週刊エコノミスト 2007/7/31

NGNプロジェクト:NTT「再統合」に向けた“トロイの木馬”か

池田信夫

NTTの「2010年問題」

日本電信電話(NTT持ち株会社)の新社長に就任した三浦惺氏は6月28日の就任会見で、経営の最重要課題の1つとして「グループの一体経営」を強調した。1999年のグループ再編で、現在の持ち株会社体制となって以来、グループ内の事業内容の重複・競合など求心力の低下が目立つが、NTTが2010年までに1・2兆円を投じて構築する「次世代ネットワーク」(NGN)プロジェクトをテコに、「今までバラバラだったシステムを統合してゆきたい」と語った。

その真意は何か。NTTドコモを含むグループの組織再統合という公社時代への「先祖帰り」であり、国内すべての通信インフラを再独占するという“野望”だ――こう見る業界関係者は少なくない。

NTTのNGNは、昨年末からトライアル(実証実験)が開始され、来年には商用化が予定されている。これは従来の電話網をIP(インターネット・プロトコル)網に全面的に取り替えるもので、「通信業界にとってグラハム・ベルが電話を発明して以来、130年ぶりの大改革」とも喧伝される巨大プロジェクトだ。NGNは技術的な革新だけでなく、通信・放送に関する法規制やNTTの経営形態、さらには放送を含む業界構造を根本的に塗り替える可能性がある。

現在のNTTの経営形態は電話網を前提にしている。1985年に民営化された旧NTTは99年、市内電話を取り扱うNTT東日本と西日本、長距離電話と国際電話サービスを行なうNTTコミュニケーションズ(NTTコム)に分割され、それを純粋持ち株会社のNTTが親会社として束ねる現在の体制ができ上がった。

NTT東西会社は、都道府県を越えて通信できない業務範囲規制がNTT法で定められている。このため、「フレッツADSL」「Bフレッツ」といったネット接続サービス向けに東西会社が構築したIP網は、県域ごとに閉じた「地域IP網」であり、それをNTTコムの回線でつなぐ非効率的な仕組みとなっている(IP電話は例外)。

これに対し、NGNではIP網が全国一元化されるため、現在の地域分割や業務範囲規制に基づく経営形態は意味がなくなる。「NGNは政治的なプロジェクト。NTTの悲願である経営再統合を技術的に合理化するための『トロイの木馬』だ」(業界筋)といった憶測が絶えないのも、このためだ。

竹中平蔵氏の「置き土産」

NTTと郵政省(現総務省)の闘いは、82年の第2次臨時行政調査会(第2臨調)による旧日本電信電話公社の「分割・民営化」答申に遡る。実際には民営化が先行し、分割は先送りされた。その分割を中途半端な形で実施したのが、現在の持ち株会社体制だ。持ち株会社を廃止し、各事業会社の資本関係を完全に分断する「完全分割」を求める圧力は今も続いている。

この問題は、2000年の日米通商交渉で再燃した。このとき米通商代表部(USTR)は、NTTの接続料の大幅な引き下げを求めた。しかし、NTTは拒否し、交渉は7月の九州・沖縄サミット直前までもつれ込んだ。最終的にNTTが接続料の引き下げをのむ代わりに、値下げの原資として東西会社の合併を認める“政治決着”が水面下で図られたとされる。

この決着に沿って、NTT法改正を検討する電気通信審議会に「IT部会」が設置されたが、00年9月に開かれた第1回公聴会で、NTTの宮津純一郎社長(当時)は「再々編の話は忘れてほしい」と発言し、委員を驚かせた。これは竹中平蔵IT担当相(当時)が「再々編するなら完全分割すべきだ」と主張し、同じ意見が与野党や他社などから噴出したためだ。以来、NTT経営陣にとって「再々編の話を持ち出すと『ヤブヘビ』になる」というトラウマ(心的外傷)が残り、和田紀夫氏(現会長)が02年に社長に就任してからは、再々編論議は封印されてしまった。

ところが、この問題を再燃させたのが、05年12月に竹中総務相(当時)が作った「通信・放送の在り方に関する懇談会」(通称・竹中懇)。竹中氏は当初、NHKの民営化を打ち出そうとしていたが、小泉純一郎首相(同)の否定的な発言で梯子を外されたことで、NTTの経営形態が最大のテーマになった。

竹中懇では当初、電話局から各家庭までのアクセス網を分離することが検討されたが、途中からこれに加えて、完全分割案が出てきた。つまりアクセス網を水平分離した上、持ち株と東西とコムを垂直にもバラバラにしようというのだ。

NTTはこれに激しく反発。当時、自民党通信・放送産業高度化小委員長だった片山虎之助・参院自民党幹事長に働きかけ、完全分割論を潰そうとした。結果的に、NTTの経営形態については「2010年の時点で検討を行う」との表現ですべて先送りされた。迷走したあげく、ほとんど結論の出なかった竹中懇の唯一の“置き土産”が2010年という再検討のスケジュールだ。

グループ内の不協和音

NTTは04年11月、2010年までの経営戦略を描いた「中期経営戦略」を発表。「2010年までに光アクセスとNGNを3000万世帯に普及させる」という目標を掲げた。家庭向け光ファイバー通信(FTTH)契約数はNTT東西の合計で607万世帯(今年3月末現在)で、シェアは約7割に達している。ライバル社は光ファイバー網へのインフラ投資余力がないのに対し、NTTは中期経営戦略で05年度から2010年度までに3兆円を光ファイバー網構築に投資するとしており、FTTH市場でのNTTのシェアはさらに高まる可能性がある。

さらにNGNは、NTTの新たな「力の源泉」となりうる。インターネットを一般道に例えれば、NGNはその上に有料の高速道路を作ろうとするようなものだ。この高速道路上で電話の音声から映画などの動画まで、あらゆるデータを高速大容量でやり取りできるようにしようとしている。

しかし、その進め方には問題も少なくない。NGNを推進するNTT持ち株会社と、その子会社であるNTT東西、NTTコム、NTTドコモなどの事業会社間の「親子関係」や「兄弟関係」に亀裂が入り始めているのだ。

この高速道路は、もとは固定電話と携帯電話の融合(FMC)が主目的だったのに、NGNの試験運用にドコモはほとんど参加していない。FMCによってドコモが携帯電話の通信の一部をNGNに奪われ、収益を吸い上げられることを恐れているからだ。

また、「グローバルIPカンパニー」を標榜しているNTTコムは、NGN構築から外されたこともあり、NGNには冷淡だ。NGN構築の主体となるはずの東西会社も、投資には慎重だ。東西会社は、大量の余剰人員を抱えて固定電話の減収に苦しんでいる。NGNは巨額の設備投資を必要とする一方、具体的にどんなサービスを展開し、収益につなげていくかの道筋が不透明で、ビジネスとしての採算性が見えないからだ。

問題は、親会社と各事業会社間の思惑のズレにとどまらない。NGNの最大の売り物は、通信品質を確保し、ハイビジョンのような大容量の動画伝送を容易にすることだ。しかし、テレビ局は地上デジタル放送と競合するNGNには消極的で、NHK以外はトライアルにも参加していない。

ライバルのKDDIやソフトバンクは「NGNの規格がオープンでなく、公社時代のような独占が再現される」と反発。KDDIはトライアルに参加しているが本格運用は行なっておらず、ソフトバンクに至ってはNGNを採用するとも正式表明していない。NTTとライバル各社の舞台裏の闘いは、「2010年のNTT再々編」に向けて、既に始まっている。

求められる公正なインフラ接続

85年の民営化以来、NTTの経営形態をめぐる政治的な争いは、日本の情報通信産業を歪めてきた。NTTとほぼ同時期に民営化した英ブリテッシュ・テレコム(BT)は93年、100%民間の株式会社になったが、NTTはいまだに政府が重要議案で拒否権を発動できる33・7%の株を保有する筆頭株主だ。日本の通信産業を健全に発展させるためには、政府がNTT株を完全売却してNTT法も廃止し、NTTを「普通の民間会社」にすることが必要不可欠だ。

2010年は、この「NTT問題」に終止符を打つチャンスである。本来シームレスな(継ぎ目のない)IP網を県単位で分断する現在の制度が時代錯誤だという点で、通信関係者の意見は一致している。IP網は全国一体化し、それを運用する会社(現在のNTT東西)も統合することが合理的だ。

とはいえ、これはNTTをすべて一体化しろという意味ではない。総務省は、通信・放送の融合・連携を進めるために放送法や電気通信事業法に代わる「情報通信法」(仮称)の制定を検討しているが、従来の通信・放送といった縦割りの規制体系から、コンテンツ(内容)・プラットフォーム(IP)・インフラ(設備)という階層別の規制体系へ移行する方向性を示している。

NTTを地域分割するのではなく階層で分割し、物理的なインフラには公正接続などの規制を課すことが望ましい。参考になるのは、英国の例だろう。BTは昨年、加入者回線を子会社のオープンリーチ社に分離し、ライバル社にも同じ条件で卸し売りしている。NTTも公正接続が確保されれば、サービス規制は撤廃し、東西会社とNTTコムが合併することも放送事業を行なうことも自由化すべきだ。

しかし当のNTTは、また「完全資本分離」論が出てくることを恐れ、再々編論議には慎重だ。電話時代の議論は清算し、インターネット時代に相応しい通信・放送事業の制度設計に向けて、国民的な議論を始める時期にきている。

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