産業革命という奇蹟はいかにして可能になったのか
グレゴリー・クラーク『10万年の世界経済史』 (日経BP社)

産業革命は人類の歴史上の大事件だった。それまでの人類の平均的な生活水準は、石器時代とほとんど変わらなかったが、それ以降に数十倍に増えた。これをどう説明するかは、経済史の難問である。最大の謎は、なぜ産業革命が欧州の端の小国イギリスに起こって、他のもっと豊かな大国で起こらなかったのかということだ。これまでの標準的な答は、財産権が整備されたとか、科学技術が発達したとか、近代的市民の労働倫理が確立したといったものだが、著者はこうした説を数量的データにもとづいて否定する。このような特徴は、当時の中国などでも見られたという。  

著者が経済発展のもっとも重要な要因とするのは、人口である。かつてマルサスは、食糧の増産が人口増加に追いつかなくなるため経済発展が制約されるとしたが、この説は1800年以前の世界経済をうまく説明しているという。産業革命は、このような「マルサスの罠」を打破した。その原因は、経済的に成功したブルジョア階級の出生率が高かったため、彼らの長時間働き、契約を守り、財産権を尊重するといった近代的な労働倫理が広がり、それが工業化を可能にした。マルサスというより、社会的ダーウィニズムといったほうがいいかもしれない。  

では、なぜ西欧以外の文明圏でこういう変化が起こらなかったのか、という点について著者は、中国でも日本でも豊かな階級の出生率が低かったため淘汰メカニズムが働かなかったというのだが、これは疑問がある。出生率が低かった理由も示されていない。ただ産業革命を具体的な数量データで語る議論はおもしろい。たとえば著者は、労働者が「搾取」されたというマルクス的なイメージを具体的データで否定し、産業革命の恩恵を最も受けたのは単純労働者だったことを示す。付加価値がどう帰着したかは、限界生産力説でほぼ説明できるという。  

全体に牽強付会な説明も散見され、すべてを人口動態で説明する「マルサス原理主義」はいただけないが、数千年の経済史を計量経済学的な手法で説明する議論は、新鮮で刺激的だ。

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