小畑二郎『ケインズの思想』慶應義塾大学出版会
ケインズといえば、学問的にも政策的にも葬られた前代の遺物という印象が強いが、否定されたのは政府が財政支出によって有効需要を増やす政策や、IS-LM図式などの均衡理論的な解釈だ。本書は、それはケインズの思想の本質をとらえていないと批判する。
『一般理論』の翌年、そのエッセンスをまとめた論文で、ケインズは均衡理論的な解釈を強く否定し、彼の理論の本質は「不確実性」にあると主張した。彼が資本主義のエンジンとして重視したのは、企業家が不確実な未来に挑む「アニマルスピリッツ」であり、それに対して不確実性をきらう人々が収益を生まない貨幣を保有する「流動性選好」があるため、投資資金が十分供給されないことが不況をもたらすという。
これは古典派の理論では理解しにくい。均衡理論では、こうした食い違いは資金市場の均衡で調整されるからだ。しかしケインズは、それは不確実性を無視するものだという。未来の見通しの違いを調整するメカニズムは存在しないので、臆病な金利生活者が投資を停滞させるのだ。
このような心理ゲームとして金融市場を描くケインズの議論は、30年代には不可解だったが、今日では斬新に見える。市場の値動きを合理的に計算する金融工学は、最近のサブプライムローン問題のようなパニックを説明できず、「行動ファイナンス」と呼ばれる感情的行動を重視する理論が注目されている。
本書は、こうしたケインズの思想の出発点を1921年の『確率論』に求める。そこで彼は、確率を単なる頻度と考える客観的確率論を批判し、主観的確率論の先駆となった。企業の利潤の源泉は、不確実な未来に挑戦する創造性にあり、人々の「効用」を集計して最大化する古典派の功利主義的な計算はフィクションにすぎない。
こうした企業観は、同じ年に「リスク」と「不確実性」を区別して企業の本質を後者に求めたフランク・ナイトや、企業家精神による「創造的破壊」を資本主義の本質としたシュンペーターにも通じる。それは現在の日本が長期衰退を避けるためにも、もっとも必要なものではないか。