ふいめいのにっき ショッピングとダンスの日々
―カイロ滞在報告―



2003年12月14日


前述のように、さる大金持ちのかばん持ちとしてやってきたアンマンで、五つ星ホテルに六泊したふいめいは、次にカイロへと移動した。10日間ほど滞在するカイロでの使命は二つある。一つは、やはりかばんを持つことであるが、もうひとつは、日本で待っておられる大奥さまと若奥さまのために、カイロの現代ファッションを買い集めることであった。やはり重大な任務(大奥さまは怖いのだ)への緊張に震えつつも、ひさしぶりに見るカイロの夜景に感動するのだった。



1.カイロのクリスマスキャロル


今回、ホテル代を浮かせてそれで本とお土産を買おうなどというせこい考えを抱いていたふいめいは、ザマーレクでもごく安い宿に泊まることにした。ここは前評判がよく、一度は泊まろうと思っていた場所でもあった。

到着してから判明したのであるが、この宿は「バス・トイレが共同」であった。なんと、そんなこといいじゃないか、と思われるかもしれない。しかし、今回ばかりはそれでは困る理由があった。


実は、荷物を減らそうとして、パジャマのズボンの厚み5mmをけちり、「スパッツ」を持参していたのである。しかも腿さえも覆いきらない短いタイプである。これで廊下をうろうろすることは、カイロでは犯罪行為にあたるだろう。


一晩目、二晩目はなんとか乗り切ったが、三晩続けてこれではきつい。そこで、次の日、タハリールからタルアトハルブの辺りをうろうろして、ズボンを探した。


探すこと2時間、ようやく見つかったのは、ジッパーで長パンから短パンになるタイプ、足のところに「Golf Club」というラベルがあるものだった。値段はなんと1000円近い。ブランド品だったのかもしれないが、背に腹は変えられないので購入した。5mmのために、とんだ誤算である。



こうして、スパッツ問題はクリアしたものの、この宿についてはもう一つ悩みがあった。

それは朝食である。食堂は二階だが、ずいぶんと暗い。たいてい他に客は見当たらず、一人で「地球の歩き方」などをめくりつつ、黙々と食べる。食事をサーブしてくれる「ふいめい父」似のおじさんは決して嫌いではないのだが、白いガラベイヤ(長いシャツ)を着て、ターバンで半分顔を覆い、終始無言で給仕する。部屋の雰囲気も手伝ってか、若干薄気味悪い。

4日目の朝、わたしはやはり黙々と朝食をとっていた。すると、ふと、後ろに視線を感じた。反射的に振り返ると、『クリスマスキャロル』に出てくるようなナイトキャップをかぶり、縞々のパジャマを着たおじいさんが、暗い部屋の隅に座ってこちらを見ていたのだ!

「・・・!」

わたしはその光景のあまりの衝撃と筆舌に尽くしがたい恐怖に、手からゆで卵を落としてしまった・・・。


後からわかったのだが、そのおじいさんはサウジアラビア人の音楽家で、カイロの音楽学院で勉強しているのだという。正体がわかってからは、にこやかに会話ができるようになったが、あのときの恐怖によって、以後、ここで朝食を食べられなくなってしまった・・・。




2.スーク・アタバでお買い物


さてさて、朝ごはんは食べずとも、お仕事をしなければならない。どこでお買い物するかということになり、地下鉄アタバ駅からお土産ショップで有名な「ハーン・ハリーリー」まで続く道にある、スーク・アタバを見て周ることにした。


スーク・アタバは泥臭さの中にお洒落さが混じっており、庶民的かつイケてるショッピング街である(と思う)。東京で言えば「吉祥寺」といった感じである。



ここにある洋服屋をまわり、モダーンなアバーヤ(婦人用ワンピース)から、田舎っぽいガラベイヤまで手当たりしだい買いまくった。一枚安いもので30エジプト・ポンド(1ポンド=約30円)、一番高くても150ポンドくらいである。女性用だけでも二十着以上を購入した。
次に、スカーフ屋さんをまわった。スカーフは店の中や表に大量に吊るしてある。たいていは輸入物で、インド製、韓国製、日本製、トルコ製などが並ぶ。エジプト製というのは、あまりかわいくないエジプト綿のものくらいである。こちらは一枚10ポンドから20ポンド前後。



大奥様と若奥様がお屋敷に「カイロのスカーフ屋」のようなコーナーを作りたい、と希望されておられたので、それらしくなるように、いろいろなタイプを選んで、100枚ほどを購入した。




カイロの女子高生たち
買い物中に、街角で女子高生に囲まれてしまった。


世界どこでも、「女子高生」とよばれるひとたちは元気がいい。そうだ、制服チェックをしなければ、と思ったが、どうやらこの学校はとくに決まった制服があるわけではなく、シャツと紺色のロングスカートならなんでもいいようだ。


ミニスカートにルーズソックスというのはありえないだろうが、カイロ独特の「女子高生ファッション」というのは、やはり存在しているようである。



3.旦那さまの夜遊びに密着


かばん持ちのふいめいには、実は三つ目の極秘任務があった。
それは、大奥さまから授かった任務であり、旦那さまの夜遊びに密着し、旦那さまが横着をしないように見張る、というものであった。


ある晩、旦那さまが「ナイルマキシム」のベリーダンスショーを観に行かれることになった。

「ナイルマキシム」はナイル川に浮かぶ豪華な遊覧船である。この中のレストランでのベリーダンスショーは有名で、お金持ちたちがかなり気合を入れた格好でやってきたり、外国人がカイロでのエキゾティックな夜を求めてやってくる。

しかし、値段はそれほど高いわけではなく、確かミニマムチャージが100ポンド(=3000円)だったと思う(旦那さまにおごっていただいたのでよくわからなかった)。



今日のダンサーはロシア人の女性だった。白いもっちりとした肌と華やかな衣裳だけでなく、彼女の表情とお腹(ベリー)の揺れはかなり見ごたえがあった。


黒、赤、白と三色の衣裳に着替えながら、ショーは一時間くらい続いた。


 



幕間に、西田敏行にそっくりなおじさんが現われた。彼は派手なスカートを風に膨らませながら、とにかく廻り続けていた。スーフィーの旋回舞踊と関係があるのだろうか・・・などと思いながら見ていたが、どうなのだろうか。


写真は廻りながら一番上のスカートを脱いでいるところである。脱いだスカートをぐるぐると頭の上で回し、二重の旋回美で観客を魅了する。



今、カイロで踊っているダンサーの多くは外国人だそうである。旦那さまのお友達の有名なベリーダンサーが開いているダンス教室を訪問したとき、そこでは、デンマーク人、コロンビア人、アメリカ人、シンガポール人などさまざまな国籍のダンサーたちが学んでいた。


今回、初めて生のベリーダンスを見たが、それは「肌の露出とエロチックな動きのオリエンタリズム剥き出しのダンス」というこれまで抱いていたイメージを払拭するものであった。ベリーダンスとはまさにお腹のダンス、お腹の筋肉の創り出す芸術である(などと、適当なことを言っていては、怒られてしまうかもしれないが・・・)。


しかし、確かにかなりエロチックだったことをここには付記しておきたい。(もちろん、奥さまへの報告書には書かなかったが・・・)


*    *    *



12月24日、旦那さま方ご一行は、パリでのバカンスをお過ごしになるため、ふいめいは巨大なスーツケースとともに、一人先に帰国することになった。人が二人は入るだろうと思われるそのスーツケースは、随所で人々の笑いを誘い、ひそひそ話のタネとなった。航空会社は60キロ超過のところを20キロ超過までおまけしてくれた。


成田空港でベルトコンベアーで流れてきたスーツケースをなんとか下ろしたのはよいものの、カートに乗せられない。そのうち、親切な紳士たちが両側から現われて、二人がかりで手伝ってくれた。日本も捨てたものじゃない、と思った。


こうして、2002年最後のエジプト滞在は幕を閉じた。次こそは、「留学生」として訪れたいものである。



(2003/3/1記)




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