今でも工業用のITRONは使われているので、組み込みシステムとして地味にやればよかったのに、風呂敷を広げすぎて自滅した。セールストークは 派手だが、設計は凡庸で、パソコン用のBTRONの中身はMacOSの物まねにすぎない。CPU(Gマイクロ)も、互換性がないのだからせめてRISCに して処理速度を上げればよかったのに、平凡なCISCで結局、商品にはならなかった。当時「BTRONマシン」として発表されたのは、80286によるエ ミュレーションで、デモだけが動く張子細工のようなものだった。当時の日経産業新聞(1989/6/13)はこう伝えている:
BTRON仕様のOSを開発したのは松下1社だけで、他の11社は松下から調 達した。しかし関係筋によると各社の試作機に多くのバグ(ソフト上の誤り)があって、改良に手間取り、88年度中に完了する計画だったCEC(コンピュー ター教育開発センター)の内部評価もまだ終わっていない状態だ。計画の遅れの原因を単純化すれば(1)コンピューターの実績に乏しい松下依存のOS開発 (2)トロン協会の仕様書が大ざっぱだったこと(3)坂村氏個人のリーダーシップの欠如――に尽きる。[....]こうしている間に教育現場からは「すで に10万台も導入済みのパソコンとの継承性を最優先すべきだ」という声が再度強まっていた。そこへUSTRのトロン批判が加わり、CECが標準規格づくり を断念したわけだ。
当時の事情を補足しておくと、USTRがTRONを「不公正貿易慣行」としたのは誤解だった。TRON協議会には、IBMなど外資系企業も入ってい たからである。しかしUSTRが要求したのは、「学校用のパソコンに特定の規格を強制するのはおかしい」ということで、これは実は当時の文部省の主張と同 じだった。「口先標準」にすぎないBTRONを全国の学校に配備することなど、できっこなかったのだから、米国の脅しは、いやいや参加していたメーカーが 手を引く絶好の口実だったのである。結果的には、TRONは制裁対象にはならなかったのに、あっという間に消えてなくなった。
いまだに著者は、「TRONは政府のプロジェクトではなかった」などという建て前論を持ち出しているが、通産省の産業政策について研究し たScott Callonの"Divided Sun: MITI and the Breakdown of Japanese High-Tech Industrial Policy, 1975-1993" (Stanford U.P.)は、法的な権限のないTRONプロジェクトに通産省がいかに強い影響力を持ちえたかを分析している。NECでさえ、最後まで公式にはTRONに 反対だとはいわず、TRON協議会に入ったばかりか、CECにTRON仕様のパソコン(もちろん松下のOEM)を納入までしているのだ。撤退の経緯につい ては、おもしろいことが書いてある:
松下は、BTRONから撤退するにあたって、BTRONが通商摩擦を引き起こ し、海外のパナソニック製品の売り上げに影響することを理由にした。これは、日本語でいうタテマエだった。松下は、BTRONに未来がないと公式に宣言す ることによって、坂村と自社の顔をつぶしたくなかったのである。(p.145)
著者は、とにかく目立ちたがり屋である。マスコミが大好きで、CPUもOSも何もない段階で、NHKに「TRONの特集番組を作ってくれ。カネは TRON協議会の参加企業が出す」と売り込み、「マルチメディア」でもうけようとしたNHKがまんまとだまされて、1億円以上の赤字を出した。支援してい るはずのメーカーが、1社もカネを出してくれなかったからである。要するに、役所におつきあいする「保険」にすぎなかったのだ。こういう経緯は、当時の関 係者はみんな知っており、著者が知らないわけがない。それなのに、昔のことをよく知らないマスコミに嘘をついて、失敗を外圧のせいにするのは、歴史の偽造 であり、「政府が技術開発に介入すると失敗する」という真の教訓を見失わせる。役所もメーカーも、失敗だとは認めたくないので、こういう嘘がまかり通って いるのである。
TRON計画の残骸であるITRONが生き延びたのを「TRONは外圧に負けないで成功した」と思っている向きもあるようだが、ITRONはPDCという携帯電話の日本ローカル規格の「おまけ」にすぎない。世界の携帯電話のシェアの77%は欧州規格のGSM であり、PDCは1.5%にすぎない。ITRONも、裸のPDC端末にブラウザをつけるインターフェイスとして使われただけで、それ以上の複雑なことはで きない。ドコモも、第3世代ではLinuxを採用する。PDCもITRONも、PC-9800のような過渡的な規格であり、むしろ国際標準化の失敗の産物 なのだ。「日本発」などということは、標準を選択する際の基準にはなりえない。
著者は最近、また「ユビキタスID」というのを提唱しているが、その実態は日立のICタグしかない、あいかわらずの口先標準である。彼は「日本の国益が大事だ」な どとナショナリズムをあおっているが、ICタグの国際標準としては、すでにAuto-IDがあり、今ごろからこんな「日の丸規格」を作っても、国際的に孤 立するだけだ。ちょっと前までは「Auto-IDの使うUHF帯は日本では使えない」ということをユビキタスIDの存在理由にしていたが、UHF帯が使え るようになると、「国益」が出てきた。「情報戦略」を考える出発点は、過去の失敗に学んで、それを繰り返さないことである。失敗を外圧のせいにしてごまか すところからは、決して正しい戦略は生まれない。
後記:先日、著者はマイクロソフトとの提携にからんで、「ソフトがすべてタダなんて資本主義を崩壊させる」とLinux を攻撃して、オープンソース・コミュニティの非難を浴びた。「GPLはSCO訴訟のような攻撃を受けるので危ない」などと、ライバルを蹴落とすには不当な 訴訟も利用するところは某社に似てきたようだが、これは誤りである。GPLは著作権上の問題があることが見えるから訴訟を起こしやすいというだけで、 TRONのコードに盗用がないという保証はない。
後記2:週刊ダイヤモンドの私の記事に対して、著者からの手紙が編集部に届いた。便箋(!)3枚にわたって綿々といいわけがつづられ、わざわざ「誌面には載せなくてよい」と書いてあるが、上述の事実関係は否定していない。著者も自分の嘘は自覚したようだから、もうこれでやめておく。