ふいめいのにっき  日本の「メツカ」、神戸モスク訪問


2003年3月26日


ひょんなことから、al-khawarnaq先生ゼミに加わって、神戸モスクのイマームを訪問する会に参加させてもらった。日本のモスク初訪問に緊張したふいめいは、鏡の前で一時間ほど迷った末、いつでも髪を覆うことができるように、イラン製の黒いスカーフをマフラー代わりに参加することにした。


JR・阪急三宮の駅前通りを5分ほど上っていき、大きな信号を渡ると、トルコとエジプトの折衷であろうかと思われるミナレットが見えてくる。隣はコイン式駐車場で、ここの収益がモスクの運営費の一部になるという。駅に近く便利な上、閑静でよい立地である。



神戸モスクは、在日ムスリムが増加しつつある1935年、神戸ムスリム・モスク理事会によって建造された。当時の神戸市長、勝田銀次郎氏は開院式の祝辞として、次のように記している。


「同寺院は日本に於ける最初の回々教寺院であつて神戸市として誇るに足るものである。この寺院の出現は神戸市の如き国際都市にとつて誠に相応しいものであつて巳に多くの名所を有する本市に更に一つの名所を加へるものである。


今回建立されたる寺院は神戸のみならず日本各地に在住する回々教寺院に礼拝の場所を興ふるものであつて神戸をして日本のメツカたらしめるものである。」

(『神戸モスリムモスク報告書』、1936)



この「日本のメッカ」という表現は後でイマームが紹介してくださったものである。その後、東京をはじめ、名古屋、富山、大阪など日本全国にモスク建造の波が広がっていったことは言うまでもない。


イマームは入口で待っていて下さった。al-khawarnaq先生がすてきなフスハーで私たちを紹介をして下さった後、イマームへの質問タイム(英語)となった。


中東の人に対して、政治や女性の話題を振るのはどうも具合が悪い。前にサウジアラビア人の男性にヴェールと女性に関する質問をしまくって辟易されたこともある。今回はal-khawarnaq先生とイマームとの今後の関係に影響するようなことがあってはならないし…。


…と思いつつ、やはりヴェールについて質問をしてしまった(先生、すみません…)。それでも、イマームは嫌な顔ひとつしないで、答えて下さった。



「フィトナ(女性の魅力による社会の乱れ)を防ぐためにヴェールが必要だ、という記述を見たことがあるのですが、それは本当なのでしょうか?」


という私の質問に対して、イマームは静かな声で「ヴェールを着用するのにはいろいろな理由があります。でも、何よりも神に従うためにヴェールをまとうのです。」とおっしゃった。

今まで、いろいろな理由をいろいろな本からほじくり出してうんちく垂れてきた自分が少し恥ずかしくなった。




モスクと地域社会、日本におけるムスリムについてお話を聞いた後、イマームは神戸モスク内を案内して下さった。


70年も前に建造されたというのに、壁も天井もきれいで新しい感じである。ひんやりした床の感触はカイロのモスクと同じだ。あまり広くはないが、多いときには集団礼拝に200人ものムスリムが訪れるという。男性は一階、女性は二階で礼拝を行う。男女別の沐浴所、キッチン、勉強会のための教室などがそろっている(一般の人も見学させてもらえるようです。詳しくは神戸モスクのページをご覧あれ)。





その日はいつもアザーン(礼拝のよびかけ)をする人が不在だったため、イマーム自身がアザーンを行うということであった。夕方の礼拝時刻が近づいたので、私たちは早々にモスクを後にした。



18時15分、夕暮れの神戸に、静かに、美しいアザーンが響いた。何人かの若者がそれに誘われるかのように、モスクへと入って行った。


平和なその光景は、「地域社会と神戸モスクはとても良い関係にある」というイマームの言葉を裏付けているかのようだった。




ライトアップでさらに幻想的な夜のモスクの前で ⇒ 



しばし余韻に浸った我々は、とりあえず、神戸モスクの向かいにあるキタノ食料店をチェックせねば、ということで一致した。


ここではイスラム世界各地の缶詰、香辛料、食材などが売られている。




千葉でお腹を空かせて待っているMりんのためにと思い、イランのケルマーン産なつめやしを購入(特価380円)。しかし、空腹に耐え切れなくなったため、帰りの新幹線で封を開け、4分の1を消費してしまった(隣に座っていたおじさんは、何を食べているんだとうさんくさがっていたようである)。


京都土産の「八つ橋」を見て飛び跳ねんばかりに喜んだMりんが、なつめやしには見向きもしなかったことを、一応ここに付記しておきたい。






お土産のなつめやし(イラン産)



(2003/3/29記)




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