モジュールをオープン・ネットワークで結ぶ企業戦略
國領二郎『オープン・アーキテクチャ戦略』ダイヤモンド社 1999
情報技術と経営戦略というと、「収穫逓増」で大きい者が「ひとり勝ち」するとか、企業は「複雑系」だから「シナジー」が大事だとかいう類の話を想像する読者もあろう。しかし、これらは理論的にも実証的も根拠のない床屋談義にすぎない。米国でも日本でも、情報産業の平均的な企業規模は一貫して小さくなり、上位企業のシェアは下がっているのだ。
本書は、巷に氾濫する安直な「IT本」とは違い、経営学や経済学の学問的な成果を踏まえて情報技術の組織に与える影響を分析したものである。その基本的な主張は、情報通信の世界において台頭している新しい企業システムを要素技術の「モジュール化」とそれを仲介する「プラットフォーム」の組み合わせとして理解するという点だ。同様の主張は、ボストン・コンサルティングの『ネット資本主義の企業戦略』(ダイヤモンド社)などにも見られるが、本書の特色はこうした現象を「アーキテクチャ」の問題として統一的にとらえ、ネットワーク社会の大きな流れの中に位置づけたことにある。
モジュール化とは、パソコンのように部品が標準化され、他から独立したモジュールになることだ。こうした自律分散的なアーキテクチャが成り立つのは、半導体の性能が飛躍的に上がり、個々の用途に合わせて部品を最適化するよりも同じCPU(中央演算装置)を使って標準化された部品を使ったほうが安くなったためだ。全体の設計に関係なく個々の部品やソフトウェアを開発できるようになると、巨大企業よりも意思決定の迅速なシリコンバレー型のベンチャー企業が高い優位性を持つようになる。他方、分解されたモジュールが整合的に機能するには、それらを仲介する「プラットフォーム」が重要になる。これがIBMやマイクロソフトのような特定の企業に独占されていると、市場全体がその企業に支配されてしまうから、インターネットに代表されるオープン・スタンダードが確立していることがモジュール同士が自律的に「協働」する上で決定的に重要である。
アーキテクチャのこのような変化によって、産業構造も垂直統合型から水平展開型に変わる。そこで重要なのは、資本関係による支配よりも人と人との「関係性」のマネジメントだ。このような情報産業の構造変化は、日本企業にとっても大きな意味を持つ。日本が得意としてきたのは、小さな空間に高密度の電子部品を無駄なく詰め込んで最適化する技術だったが、パソコンやインターネットの世界では、このようなノウハウが生きないからである。
では、日本の企業はこの変化にどう対応すればよいのか。著者のあげている選択肢は、モジュール化の適さない分野で勝負する戦略と日本の企業組織をオープン・ネットワーク型に変える戦略の二つだが、力点は明らかに後者に置かれている。しかし著者も認めるように、後者のモデルとなる企業はほとんど実在せず、やや精神論に見える。むしろ短期的に現実性が高いのは、前者の道ではないか。
パソコンとインターネットの時代は、間もなく終わろうとしている。CPUは携帯端末やデジタルTVの中に入り、IP(インターネット・プロトコル)はこうした情報家電を結ぶネットワークに組み込まれ、生活のあらゆる所に遍在するようになるだろう。この世界では、携帯電話に見られるように、日本がふたたび世界の先頭に立つ可能性は強い。しかし情報家電の内部構造は、「iモード」に見られるように、インターネットなどのオープン・スタンダードにもとづいていなければ成功しない。このような転換をはかれば、日本企業の前途は必ずしも悲観するには当たらない。本書は、そうした新しい戦略を考える上でも多くのヒントを与えてくれるだろう。
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