ふいめいのにっき アジズさん、アジザさんとの出会い
―アンマンお土産自慢―



2003年12月8日

さる大金持ちのかばん持ちとしてアンマンに行く機会を得た。

任務はかばんを持つこと以外に、パレスティナ・ヨルダンの民族服のコレクションを持っているコレクターから、衣装を購入することである。重大な任務と初めてのヨルダン上陸とで、やや緊張気味にクイーン・アリア国際空港へと到着した。


 訪れたことのない国に対しては、いつも変な先入観や不安がつきまとうものである。

 イスラエル/パレスティナ、サウジアラビア、イラクという三大危険(なイメージ)地域に接するヨルダンであるが、その首都に入ってみると、ごくごく平和かつ近代的な印象である。

 道路はきれいに舗装され、建物も概して立派である。生活水準も他の中東諸国より良いのであろう。あこぎな物売りに会うことはない。




1JD(ジョルダン・ディーナール)は約二百円である。タクシーで街に繰り出すと、0.5〜1JDくらいである。カイロやテヘランに比べてやや高めの感がある。

大型スーパーに行ってみた。参考に値段を少し上げてみよう。

ミネラルウォーター(600ml) 0.125JD
オレンジジュース(250ml)   0.250JD
ベイク・ロール(ピザ味、S)  0.3JD
ヨルダンワイン(やや高級)  4.8JD

ケンタッキーフライドチキンでランチを食べようと思うと2JDかかる。




それはさておき、お仕事の話に戻ろう。





文化学園服飾博物館出版『パレスチナとヨルダンの民族衣装』、1993より
これまで、ヴェールバカになっていたので、あまり興味を持って見たことがなかったのだが、パレスティナ・ヨルダンの民族衣装というのは、各地域によって変化に富んでいて、とても美しい。

とくに1950年代以前のものは貴重である。染めや刺繍は手作業で行われ、しかも気が遠くなるように細かい模様があしらってある。頭や顔を飾る装飾品にはコインがふんだんにあしらってある。これは彼女たちの財産である。

しかし、現在では着用されることも、伝統的な形のものが作られることもなくなってきている。

そこで、そうした文化を守ろう!という活動が行われているのである。
ふいめいのご主人のお友達はこうした活動を行っているコレクターだった。


コレクターの奥さまのワードローブを見せてもらってびっくりした。二つの部屋いっぱいに山積みされた衣装は、どれも美しいだけではなかった。ひとつひとつにそれを縫ったひとの「想い」が留められていたのである。


貴重な品物を存分に見せてもららった上、何枚か実際に着せてもらうことまでできた。奥さまは実に寛大な方である。








 奥さまももちろん、大金持ちである。彼女にヨルダン王室御用達のスタジオに連れて行ってもらった。

 ハスキーボイスの仕立て屋のおじさんは、気前よく、いろいろな新作を見せてくれた。左の写真は銀製のスパンコールを贅沢にあしらったイブニング用のガウンである。


 写真を撮らせてもらいながら、これを着て物憂げにテラスから庭を見下ろす自分の姿を想像してみる。もちろん手にはワイングラス、木々の向こうから、ひっそりと門を出て行こうとする馬車の、規則正しい響きが聞こえてくる・・・。(←おまえはボヴァリー夫人か、と一人つっこみ)




しかし、妄想は妄想、そんなこと現実には起こらない(起こっても困るが・・・)。


さっきも書いたけれど、ヨルダンの物価は高い。
パレスティナ刺繍など、確かにモノはいいのだが、10JD以下のものを見つけることは難しい。
衣装に至っては、気に入る物は当然100ドル以上、今のふいめいにそうそう買える品ではない。

所詮、かばん持ちはかばん持ち。持っているかばんと大差ない存在か・・・、とハイソサエティーとの落差を見せつけられて落ち込んでいた、ちょうどそのときだった。



目の前に二人の人物が飛び込んできた。アジズさんとアジザさんだ。


木製の土台に画材で色つけしてある二人はかなり可愛い。無関心な、それでいて何かを訴えるようなアジザさんの瞳と、気のいいお兄さんといった感じのアジズさんの笑顔と髭がとても魅力的である。

その上、なんと一人1.6JDと超お買い得なのである。

自分のお土産として彼らをさっそく購入。美しく包んでもらった。


今ではふいめい家のテレビの上に飾られている二人は、すっかり一家の人気者である。先日、家を訪ねてきたJJも、この二人のブロマイドをひとしきり撮影して帰ったほどだ。


この二人のすごさは、なんといってもその写実性にある。うそだと思う方は右の写真と見比べていただきたい。ほとんどの方は見分けがつかないはずである。





アジズさん、アジザさんを持ってにんまりするMりん(左)とふいめい(右)2003年2月、自宅のスタジオにて



結局、重要なのは高級な品を買うことではない。いかに、幸せになる物を見つけられるかである。と、わけのわからない教訓で閉めてみる・・・。



(2003/2/9記)




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