ふいめいのにっき  裁判初傍聴覚え書



2003年2月18日


知り合いからお誘いを受けて、イラン人男性が在留権を求めて起こしている裁判の証人尋問の傍聴へ行くことになった。場所は東京地方裁判所、営団地下鉄の霞ヶ関A1出口を出て、すぐである。初の裁判所入りに、かなり緊張しながら裁判所入り口へと到着した。


建物の入り口では、空港のようにいくつかの列に分かれて機械で荷物の検査を行う。写真撮影は禁止なのでカメラを没収されるかと思ってドキドキしていたが、とくに何も言われなかった。機械を通ってしまえば、あとは自由に行動できる。かなり広い建物で、かつかつと歩く美人弁護士(らしき人物)の後をつけながら、エレベーターへと向かった。


裁判開始10分前に到着したものの、傍聴人が多すぎて法廷に入りきれないため、証人尋問と反対尋問で交代しなければならない、ということだった。まんまと最初の証人尋問の方へと入り、最前列真中(おそらく皆が避けたために空いていた)に座った。


同性愛者であるそのイラン人男性は、イランに強制送還されればいつ逮捕・処刑されるかわからないので、日本での在留権を求めている、という。今回、彼がイランで迫害を受ける可能性があることを証明するため、アメリカからイラン人権問題の専門家が招聘されたのである。


裁判は通訳人と証人E氏の宣誓から始まった。続いて弁護人が立ち上がり、まずはE氏の職業やアカデミックグラウンド、現在の活動などについて質問をした。


イランのシーラーズ出身のE氏は現在、アメリカに在住しており、エンジニアの仕事の傍ら、イランにおける死刑の廃止と人権問題に取り組んできた。とくに、「同性愛者と婚外性交を行った女性に対する刑罰は、その罪に比べて重過ぎる」ことを訴えてきたそうである。これまで、学会や研究会でこうした状況に関して発表をし、ラジオ番組でもコメントしてきた。情報源は各種論文、報道、イランを訪れる友人などだそうだ。



弁護士がE氏に行った質問とその回答を簡単に以下にまとめてみた。


質:イランにおける同性愛者の状況は?

答:イランにおける同性愛者の情報はほとんど皆無。さまざまな情報源が「テヘランで同性愛の活動はない」と報告している。つまり、彼らは公的な活動ができない。抑圧されているということである。

ここでE氏は、シアトル在住で難民申請をしている男性の話を例として挙げた。
その男性は、テヘラン大学在学中に、ルームメイトに「自分がゲイのような気がすることがある」と言ったところ、友人はそれを宗教熱心な学生に伝え、次の日、彼は学生宗教活動グループに拉致され、三日間殴られ続けた。




質:イランで同性愛行為によって死刑が行われているか?

答:20年以上の間、刑法により同性愛は処刑されている。
(ここでイランの法体系の簡単な説明が行われた)
最近で言うと、1998年、2001年に同性愛を理由に死刑が執行されている。
(情報源:イランの新聞、ロイター通信、ただしアムネスティによる報告書の中で見た二次資料のようだった)



質:イギリス移民国レポートによると、1995年以降処刑は行われていないと言うが?

答:確かに2002年に更新されたイギリスのレポートは、1998年、2001年の処刑について言及していない。恐らく、イギリスはイランと良い関係を保ちたいと思っているので、そうしたのだろう。



質:「イラン人男性は男性同士で手を握ったり、キスをするので、同性愛にも寛容だ」という社会学者によるレポートがあるが?

答:まず、これは社会学者の見解であり、間違っている。こうした行為は「挨拶」に過ぎず、一時間手をつなぎ続けることは許されてはいない。



質:リベラルなハータミー大統領になって、同性愛への刑罰が寛容になったのではないか?

答:大統領は司法に関して何ら影響力を持っていない。むしろ、司法当局がハータミー派の新聞を廃刊に追いやることもあるくらいだ。また、大統領自身宗教家なので、こうした問題に寛容な対応など期待できない。



質:イラン政府はプライベートな場所での同性愛には関与しないのではないか。

答:イスラム政権というのは個人の生活すべてに関与する。イランはこれまでも飲酒、服装など生活の問題に関与してきた。また、道徳規範moral codeがあり、それを守らせるための特殊部隊があり、活動を行っている。



質:イラン刑法117条に、同性愛行為の処刑には四人の証人の証言が必要だとあり、それを考えると処刑は困難ではないか?

答:これまでの処刑に四人の目撃証言があったとは考えられない。刑法120条では、裁判官は「慣習的な方法」を用いて判決を出すことができると書いてある。このように、イランで同性愛の処刑は(1)四人の証言、(2)四回の自白、(3)裁判官の「慣習的な方法」によって実行することができることになる。



質:イラン国内で裁判となった場合、同性愛者を弁護する弁護人はいるか?

答:政治犯の弁護を行って投獄された弁護士もいるため、同性愛を弁護する弁護士は期待できない。「彼は同性愛ではない」と同性愛を否定する弁護士ならいるかもしれないが、同性愛者の権利を守ろうとする者は考えられない。



質:イランにおける同性愛者に対する社会的な状況について教えて欲しい。

答:宗教的な道徳観というものが同性愛を認めない。よって、宗教の名のもとに同性愛者に制裁を加えたり、攻撃したり、たとえ死に至らしめたとしても罰せられない。たとえば、宗教心から親戚や家族が子どもを密告するという場合もある。



質:そうした社会からの攻撃を警察は防いだり守ったりしてくれるのか。

答:同性愛者とはイラン・イスラム共和国では「犯罪者」である。犯罪者を警察が守るはずがない。




最後に弁護士は、石撃ち刑が今も行われていることを立証するためのビデオテープを証拠として提出した。



今回の裁判を傍聴して、こうした問題がいかに「証明」しにくいかということ、中世では文学の中でも、もてはやされていた同性愛というのが、現代では、ある人の生死にさえ関わる重大な問題となっていること、そして日本の難民受け入れ問題の難しさについて改めて考えさせられた。


たまたま昨日、日本に来て難民申請をしている別のイラン人の青年がこうつぶやくのを聞いた。

「日本は国土が狭いし、国内だけでもたくさんの問題があるから、外国人を受け入れられないのはよくわかるよ・・・。」


私は、彼の立場を考えると何も言えなくなってしまった。


・・・一番大切なものとはいったい何なのだろう。





(2003/2/22記)

付記:これはあくまでも「証人尋問」の部分だけを傍聴しての覚え書です。




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