筑摩書房は人文系の出版社で、30年前に一度倒産している。社員は数十人だから、経済学の理解できる編集者がいないのはしょうがないが、ちくま新書だけで5冊も著者の本を出しているのは恥ずかしい。本書はもうネタが尽きて、いつもと同じ「八つぁん熊さん」レベルの床屋経済談義が脈絡なく続く。
中でも白眉は、サブタイトルにもある「金融資本主義」を論じた第1章である。著者は、最近のサブプライムローンなどの金融危機の原因は変動相場制だと主張するのだ。彼によれば、戦後のIMF体制による固定為替相場制は「各国通貨と金がリンクしていた」から安定していたのだが、それが変動相場制への移行によって崩れたため、「ドルはいくら発行してもかまわない」状態になり、それがバブルを生んだという。
著者は、金本位制とIMF体制の区別もついていない。IMFは管理通貨制であり、各国は金の保有量に制約されずに通貨を供給できる。通貨当局間では1オンス35ドルという公定レートがあったが、ドルの価値が固定されていると、通貨供給の調節が困難になるので、1971年に金とドルの兌換が停止され、1973年に変動相場制に移行したのだ。著者の推奨するように固定為替レートに戻したら、ポンド危機のときのような巨額の通貨投機が起こり、投機筋は大もうけするだろう。
こんな支離滅裂な話だけではもたないので、後半は金融とは無関係な「インセンティブ理論」批判になるが、文献が何も参照されていないので、著者のいうインセンティブ理論とは何を意味するのか、さっぱりわからない。どうもゲーム理論と混同しているようだが、それもほとんど日本語として意味をなさない。たとえば次のような初歩的な事実誤認が、ほぼ各ページに出てくる:
情報の経済学では、個々のプレーヤー(参加者)が限定合理性を抱えているために、耐えず(ママ)市場は失敗する可能性をはらんでいます。市場には、プレーヤー同士がお互い情報を完全に知りえないという「情報の非対称」がつきまとっています。(p.169)
著者は情報の経済学の教科書も読んだことがないのだろう。そこには、すべてのプレイヤーは合理的に行動するという仮定が書かれている。彼らが「限定合理的」に行動したらどうなるかは、ほとんど何もいえないからだ。また情報の非対称性とは、読んで字のごとく一方が(自分のことは)知っているが、他方が知らないという非対称のことだ。「お互い知らない」場合には、単なる確率的最大化問題になる。したがって、これに続く「モラルハザード」が何ちゃらいう話も、すべてデタラメだ。このあとは環境問題やら教育問題やら年金問題やら、飲み屋でクダ巻いている親父のような脈絡のない話がくどくど繰り返され、とても読むに耐えない。
ちくま新書のラインナップを見ていると、団塊の世代あたりのサヨク幻想を忘れられない老編集者が、似たような著者ばかり探してきては「ワーキングプア」やら「ネオリベ批判」をやらせているようだが、もう当の若者でさえそんなクサイ話は相手にしない。こんな古ぼけたマル経の本ばかり出していると、また倒産するだろう。そのほうが世のためだと思うけど。