「インターネット時間」の競争でいかに生き残るか

マイケル・クスマノ、デイビッド・ヨッフィー『食うか食われるかネットスケープvsマイクロソフト』 毎日新聞社 1999

マイクロソフトは、何かと話題の多い会社である。今や本屋には「マイクロソフト・コーナー」ができるほどだが、その大部分は宣伝か、二次情報の受け売りか、元社員の暴露本で、読むに耐えるものはほとんどない。特にひどいのは、ビル・ゲイツ自身の書いた『思考スピードの経営』(日本経済新聞社)で、「電子メールを使えば時間と紙が節約できる」といった陳腐な説教と自慢話を除いたら何も残らない。

本書は、そうした凡百の「マイクロソフト本」とは違って、長期にわたるネットスケープ社の経営者や社員へのヒアリングによる実証研究の成果である。その資料価値は高く、司法省との裁判でマイクロソフトが(ネットスケープが失敗を認めた)証拠として引用したことでも話題になった。 ネットスケープ社については、あらためて紹介するまでもないが、一九九四年に創立され、WWW(ワールドワイド・ウェブ)のブラウザ(閲覧ソフト)「ナビゲーター」によってインターネットを世界に普及させた、かつてのベンチャー企業の星である。彼らがなぜかくも急速に成功し、そして失速したか、というのが本書のテーマである。

著者は、ネットスケープの戦略を「柔道戦略」と呼んでいる。それは強い相手に正面から対決を挑むのではなく、力に逆らわないで柔軟に戦う戦略である。彼らは、マイクロソフトが独占しているOSではなく、未開拓のブラウザ市場でスタートし、WWWという新しい流通チャネルを使って、既存の製品系列や販売網を持っていない弱みを強みに変えたのである。 しかしネットスケープにとって不幸だったのは、敵もまた柔道戦略の達人だったことである。ビル・ゲイツは、かつて多くの巨大企業を倒してきた体験から、強い企業ほど過去の成功体験にこだわって没落することをよく知っており、過ちを認めてただちに軌道修正する柔軟性をそなえていた。

マイクロソフトは、一九九五年末になって、それまでの独自路線によるネットワーク戦略を捨ててインターネットの標準を全面的に採用し、ネットスケープそっくりのインターネット・エクスプローラを作った。そして、それを普及させるために、営業開始したばかりのMSN(マイクロソフト・ネットワーク)を犠牲にしてAOL(アメリカ・オンライン)と提携し、コンピュータ・メーカーに圧力をかけてネットスケープを削除させる作戦に出た。同じ土俵でのカネと力の「相撲」になれば、力が強い方が勝つのは当然だ。

ただ、こういう物語だけなら、あまり目新しいとはいえない。「柔道戦略」という言葉はおもしろいが、その内容は常識的だ。むしろ興味深いのは、後半に書かれている設計・開発戦略である。第四章では、短期間に開発を進めるためにソフトウェアを「モジュール」に分解して共通化する過程がくわしく報告されている。 情報産業は「複雑系」だから「収穫逓増」が起こるなどという俗説とは逆に、「インターネット時間」で競争する上で決定的なのは、複雑なプログラムを単純なモジュールに分解し、多くのスタッフが並行して開発を進めるシステムである。この点で両社はほとんど同じ戦略を取っていたが、ネットスケープの製品はモジュール化が不十分で動作が重く、他のソフトウェアと組み合わせにくくなって多くの顧客を失ったのである。

ただ訳書では、第四章が大幅に割愛されているため、大事な部分が欠落している。全体にも誤訳・脱落が目立つ。訳書の分量は原著の半分近くに減っているのに、どこにも「抄訳」という断り書きがないのもいかがなものか。何よりも、この悪趣味な邦題がすべてを語っている。本書の真の価値を知りたい方には、原著をおすすめしたい。

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