ふいめいと旅する  警官と周る湖とピラミッドの町



地図: The General Libraries, The University of Texas at Austin


旅の一口メモ

旅の道連れ

マァディーズ(屈強な男性集団)より二名
美人女子大生(二十歳そこそこ)より二名


旅の目的:

「GWを楽しむ」


旅の経費:

カイロ市内 ⇒ ファイユーム(セルビス) 片道7ポンド
市内観光の車 全行程一台 100ポンド
昼食 一人50ポンド



4月のある日、日頃から身体を張った遊びに誘ってくれる屈強な男たちの集団「マァディーズ」のK氏から、「GWだし、ファイユームに行きたい」という携帯メールをもらった。アレキサンドリアすら行ったことがないと言っていたのに、なぜ「ファイユーム」などというマニアックな場所に行きたいのか、といぶかしく思いつつも、私は同行を決意した。


当日早朝、地下鉄ギザ駅で集合したのは、マァディーズのK氏とT氏、さらにいつもふいめいと共にマァディーズの挑戦に挑んでいる美人女子大生AI嬢とAY嬢、そしてふいめいの五人だった。私たちはギザ広場まで歩き、そこからファイユーム行きのセルビス(乗合のバン)に乗り込んだ。


ファイユームは、ギザのピラミッドをさらに南に一時間半ほど下ったところにある。カイロでは日頃あまり見慣れない田園風景と、それに続く砂漠のダイナミックな光景を見ているうちに、あっという間に到着である。

町の中心、カールーン広場でセルビスから降ろしてもらい、ファイユーム名物の一つ「水車」を見に行こうと歩いていた一同に、ジャケットとズボン姿のあやしげな男が近づいてきた。「ウェアー・ユー・ゴーイング?」とこれまたあやしい英語で話しかけてくる男に対し、皆は完全に無視を決め込んでいた。


その日はちょうど、エジプトの祝日、春の到来を祝う「シャンム・ナスィーム」の日だった。エジプトではこの日、家族そろって外に出て、春の風の薫りを楽しむという慣わしがある。そのため、水車の周りもエジプト人の家族でごった返していた。


水車の写真など写していると、今度はさっきの男よりも、もう少しキリリとした40代後半くらいの男が、「ヘロー、アイ・アム・ア・ポリス。ウェアー・ユー・ゴーイング?」と声をかけてきた。この人も客引きだろう、と疑ったため、私は「そう。で、身分証はどこ?」とややけんか腰に聞いてしまった。その男は苦笑しながらも、身分証を見せてくれた。先ほどのあやしげな男も現れた。彼らは、自分たちはツーリストポリスだ、ファイユームを観光する外国人のグループには警官が必ず一人警護のためにつかなければならない、と私たちに説明し始めた。

面倒なことになった、と皆の顔は曇った。地方都市に行くと警官に「警護」されるという話は聞いたことがあったけれど、まさか自分の身に起こるとは。カイロに戻って、マァディーでテニスでもしようか、と弱気なことを話し合っていると、先ほどの警察官は、気さくな調子でこう言った。

「それで、どこに行きたいんだね?ピラミッドかい?湖かい?」


私たちが弱気な調子で、「ピラミッドと湖の両方を見に行きたいんだけど…」と言うと、その警官は部下の一人に向かって観光オフィスから地図をもらってくるようにと言い、もう一人にタクシーを一台見つけてくるようにと命じた。

…へぇ、警察ってずいぶん親切?

と、皆で唖然としていると、さらにその警官は、部下が連れてきたタクシーの運転手と料金の交渉を始めた。その結果、半日で一台50ポンドという「地球の歩き方」を見てもありえないほど安い値段で話がまとまってしまった。


こうして、私たちには若くがっちりした警官ハーレド氏が同行することになった。運転手はやせてて気の弱そうなムハンマド氏。話の成り行きで、通常四人乗りのタクシーに六人がひしめき合うことになった。それでも警官たちはまったく問題ないといった様子で、笑顔で見送ってくれたのである。


まず、ファイユームから10キロ南東にあるハワーラのピラミッドに向かった。このピラミッドは中王国時代アメンエムハト3世によってつくられたものだという。高さは58m、南側にはピラミッド内部に続く小さな入口があり、一応中にも入らせてもらえた。ただし、中は真っ暗で水が溜まっているために、5mほど歩いたところで引き返さなければならなかった。

ちなみに、ファイユームを目指したマァディーズの真の目的は、「砂漠の砂を手に入れること」だったらしい。しかし、ここの砂はギザ同様、粒が大きく、あまりきれいではない。


ピラミッド観光を一通り終えた一同は、次にカールーン湖を目指した。ファイユーム市の北22kmのところに位置するこの湖は、地図を見ても分かるように、かなり大きい(ふいめいの計算が正しければ、22万平方キロメーター、浜名湖の三分の一)。


湖岸はまるで海辺の砂浜のようで、たくさんのエジプト人家族が遊びに来ていた。5月初めとはいえ、エジプトは30℃を優に越える暑さである。皆泳いだり、日光浴をしたりしていた。色とりどりの布をはったテントや、手作りのサンシェードが、外国人中心の紅海岸とは違って新鮮な印象である。





手漕ぎボートで島まで往復

湖に着くと、私たちはさっそく魚レストランを知らないか、と警官のハーレド氏と運転手のムハンマド氏に尋ねた。タクシーは湖岸を走り、湖が終わってしまうのではないか、と思ったころ、一軒の青い壁のレストランの前で停まった。


「あまりきれいじゃないねぇ、どうしようか。」と相談するわれわれに、レストランの店員は「ここでも食べれるが、あの島にもっときれいでいいところがある。そっちで食べてもいい。」と言って、遠く湖の中州に浮かぶ島を指差した。


「ほほう、対岸にチェーン店があるのね。」「いいね。」

警官ハーレド氏の交渉(?)のおかげで、料理、飲み物、島への往復のボートなど全部込みで5人250LEになった。一同は二人の少年の漕ぐボートで「島のレストラン」へと向かうことにした。



最初は誰もが、「ボート遊びまでできて、ラッキー」とご機嫌だった。しかし、少年たちが漕げども漕げども島は近づいてこない。風向きが逆らしい。しかも、細腕の方の少年は疲れてきたようだった。湖なのでほとんど波はないが、大勢乗っていることもあり、船が揺れて水が入ったりもする。


湖の半ばに来る頃に、ハーレド氏は「やっぱり、引き返そう。岸で食べた方がいい」と言い始めた。折りしも薄暗い雲が湖上に広がり、皆もなんだか不安になってきた。私たちはひどく揺れるボートの上で、今後の方針について船上会議を始めた。


やがて、煮え切らない私たちにイライラしたハーレド氏は、「上司に聞いてみる」と言って携帯電話をかけ始めた。ハーレド氏のあまりの剣幕に、皆、今すぐ引き返しなさい、と言われるのではないかとびくびくしていた。


「…はい。そうですか。」

警官は顔を上げておもむろに私たちにこんなことを尋ねた。

「楽しんでるか?一番重要なのは君たちが楽しむことだ、とボスが言っている。」

…へぇ、警察ってずいぶん親切?


そうこうしているうちに、ようやく島に到着した。




水牛もこういうところだと絵になる
島には「大自然」以外にほとんど何もなかった。


「レストランは…?」と呟きながら、一同は川口探検隊のように草を分け入った。
案内されたのはレストランではなく、ヤシの葉で編んだ屋根のかかった空間だった。

「ほほう、風流な席があるのね。」
「いいね。」


舟を漕いでくれた少年たちは、「ここで待て」と言い残して船に乗って岸に戻っていった。


私たちは「ボーイ」がやって来るのを待った。


待てど暮らせど、ボーイも料理も出て来ない。「騙されたのかね。」「だってこっちには警察いるよ。」


警官のハーレド氏にもこのレストランの事情はよくわからないらしい。彼は私たちを楽しませようと、身の上話をしたり、島巡りに連れて行ってくれたりエンターテインしてくれた。聞くところによると彼は31歳、半年前に結婚したばかりの新婚さんらしい。


約一時間後、湖でボートを漕ぐ二人の少年の姿が見えた。「おお、来たよ。」「あれだ、間違いない。ダンボール箱が見える。」

なんと、この二人の少年は岸辺のレストランで料理をしたものを再び船で持ってきたのである。二人は息も上がらないうちに、日焼けした笑顔でてきぱきと料理を並べ始めた。ややくさみの残る魚だったが、お腹がすいていたのと、少年たちや警官、運転手氏との交流のおかげでとてもおいしく感じられた。







食後、私たちは再びすし詰めになってタクシーに乗り込み、ファイユームの町に向かった。お腹いっぱい、気分もよくて、皆うとうとしていた。

旅には思いがけないことが起こるというが、今回の旅行ではすべてがよい方に転んだ気がする。

日頃の皆の行いのせいか…?


おつかれさまでした。



(2005/6/8記)

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