実は、こういう「多角化」型の企業買収は、一九六〇年代後半から七〇年代にかけて米国で流行し、ことごとく失敗に終わった。本書で紹介するLBO(レバレッジド・バイアウト)は、それによって水ぶくれした企業を解体・再生するために八〇年代に出てきた金融技術である。 本書は、一九八八年にRJRナビスコを総額二五〇億ドルという史上最大のLBOによって買収したことで有名になったKKR(コールバーグ=クラビス=ロバーツ)を中心にして、LBOの実態を分析したものだ。
一般には、企業買収のイメージはよくない。ジャーナリズムは、ナビスコの買収劇を欲望の渦巻くマネー・ゲームとして描き、一九九〇年に企業買収ブームの主役だったドレクセル=バーナム=ランベールがインサイダー取引のスキャンダルに巻き込まれて倒産したときには、企業買収のブームは終わったと見られた。 しかし、八〇年代の企業買収が米国企業の効率化に貢献したという評価も多い。ハーバード大学のマイケル・ジェンセンは、大企業の経営者が株主を無視して「帝国建設」に走る歯止めとしてLBOを評価した。株主の議決権で経営者をコントロールすることは困難だが、LBOによって企業を「借金漬け」にすれば、一定の(少なくとも金利以上の)リターンを出さなければ倒産してしまうから、自動的に経営者を規律づけることができるのである。
本書で描かれるKKRは、世間のイメージとは逆に、慎重に企業を評価して買収を行う保守的な企業である。買収された企業の多くは、不採算部門の整理によって業績が改善し、ふたたび公開されたときには高い評価を得た。 その理由は、KKRが他の投資銀行のように企業を切り売りして短期的な売却益をねらうのではなく、経営者の意見も聞いて長期的な観点から企業価値を高める投資を行ったためだ、と著者はいう。これまでKKRが手がけた案件のうち、「敵対的買収」は実はナビスコだけで、これは失敗に終わった。他の案件はすべて、経営者に資金を提供して行うMBO(マネジメント・バイアウト)だった。
ただLBOは、投資の償却が終わった成熟企業が豊かなキャッシュフローを無駄づかいすることを防ぐ手段であり、大きな投資の必要な情報産業などには向いていない。成長期の企業に金利に見合う確実なリターンを求めることは、その戦略の幅をせばめてしまうからだ。事実、いま米国の「ネット企業」で起こっている企業買収のほとんどは、株式交換によるものである。 しかし、いま日本が置かれている状況は、一九八〇年代の米国と似ている。過剰設備と過剰投資を放置したまま、むやみに「ハイテク事業」に参入しても、かつての「コングロマリット」(複合企業)の轍を踏むだけだ。日本企業の効率を上げるには、まずKKRのような「新しいファイナンシャル・キャピタリスト」(原題)によって思い切ったリストラを行う必要がある。
ただ、本書は著者がKKRとコンサルタント契約を結んでその歴史を記述したものであり、全体としてKKRの立場から描かれていることは割り引いて読んだほうがよい。また訳文は、日本語としてこなれておらず、やや読みにくい。