バラマキ公共事業のもたらす「国家破産」の恐怖
井堀利宏『財政赤字の正しい考え方』東洋経済 2000
政府の来年度予算はIT(情報技術)に重点配分する方針だというので、各省庁の概算要求には「IT」の文字が躍っているが、中身は道路が光ファイバーに化けただけだ。「インフラ整備」の遅れがITでの日本の立ちおくれの原因だなどと主張する人は、日本の光ファイバー普及率が世界一であることを知っているのだろうか。日本には、まだ「景気の腰折れ」を防ぐために「補正によるてこ入れ」が必要だという類の主張をくり返す「エコノミスト」がいるが、こうした「素朴ケインズ主義」が生き残っているのは日本ぐらいのものだ。欧米では、経済活動の水準を調整する機能は中央銀行の金融政策にゆだねるのが常識で、財政による「景気刺激」を発動している国はない。最近の経済学の教科書には「有効需要」という言葉さえないのである。
このように、マクロ経済政策をめぐっては、ここ十年ほどの間に大きな進歩をとげた経済学と、古い教科書をもとにした通俗的な理解との間に大きなギャップがある。本書はマクロ経済学の最新の成果を踏まえて、財政危機の深刻さとその解決策をわかりやすく論じたものだ。一般には、一九九七年に行われた消費税の引き上げや財政構造改革法がその後の景気後退の原因とされているが、それを裏づける証拠はない。にもかかわらず、マスコミが財政再建を景気後退の元凶として指弾したため、小渕内閣では逆に「何でもあり」のバラマキ財政政策が始まり、日本の財政赤字は国と地方あわせて六五〇兆円という世界最悪の水準に達した。
さすがに最近は自民党まで「公共事業の見直し」をいうようになったが、見直すべきなのは「景気刺激策」という考え方そのものである。目先だけを見ると、過剰設備は公共事業で有効利用すればいいように見えるが、土建会社は政府の行動を予測し、翌年も公共事業を期待して設備投資をするだろう。そこでバラマキをやめると景気が落ち込むから、続けざるをえなくなる。政策がこのように行き当たりばったり(時間不整合)だと、企業は政府の救済を当てにしてリストラを先送りし、問題はかえって長期化するのである。
著者が強調するのは、目先の景気だけでなく、長期的な(時には世代間の)問題として財政をとらえることだ。景気を刺激したり引き締めたりする時間不整合な政策は、民間を混乱させるだけで何もしないのと同じであり、いずれ財政赤字が大増税となって返ってくることを知っている消費者は、将来の不安に備えて貯蓄し、消費は冷え込んでしまう。最初から救済されないとわかっていれば、企業は自力で過剰設備・人員を削減するだろう。政府の財政再建への決意(コミットメント)さえあれば、財政再建によってむしろ景気は上向くのである。政府支出の機能は景気対策ではなく、必要な公的サービスを提供することであり、重要なのは公共事業の効果を事後的に評価するシステムだ。
したがって財政改革のためには政治改革が不可欠だ。九十年代に続いた不安定な連立政権が、政策の不整合性の最大の原因だから、選挙制度を完全な小選挙区制にし、区割りを年齢別にせよというのが著者の提案である。これによって投票率の低い若年世代の意思も正確に反映され、赤字を先送りする世代と負担する世代の間で真剣な政策論争が行われるだろう。いずれにせよ、このままプライマリー・バランス(財政の純収支)の赤字が続くと、金利負担が雪だるま式にふくらみ、大増税かハイパーインフレは避けられない。あるいは、国債の金利暴騰(価格の暴落)によって政府債務の不履行と経済の「ラテン・アメリカ化」が起こるだろう。もっとも抜本的な改革が行われるには、こうして日本経済がいったん「焦土」になるしかないのかもしれないが。
HOME