソビエト連邦崩壊。中央アジア諸国が独立する。

 1992. 4    ムジャーヒディーンがカーブルを占領。
             ソ連の侵攻による内戦

ソ連は1980年春までに、十万人以上の兵力をアフガニスタンに送った。ムジャーヒディーンは山岳地帯・農村部からゲリラ戦を展開、それに対してソ連軍は民間人であろうと区別なく、その圧倒的な兵力を持って攻撃を行った。この頃からパキスタン、イランへの難民が急増する。内戦は激化し、1989年までに150万人以上が死亡、難民数は540万人に達した。ムジャーヒディーン側は、アメリカとパキスタンの軍事的・経済的な援助を受けて勝利を収め、9年2ヶ月のソ連軍との戦いは終わった。
          旧ムジャーヒディーンによる内戦(2)

ラッバーニー大統領を留任を機に、各党派の長たちは自らの利害をめぐって対立するようになった。諸派の対立は暴力へと発展し、首都カーブルを中心に内戦が激化した。
1994年夏、パキスタンとサウジアラビアのイスラーム原理主義組織は
ターリバーンと呼ばれる新しい勢力を支援し始めた。
 1992. 12   ラッバーニー大統領就任。ムジャーヒディーンの内部抗争激化。
           旧ムジャーヒディーンによる内戦(1)

ソ連撤退後もアフガニスタンでは親ソ派のナジーブッラー大統領による政権が存続していたが、ドスタム将軍率いる北部のウズベク人部隊が反旗を翻すと、ナジーブッラー政権は国連の和平案を受けて辞任、主要政党連立の評議会による政府がつくられた。その後、4ヶ月の任期でイスラム協会のラッバーニー率いる暫定政府に政権が移ったが、ラッバーニーは12月、自分の支持者を集めた議会で大統領に選出された。
              ターリバーンの支配の始まり

 カンダハールでわずか数人のグループとして創設されたと言われるターリバーンは、まず、アフガニスタンをイスラーム神聖国家にすると宣言し、ターリバーンの最高指導者オマル師を「信徒の長」に就任させた。ターリバーンは旧ムジャーヒディーンの武装解除と解散を目指して「聖戦」を開始、1996年首都カーブルを制圧し、イスラーム国家による暫定政権の樹立を宣言した。翌97年春には国土の90%を支配下に収めた。
 麻薬の取り締まり、違反者の公開処刑など、ターリバーン政権の厳格な政策は治安回復に貢献した。一方、社会生活全般に渡る厳しい禁令と、イスラーム法施行のための軍事力行使は、国民の生活を脅かし、内外の批難を招くこととなった。
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Haqiqat Afghan News
かなり大急ぎな早わかりアフガニスタンの歴史、ちょっとはお役に立ちましたでしょうか。
今後もアフガンの歴史に対する理解をさらに深めるとともに、これからのアフガン情勢
に注目していきたいと思います。
一分じゃ、
とても読めない 
 ○ 
 
  
 。
ターリバーンについては
他のところでもっと詳しく