モンゴルに行ってきました。。 こんなかんじでした。ステキ!


お品書き

まえがき    2002/08上旬
初日編その1 2002/08下旬
初日編その2 2002/09/08
二日目編その1 2002/12/1



まえがき

時は2002年、平和なGWのある日。。 場所は東京。新宿。マリンの家(改めタイタニック)にて。
学生時代から新宿で飲んだ後は大抵よっているこの店で、
コノひとと二人で酒を飲みながらあいも変わらずにとりとめの無い話しをしていると
突然、一言で誘われた。
「モンゴル行かない?」

どのように答えたのか正確には覚えていないがとにかくその一言でモンゴル紀行が決まったのだった。


5月中旬の雑感

だいだい、コノひとは学生の頃からなんか発想がオカシイのだ。
学生時代に下宿に遊びに行くと机の前に「悪行三昧」と墨で書かれた色紙を貼ってあったり
酒を飲みに行くと必ず自前の猪口を持ってきてそれで酒をあおったり、
社会人になってからもいっこうにその癖は直らずに、 挙句の果てにはオーストラリアで和服を着て馬にのっちゃったりしてるんである。
ひととおりネタも披露したので、本題。

で、そんな座右の銘「アホ」とのたまうツレとともに何故行くことにしたんだろうと考えたとき
自分の持っている思考回路だとモンゴルに行くと言う発想(と行動力)はおそらく一生発生しないに違いない。
自分ではまずしないであろうこのツアーを持ちかけられたというのは実は面白い事ではないかと。
ちょうど20代も後半で仕事にも生活にも余裕が出来たし、 これはもしかしてちょうど良い機会なのかも。
今なら行ける。いまならなんでもできるんでは。 というのが動機なんだろうなー。


5月下旬の雑感

梅田のJTBの入り口にはありとあらゆる旅行のパンフが置いてあります。
モンゴル、モンゴルないかなーと鼻歌混じりに探しましたがひとっつもありません!。
(まー、申し込みはしてくれるといってたからま、いっかー)
気を取り直して梅田の書店で地球の歩き方「モンゴル」を探しました。
全然見つかりません
あ、 ありました!
めちゃくちゃ薄いです。
しかも在庫一冊でした。
不安になります。


6月初旬の雑感

それでもなんでモンゴルなの?と職場の人に聞かれる。
とりあえず、「ハワイとかグァムとかヨーロッパなら結婚したり年とってからでもいけるけど モンゴルは今しかいけないでしょう、多分」
と言って納得してもらってます。
「大自然にふれて新しい自分の発見?とかでしょー」と冗談混じりで茶化す人も居るけど、
余計なお世話だ。当方変わり者だからほっといてくれ。


6月中旬の雑感

旅行会社から案内書が来たので申込書を記載アンケートの「過去の海外旅行経験は?」の欄には
「アフリカ ブラジル モンゴル チベット etc..」
(おいおい、なんでハワイとかパリとかロンドンとかメジャーなところがないんだよー)

メールでそのことをコノ人に伝えると
「だってわざとマニアックな旅行社にしたんだもの」との返事が。不安になる。


7月上旬の雑感 

その1
GW直後の1〜2週間は「モンゴルかー、いいねー」とテンションがあがって
それこそ毎晩スクワット生活を送ってましたが、 6月にもなると、仕事にも集中し出してだんだん、モンゴルのことはどうでもよくなってきました。
まぁまだ先の事だし、いいよねー。 と油断していたらもう7月、、。あれ、旅行って今月かー。やべ、全然モチベーションが上がってないぞ!

1週間のバカンス帰りの後輩に「バリ島はサイコーでしたよ」と言われて
お返しに 「モンゴルは大地がトイレらしい。だからトイレットペーパーは重要なアイテムらしいよ」
と言って複雑な表情をさせては自己嫌悪にひたっています(ウソ)

その2
けど、なんだかんだで金を振り込んでしまいました。20ウン万円です。まじっすか?
ちなみにバリ島は10万そこらでいけるそうです。フギャー


7月中旬の雑感 

その1 旅行会社から電話がありました。
「代金の振り込み確認しました。ありがとうございます」
「いえいえ」
「で、今回のツアーの参加者なんですが。あなた様と磯様と、もう1名の計3名になります」
「え、合計3名ですか?」
「はい! そうです」
「え、ホントですか?」
「ほんとです」
(最小履行人数とかって普通もっと多いだろー。そもそもそんなんでツアーがなりたつのー? うしゃしゃうしゃしゃ不安なりー)
個人的には10数名のツアーで、仕事をリタイアした老婦人ありーの、若い人もおりーの、30代の人も おりーの、
というのを勝手に想像していたんですけど、それはダメなんですか?

その2
とりあえず、モンゴルといえば、 「シーナさん、シーナセヤッホ(EDWINのCM)」 そう、モンゴルと言えば椎名誠だ。間違い無い。
というわけで椎名誠のモンゴル本を買いにいってモチベーションを上げようとしたけど
一緒に買った『本の雑誌血風録』と『新宿熱風どかどか団』の方に夢中になってしまったよ。
あーこの人の本はやはり面白いなー。

その3
我々アホコンビと共に参加するもう一人の人はどんな人なんだろーか?想像する。
モンゴルって結構若い女のコに人気あるらしいよー。という話しを聞いて大コーフンするのだが
いや、マテヨ、いくら若い女のコに人気があるとはいえこんなツアーに若い女のコ一人で参加するはずではないのでないか。
絶対30代独身男性とかに違いない、チキショーめと意気消沈してビールをかっくらって、フテネをするのであった。
ちなみにアホは大阪では褒め言葉なんである。 (椎名誠風を意識したけどダメでした)

その4
カバンを物色する。 「スノボーで使う尻パッドか、座布団は必需品だよ。特にヌシは、痩身でケツが薄いのじゃから」
といわれたことを思い出してスノボーショップを探す。
探す。
探す。
あった。
結構でかい店だが、客はオレともう一人だけだった。


出発二日前の雑感

旅行会社から電話ありました。びっくり仰天の話しばかり聞かされました。ピックアップしてみました

トイレットペーパーは必需品です。(まぁこれは以前聞いているし)
風呂も二日くらい入れないんで、出発前にじっくりシャワー浴びてください。(まぁこれもしゃあない)
夜は電気無いんで懐中電灯は必需品です。(やば、準備してない)
最終日は朝5時出発です。メシ用意してますけど、多分食えませんねー。 (早すぎるよ!)
金は30ドルあれば大丈夫です。ほとんど使う機会がありませんから。 (海外旅行に行くのに3000円でいいのかよ!)
空港降りたらとりあえず、人の流れについてください。 入出国カード古いやつですけど、大丈夫!99.9%確実に通れますから。 (なんかいいかげんだよ!)

乗馬についても インストラクターもあんまし教えないかもしれないけど、まぁ大丈夫ですから。余裕ですよ。
(どんどんおざなりになっていくよ)

とにかくお気楽な解説でした。 不安だ。。


初日編

一日目 現在12時10分
ゲルの中でろうそくの明かりで この原稿を書いている。なんともえもいわえれぬ感触。。
モンゴルでキーボードをたたくというのも少しだけ乙である。
明日から何が起こるのだろうか。。
--以上モンゴルでVisor&ターガスのキーボードで書いたメモ--


その1
成田に11:30集合なのに、肝心の係員が遅れてやってくる。最初からモンゴル時間だなぁと苦笑する。
しばらく待機していると係員がやってきた。待ちくたびれた旅人がわらわらと集まる。みんな一癖も二癖もありそうな面構えである。
若い女の子も居て、中には可愛い子もいたが、茶髪ないまどきの女の子は当然まったくいないのであった
飛行機の予定が変更してウランバートル直ではなく、ソウルで一回給油をするとのこと。ま、どうでもいいけどね。

機内では後ろの席のおっちゃんが興奮して機内食を派手に地面にぶちまけたり、
スチュワーデス(おばちゃん)に「スーホの白い馬」について熱く語ったりしたが全く通じていない。
おばちゃんとおじさんがお互い困った表情をしていたのが面白かったよ。
なお、同行人の磯氏情報によると、「スーホの白い馬」は中国内蒙古の話だからモンゴルのひとは知らないらしい。
ちなみにわしは有名らしいその話さえしりませんでした。

とかなんとかいっている間にソウルにつき給油。オレも給油だとばかりにモンゴル製のビールを飲む。悪くない。
しかしソウルでモンゴルビール!フシギな感じだ。
ソウルを飛び立ってしばらくたつと眠くなったのでねる。ひどくうなされる。
夢の中で飛行機に乗っていた。それが夢と分かっているのに覚めないとやな夢。
最後は馬と牛が逃げ惑う中、草原に飛行機が突っ込んで不時着するというベタなオチで目が覚めた。
そういえば沖縄に出張したときも夢の中で別の飛行機に乗っていて周りが誰もいないというヘンな夢を見たなぁと思い出す
あとで磯氏に「寝ているくせに首をぶんぶん振りまわしていて、なんかものすげー状態だった」とコメントされる。
いや、ホントにえらい疲れた。

とかなんとかしているうちに無事にウランバートル空港に到着した。空港はホントに小さい、小さい。日本の地方空港よりも小さい。
四国の松山空港よりも小さい。間違いない。
到着後、とりあえずトイレだ!とトイレに飛び込むが、入り口に鍵がかかっている。どひゃーん。いきなりやられたよ

トイレを我慢しつつ税関に。
税関は、お、飛行機が来たな!んじゃ仕方ない仕事すっかー、という地方の小さい駅の改札のようなノリで
ちょっとパスポートをチェックされただけで素通りできた。 ちなみにトイレは出口にありました。良かった良かった。

何はともあれこうして無事にウランバートルに到着したのでした。

続く

その2
空港には、現地のガイドの人が迎えに来てくれていた。
そこで合流したに同行者は Tさんという年下の女性で職業は医者(!)ということでした。ふぇー。
空港の駐車場で待っていた車は三菱のデリカだった。
車内が右ハンドルで、中に印刷してある言葉も日本語だったので 日本車のようだ。
そういえば、現地の車は「たれぱんだ」のようだと磯氏が言っていたことを思い出した。
確かにそんなへんな表情をした車が今にも壊れそうな雰囲気で沢山走ってました。 写真をとらなかったのが悔やまれる。
その国籍不明の車以外にはヒュンダイの車が多く走っていたように思えます。 日本車も頑張ってましたけどね。

目的地までどんくらいあるんですか?と何気なく聞いてみると「んー、300kmくらい」という返事が。。
300km先ですか?東京-静岡間くらいあるんじゃないの??

車が走り出して十分程度走ったところで車が停車した。 そこにはなんとも形容しがたい物体が。。
「これはなんですか?」と聞いてみると、旅の安全を祈る神様とのこと。
時計回りに3回周りながら、周りにある石を真中に向かって高く放り投げるのだそうだ。
郷に入っては郷に従えというわけでグルグル周りながらたびの安全を祈るのだった。

その後しばらく車道を走ったところで、なんの前触れもなく、車道を離れ、草原に車ガ突入した。
車の轍を通るだけの道で全く舗装されていない。そこを70-80kmぐらいの高速で走るのである。恐い恐い。
車は上下左右にガタガタ揺れるし、これがラリーレースの雰囲気なのかなぁ。
そういえば、椎名誠が著書でモンゴルでのこういう状況を「洗濯機みたいだ」と描写していたので、椎名さんをリスペクトする身として
は呟かずにはいられない。「洗濯機みたいだ」と呟いて一人悦に入っていたら、磯氏にちゃっかり聞かれてました。

しかしそとは草原、草原、ホントに「草の海」なんだなぁと大感動しまくりでした。

途中、豪雨が降ったり、パンクして遭難している車に出会いそれを知らせるために、
給油所に向かったり(西部劇に出てくる宿場のようだった)、最後の方は道に迷って、サーチライトで目的地を探したり
途中に寄ったゲルで場所を聞いたりするなど、それなりの体験をさせてもらって、夜中の12時前にようやく、目的地の到着したのでした。
しかし目印も無いに等しいのに、きちんと300km先の目的地までつくんだからたいしたもんだよな。。

そして、ゲルで冒頭の文章をしたためたのでした。

続く

二日目


朝、目がさめる。 外に出ると、すぐ目の前に羊の大群がいてのんびり草を食べている。「おおっ!」と驚いていると、
今度は、遥か向こうから馬に乗ったモンゴルの人が一騎、駆けてきた。
別にこちらに気を留めるでもなく鞍に半立ちで乗った状態で、キャンプゲルの横を颯爽と駈け抜ける、 そのあまりに自然な様子に
「あーモンゴルに来てんだなぁ、おれ」と、しばしボケーっとしていると 磯氏がやってきて一言、
「Tさんがラクダに乗せてもらっているよ」
ラクダ? 俺らは馬を乗りに来たのに、ラクダまで乗せてもらえるの?これは予想外な幸運。
しかし、すぐに椎名誠氏の著作での、「ラクダというやつは、ずるがしこくて怠け者でマイペースで全く言うことを聞かない」というくだりを思い出し、
いかんいかん、油断してはならんぞ!と身構える。
そして、実際確かにマイペースな動物だった。ガイドの人がラクダをなんども座らせようと 手綱を引っ張っても、なかなか言うことを聞かない。
「もーわしのことなんかえーからほっといてー」みたいなかんじ
ようやくラクダにのり、周りをガイドさんに引いてもらいながら歩いたときも、歩きながらも 隙あらば足元にある草にかぶりついてモシャモシャ食いやがるの。
けど、なかなか愛らしい表情をしていて 憎めなかったのも事実。しばしの時間、乗駱駝(?)を楽しんだのでした。

ラクダから降りてほっと一息ついていると、羊の群れは気づいたらだいぶ遠く離れた向こうのほうに移動していた。
まるで風にそよいで動いている雲のみたいだなぁと、またポケーっとするのでした。
朝食を食べ、ついに乗馬の時間となった。 ところでわしは当然乗馬は初めてである。
(小学校の時に牧場で馬に乗せてもらったことはあるが、手綱を引いてもらったのでとても乗馬経験とは言えないだろう)
てゆーか、俺の人生の中で自分で手綱を握って馬を操るなんて経験するたぁ思わなかったよ。 しかもモンゴルでだぜ。
いまだに信じられん。 とりあえず、感謝すべきは奇特なる友人哉。

ともあれ、馬といえば、学生時代に、乗馬部の馬場に見学に行ってサラブレットのでかさに驚いたが
(鞍の位置がミニバンの天井くらいあったと記憶している)
しかし、モンゴルの馬はモンゴリアンポニーと言われるくらいで背丈が本当に小さく、乗っても全然高さを感じないのであった。
ガイドのダワさんの指示に従い各々が馬に乗る。
自分に割り振られた馬は、白馬だった。 さて、どうやら、我々の仲間内では馬には名前をつけてやらないと行けないという、暗黙のルールがあるらしい
とりあえず男らしく、「的廬」と呼んでやろうと思ったが、やはり不吉である。
磯氏はこしゃくにも自分の馬に「愛妻号」と唸るような名前をつけおった。
俺も唸るようなナイスな名前を。。。と考えてみたが思いつかない。もーいーや、あきらめた。 ちょっと薄汚れているが白馬は白馬である。ということでとりあえず、
「ロデリック」と呼ぶことにした。
ちなみに旅行社の人が言っていたように、特に乗馬のレクチャーといったものはなく。 手綱は手に巻いてはダメだよ。鐙に深く足を入れてはダメだよ、と二つだけ注意を受けたけど説明はそれだけ。あとはぶっつけ本番、これがモンゴル式らしい。
日本の乗馬クラブでは絶対ありえないだろうなー。

つづく