Fuimei's Report トレーニング 一日一論文解読

広辞苑第五版によると、論文とは

「論議する文。理義を論じきわめる文。論策を記した文。」

だそうです。どうりで難しいはずです。


しかし、人生には読まなければいけないときがある。

ということで、一日一論文解読を目標に生きていくことにしました。

 
Gavin R. G. Hambly(ed), NY: 1998
Women in the Medieval Islamic World

『中世イスラーム世界の女性』 

J. W. Wright Jr. & Everett K. Rowson, NY:1997
Homoeroticism in Classical Arabic Literature
『アラブ古典文学における同性愛』

とりあえずは、上の二冊を交互に読んでいきます。

注意!以下に出てくる日本語訳は意訳してある場合があります。
また、ここに書かれているのは、あくまでもふいめいの拙い理解による解釈であります。
どうか、鵜呑みにされませんように。





序章 見えてくる女性たち:中世イスラームの史料編纂と歴史学の中で
BECOMING VISIBLE: MEDIEVAL ISLAMIC WOMEN IN HISTORIOGRAPHY AND HISTORY

Garvin R.G. Hambly   

大意:女性たちは、イスラームの歴史や文化の中で重要な役割を果たしてこなかったと考えられ、無視されてきた。そのようなムスリム女性の歴史を書こうと試みた最初の人物は、アラブ系アメリカ人の学者ナビア・アボット
Nabia Abbott(1897-1981)である。アボットは1941年以降、イスラーム以前から初期イスラームまでの女性について考察した三部作の論文、預言者ムハンマドの愛妻アーイシャの伝記、カリフ・ハールーン・アル・ラシードをめぐる女性たちに関する著作などを次々と発表し、長らくその分野において孤軍奮闘していた。以後、現在に至るまで、女性史に関する書物は増えてはいるものの、中世のムスリム女性を照射した学術的試みと筆者が考えるのは、ただ一つAnn K.S. Lambton, Continuity and Change in Medieval Persia,1988のみである。

初期の伝承家ブハーリー(870没)が伝えるハディースの中に、「女性を指導者とする人々は決して繁栄しない」というものがある。これは女性を公的な場所から排除するためによく用いられる言葉であるが、実際のところ、女性たちは明に暗に公の事柄に関わってきたのである。以下に挙げた女性は、いずれも夫や兄弟を利用し、間接的に政治に関わり、劇的な人生を生きたと伝えられている人物である。

・スブフ
Subh…後ウマイヤ朝のハカム二世(961-76)の妻、ヒシャーム二世の母。
・シットゥ・アル・ムルク
Sitt al-Mulk…ファーティマ朝カリフ、アル・ハーキム(996-1021)の妹。
・イッティファーク
Ittifaq…前期マムルーク朝の三人のスルタン(1309-47)の妻となった。

また、わずかながら、実際に政権を取った女性もいる。以下に例を挙げてみる。

・サイイダ・フッラ
Sayyida Hurra・・・イエメンのスライヒード朝(1047-1138)
・ラディーヤ
Radiyya bint Iltutmish・・・デリーのスルタンを名乗った(1236-40)
・シャジャル・アル・ドゥッル
Shajar al-Durr・・・マムルーク朝創始者(1250)
・タンドゥー・ハートゥーン
Tandu Khatun・・・ジャラーイル朝バグダードを支配(1411-16?)

その他にも、歴史上活躍した女性は枚挙に遑がない(実際、筆者は8頁に渡って例を挙げていて、読むのが大変。)女性の活躍の跡は、モスクなどの建造物という形でも各地に残っている。伝統的ムスリム社会の中で女性の姿は本当に「見えなかった
invisible」のであろうか。本書は、そのようなステレオタイプを根本的に変える一冊となるであろう。


 前書きなので、まずはイスラームの歴史に、実はいかに女性が活躍した記録があるのか、ということを羅列して読者を圧倒し(ちょっと長すぎ)、その後で本書の各章の紹介へと移ります。なるほど、ここまで言われると、女性たちがいったいどんなふうに「見えてくる」のだろうかと、期待が高まりますね。

(2003/7/5)





男女の描写と比較について
 MALE AND FEMALE: DESCRIBED AND COMPARED
Franz Rosenthal   

論文の構成:
前半では「男色派」と「女色派」の対戦文学について、『快楽のあらまし』という作品に出てくる哲学者アル・サラフスィー(899没)と文学者アブー・ターヒル・タイフール(893没)との会話を中心に分析している。後半はアル・バドリー(1489没)の『至福の暁:美しい顔の描写について』という作品に出てくる短い描写詩(男性賛美)の紹介と分析。

結論は多分このようなこと?:
自分の教養を表現する場である短詩(epigram)に出てくるエロティックな表現というのは、すでに元来の意味を失っており、それは単に言葉のお遊び、というかお世辞程度のものである。また、こうした男女の賛美作品の中で、男女の別というのは重要ではなく、そこには、ただ、美しいものに対する崇拝があるのみである。そうした事情を分かった上で読まなければ、大きな間違いを犯す危険がありますよ。

男性賛美、女性賛美作品集:
1.ジャーヒズ(868/9没)『少女と少年の自慢合戦』

    (al-Jahiz, Kitab Mufakharat al-Jawari wa al-Ghilman
2.アル・カーティブ(1124没)『快楽のあらまし』
    (Abu l-Hasan ‘Ali b. Nasr al-Katib, Jawami' al-Ladhdha)
3.ヒジャーズィー(1471没)『男の子たちの天国:少年美について』
    (Shibab al-Din al-Hijazi, Jannat al-wildan fi al-Hisan min al-Ghilman)
  同上 『ねぐらに還る星々:少女美について』
    (al-Kunnas al-Jawari fi al-Hasan min al-Jawari)
4.アル・バドリー(1489没)『至福の暁:美しい顔の描写について』
    (Abu al-Tuqa al-Badri, Ghurrat al-Sabah fi Wasf al-Wujuh al-Sibah)


 アラビアンナイトの420夜にも「美男と美女との優劣について」というお話がありますよね。いつか、ジャーヒズやアル・カーティブなどと比べてみたいです。

(2003/7/11)




とりあえず、2003年8月いっぱいまで続く予定です。たぶんね(汗)。



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