Created: August 30, 2007. Updated: October 1, 2007.

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Brestにて

二輪四脚でパリ - ブレスト - パリ 2007 / Paris-Brest-Paris 2007 by Two Wheels - Four Legs

センチュリーライド(160km/8時間)を時間内に完走できそうにないから始めたブルベ。 来るところまで来てしまった。 いまだに二人ともセンチュリーライドは時間内に完走できないことだろう。

Tomoはサイクリング以外で自転車に乗ることは稀。 KazもTomoとたいして変わらず、自転車通勤をしているだけ。 スポーツとして自転車に乗ることはなく、そもそも競技者でもない。 そんな二人が自転車旅行の延長でPBPを完走してしまった。

走力の無さにかけては、参加者の中でも一二を争うことだろう。 それをどうやって補ったか。 私たちには他の参加者には無い強みがあった。

第一にタンデム、 第二にヨーロッパ慣れ、 この二つがなければ、完走はとうてい無理だった。 幸運にも恵まれていた。 PBPを模した直前の二度の走行会、これが今回のPBPの条件にぴたりと合った。 機材の故障もいっさい無かった。

苦しくなかったとは言えないが、日本からの参加者の中では、一番楽に、楽しく走ったのだろうと思う。

完走できた理由

PBP参加者の中で、走力最下層の私たちが完走できたのは、走力を補うだけの利点と運に恵まれていたから。 どれかが欠けていたら、完走できなかったことだろう。

タンデム

向かい風に強く、下りや平地で速度がでる。 登り坂の速度は二人の平均。 つまり、二人別々の自転車で走るよりも常に速く走れる。

後席は地図読み、前席は操縦に集中できる。

常に近くにいるので、会話を続けることが容易。 眠くなったのも相手に伝わるので、声を掛け合うことができる。

タンデムはブルベで有利。

ヨーロッパ慣れ

私たちはかつて4年間ドイツで暮らしていた。 意思疎通ができないことには慣れっこ(開き直りともいう)。 無駄な緊張をすることなく過ごすことができる。

水や食べ物に慣れている。 水道水を飲んでも調子をくずすことがない。 何をどう食べたらおいしいのかも判る。

交通方法も違和感がない。 日本との微妙な違い、

これらが身に付いているので、なんの戸惑いも無く走ることかができる。

効果的な模擬走行

7月21-22日 PBP初日シミュレーション7月28-30日 PBP模擬 長時間走行、 この二つの模擬走行が役にたった。

初日シミュレーションでは、準備すべき飲み物と補給食の量を知ることができ、 模擬 長時間走行では、三晩目からの眠気、それに伴う速度低下、尻痛のひどさを知ることができた。 力配分の勝手が判っていたから、調子を崩さずに走りきれたのだと思う。

そして、この二度の走行ではどちらも強い雨に悩まされた。 偶然にも、本番の良い練習になった。

分業

PCでコントロールを済ませると、片方がボトルの詰め替え、片方がレストランの列に並ぶ。 そうやって無駄な時間を減らすことができた。 常に二人で行動できた強み。

着替え、シャワー、睡眠

荷物は多くなるけれど、着替えを一組持って走った。 いつでもシャワーを浴び、着替えをして気分転換できるように、との目論み。 これが正解。

LOUDÉACにオダックス埼玉のサポートが待っていたが、ベースキャンプへはコントロールからはちょっと距離があった。 そこで、コントロールを済ませた後、シャワーと着替えを済ませ、ベースキャンプへ移動。 シャワーとベースキャンプを往復する時間を短縮できた。 シャワーを浴びてさっぱりした後、テントの中でぐっすり眠れた。

Tomoは行き帰りのLOUDÉACと帰りのDREUXで3回シャワーを浴び、 Kazも行き帰りのLOUDÉACで2回シャワーを浴び、さらに一度着替えをしたので、快適に走ることができた。

Kazは食事の後に、短時間の睡眠を細切れにとっていた。 15分程度だが、かなり深い眠りで、起きた後は元気になっていた。 これはもう特技の域。

補給食、飲み物

後半は固形物が喉を通らないと前回の参加者が言っていた。 Tomoも疲れると食欲が落ちる。 対策として、ウイダーのようなゼリーを持参。

結局、食欲がなくなることはなかったので問題なかった。 スープやゼリー、水分ばかり摂取していたら固形物が欲しくなったぐらいだ。

梅干しを持っていったが、食べたら口の中がただれてしまった。 差し入れのハチミツレモンも、飲むと口の中がひりひりする。 レモン系の飲み物も濃すぎると口の中にしみる。 疲れているときは、強い酸性の食べ物で、口の中の粘膜がやられてしまうらしい。

前日に、手続きをするところで、OVERSTIM.s®のCYCLE SPORT PACKを買った。 炭水化物補給ドリンク粉末(MALTO)、エネルギー補給アイソトニックドリンク粉末(HYDRIXIR)、エネルギージェル数種(私たちはこれをドーピングのにゅるにゅると呼んでいた)がセットになっていた。 小分けするジプロックの小袋も付いていたので小分けして、ドロップバッグに預けた。 これは良かった。 途中、MALTOを追加購入して、アクエリアス+MALTOなども作った。

ボトルは二人分で5本用意した。 5本のサイクルボトルの内訳は以下のとおり。

ビタミンタブレット

走行中の体の変化

Kaz

400km〜
尻の痛み
折り返し直後
足のむくみ、靴ひもを緩めて対処
一時間の野宿仮眠のあと
咳が続く → いつのまにか治った
800km〜
両手の小指に軽いしびれ。
900km〜
筋肉痛。 足に乳酸がたっぷり。 足を止めたり、止めた足を回し始めるときに痛みが走る。 自転車の乗り降りすら困難になる。
1000km〜
左足首に痛み
1100km〜
両手の小指・薬指にしびれ、両足の小指・薬指にしびれ

尻の擦過傷には、床ずれ用の薬(アズノール軟膏)が効いた。 筋肉痛は終了後一日半でほぼ回復した。

手のしびれは、軽減されてきたとはいえ、一週間後の現在も続いている。 左足首の痛みも消えてきたが、完治していない。

Tomo

100km〜250km
眠気、腹痛
300km〜450km
股擦れ(シャワーを浴びて多少良くなる)
450km〜
筋肉痛。(SKINS™を着て少しはマシになる。)
700km〜
股擦れ。尻痛。(ルディアックでSKINS™は脱ぐことに)
800km〜
腿はぱんぱん、足先が痺れている。 自転車の乗り降りが辛い。

股擦れ・尻痛には、下記の対処をした。

アクシデント

反省

道ばたで寝るよりPCで寝た方が良い。 雨の降る夜間、どうしても眠くなり軒先で一時間の仮眠をとった。 体が冷えて、惨めな気持ちになる。

同じ一時間を休むなら、その前のPCで休んだ方が良かったはず。 少しでも前に進もうと焦ってはならない。

下りで速度を落とすのがもったいなくて、対向車をギリギリで避けたことがあった。 危険を負うよりも、躊躇せず減速すべき。 無理して節約できる時間なんて、数秒に満たない。 危険と引き換えにするのは割に合わない。

参加者の自転車

Kazは自転車そのものも大好きなので、他の参加者の自転車が気になる。

ロードレーサーが大多数だが、結局旅行用車仕様となるように工夫していた。 レーサーであっても、荷物を積まねばならないから、キャリアとかバッグを取り付けていて、 泥よけを付けているのも多かった。

最新自転車の宣伝文句なんてのが誤差で吹き飛んじゃうような世界。 前年度モデルより剛性20%UP! とか、300gの軽量化! とか、バカバカしくなる。 そんなことより、キャリア用のダボ付いてるか、とか、ちゃんとした泥よけ付くか、ってことのほうが重要なのだ。

素直に最初から旅行用車ってのも多い。 泥よけとキャリアのきっちり付いた伝統的な旅行用車。 アメリカの人に、「この泥よけカッコいいだろ、日本のホンジョ製なんだぜ。」と自慢された。 しばらく一緒に走ったカップルの自転車なんて、新しく見えるのに二台とも650B履いていた。 自転車屋さんでもさりげなく650B売っていた。 TomoもKazも一人乗りの自転車はアルプスで作った旅行用車に乗っているのだから、うれしくなる。

それでもって、特殊車両の多さといったら無い。 こんなにまとまった数のタンデムやリカンベントを見たのは生まれて初めて。 Kazさん、それだけで鼻血ブー。

自転車の種類の幅の広さ、これは文化だ。

走行報告

8月18日(土) 空港からホテルまで

CHARLES-DE-GAULLE空港に早朝到着。 荷物は無事に出てきた。 待ち合わせをしている河西さんの到着するゲートに移動し、自転車を組立てながら待つ。 Kazはパリ市郊外の地図を買う。 インフォメーションでパリまでの道筋を聞くが、回りは高速道路なので自転車では難しい。 河西さんと落ち合い、河西さんの自転車が組み上がるのを待って、 手配しておいた宅配サービスのおじさんにケースを預け、 PARIS郊外を抜けてSAINT-QUENTINに出発。

空港から一般道に出るのはちょいと難しい。 迷って、遠回りして、ようやく隣の村に着く。 パン屋さんで朝ご飯を買い、向かいの商店で飲み物を買う。 教会の前のベンチで食べる。 散歩の人や自転車が前の坂を登っている。

そこから先も迷いつつ、水路沿いのサイクリングロードに出る。 予定では川沿いを通りPARIS市街地を迂回するはずが、 CHAMPS-ÉLYSÉESを走り、凱旋門を目の当たりにできた。 そこからも迷走。 市内の詳しい地図の外なのでどこにいるか解らない。 途中、中華の食堂で遅いお昼。 斜め前の自転車屋さんでPBP会場までの道筋を聞く。 VERSAILLES宮殿の庭を通り抜け、SAINT-QUENTINへ。 そこからホテルの場所を見つけるのに一時間以上かかった。 走行距離は70kmぐらいの予定が、100kmを越えていた。

河西さんのホテルに向かい、荷物を置いて、夕食&買物をかねて街中へ。 日曜日はお店が閉まるのでいろいろ買物。 PBPは天気が悪いようなので、自転車屋さんでKazは指先のある手袋を買う。 コレは役に立った。 向かいの中華レストランで食べる。 結構うまい。 夜食のグレープフルーツジュースとドロップバッグに預ける補給食を買った。 長い一日だった。 へろへろになってぐっすり寝られた。

8月19日(日) 車検

疲れてぐっすり寝たせいか、時差ぼけはなかった。 そもそも、日本からヨーロッパに行くときはちょっと寝不足したと思うぐらいで、あまりひどい時差ぼけにはならない。

朝食は、バケットと他のパン、チーズ、ヨーグルト、オレンジジュース、シリアル&牛乳、ココア。 おいしそうなコーヒーの匂いだが、カフェインが効くようにしばらくコーヒー断ちをしているのでお預け。 宿泊者は半分以上がPBP参加者かな。

雨が降っているせいか、車検は行われなかった。 必要な書類を受け取る。 日本からの参加者で記念写真を撮るとのことで、集合場所に向かったが数分の差で間に合わなかった。 雨が降っていたから早々に解散したとのこと。

一旦ホテルに戻り、自転車の整備をして昼ご飯を食べにいく。 SAINT-CYR-L'ÉCOLE の街のN10沿いでレストランを探した。 Tomoが良いにおいがしているからここに入ってみよう、とCouscous屋さんに入る。 「ところでCouscousって何?」とTomo。

このレストランが大当たり。 TomoはCouscousにグリルを添えたもの、Kazはラムのステーキを注文。 スープは絶品、お肉は極上、お腹いっぱいになった。 これで二人で30Euroで済んだのだから、驚き。

Tomoは戻ってドロップバッグの準備。 さっき購入した、OVERSTIM.s®のCYCLE SPORT PACKを小袋に分けてドロップバッグに入れる。 Kazは昼寝。 5時頃ドイツからの参加者が記念写真を撮るために集まるとの情報を得ていたので、再び出発地点に。 ARA NordbayernのKarlを探す。 Kazが初めてSuper-Randonneurを取得したのが、ARA Nordbayern主催のブルベ。 Tomoが初めてブルベに参加したのもそこ。 Karlにも、Karlの奥さんHeidiにもずいぶん面倒をみてもらった。

うろうろしていると、Heidiがこちらに気がついて声をかけてくれた。 Karlもやってきた。 感動の再会。

その後、ドロップバッグを預けるためにHotel Balladinsに行く。 そのままオダックス埼玉の人たちと、出前をとって夕飯を取る。 中華は、はずれが無い。

8月20日(月) スタート前

チェックイン時の手違いで、スタート時間までホテルで休めなかったのはキツかった。 11:30にホテルを追い出された。 出発地点の様子を見に行く。 取材を受ける。

スーパーマーケットで、Tomoは補給食の買いもの。 バナナ(PBP需要をあてこんでか、スーパーにいっぱいあった)、 ナッツドライフルーツ入りのパン、 ハム、 サラミ、 チーズ、 ビタミンタブレット。 Kazはスーパーのレジ前で自転車番。 いろいろな人に話しかけられたようだ。

そこで河西さんと塩見さんに合う。 お昼は4人で中華レストランに。 そのレストランでスウェーデンの青年に遭う。 彼もPBPに出走するとのこと。 自転車がえらくでかい。 フレームサイズ66cm? からさらに20cm以上シートピラーが出ている。 サドルはTomoの胸の高さにある。 日本語を話すこの青年は日本に留学していたことがあるという。

オダックス埼玉の人たちの泊まっているHotel Balladinsに移動し、ロビーで休ませてもらう。 目を瞑りじっとして体力温存。

夕食のレストランに移動。 混んでいる。 長蛇の列。 Tomoは食欲が無く、Kazも控えめに食事。 食べたらすぐに会場に向かう。

ソロが並んでいる列の脇を抜けて、車検のために前に進む。 80時間クラスは20時にスタート。 合図の音が聞こえた。 次は私たちだ。

21時 スタート SAINT-QUENTIN

私たち特殊車両クラスは21時スタート。 周りには変わった自転車が一杯。

これほど多くのタンデムとリカンベントと走るなんてのは、初めての経験だった。 下りが速くて、登りが遅い。 みな似たようなペースなのが楽しい。 ソロと走ると、下りで離して、登りで追いつかれ、というようにペースが合わないのが普通なのだ。 市街地を抜けるとさすがにバラバラになってくる。

夜中だというのに、沿道では多くの人が声援を送ってくれた。 うれしい。元気になる。 交通整理&道案内してくれるので、結構なスピードで進んでいく。 Kazの背中に地図とコマ地図を貼付けていたが、必要ないので外した。

60km地点ぐらいで、30分後出発のソロの集団に追いつかれる。 夜はわりと暖かく、飲み物の消費が激しい。 144km地点の補給ポイント、MORTAGNE-AU-PERCHE(復路のPC)は、できれば寄らない予定だったが、飲み物をほとんど空にしたので、給水のために寄る。 持っていた補給食、バナナを食べる。 Kazさん10分休み。Tomoはトイレ&ボトル準備。 25分休止。

眠くて、ひたすら歌いながら、しりとりしながら走る。 周りには、さぞかし五月蝿いタンデム車と思われたことだろう。

予定外の事態が発生。 Tomoに生理が来た。

日が昇ってから、雑貨屋に寄り、生理用品を買いそこでトイレも借りる。 普通、商店ではトイレを貸してくれないのだが、困った顔して頼んだら、そりゃたいへんだと、了解してくれた。 お客さんのおばちゃんに案内されてトイレを使わせてもらう。

Tomoは生理初日は怠くて眠い。 何回もKazに声をかけられた。

夕食が少なめだったので、夜食が足りない。 チョコバーを買って食べながら走る。

雨が降り始めた。 次のPCまで後少し。 初めてセンチュリーライドを時間内完走できる速度で走れている。 休憩を含んだ平均速度は20km/h を越えており、速度計には平均23km/hと出ている。

第一PC VILLAINES-LA-JUHEL 222km地点

コントロールの向かい側の体育館でご飯。 オムレツ、ライス、スープx2、トマト卵サラダを買い込み、持ってきたパンを食べる。 1時間休憩。 少し雨が弱まっている。

しかしまだ眠い。 眠たいときのために、スルメがあると良かった。 次の補給所でガムを買おう。 うねうねとアップダウンを繰り返しひたすら前へ進む。 進むしか無い。

第二PC FOUGÉRES 310km地点

Kazは夜ご飯の買い出し。 Tomoはトイレ。

Kazを待っている間にTomoはうとうとと居眠り。 食事はグラーシュ、ライスにソースかけたの、スープ、持ってきたパン、サラダ、持ってきたハム。

Kazは食事が終わると昼寝。 Tomo、トイレ&ボトル詰め。 1時間30分の滞留。

次のコントロールまでは遠くない。 明るいうちに先を急ぐ。

「願わくばこんなペースで走れたら」という速さで走っている。 これまでの最速記録だ。 そのわりには、あんまり足が疲れていない。 コースがタンデム向きなのだろうか。

Tomoは計画通りだというが、その"計画"とは、「特別なイベントだからいつもより頑張れる」という仮定のもとでの見積もりだそうだ。 なんだそりゃ、普段から踏めよ。

第三PC TINTÉNIAC 365km地点

コントロールを受けるだけにして、食事はとらないことにした。 Kazベンチで15分仮眠。 Tomoはトイレ&ボトル詰め、ベンチで5分ほど目を瞑る。

出発してしばらくすると日が暮れてきた。 2晩目だ。

暗闇の中、自然にできた集団で走る。 ソロ数台、タンデム、リカンベント、私たち、その後にソロの小集団。 先頭が道を見失った、道合ってる? と一時停止。 GPSナビでルートを確認し、声をかけてリカンベントの人とタンデムの人たちと先行する。

その先の長い下りの途中で、信号の無いト字路右折の矢印を見落としたのか、私たちに先行するリカンベントが直進。 あわててベルを鳴らして、大声で呼びかけた。 気づいたのかリカンベントが停まったのを見て、私たちは安心して右折、坂を登りはじめる。

ゆっくりと登ってた私たちの横を、さっきのリカンベントがサンキューって声をかけて、 ガーゴーという音とともに抜いていった。 ガーゴーというのはフェアリングに反響する走行音。

眠い。 Kazがときどきよろける。 眠いね、どこかにカフェで休もうか。 隣を走る人が、数キロ先にシークレットコントロールがあるはずだと言う。 じゃあそこまで頑張ろう。 それにしてもおじさん何でシークレットの場所知っているんだ?

沿道に沢山の人が出てて、道案内&交通整理&声援を送ってくれた。 一緒に走っている人が、沿道の人にシークレットは? と聞く。 ないよ、との答え。 ああ、前回のシークレットコントロールだったのね。

休みそびれたけれど、LOUDÉACにはオダックス埼玉のサポートが待っている。 頑張って走ってゆっくり休もう。

延々と続く登り下り。 真っ暗なのになぜわかるかって? 延々と続く自転車の尾灯が列をなしているのが、はるか遠くまで見えるのだ。

日本人と会う、眠いので少し話して元気になる。 タンデム頑張れって声をかけてくれた人もいた。 このへんでソロの人たちにボンボンと抜かれていく。

シャワーと着替えと、ラーメン、暖かい布団を楽しみに、眠けをこらえて走る。 このとき、まんが日本昔話のエンディングテーマを延々と歌っていたので、周りの人はなんだと思っただろう。

いいな いいな 人間っていいな

おいしい おやつに ほかほかごはん

いいな いいな 人間っていいな

みんなで なかよく ポチャポチャおふろ

あったかい ふとんで ねむるんだろな...

ホント、あったかい布団で眠りたいよ。

第四PC LOUDÉAC 449km地点

夜遅く、12時45分頃コントロール到着。 入り口付近で、久保さんに埼玉のベースキャンプの位置が少々遠いことを教えてもらう。

コントロールの奥にシャワーの文字。 空いているようだ。 雨は降りつづいており、二人ともずぶぬれ。 Tomoは絶対にシャワーを浴びて着替えたいと言い張る。 幸い着替えは一着もって走っていたので、ベースキャンプに行く前にシャワーを浴びて着替えることにした。

さっぱりしてから、ベースキャンプに向かう。 久保さんが暖かく迎えてくれた。 TomoはSKINS™を着込み、2日目のジャージに着替える。 Kazはご飯の準備。

ラーメンとみそ汁。サラミとパンとチーズ。 久保さん差し入れのオレンジジュース。

Tomoは食べながら持ち物と補給食の入れ替え。 今回のパターンが良かったので、次の日の着替えも入れる。 水が十分もらえたので、Kazは飲み物をボトルに詰める。

自転車に乗ってすぐ出られるように準備をし、2時にテントに入って休む。 あっという間に深い眠りに落ちた。

4時起床。 4時10分に霧雨の中出発、その前にTomoトイレ。 トイレが混んでいたので、アレやコレやで結局PCを出たのは4時30分。

Kazは待っている間にパン、バナナ、ゼリー、チーズを食べていた。 Tomo、昨夜のご飯が足りなかったのか、おなかがすく。 チョコバー2本、パンを走りながら食べる。

規則正しい生活のKazは睡眠時間2時間では足りない。 最低3時間必要である。 Kazが眠くて思うように速度が出ていない。 速度計は平均17km/hを指している。

30kmほど走ったところで、屋台のテントが出ていた。 Tomoはお腹がすいていたので、スープとパンを買ってむさぼり食べる。 Kazはコーヒーを飲んでベンチで横になる。 15分の休憩。 少し元気になった。

LOUDÉACから75km地点、補給食も底をつきかけ、Tomoも眠いし少し寒いので休憩。 屋台でインスタントのコーヒーを飲み、パン2個とバナナを食べ、チョコバー数本買い込む。 体も温まり、元気に出発。 15分の休憩。

第五PC CARHAIX-PLOUGUER 526km地点

往路、復路の人が重なって混んでいた。 コントロールのみとして、ボトルの詰め替えをして早々に出発。

天気はよくなったが、強い向かい風と長い坂。 平地、下りになるとタンデムの後ろに列車が出来る。 ピッタリ後ろに付かれるとTomoの背中の空気が停まったような感じがする。 事実、列車では先頭も楽になるのだ。

下りでソロに追いつき追い抜き、登り坂で追い抜かれることを繰り返す。 同じ人と何度も抜きつ抜かれつ。 そのうちに、「それじゃ次の下りで!」、「じゃあ次の登りで!」という挨拶が定番となる。

PBPルートの最高地点となる電波塔のある山への長い登りを終え、 そこから長い下り。 足を休めるつもりが、タンデムに抜かれたのをきっかけに追いかけることにした。 二人とも大柄なので、懸命に踏まないと追いつかない。

Tomoが後席の女性に「速いね」「たくさん踏んでないと追いつかないよ」と声をかけると、「私たちのほうが重いからよ」と涼しい顔で返事が返ってきた。 たしかに彼らはあまり踏んでるようには見えない。 このペアはフランス人で、初めての参加だと言っていた。

懸命に踏んで追いすがる私たちの後ろにソロがピッタリ付いてくる。 むむ、何者とばかりに振り替えると、オダックス埼玉ジャージ。 じんじんさんたちだ。 怪物め。

坂を下ったところに、街があった。 たくさんの自転車が停まっている。 ちょうどお昼時だが、Kazは先を急ぎたいのか通り過ぎる。

田舎道でお昼を食べられそうなところがない。 沿道の人からバナナをもらって飢えをしのぐ。 Kazは足を使いすぎ、眠さも乗じてか、ふらふら。 路肩にも落ちる。

だからさっきの街で休もうって言ったのに。 お腹がすいたTomoは、お昼を食べられそうなところまでと必死に踏む。 Kazの馬鹿バカ馬鹿バカ。

さっきの街から15kmほど進んだだろうか、曲がり角にBarがあった。 店の前に自転車が止まっている。

私たちも店の中に入ると、自転車ジャージを着たフランス人がビールを一杯引っ掛けていた。 他のお客さんも、通過する自転車をつまみにわいわいと飲んでいた。 ナニカ食べる物はないかと聞くと、お客の一人が、ここは飲み屋だから食べ物はないよ、と。 サンドイッチとかパンでもいいから何かないかと、Tomo。 サンドイッチで良いんだな、と自転車ジャージのおじさんがフランス語でお店の人に話してくれた。 サンドイッチなら出来るってさ、Tomoはようやくほっとする。

他のお客さんから矢継ぎ早の質問攻め。 自転車ジャージのおじさんが通訳してくれた。

「どこから来た?」 日本。

「初めてか?」 初めて。

「どっち方面だ、BRESTかPARISか?」 BRESTに。

「サンドイッチにバターはどうするんだ?」 もう何でも良い、とにかくお腹がすいた、全部いれて。

「飲み物は?」 コーラとオレンジジュース。

おろおろ緊張しているTomoに、お客さんが座ったらどうだって。 Tomoテーブルに落ち着く。

店のおばちゃんが、奥にさがってごそごそ。 きっと今日の夕食のパンなんじゃないかな。 おばちゃんがトマトもあるけど、いる?と聞いてきた。 Tomoはぶんぶんうなずいて答える。

出てきたのは、トマトをめいっぱい挟んだ、ハムチーズサンドイッチ。 バターもたっぷり塗ってくれて、おいしかった。 コレで2Eurox2でいいって。

飲み物はビールを引っ掛けてたおじさんがおごってくれた。 お礼にアミノバイタルproをプレゼント。

サンドイッチを食べて、しばし休憩。

「店の前の自転車、タンデムはあなたたちの?」

「BRESTまでならあと22kmだから、すぐだよ。」

などなど Veloが自転車だとかフランス語講座も交えながら、30分休憩。 売り切れていたKazの足も回復して、一路BRESTへ。

第六PC BREST 615km地点

久しぶりの太陽。 海が見えた。 坂を駆け下り、橋の上で記念写真。 写真を撮ってくれたおじちゃんが、ここから下りだけど、最後に登りがあるからな、と言ってた。

あと一踏ん張り。 近くを走る人に話しかける。

半分来たね 「まだ半分あるよ」

そうだ。これからもう一回楽しめるってことだ 「ちげえねえ、わっはっは」

BREST PCに到着。 飲みものの配給があった。 コーラは飲み干して、オレンジジュースは少し飲んで半分はボトルに詰めて水で薄めた。 Kaz10分昼寝。 Tomoボトル詰め作業続行。

自転車のところで出発の準備をしていたら、ドイツの人が話しかけてきた。 おまえたちの写真を撮っていいかっていうから、どうぞと言ってしばらくおしゃべり。 どうやらドイツの人たちの間に、謎の東洋人の噂が広がっていたらしい。 彼の写真もとってやって出発。

天気もよかったし、市街地を抜けると道は広くて走りやすい。 急な下りがあり、速度計に記録されていたのは74km/h。 メーター読みで一瞬80km/hを越えるのを目撃。

ドイツの人が、君らはドイツに住んでいるんだって? と話しかけてきた。 (そんな情報どこで聞いたんだ?) 今は日本に住んでいるけれど、以前4年ほど住んでいたよって話す。 どうやらご近所さんだったようだ。 シュバルツバルトとかネッカー川とかドナウ川サイクリングロード走ったよって話した。 納得したのか、仲間と離れたからそろそろ行くよってビューッと走り去ってしまった。

BRESTに向かっている、岡野さん、飯塚さんとすれ違う。 頑張れーっ、と声援をおくる。

往路でお昼どきに通り過ぎた街にたどり着く。 この街を逃すと、次のPCまで何も無い。

スーパーマーケットでサンドイッチ2個、パン1個、バナナ4本、トマト4個、チョコバー、シリアルバー、クッキー、飲むヨーグルトを買い込む。

BRESTのPCでゆっくり休んでいた、じんじんさんたちも到着。 アイスをもらう。 お礼に、バックに入りきらないシリアルバー、クッキーを持たせる。 ストレッチをして、登りに備える。 ホテルでトイレを借りる。きれいで気持ちよかった。 45分の休憩。

電波塔への登りでじんじんさん、山田さんたちに抜かれ、下りで追いつく。 そこからしばらく列車を形成して走れた。 700kmを超えてこの快速っぷりはなんだ。

雨はまた降り出した。 CARHAIX-PLOUGUER には日暮れ時にたどり着く。

第七PC CARHAIX-PLOUGUER 699km地点

晩ご飯もかねて休んでも良かったのだが、先に進むことに。 調子がよかったのは2時間だけだった。 前に進まなくなった。 眠い。 まばたきをすると、まぶたは閉じたままになりたがる。 Kazが自分で自分の頬をひっぱたいている。 歌を歌おうとしているが、歌は途中で立ち消えてしまう。

次のコントロールまであと40kmほどの地点にBarがあり、多くの自転車が停まっている。 Barのとなりの民家の軒先にアルミホイル巻きが4本。 Kazはもう限界。 私たちも仮眠することにした。 銀マットを敷いて、シュラフカバーをかけて仮眠。 寒かった。

目が覚めると1時間経っていた。

「LOUDÉACへはあと2時間くらいかな。」

「普通ならね。」

「元気ならね。」

なんて声がする。 ああ、誰もが疲れているし眠いんだ。 私たちもまだ眠いけど、停まっていたら進まない。 当たり前だ。 眠りたい気持ちを振り切って、雨の中、出発。

しばらく走ったら昨日の朝に寄ったテントに到着。 スープとパンを食べる。

Kazはベンチで横になって10分。 Kazは眠気と戦いながら、走っている。 たぶん、このときが一番キツかったのだろう。

Tomoの眠気はたいしたことはなかった。 道は狭く真っ暗。 アップダウンもある。 小雨も降ったりして視界が悪い。 Kazは意識が飛ぶのか、自転車がときどきよろける。 後ろはひやひやしていた。 Kazに話しかけながら走る。 寝るな馬鹿もん。

漆黒の闇に赤い尾灯の列。 見つめていると動いているのか停まっているか解らなくなってくる。 黙々と下を向いて踏むとTomoも眠りに吸い込まれそうになる。

周りの人と目印を確認しながら、声を掛け合って慎重に道を進む。 カーブが多く、先行する車両から離れると尾灯が見えなくなる。 尾灯が見えなくなると道が合っているかどうか不安になる。

こっちで合ってるのかなあ。

「大丈夫だよ、たぶん。」

「あ、ほらリンゴが見えるぞ。」

同行する英語を話す人は前のテールランプをアップルって呼んでいる。 Tomoにもりんごに見えてきた。 誰彼なく声を掛け合って走る。 言葉が通じているような通じていないような。 通じていなくたって構うもんか。 考えてることは皆一緒だ。

第八PC LOUDÉAC 775km地点

3時45分頃LOUDÉACにたどり着く。 シャワーを浴び、着替えてベースキャンプへ4時20分 Kazが夜食の準備とボトル詰めかえ作業。

カレーうどん、春雨スープ、買ったサンドイッチ。 差し入れの漬け物とらっきょうが例えようもなく旨い。

Tomoは食べながら、補給食と着替えの詰め替え。 もうすぐ5時になる。 6時出発予定だから、一時間も眠れない。

テントに潜り込むと、気を失うかのように眠りに落ちた。 目を覚ますと6時50分。 寝坊だ。

慌てながらも、「慌ててもしかたない、手際よく行こう」と話しながら、出発準備。 Tomoはトイレ。 その間にKazはタイヤに空気を入れて、チェーンに油を差す。 霧雨の中、7時15分出発。

既に2時間15分の遅れ。 ゼリー、チョコバー、シリアルバーを食べながら、飛ばす飛ばす。 ちょっと向かい風が強めらしい。 後ろに長いトレインができる。

「なんでそんなに飛ばすんだ、下りが速すぎる。休めないぞ。」

「タンデムの後ろだと楽だし、時間が稼げる。」

登り坂になると、そんな話し声が聞こえてくる。 タンデムでの下りは、最初ちょっと加速すると、後は落ちるに任せるだけ。 ソロだと下りでかなり踏まないとついて来れないようだ。

すぐ後ろに男女二人のペア。 女の人が私たちの後ろにピッタリついてきていて、その後ろに男の人。

「ついていくのは良いけど、下りは無理についていくな、あぶない、気をつけて走れ。」 などと声をかけていた。 女の人は、「タンデムの後ろは楽なのよ」と答えていた。

危ない、といわれるのもそのはず。 Kazは路面が濡れていてもカーブであまり速度を落とさない。 それでも無理をしているわけでは無いらしいが、いったいどこでそんなの覚えたんだろう。 Kazが言うには、タンデムは安定しているから安心して旋回できるという。

タンデムは空気抵抗も少ないので、下り基調ならば大して踏まずにアップダウンをいなしていってしまう。 小さな丘は、速度を落とさないように軽く立ちこぎをすれば越えられる。

長い登り坂では、ソロに抜かれる。 一緒に走っている人たちに比べたら、もともと私たちは遅いのだ。 タンデムのおかげで平均速度が同じになっているに過ぎない。

登りで抜かれ、下りで抜き、平地で列車を形成を繰り返し、緩やかなアップダウンを進んで行く。 2時間ぐらい、集団を引き続けただろうか。 ちょいと疲れたので、速度を少し落としバナナを食べたり、補給食を食べ始める。 速い人は抜いていくけれど、ほとんどの人は後ろについたまま。

Tomoがボトルを落とした。 すぐ後ろについていた人が、拾ってくれた。 もう少し速度がでていたら、もう少し近づいて走っていたら、落車させてしまうところだった。

ほどなくシークレット。 さっきまで私たちの後ろについていた人たちは少し休むみたいだ。 ウインクしてくれたり、さっきはありがとうと言ってくれた。

私たちは2時間の遅れを取り戻さなければならない。 水も次のPCまで持ちそうなので、コントロールを受けるだけで前に進む。

リカンベントや他のタンデムがそそくさと走り出すのを見る。 ソロよりスタートが早いので、時間の余裕が無いのだ。

第九PC TINTÉNIAC 860km地点

滑り込み。 クローズ15分前にコントロールを受ける。 お腹がすいたので食事をしようとレストランに行くが混んでいるのでやめた。

Kazが軽食の列に並ぶ。 サンドイッチと補給食(甘い砂糖菓子と、パウンドケーキみたいなの)、砂糖たっぷりのココアとコーラ。 Tomoはその間に、トイレ&ボトル詰め。

長ベンチを並べてある場所が空いた。 すかさず陣取る。 そこでサンドイッチを食べ、15分の仮眠。 クローズ時間から45分遅れの12時30分出発。

Tomoは昨日からあまり眠気に襲われることが無かったが、前区間頑張りすぎたのと、お腹が満たされたので頭がふわふわしてきた。 足もくるくる回しているだけで、踏んでいない。 ぼーっとしている間に次のPCに着いた。

Kazがぼそっと、この区間はキツかった、足がつりそうだった、と言っている。 Tomoはくるくる回していただけだから足が回復した。

この区間のテーマソングは、「線路はつづくよどこまでも」。 ペダルの踏み込みに合わせて歌えるのが良い。

この歌、もう一つの訳である「線路の仕事」のほうが元の歌詞に近いらしく、ブルベの状況にも合ってる。

ブルベは続くよどこまでも

辛いブルベにゃ果てがない

果てしない永遠も、半ばを過ぎているんだけどね! もとい、

果てしなく永遠に思えたって、もう半分以上過ぎてるんだよ!

第十PC FOUGÉRES 917km地点

Tomoはレストランのメニューを見て食べたいものを伝えて、Kazに列に並んでいてもらう。 その間にTomoはトイレ、補給食の入れ替えと荷物整理。

行きのときと同じテーブルで待っていると、Kazがトレーを持ってやってきた。 なぜか量が少ない。 トマトが挟んであるハンバーグ、フライドポテト、スープ、パン、サラダだけ。 Tomoのリクエストしたモノだけで、Kazの食べる分がない。 あれ? Kazさんお腹すいてないの?

Tomoはものすごい勢いで食べる。 あれーこれじゃ足りないねとKaz。 どうやらKazは自分のぶんを取るのを忘れていたらしい。 見事に思考能力が低下している。 Kazは少しだけ食べて、椅子を並べて仮眠。 食欲も無いらしい。

Tomoはその間にボトル詰め。 カウンターを覗くと、さっきまでの長蛇の列はどこに消えたのか、空いていた。 ちょうどステーキが焼けたところでおいしそう。 このステーキとフライドポテトを取る。

Tomoも疲れていたのか、ナイフとフォークを取るのを忘れていた。 レジの人に他は何もいらないの? とかフォークとナイフが無いと食べられないよ、と心配された。 笑顔でありがとうって言うだけでやっと。

ステーキにかぶりつく。 1/3ぐらい食べて満足。

トイレと歯磨きで席を立っているうちに、Kazが目を覚まして残りのステーキにかぶりついていた。 寝たら元気になったのだろうか。 Kazがトイレに行っている間にTomoは出発準備。 1時間45分の滞留。

体は休みたがっている。 考えごとしたり、ぼんやりしていると、ペダルを踏むのがおろそかになる。 「踏まなくちゃ」、「前に進まないと」、の一心で頑張る。 ここのところKazの背中しか見ていない。 太ももはぱんぱん。 ペダルの踏み始めや、足を止めるときに、ずぅんと痛む。

雨は降りつづいている。 トイレ休みのためにBarに立ち寄る。 Tomoはトイレに、 Kazはその間にコーヒーを飲んだ。

出発。 1kmほど進んだところで、Tomoがアズノール軟膏(擦過傷の薬)をトイレに忘れたことに気づいた。 取りにもどる。 これがないと、あと250km、地獄を見ることになる。

反射ベストに目立つように反射テープで名前を書いておいた。 それを見て、多くの人が声を掛けてくれる。

Hi, Tomo!

Bonsoir, Tomo!

Tomo, Ça va?

つまり、皆追い抜いていってるってことだ。

第十一PC VILLAINES-LA-JUHEL 1003km地点

時間内に到着。 自動的に1000km/75時間も達成。 やればできる。

夕飯をとらなきゃ。 お昼をしっかり食べたのでそんなにお腹がすいているわけではない。 前回の反省からか、Kazはたっぷり食べ物を仕入れてきた。 ステーキ、パスタ、鶏肉・魚介類たっぷり入りパエリア、サラダ、スープ。

Tomoは余っているベンチを並べて寝床の確保。 昨日は雨の中、外で仮眠を余儀なくされたので、時間は無いけれどここで1時間仮眠を取ることにした。

フリースを着込み、シュラフカバーを掛けて二人で互い違いにっくっついて寝むる。 Tomoは壁側でシュラフカバーに足を突っ込んでいたので寒くはなかった。 Kazは寒さで目が覚めた。 寒くて震える。 奥歯がカチカチと音を立てて止まらない。

靴下を履き替えて、真っ暗の中雨の中出発。 Kazの体の震えが止まったのは、走り出してしばらくしてからだった。

この区間、平均20km/hぐらいで走行しつづけないとタイムアウトになる。 下りは飛ばす。 タンデムの強みを発揮しないと。

緩やかなアップダウンでは、ソロの人たちと抜きつ抜かれつ。 「それじゃ次の下りで!」、「じゃあ次の登りで!」という挨拶を何度繰り返したことか。

三晩目ともなると、眠くてたまらないのは誰しも同じ。 ドイツ人のペーターが話しかけてきた。 彼も眠いようだ。

「無理するな先は長いぞ。」

「登りはゆっくり、下りも力をぬけ。」

私たちはこれ以上ゆっくり走ると時間切れになってしまうんだよ、と思いながらもペダルに力を込める。 それでも登りではペーターには置いていかれてしまう。 彼はしばらく私たちと一緒に走った。

たくさんの人に声をかけられた。 先に進みたくもあるが、話をして眠気を紛らわしたいのだろう。 しばらくおしゃべりをして、そして抜いていく。 こんなことなら、英語で小話を二つ三つできるようにしておくんだった。

山口さんが追いついてきた。 眠いので話につきあってもらう。 やっぱり、私たちは日本語のほうが得意だ。 山口さんから「タンデム漫才夫婦」なる称号を戴く。

それでも眠気には抗えない。 沿道の人が飲みものをサービスしてくるところで停まる。 先行していたペーターも停まっていた。

コーヒーある?と聞くと、最後の二杯。 Kazはコーヒーを飲み干すと、角砂糖を直接2個口に放り込んでいた。 TomoもKazに一個口に押し込まれた。 なんか効く。

ペーターはストレッチして少し休んだらどうだと勧めるが、私たちは時間がないから先を急ぐことにする。 彼は少し休んでいくようだ。

空が白んできた。 制限時間も迫っている。 あと26kmで1時間30分 このままのペースを保たねば。

登り坂でどんどん抜かれる。 ペーターも元気に抜いていった。 集団から離れてしまい、私たちの周りには、前に1台、後ろに数台。

街中に入り、案内の矢印を確認しながら走る。 Kazは目が疲れてくると、物が二重に見えてくる。 目をなるべく使わないように、今回は弱い眼鏡を使っていた。 走ること自体に支障はないが、矢印の方向までは見えない。

なるべく速度を落とさず進めるように、後ろからも矢印を確認して案内する。 「直進、右、左っロータリーをぐるっと回って。」

PC直前で急な登り坂。 足に応える。 沢山の人とのおしゃべりで私達の気もまぎれたのか、この眠い夜のこの区間を平均18km/hぐらいで走れた。

第十二PC MORTAGNE-AU-PERCHE 1085km地点

コントロールの近くまで自転車で乗り付け、別のタンデムの隣に並べた。 コントロール通過、クローズ8分前。 やれやれ、間に合った。 あと144km、10時間。

眠かった。 Kazは前の区間で、馬でPBPに参加する人の幻影を見たという。 目の前にお風呂と布団が用意されたら、ブルベを投げ出していたかもしれない。

ランドヌールつぶすにゃ刃物はいらぬ

風呂と布団があればいい

Kazは朝ご飯買い出し。 Tomoは荷物整理と補給食入れ替え、ボトルを持って行くとKazがやって来た。 サンドイッチx2とパンとコーラとコーヒー。 食べながら寝床の確保。 至る所に人が倒れている。 20分休むことにした。 ペーターがどのくらい休むのか聞いてきて、30分後に出発だと言うと、出るときに起こしてくれと頼まれた。

銀マットを敷いたかと思ったら、Kazはあっという間に眠りに落ちた。 Tomoはシュラフカバーに入って寝る。 床からの寒さで15分程で目が覚めた。

寝ているKazを起こさないように、いつものようにトイレ&ボトル詰め。 玄関前で、ちょうど荷物を持って自転車に向かうKazと会う。 時間ぴったり。 Kazはタイマーでも内蔵してるのか? 荷物を積み込んで、出発。

タンデム2台が前を走っている。 私たちも後ろについていく。 しばらく快調に飛ばす。 Kazも何を思ったのか前にでる。 私たちが引くなんて無理だと思ったのに、ちぎれていったのは集団のほうだった。

日本人に追いつかれた(お名前を失念)。 話しながら進むと、いつのまにかまた後ろに小集団。 アメリカからの夫婦かな? 二人組がしばらく後ろについてきました。 残りはイタリア人? 英語で話しかけてもモガモガとしか返事をしない。 私らが外国語ができないことを引け目に感じなくたっていいんだ。 出来ない奴は幾らでもいる。

先頭交代をしつつ、比較的平らとはいえ、微妙に登り下りのある道を進む。 後少しだ、と励まし合いつつ、平均20km/h以上を保つ。

ベロモビルと並ぶ。 抜けそうで抜けない。 登り坂で抜けるのに、下りで追いつかれる。

結局15人ぐらいの集団になる。 PC前でイタリア人集団が仕掛けて、引き離しにかかる。 こやつら、なんでも競争するよう、遺伝子に書き込まれているに違いない。 私たちは登り坂でついていけないので、自分たちの速度を保つ。

第十三PC DREUX 1159km地点

予想より速く到着。 ここからゴールに向けて埼玉ジャージに着替えよう。

Tomoはシャワーを浴びて着替える。 Kazは外で着替えた。 食事は朝のパンとゼリーとシリアルバー。 歯を磨いて、ボトル詰めして、昼はどこかに寄ることにして出発。

50人以上の集団になった。 眠くて疲れているけど、いろいろお話ししながら、集団にのまれて平均20km/hで進む。 集団の中は暑い。 Kazさん速度が合わず運転が大変そうだ。 長い登り坂にさしかかり、集団から外れて休む。 すると、おなじように集団から外れて休む人が何人か。 あの速度で登るのはキツいという人は他にもいるのだ。

途中で、勝負ジャージに着替えている人を見かける。 天気が悪くて、ジャージをお披露目できるのはブレストと今日ぐらいしかなかった。 ほとんどの時間、雨具を着ていたのだ。 私たちの埼玉ジャージは、目を引くらしい。 何人もが「カッコいい」「どこの国だ」って声をかけてくれた。

集団から離れるとその気が失せて速度が落ちる。 途中のレストランで食事する予定だったが、なぜか見つからない。 補給食はすべて食べきり、あと25km。

Tomoはお腹がすいて、トイレ行きたくて、Kazに八つ当たりする。 しばし夫婦喧嘩。 トイレは我慢できないので、ガソリンスタンドでトイレを借りる。 あとちょっとだからゴールまで走ることにする。

ゴールまであと15kmの標識。 あと10kmの標識。 SAINT-QUENTINの街中に入る。 雨が降り出した。 4日間すべて雨が降ったことになる。

このときの集団は国籍混合の7,8人だった。 街中をぐるぐる走らされた。

「後もうちょっとだよ、ゴールだよ」

「またBRESTに行くかい?」

「今日はもういいや」

なんて雑談しながら、進む。

"ゴール前にはジャージの前チャックをきちんと上げないと"、なんてしてたら隣のおじちゃんが笑いながらウインクしてた。 ゴールして帰途についている人も見かける。 すれ違うたびに手を振る。 向こうも手を振る。

体育館前の大きいロータリーには応援がいっぱい。 ああ、終わってしまうのか。 Tomoは万歳してゴール。 Kazは最後の最後で気が抜けたのか、段差でペダルを引っ掛けてコケそうになっていた。

自転車を降りてコントロールに向かうところでHeidiが待っていた。

「おめでとう」 ありがとう

「Karlももうすぐつくはずよ。」 うん、MORTAGNE-AU-PERCHEで会ったよ。

コントロールは大混雑。 10分以上待った。

ゴール SAINT-QUENTIN 1227km地点

長い行列に並びつつ、自分が割と元気なことに気がつく。 国内での600kmを走った後の方が、よほど疲労困憊していた気がする。 Tomoは今朝もシャワーを浴びて着替えたのでさっぱりしている。 ただし足は濡れてふにゃふにゃ、太ももはだるい。 Kazはさすがに腕も痺れて、体中だるいようだ。

コントロールを受け、ブルベカード(スタンプ帳?)を渡す。 おめでとうの言葉にありがとうと応える。 私たちはほんとうに感謝していた。 何にかって、そりゃこのイベントに出たら判る。

ジャージ交換

コントロールを受けて、列から離れるや否や、 「そのジャージ(オダックス埼玉ジャージ)と交換してくれ、狙ってたんだ。」とスウェーデンの人がKazに話し掛けてきた。 Tomoも、スウェーデンのジャージを狙っていたから、「Sサイズの人は居ないの? ペアで交換したい。」と答える。 心当たりがあるようで、彼は「誰とも交換するなよー」と言い残して人ごみに消えた。

しばらくして彼は、「見つからなかったよ」とやってきた。 Kazはそれでも「ありがとう」と言って交換していた。 Tomoはあきらめきれず、スウェーデンの関係者に声を掛けまくっていた。 すると、「心当たりがある、ちょっと待ってて。」といってスウェーデンチームのサポートの女性が、Sサイズの人を探しにいった。

日本からの人が集まっている一角で雑談をしていると、かのSサイズの人がビニール袋に入ったままのジャージを持ってきた。 なんでも交換用に一つ余分に持ってきていたとのこと。 大喜びで交換。

もうしばらくすると、Kazとジャージを交換した人が、Sサイズの彼を連れてきて 「こいつなんだけどさ、もう誰かと交換しちゃったって。ごめんな、ってあれ?」

その誰かってのがTomoだったんだ。 ホント、親切な人たちだったな。

続々とゴール

私たちに前後して、日本からの参加者が続々とゴールしている。 下山さん(ほとんど独りで走っていたのでは?)、山口さん(あれ? 先行してたと思ってたよ)、塩見さん・河西さん(なんか飄々とした二人)、しみずさん・川田さん(楽しんだようで)、....。

晴れやかな顔。

いったん宿に戻って、シャワーを浴び、荷物の整理と、自転車を軽く掃除する。

ドロップバッグの荷物を受け取りにオダックス埼玉のホテル、Hotel Balladinsに向かう。 途中、ゴール会場を掠めたが、人はもうまばらだった。

偶然、ゴール会場前の大きなロータリーのところで何人かの日本人と会う。 いっしょにHotel Balladinsに行きましょう、ということになった。 そこへ、岡野さんがやってきた。 リタイアして、紆余曲折の末たどり着いたのだという。 無事でよかった。

おしゃべりをしていると、Karlも通りかかった。 お互いの健闘をたたえ、次も会おう、走りに来いよ、などと話す。

晩餐会

Hotel Balladinsで預けていた荷物を片付けた。 オダックス埼玉で、晩餐会をやるというので、参加することにした。

食事の準備ができるまで、外の椅子で雑談していたのに、いつのまにか居眠りしていた。 ようやく、中華とピザの出前が届き、乾杯のシャンパンが振舞われた。

飲むと体の中に一気に酔いが回る。 こりゃダメだ。 お腹がすいていたので何でもうまい。 がつがつ食べた。

自分のホテルに戻る。 帰りの飛行機の中で着るものを洗濯。 濡れたジャージは袋から出して乾かす。 シューズも中敷きを洗って乾かす... いつのまにか二人とも、ベットに倒れ込んで寝ていた。

二人だけの祝賀会

朝はゆっくり起きて、朝食をゆっくり食べる。 部屋に戻って、のんびりごろごろ。 Tomoは昨日までのことを忘れないように日記を書き始める。 書きながら眠り込んでいる。

Kazは自転車を掃除しながら分解して荷造り。

朝食が遅めだったので、お昼は抜いて、早めに夕食を食べることにした。 散歩がてら、スタート前に行ったCouscous屋さんにもう一度向かう。 先日とは打って変わって天気がよい。

Couscous屋さんで、夕食は18時からと言われたので、街中を散歩。 チョコレート屋さんで生チョコ4個買い食い。 スーパーでお土産と夜食を買いこむ。 足は筋肉痛、足先は痺れている。 歩くのは良いリハビリになる。

18時過ぎにCouscous屋さんに行く。 TomoはまたCouscousと違うグリルの組み合わせ、Kazはラム肉の煮込み料理、レモン風味。 ウエーターさんにCouscous気に入った? って聞かれた。 もちろん。

ビールで乾杯。 ここの料理は本当に美味い。 肉が上質で、焼き方も上手い。 スープが良い。 デザートはアイスの盛り合わせとハーブのお茶。 チップも含めて40Euro。

それにしても旨かった。 フランスに来る機会があったら、ベルサイユ宮殿観光を省いてでも、この店に来るに違いない。

Kazは自転車荷造りの続き。 Tomoはその他の荷物を片付ける。 夜食用に買っていた物を食べる間もななく、荷造りが済んだら寝ていた。

帰国

荷造りはばっちり。 空港までは1時間ほどかかることを見越して、タクシーを8時半に呼んでもらう。 ゆっくり朝食。 コーヒーを飲んでバケットとチーズとヨーグルト。

タクシーが来た。 ベンツのセダンに入るものかと思ったが、あの大荷物がトランクスルーですっぽりと入った。 高速道路は空いていて、1時間弱で到着。 料金は120Euro。

チェックインを済ませて、夜食用に買っていたピスタチオのプティングを食べていたら、自転車を持った日本人が通りかかる。 西垣さんだ。 プティングをお裾分けして、しばしおしゃべり。

バスで遠くまで連れて行かれて、来たときよりも一回り小さい飛行機に乗り込む。 コレで日本まで届くのかしら? 一回り小さい分、シートの列が少なく来たときの飛行機より座席が大きかったような。

飛行機の中では、機内食のワインとチーズで乾杯。 飲んだくれTomoと真っ赤な顔Kazの出来上がり。 映画を見つつ、うとうと。

SKINS™を着ていたおかげか、筋肉痛はほとんど解消していた。 ただし、足首の下がぱんぱんにむくんでいる。 SKINS™の靴下は無いのか。

翌朝成田着。 暑い。 駐車場の人に迎えにきてもらい、預けておいた車で帰る。 10時前に自宅に到着。

2人とも肉食べたいということで、ハンバーグ屋さんのランチ。 その後、ケーキ屋さんに頼んでおいたパリブレストを受け取りにいく。 これはお土産代わり。

パリブレスト

Kazは会社に顔を出しにいった。 Tomoは洗濯と片付け。 日常が始まる。

感想

Tomo

終わってみれば、あっけなかった。

ブルベはもともとKazがはじめたもので、TomoはKazにノセラレテ、ダマサレテ、走り始めた。

Kazにしても、実際にブルベに参加するようになる前には、ブルベやってみたい、PBPっていうイベントがあるんだけどまず無理なんだろうなあと、1年ぐらいいろいろなWebサイトを眺めていたのを覚えている。

Kazが走り始め、Tomoも200kmぐらいなら走ってみようかと思ったのが最初だろう。 それがいつの間にか、せっかく走るのだからパリまで行きたいと口にしたのはTomoのほうだったか。

一番最初のブルベは、2005年、ARA Nordbayernの200km。 そして、300km。 どちらもタンデムで出た。 Kazは、Tomoが日本でソロで600km走れたら、タンデムでなら1200km走れると思う、と予言した。

なにかニンジンを目の前にぶら下げないと、ペダルをこぐつもりにならない。 サイクリングの目的は、美味しいものとか、良い景色とか、走ること以外。 トレーニングなんてもってのほか。 実際自分がスーパーランドナーになれたのはビックリしたのと同時に、タンデムなら本当に1200km走れるかもと思った。

今シーズンは体を動かすことを心がけた。 サイクリングも良く行ったし、ブルベも参加した。 自転車でわざわざトレーニングや通勤はする気がなかったが、週に1,2回、会社帰りに1.5〜2km泳ぎに行った。 コレは1年近く続いているので泳ぎにいくのは結構好きなのだと思う。

PBPは、日本でのブルベよりは、信号待ちもないし、90時間だから最後は少し余裕があったかな。 PCでは椅子に座ってゆっくり食事できるし。 仮眠もできる。 仕事に追われて、疲れた体で600km走るより楽だったと思う。

走力のない私たちにとっては、のんびりする時間はない。 PCではそれぞれ1時間ぐらい見ていた。 チェックを受けて、食事をして、ボトルを詰め、補給食を入れ替えて、トイレに行って、仮眠。 効率よく動いて、暇さえあれば寝ていた。 写真を撮る余裕もなく、ひたすら踏み続けたなぁ。

雨でずぶぬれでぐちゃぐちゃでも、シャワーを浴びて着替えてさっぱりできたのは成功だった。 気持ちよくテントで寝たので、次の日も走り続けられたと思う。 普段から宵っ張りのTomoは、眠気に苦しめられたことはなかった。

生理初日の怠さと眠気があったが、体調は良かった。 1週間前はお盆休みで、適度に運動(暑いのでプールで泳いだ)して十分休息した。 パリでも観光せずに良く休んだ。

後席はボーっと足を軽く回しているだけで、頭を休めることが出来る。 タンデムのメリット。 そういうとき、Kazはかなり重く感じるようだが。

もちろん1200kmの内、数回は眠気が襲ってきた。 しかし、今年リタイヤした宇都宮600kmのような、うつむくだけで眠気が襲うような、心身共に疲労困憊ということはなかった。

普段は慎重な操縦で、不安を感じさせないKazなのだが、今回ばかりはキツかったようだ。 眠気のためか、ときどきふらふらした。 後ろでひやひやしたことが何度かあった。 そして、かなり疲労していたらしい。 いくら踏んでも前に進まなくなることがあった。 今までになかったことなのでちょっと焦った。

天気が悪かったので、雨が降っているときは辛さが前に出て惨めだったが、晴れていた時は、周りの人ともよく話したと思う。 時間一杯に使って、楽に走った。 天気がよかったら、もう少し楽しく走れたんじゃないかなと思う。 Tomoにとって、PBPは楽しいサイクリングイベントだった。

Kaz

「きっといけるよ」 --- 2006年 私たちにとって日本で初めてのブルベとなった、BRM129埼玉 200km の折り返しで、チェックをしていた白木さん。 Tomoの「パリに行けるかな?」の問いに対し。

「走り続ければゴールできる」--- ARA Nordbayern 代表のKarl Weimannさん。 2005年の300kmで。 このとき彼は体調が悪く、最後尾を走る私たちとしばらく一緒に走った。

火がついたのは2003年のサイクルスポーツ誌の白木さんの記事。 1200kmは途方も無い距離だ。 でも、200km/13.5時間なら、センチュリーライドを時間内に走れそうにない自分にも走れるかもしれない、と思った。 (でも、実際に参加するのはその二年後、2005年のこと。)

リカンベントのお友達、その周辺で長距離を目指す人がいた。 一日に300km。 一気に600km。 そんな世界があるのか。

もっと前、アニマル戸田氏のルネエルスでの単独長距離走の記事をニューサイクリング誌で読んでいた。 その頃は、自転車が趣味になるなんてことはなく、偶然図書館で目にしたのだった。 「自転車の人にもとんでもねえ奴がいるもんだ」

そんなところから、ここまで繋がっていたんじゃないかと思う。

英雄として扱われること、讃えられることは、なんと気分のいいことか。 歓声と拍手の中を出発。 どこまで行っても、どんな時間でも、街には人がいて手を振ってくれる。 PCに着いた時の拍手と、誇らしげな気持ち。 PCから出てゆく時の声援に勇気づけられ。 そして、ゴール。 一流のスポーツ選手の気持ちがすこし判ったような気がする。

なにが嬉しいかって、沿道で応援してくれる人たちの存在。 椅子に座って手を降ってくれた、じいちゃん、ばあちゃんの姿もあった。 「あのばあちゃん、きっと第一回から見てるんだぜ。」

私設サポートのコーヒーもケーキも旨かった。

それから、深夜だというのに交通整理をしてくれた人たち。 そして、「待ってくれた」フランスの運転手たち。

これまでのブルベとは一線を画している。 至れり尽くせり。 すべてのPCは、私たち参加者のためにある。 どこでも食事がとれて、休むことができる。

5000人を越える、自転車馬鹿たち。 同じ道を同じ想いで走る。

走る、食べる、寝る、走る。 それだけ。 自転車乗りの天国というか地獄というか。

満足してしまった。 あれから一ヶ月。 体はいまだに、長距離を走ろう、走りたいとは言ってこない。 なんにしても、厳しかったのだろう。 疲れが抜けきっていない。

反面、気持ちはどうかというと、 London-Edinburgh-Londonはどんなもんだろうか、 ドイツの1000kmを走りに行くのはどうか。 自分には無理では? いや、行けるよ。 今度はリカンベントで挑戦しようか。 アルプスの旅行用車で1000km以上走るというのも悪くない。 ブルベに挑戦しようか逡巡していた頃に戻ってしまったかのようだ。

長距離ブルベに挑戦しようと思う人に役立つかもしれないこと

私たちだって走れた

PBP完走者だと思って、私たちと一緒に走ってみたら拍子抜けすると思う。 「なんだ、こんな奴らでも走れるんだ。」

私たちを知っている人なら、謙遜でもなんでもないことが判るはずだ。 登りは遅いし、平地も遅い。 二人はこれまで、200kmで10時間を切ったことがなかった。

私たちだから走れた

かといって、私たち程度の走力があれば完走できるかといえば、そうでは無いはず。 走力の無さを戦略、戦術で補った。

タンデムで出場することは、最初から決まっていたし、 体調管理には気を使ったし、 自分たちの能力を把握してソレを超さないように注意したし、 常に二人一組であることを利用したし、 有利な点(外国慣れ)を活用したし。

結果的に、実力以上を発揮できたから(発揮できるよう工夫したから)、完走できたのだと思う。

走力の向上は大変だけど、無駄を減らす工夫はいくらでもできる

PBPに出た人は600kmを走った実力のある人。 完走できるか出来ないかは、ある程度運だと思う。 それをふまえて、出来る限りの準備をすることが完走に繋がるのだと思う。

走力は、苦しい練習の末、一年や二年では、一割上げるのも難しい。 でも、無駄な時間を減らす工夫は努力が要らない。

その他

タンデムとブルベ

タンデムはブルベに向いている。 共にブルベを走る相方がいるのなら、最高の自転車だ。

ただし、 前席が汗臭くなっていっても平気、 屁こかれても笑って済ませられる、 そのくらいの信頼関係のある相方でないとうまく行かない。

タンデムは楽で速い

二人ぶんの出力に、一人ぶんの抵抗。 同じ労力なら、速い。 同じ速度なら、楽。

良く言われる、登りで遅い、というのは嘘。 登りは、二人ぶんの出力で二人ぶんの重量だから、二人の平均(よりちょっと速い)速度で進める。 後席はハンドルが固定されているので、より強い力で踏めるので、平均よりちょっと速いのだ。 本当のところは、平地と下りで実力以上の速度が出るので、相対的に登りが遅く見えるだけ。

下りは二人分の重量に、一人分の抵抗。 急坂だと、出過ぎるのが問題になるくらいの速度が出る。

ホイールベースが長く、乗り心地が良い。 ソロに比べたら、路面からの突き上げは半分になると言って良い。

タンデムはどっしりとしたハンドリングとなるように設計される。 ホイールベースが長く、かつ前後の重量バランスが良いので、コーナーで安定している。 長距離を走るには重要な特性。

いつも一緒 & 役割分担

単独走であっても、つねに二人。 常に話し相手がいる。 暗闇でも心強い。 ブルベでは特に重要。

一人は操縦に専念できる。 一人は地図読みに専念できる。 後席は道路案内の標識をじっくり読む余裕すらある。

必要な練習

自転車に乗れる人のペアなら、すぐに乗れるようになる。 けれど、ソロ以上の水準を求めるなら、かなり練習しなければならない。 100kmならなんとかなっても、付け焼き刃ではブルベで通用しない。

ペダルの踏み方、 変速の時期、 それぞれが違うものだ。

最も大切なのは互いが信頼できていること。 後席は前席に操縦のすべてを委ねている。

議論と練習あるのみ。 私たちは、PBP参加時点で5年と8000km以上の経験を積んでいた。 ---などと言っても、ブルベのために練習をしたということでは無い。 そもそも練習を意識して走ることなんて稀。 タンデムでの旅行は楽しいので、いつのまにかその距離を走っていたに過ぎない。

認定はどうしたか

タンデムは日本国内では多くの地域で大手を振って走ることができない。 道交法違反では無いのだが、各都道府県の細則(条例レベル)で乗車定員が決められている。 それがタンデムを考慮したものになっていないのだ。

ものすごくバカバカしい規則であると、問題提起をしてもいいのだが、自転車イベントの主催者に迷惑をかけるわけにはいかない。 私たちの場合、国内ではソロで600kmまで走って認定を受けた。

認定を取るのと並行して、個人的にブルベ相当の長距離を走ってPBPに備えた。 サイクリングロードや、長野県でなら大手を振って乗ることができるのだ。

謝辞のようなもの

ブルベに参加するようになったきっかけは、オダックス埼玉の白木さん。 Kaz初めてのブルベは、2005年、ドイツのBaden Württembergで、Jörgの主催だった。 Kazがスーパーランドナーになったのも、Tomo初めてのブルベも、NordbayernのKarlのとこ。 なにかと気にかけてくれた、AJ 宇都宮の鈴木さん、斉藤さん。 勝手にライバル視して目標としたW-Moto夫妻。 一緒に走ったたくさんの人たち。 ありがとうと言いたい人がたくさんいる。

多分、PBPを完走したことよりも、PBPを目指すことで、 こうやっていろんな人と知り合えたことのほうが価値がある。


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