急拡大する無線インターネット革命
カギを握るのは規制改革

池田信夫

1993年、ウェブ・ブラウザ「モザイク」の登場によってインターネットの急速な拡大が始まったが、今それにも比すべき第二のインターネット革命が始まっている。その主役は無線LAN(IEEE802.11b)である。電波を出す無線ルータは2万円台、受信用のカードは5000円から買えるが、最高速度は毎秒11メガビットと、ほぼDSL(デジタル加入者線)並みだ。しかも免許のいらない2.4ギガヘルツ帯を使っているので、だれでも使える。

無線LANがデビューしたのは2年前だが、昨年1年間に全世界で売れた無線LANカードは1000万枚を超えた。日本でも昨年までに累計200万枚に達し、今年はさらに倍増する勢いだ。これを使った無線インターネットのサービスも始まった。すでに昨年から埼玉県でスピードネット(東京電力の子会社)がサービスを始めているが、今年4月からMIS(モバイルインターネットサービス)がサービスを開始し、NTTコミュニケーションズも今月からサービスを開始した。この他にも、NTT西日本、ヤフー、鷹山など、参入予定の企業が目白押しだ。

ただビジネスモデルは異なる。NTTコムのサービスは「ホットスポット」と呼ばれるレストランやホテルなど特定の場所でアクセスするものだが、MISは今年中に東京だけで基地局を500局設置し、どこからでもかけられる公衆電話のような「街角無線インターネット」をめざす。鷹山は、無線LANを使ったIP(インターネット・プロトコル)携帯電話サービスを今秋から開始する予定だ。

料金も、NTTコムは月1600円とDSL並みだ。自宅以外でも使え、DSLには別途電話の基本料金がかかることを考えると、実質的には無線LANがブロードバンドとしては最低コストである。移動性は、まだ携帯電話に及ばないが、MISの端末は時速100キロで基地局を移動できるという。

一足先に無線インターネットのサービスが始まった米国では、すでに業者の淘汰が進んでいる。スターバックス・コーヒーの店舗でホットスポット・サービスを展開したモバイルスターは、経営が破綻して携帯電話会社に買収された。いま注目を集めているのは、ホットスポットの次のビジネスモデルである。ホットスポットの問題点は、使えるエリアが特定のレストラン・チェーンなどに限られていることだが、これを解決するため、多くの無線LANを相互接続して全米ネットワークを構築する「無線アグリゲーター」が生まれている。

有線インターネットでは、インフラはもっぱら電話網だったが、無線インターネットではインフラ(基地局)をユーザーが持っているので、多くのユーザーを集めてその基地局をつなげば、全国規模のネットワークができるわけだ。その代表格は、大手ISP(プロバイダー)アースリンクの創業者スカイ・デイトンの作ったボインゴで、今年初めから全米500の基地局をつないでサービスを開始した。

この基地局の大部分は、既存のホットスポットや地域あるいは企業の無線LANで、ボインゴはこれを相互接続し、ユーザーを認証してセキュリティ管理を行い、収入を各基地局の所有者とわけあう。これは、かつてアースリンクが各地の草の根ISPをつないで全米ネットワークを構築したのと同じ発想だ。この他にも、ジョルテージやスプートニクは、通信ソフトを無償で配布し、それを使うと自動的にネットワークに接続するシステムによって多くのユーザー=基地局を獲得しようとしている。

おもしろいのは、ここではユーザーが通信業者でもあることだ。インターネットは本来、ユーザー同士をつなぐネットワークだが、有線の場合には電話網に依存せざるをえない。しかし無線LANでは、基地局をつないで分散型の「アドホック・ネットワーク」を作ることもできる。

さらに5ギガヘルツ帯では、最大54メガビット/秒も出る高速無線LAN(802.11a)が無免許で使えるので、基地局をメッシュ(格子)状につなぐ「ワイヤレス・メッシュ」システムによって光ファイバーの数百分の一のコストで中継網を構築できる。無線LANは、「ユーザーによるユーザーのためのネットワーク」というインターネットの理想を実現しようとしているわけだ。

しかし無線インターネットには、有線インターネットにない泣き所がある。それは使える周波数が十分ないことだ。2.4ギガヘルツ帯は、もともと通信用ではなく、電子レンジや医療機器などに使われており、電波ノイズが多い。しかも日本では、帯域が80メガヘルツしかなく、同時に4チャンネルしか取れないので、今後ユーザーが増えると、干渉によって実効速度が落ちてしまう。また高い周波数帯を使うため減衰が大きく、直進性が強いので、ビルの陰には届かない。

こうした問題は、ある程度は基地局の密度を上げることでカバーできるが、日本では基地局を置くコストがばかにならない。特に条件のよい場所は駅だが、JR東日本は駅の構内にMISの基地局を置くことを拒否したため、MISは総務省の紛争処理委員会に提訴した。

そこで期待されているのが高速無線LANの使える5ギガヘルツ帯だが、日本では5・25〜35ギガヘルツが気象レーダーへの干渉を理由に利用禁止されたため、使える帯域は室内用の100メガヘルツしかない。総務省は航空無線用の(使われていない)周波数60メガヘルツとマイクロ回線の一部100メガヘルツを無線LANに流用することを決めたが、いずれも免許制だ。おまけに5.8ギガ帯は、使い物にならないETC(高速道路の料金徴収機)に割り当てられてしまった。

米国では5ギガヘルツ帯を「全米情報ハイウェイ帯」と位置づけ、すでに300メガヘルツを無免許で開放した。FCC(連邦通信委員会)は、最終的には5.1〜85ギガヘルツをすべて無線インターネットに割り当てる予定だという。無線LANはハイウェイと同じで、道幅が広いほど高速が出せるので、750メガヘルツもあれば100メガビット/秒ぐらいは出せるから、光ファイバーもいらなくなるかもしれない。今のままでは、電波政策によってブロードバンドで大きな日米格差がつくおそれが強い。

では日本には電波はないのかといえば、最も条件のよいUHF帯は200メガヘルツ近く空いている。これは地上波デジタル放送に割り当てられる予定だが、作業は財源が足りなくなって中断したままだ。それでも来年末から東京タワーのまわり半径1キロで放送したいそうだが、それには1000億円以上の「公的資金」の追加が必要だ。同じUHF帯でNTTドコモより多くの周波数を持っているMCA(業務用無線)の利用者は、ドコモの100分の1である。電話会社や電力会社の持っているマイクロ回線も光ファイバーに置き換えられているのに、業者は離そうとしない。

こういう無駄が出るのは、現在の電波行政が用途別に周波数を割り当てるアナログ時代の方式を踏襲しているためだ。これは交通整理する代わりに道路を車線ごとに農道や林道などと仕切るようなもので、農道を通る耕耘機がなくなっても都心に道幅の狭い農道がたくさん残る一方、使いにくい山の中を切り開いてハイウェイが建設されている。無線LANは「スペクトラム拡散」という技術によって広い帯域にデータを拡散して送り、受信機は信号をコードで識別できるので、周波数をわける必要はない。変調方式の規制は必要だが、用途の制限は撤廃し、なるべく広い帯域をコモンズ(共有地)として開放すべきだ。

しかし既存業者を個別に説得して電波を再配置していたのでは何十年もかかるので、IPをサポートすることを条件にして帯域の転売や賃貸を認めてはどうだろうか。たとえば業務用無線の基地局をMVNO(仮想的移動体通信事業者)に貸してもよいし、帯域を通信業者に売却してもよい。これによって帯域の利用価値は飛躍的に上がるので、既存業者も大きな利益を得ることができよう。

米国でも、FCCは電波を転売する「セカンダリー・マーケット」を認めるなど、改革が進んでいる。ただ電波を私有財産にしてしまうと、かえって有効利用を阻害するので、帯域の「卸し売り」業者とサービス業者を分離し、転売や賃貸の利益を国民に還元する制度も必要だろう(くわしくは林・池田編『ブロードバンド時代の制度設計』(東洋経済)第5章参照)。

ここで日本が既存の電波行政にこだわると、ブロードバンドで立ち後れるだけでなく、2005年には全世界で1兆円市場になると予想される無線インターネット産業で日本企業が大きなハンディを負うだろう。無線インターネット革命の成否のカギは、規制改革が握っているのである。

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