1.『アラビアン・ナイト』を全巻読破に挑戦!
まず迷うのは「誰の訳を読むか」である。
日本語で読めるもので、最もハンディーなのが二つの文庫版、バートンの英訳からの重訳(大場正史訳、角川文庫)とマルドリュスの仏訳からの重訳(豊島与志雄他訳、岩波文庫)の『千一夜物語』であろう。どちらも「最良の訳、逐語訳」を謳っているが、実は英訳、仏訳の段階でずいぶんとエロチックやエキゾチックに脚色・加筆されているようだ。そういう目的で読むならば(どういう目的?)これらはお勧めである。とくに、マルドリュス訳はフレンチティストも加わり優雅な印象さえも受け、没頭することができること間違いなし。いやいや、俺は/私はアラブ文学を読みたいのだ、という人には、近年完訳となった前嶋信次・池田修によるアラビア語からの訳(『アラビアン・ナイト』平凡社東洋文庫)が一押しである。「直訳」なため、前の二者に比べてややぶっきらぼうに感じるかもしれないが、読みやすく、解説もとても充実している。ただし、「文庫」とはいえハードカバーの「平凡社東洋文庫」なため、かなり値が張ってしまう。全部そろえたい場合は古本屋を回ってみると、運よく全巻特製箱入り新品が半額以下で手に入ることもある。
2.『アラビアン・ナイト』を愉しむために
本が手に入ったら、膝枕をして読んでもらっても、一人寝の前に自分で読んでもいいのだが、何しろ長いので漫然と読んでいると途中で脱落してしまいそうになる。そこでやめてしまわないように、「アラビアン・ナイトを楽しむための本」をいくつかご紹介したい。
何はともあれはずせないのは、訳者でもある前嶋信次の著作。平凡社ライブラリーから復刊した『アラビアン・ナイトの世界』は、ごくごく小さな本だが、ひとたびページを開くと、そこには大空が、あるいは大海原が広がるような印象を受ける。この本ではまず、アラビアン・ナイトの成り立ちに関する議論や世界の「枠物語」に関する最近の学説が易しく解説されている。さらに、アラビアン・ナイトの中のいくつかの面白い話の筋を紹介、そこからギリシアやペルシア、アジアの説話へと発展し、物語は無限に広がっていくのだ。また、前嶋氏の著作選第二巻『千夜一夜物語と中東文化』杉田英明編(平凡社東洋文庫)には、「アラビアン・ナイトの女たち」、「アラビアン・ナイトの世界――カリフたちを中心に」、「バグダードの都市風俗」など視点を絞ったアラビアン・ナイト研究論考が収められている。
次に洋物では、イギリスの中世史家ロバート・アーウィンの『必携アラビアン・ナイト――物語の迷宮へ』(平凡社)が全巻読破志望者にとってまさに「必携」の一冊。はじめの部分では、翻訳の問題や物語の起源と発展に関する研究の概観が網羅され、第四章以降「語りの技巧」「大道の芸人たち」「庶民の暮らし」と題する各章では、数多くの文学作品や旅行記などをちりばめて、知られざる中世の庶民生活が明らかにされる。この一冊でアラビアン・ナイトの世界の背景を理解することができるだけでなく、物語が「遠くのおとぎ話」から「隣の八っつぁんに起こった事件」というくらい身近になるだろう。(たとえば本書の「庶民の暮らし」で中世の犯罪について知ったあと、9巻を読んでほしい。もはやあなたは「読者」ではなく、事件に群がる「やじうま」の気分だ。)その他、アラブ好色文学史を扱った第七章、「あなたの知らない不思議世界」に関する第八章ももちろん要チェック。
研究書ではなく、小説で『アラビアンナイトを楽しむために』と題するのは阿刀田高(新潮文庫)の本である。小学生以来、阿刀田高のブラックさと話の展開のさせ方を密かに崇敬してきた評者のお気に入りの一冊でもある。短い12の章は、どれも身近な話題から始まり、アラビアン・ナイトに出てくる物語の一番おもしろい部分へと展開される。さらに、物語の紹介だけでなく、ストーリー自体を少し変えてしまっているものもある。(とくに秀逸なのが「絵の中の美妃」)あれれ、こんなおもしろい話あったっけ、と思わず前嶋・池田訳をめくってしまった。アラビアン・ナイトは読むためだけのものではない、そこに出てくる無数の物語を勝手に変えて楽しむこともできる、と教えてくれる一冊である。
『必携アラビアン・ナイト』の著者ロバート・アーウィンも、アラビアン・ナイトをベースに物語を勝手に作ってしまった(『アラビアン・ナイトメア』国書刊行会)。さらにこの本をベースにふいめいも物語を勝手に作ってしまった。(短評+創作『アラビアン・ナイトメア』)


イラン、イスファハン→
チェヘルソトゥーンの壁画
ペルシア王宮の宴会風景
「ううん〜、そうはいっても長すぎるわ。」
「おもしろい話だけを読みたいんだけどなぁ。」
というあなたに
