この事件は、毎日新聞が激しく繰り広げている「メディア規制」キャンペーンの一環で、本書のほかの部分でも「政治家が個人情報保護法を利用してメディアを規制しようとしている」という類の陰謀説が繰り返されているが、その証拠はどこにも挙がっていない。メディアを規制することが目的なら、なぜメディアが適用除外になっているのか。事実は逆で、もともと通産省(当時)は基本原則だけの「ガイドライン法」にするつもりだったのだが、住基ネットを「国民背番号」だと騒ぐ毎日新聞のようなヒステリックな「プライバシー絶対保護」キャンペーンに対して自治省(当時)が警戒し、現在のような厳重な個人情報保護法案ができてしまったのである。2年以上にわたって繰り広げられた「メディア規制」キャンペーンは、日本の新聞史上に残る大虚報である。
『個人情報は誰のものか』というタイトルの答は、どこにも書かれていないが、どうやらこれを書いた記者は「私の個人情報は私のものだ」と思っているらしい。それなら新聞は取材した人全員に了解を得ないと記事にできないだろう。それが彼らの主張する「自己情報コントロール権」というものである。プライバシー保護が言論への「不当な干渉」の口実になるという新聞協会の見解は正しいが、それならインターネットも含めたすべての媒体において表現の自由と個人情報保護をどう両立させるかという議論をすべきだった。ところが新聞協会は、自分たちだけは「適法かつ適正な取得」という基本原則からも適用除外にしろと主張し、野党もこれに便乗して国会が2年近く混乱してきた。
本書は、あいかわらず新聞が正義の味方だと思い込み、「表現の自由の拡大」を「新聞以外の業種への適用除外の拡大」と取り違えている。おかげで「著述業」まで適用除外になったが、NIFTYやYahoo.co.jpはどうなるのか。インターネットは「不当な干渉」を受けてもいいのか。業界の既得権益を言論とか公共性などという名目によって擁護するのは、通信・放送の「水平分離」問題に新聞協会が反対したときとよく似ている。この取材班の中心である臺宏士記者は、シンポジウムで私が毎日新聞を批判したら「不愉快だ。われわれにも弁明の機会を与えろ」というので、研究所の冊子に反論を書くよう求めたら拒否した。「報道機関は特権的な存在だと思っているのか」という私の質問には「後で答える」と言ったきりだ。これだけしつこく防衛庁に「情報公開」や「説明責任」を求めるのなら、同じ基準を自分にも適用してほしいものである。「情報デモクラシー」を脅かしているのは、こういう自分たちを安全地帯に置いて行政を一方的に指弾する記者クラブ的な特権意識なのである。
後記:国会で法案が審議されたときには、毎日と読売以外の全国紙と通信社(APまで)が全部取材に来て、記者は「個人的には池田さんと同じ意見だ」といっていた。先日は、「毎日新聞のプライバシー報道はおかしい」といって社会部にどなりこんだ人もいたが、私が煽動したわけではない。