Fuimei's Report ヴェールの謎シリーズ(1)―中期アッシリア法とヴェール


「中期アッシリア法」というのは、

1903-14にドイツ・オリエント協会がアッシリアの古都カルアト・シャルカートで発掘した際
発見された碑板に記されていたものです。

これらの碑板は現在、ベルリンの国立博物館に収蔵されています。

この法が制定された正確な年代はわかりませんが、紀元前1450-1250年の間に書かれたと考えられています。


この中に、ヴェールに関する条項が記されています。
そして、現在のところ見つかっている成文法としては、これが最古のものなのです。



まずは、その内容を見ていきましょう。

(Driver and Milesによる英訳からの重訳です。詳しくはThe Assyrian Laws,pp.406-11をご覧ください)


 
第40条

既婚、[未亡人]、[アッシリア人]にかかわらず、(公)道に出る場合には頭を[露わしてはならない]。高貴な女性は…それが覆い布(?)であろうと、ローブや、[外套]であろうとヴェールを着用しなければならない。[彼女らは]頭を[露わしてはならない]。

・・・や・・・や・・・はヴェールを着用してはならないが、彼女たちが[一人で](公)道に出る場合には、[当然]ヴェールを着用してよい。

女主人と一緒に(公)道に出る場合、妾(?)はヴェールを着用しなければならない。

夫と結婚した神殿娼婦は(公)道に出る場合ヴェールを着用しなければならないが、夫と結婚していない場合(公)道で頭を露わさなければならない。彼女はヴェールを着用してはならない。

娼婦はヴェールを着用してはならない。彼女は頭を露わさなければならない。娼婦がヴェールを着用しているのを見た者は彼女を捕らえ(?)なければならない。彼は(自由)男性を証人(として)、彼女を法廷に連れて行かなければならない。彼女のアクセサリーを取り上げてはならない(が、)彼女を捕らえた者は、彼女の衣服を取り上げてもよい。彼女は50回の鞭打ちを受け、(また)頭から松脂をかけられる。

もし娼婦がヴェールを着用しているのを男性が見て、法廷に彼女を連れて行かなかった場合、その男性は50回の鞭打ちを受ける。彼のことを通報した者は彼の衣服を取り上げてもよい。彼の耳にはピアスの穴が開けられ、そこに紐を通され、その紐は彼の後ろで結ばれる。彼はまるまる一ヶ月の間、王のところで懲役に課せられる。

奴隷女性はヴェールを着用してはならない。奴隷女性がヴェールを着用しているのを見た者は彼女を捕らえ、法廷の入り口に連れて行かなければならない。彼女の耳は切り落とされ、(また)彼女を捕らえた男性は彼女の衣服を取り上げてもよい。

もし奴隷女性がヴェールを着用しているのを男性が見て、見逃し、彼女を捕らえて法廷の入り口に連れてこなかった場合で、その証拠が挙げられた場合、彼は50回の鞭打ちを受ける。彼の耳にはピアスの穴が開けられ、そこに紐を通され、その紐は彼の後ろで結ばれる。彼のことを通報した者は彼の衣服を取り上げてよい。彼はまるまる一ヶ月の間、王のところで懲役に課せられる。






 第41条

もし、ある男性が自分の妾(?)にヴェールをかける場合、彼は5(、)6人の隣人の前で彼女にヴェールをかけ、次のように宣言する。「彼女は私の妻だ。」

(そうすれば)彼女は彼の妻である。男性たちの前でヴェールをかけた妾(?)で、夫が「彼女は私の妻だ。」といわない場合、その女性は彼の妻ではなく(まだ)妾である。

ある男性が死亡し(さらに)彼のヴェールをかけた妻に息子がない場合、妾(?)の息子が彼の息子(となる)。彼らにもその男性の財産が分け与えられる。








1.ヴェールの理由はなあに?(第40条)


第40条の最初の部分は破損がひどく、はっきり読めないそうなのですが、この条項では、まず既婚女性と上流階層の女性(既婚・未婚を問わない)は公の場所でヴェールを着用しなければならないと命じているようです。ヴェールでどこを覆うかはっきりと記されていないのですが、少なくとも頭髪を覆わなければならなかったようです。


さらに対象となる女性を、@妾、A神殿娼婦、B娼婦、C奴隷女性 に分けて、ヴェール着用の可否について命じています。とくに、B娼婦とC奴隷女性はヴェールを着用することが厳しく禁じられ、もしも着用した場合には、松脂をかけられたり、耳を切り落とされたりと恐ろしい刑罰に処されます。


おもしろいのはこうした禁じられた女性がヴェールを着用しているのを見逃した男性もやはり、厳しい刑罰に処されるということです。


さて、中期アッシリアでは、なぜヴェールの着用の有無が厳しく取り締まられたのでしょうか。


Driver and Milesは40条に関して次のようにまとめています。

(この条項は)貴婦人やその他敬意を払うべき女性たちと、売春婦や奴隷女性とを識別するのに役立った。さらに、この法令の中では、敬意を払うべき女性がヴェールを着用しない場合には刑罰を課していない。ただ、着用すべき女性以外がヴェールを用いることを、できる限り禁じているのである。これは贅沢を禁止する法といったものではないようだ。どちらかというと、ヴェールを着用することは、上流階層の特権であり、何らかの理由で法律によってその特権を維持しているように思われる。


ヴェールが上流階層の特権であったというのはよく言われる話です。布が貴重な古代において誰でも彼でもヴェールを手に入れられたはずもない。しかも、身体を覆うことは、働かなくてもいい「有閑マダム」のシンボルです。しかし、なぜ売春婦や奴隷女性がこれを真似してはならないのか。「なんらかの理由」とは何でしょう…?







この疑問に自信満々で答えたのがGerda Lernerです。LernerはThe Creation of Patriarchyの中で、次のように述べています。


第40条は女性の身分序列を制度化するためのものである。一番身分が高いのが、高貴な既婚女性と未婚の娘。その下ではあるけれど、敬意を払うべきだと考えられているのが既婚の妾である。このとき、彼女が自由身分か奴隷身分か、神殿娼婦かは問われない。明らかに敬意を払われないのが未婚の神殿娼婦、売春婦、そして奴隷女性である。

男性たちは、ヴェール姿の妻、妾、処女の娘を一目見るだけで、彼女らは誰か他の男の保護下にいる、ということがわかる。彼女らは侵してはならない、侵すことのできない存在だと考えられる。逆に、ヴェールを着用していない女性は、守られていない女性であり、よって誰の餌食にもなりうるのだ。


家父長制の社会では「処女の娘は家庭の財産」、と考えられます。富裕な階層の家の女たちの貞節を守るために、アッシリア社会では、商業的な売春というのが必要だと考えられるようになったようです。

そうすると、問題は家の女と娼婦とをどう見分けるか、ということになってきます。


第40条は、妻や娘など「ある男性の保護下にいる女性」と、売春婦や奴隷女性など「保護されない女性」とを明確に見分け、保護下にいる女性の性を守るための規定だったと考えられます。見分けるための指標がヴェールだった、ということです。






2.結婚とヴェール(第41条)


次に第41条を見てみましょう。

妾と結婚したい場合、5,6人の証人の前で彼女にヴェールを被せて

「彼女は私の妻だ。」

と宣言しなさい、とあります。ヴェールと宣言の両方が、妾の女性を「正妻」の立場へと引き上げます。第40条によると、妾というのは正妻と一緒に公道に出るときだけヴェールの着用が許されていました。これは、女主人の後について、その荷物を持っているため、彼女の身分はヴェールを着用していても明らかだから許されるとLernerは述べています。





もちろん、身体や顔を覆うヴェールというは中期アッシリア以前にも存在しました。

古代世界のヴェールの広がり、その理由をすべて知るのは困難なことです。おそらく不可能でしょう。


しかし、中期アッシリア法の規定から、ヴェールというのがどのような理由で
どのような身分の女性たちによって着用されてきたのかを垣間見ることができます。



@見分けてある身分の女性たちを守る、A正妻の指標



というのは実は、初期イスラムにおけるヴェールの理由として重要なものでもありました。

でも、そのお話はまたあとで。




主要参考文献

Edited with Translation and Commentary by G.R.Driver and John C. Miles, The Assyrian Laws, Oxford: 1935

Gerda Lerner, The Creation of Patriarchy, NewYork/Oxford: 1986


Fuimei's Reports