6人の対談相手のうち、この「反書評」で取り上げた「新岩波文化人」が3人を占める。メンバーが固定しているのは、産経新聞の「正論」といい勝負だ。岩波書店の古色蒼然たる「進歩主義」の支持層がそれだけ薄くなっているということだろう。世代的には、産経よりも少し下の団塊の世代あたりだろうか。「経済学は葬式ごとに進歩する」というサミュエルソンの名言を思い起こさせる。
著者も、NHKのおかげでメジャー文化人になった一人だろう。もとは「匠のなんとか」といった企業ルポを書くフリーライターにすぎなかったが、「左翼」陣営の人材が涸渇して、経済番組で使える学者がいなくなったので、「近経」のきらいな(というか理解できない)担当者がよく使うようになった。いわば左翼の「大空位時代」に、そのすきまをぬってB級のルポライターがのし上がってきたわけだ。
ところがマスコミでちやほやされるうちに、本人も自分を「学者」と勘違いし、特に近経を(知らないくせに)敵視するようになった。ある番組で東大経済学部のI教授を出演者に決めたら、「あんな保守反動と同席するなら出演拒否する」といってきた。そういえばこっちが引き下がると思っていたのだろうが、いいチャンスだから内橋氏のほうに降りてもらった。
出演者としても、注文が多くて態度が尊大なわりには、話が平凡で暗いので、最近はあまり使わなくなったようだ。もう左翼の空白を埋める必要もなくなったのだろう。同じ「B級左翼」なら、佐高信氏のほうが(いい加減だが)ずっと謙虚で、好感が持てる。彼は、自分が「芸人」であることを自覚しているからだ。内橋氏のように、自分は知識人だと思い込んだ芸人ほど始末の悪いものはない。