ジョン・ガディス『冷戦――その歴史と問題点』彩流社
20世紀は疑いなく、歴史上もっとも大量の殺人が行なわれた世紀だった。その前半には2度も世界大戦が起こり、後半には人類の全滅する最終戦争が起こると多くの人が予想した。しかし、それは起こらなかった。いわば全人類を絶滅させるダモクレスの剣を頭上に吊り下げたまま、人類は半世紀を過ごしたのだ。何がこの奇跡を可能にしたのだろうか?
本書の答は「恐怖」である。20世紀前半までの戦争は、軍によって前線で戦われるものだった。それを指令する政府や一般の国民は、基本的には戦闘から隔離されていた。しかし、ある国の指導者が核兵器のボタンを押せば、報復によって彼の国土は壊滅する。そこにはもう「勝利」はないのだ。
こうした恐怖が維持されるには、双方の戦力が均衡し、しかも指導者が合理的であることが必要だ。朝鮮戦争のころには、戦力は不均衡であり、マッカーサーは核兵器の使用を主張したが、トルーマンは拒否した。これによって核兵器は「大統領の許可なく使えない特別な兵器」になった。
冷戦が実際の戦争に転化する最大の危機は、1963年のキューバ危機だった。しかし実際には、フルシチョフは十分なミサイルを持っておらず、これは単なる脅しだったと著者はみている。むしろ、この事件によって核兵器は「使えない兵器」だという歴史的事実が確定したのである。
その後のアメリカの核戦略の主流は、キッシンジャー流の協調路線(デタント)だったが、これはソ連指導部の権力を維持しただけだった。むしろ冷戦を終わらせたのは、レーガン政権のSDI(戦略防衛構想)を初めとする軍拡戦略だった、と著者は評価する。これによって戦力のバランスが崩れ、それに対抗する経済力がソ連になかったことが、指導部の弱体化やゴルバチョフの改革をまねいたのだという。
この意味で本書は徹底した「核抑止力」論であり、日本の類書によく出てくる「核廃絶論」や「国連中心論」はまったく出てこない。日本も、こうしたリアルな国際政治力学を学ぶべきだろう。