アラブの「フランケンシュタイン」を生んだ欧米諸国の原罪

宮田律『現代イスラムの潮流』集英社新書 2001

ニューヨークのテロ事件を受けて、米国は「無限の正義」作戦を発動し、各国は歩調をそろえてテロリストへの報復を誓った。もちろん六千人余りの民間人の命を奪ったテロは憎むべき行為であり、その犯人が処罰されるのは当然である。しかし、これはブッシュ大統領の呼号するような「善と悪の戦い」なのだろうか?

今回の首謀者がオサマ・ビン・ラディンだとすれば、問題はそう単純ではない。彼のテロリスト集団を生み出したのは、アフガニスタン紛争のとき彼らに資金援助して反ソゲリラとして利用したCIA(米国中央情報局)である。「アメリカにとって、ビン・ラディンは『フランケンシュタイン』となったのだ」(本書一四二ページ)。なぜこのような怪物が生まれたのかを解明することなしに、問題を解決することはできない。著者が強調するのは、問題の大部分は実は欧米諸国が作り出したものだということである。

問題の発端は、一九世紀以降、欧州でナショナリズムの高揚にともなって反ユダヤ主義が台頭し、それを逃れるために「約束の地」パレスチナに移住しようというシオニズムが始まったことにある。英国は、オスマン・トルコの力を弱めるためにこれを利用し、ユダヤ人の建国を約束する一方、アラブ諸国にも「パレスチナ独立国家」を約束するという二枚舌を使ったが、第一次大戦後オスマン・トルコが崩壊すると、英仏両国でパレスチナを分割してしまった。その後、ナチによるユダヤ人弾圧によってユダヤ人が大量にパレスチナに流入し、第二次大戦後、国連は当事者の合意もないままパレスチナを分割し、半分以上をイスラエルに与える決議を行い、翌年イスラエルが建国された。つまりイスラエルは、ホロコーストという欧州の「原罪」の償いのためにパレスチナ人を犠牲にして作られたという決定的な矛盾をはらんだ国家なのである。

イスラム教は本来、民族や文化の違いを超えて中東を一つにまとめていたが、そこに欧米のナショナリズムが持ち込まれて分裂抗争が起こり、イスラエルとの「宗教戦争」によってイスラム教も変質した。その一つのあらわれがイスラム原理主義である。これは昔からある宗派ではなく、イラン革命によって初めて大きな勢力になったものだ。米国は親米派のパーレビ政権を支援したが、その近代化路線が貧富の格差や腐敗を生み、これをイスラムの理想からの「堕落」と指弾するホメイニ師らが政権を掌握したのである。サダム・フセインが「イスラムの大義」を掲げたのも、湾岸戦争以後だ。そして湾岸戦争とその後の米軍の駐留が中東全域に反米感情を生み出し、米国そのものを敵視するテロリストがビン・ラディンのもとに結集するようになる。

つまりイスラム原理主義とは、何らかの「原理」に依拠する宗教的な運動というよりは、近代化への絶望と極貧の中で先鋭化した政治運動であり、これを生み出したのは、欧米諸国が帝国主義時代から中東を政治的に利用して作り出した戦争状態なのである。この根本問題を是正しないでまた中東を戦場にすることは、米国を憎む多数の難民を作り出し、新たなテロリスト生み出すだろう。特にテロの「大義」となっているパレスチナ問題を解決しない限り中東の恒久的な平和は望みえない。

本書は、イスラムを敵視するのではなく理解することの重要性を説いている。単純な「米国的正義」の押し売りに追随することが「国際貢献」だと信じている政治家諸氏には、ぜひ読んでほしいものだ。今回も、日本で行われているのは「憲法」とか「国連」をめぐる内向きの論議ばかりだが、日本の役割は、中東に対して原罪を負っているわけでもなく、ユダヤ資本の圧力もない中立な立場を生かし、中東の戦争状態を最終的に終結させる仲介役を務めることではないか。

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